──空気が張り詰める。世界でも有数であろう、生身で戦ってきたものたちが纏う戦意だ。
一触即発の、さながら剣のような闘気に目を細めながら少女は言う。
「それで──」どことなく、違和感のある話し方だ。「あなた達は私の邪魔をしたいのかな?」
「そうなるな」
「まさしくそのとおりなのだ」
「なら、そんな気も起こらないくらいに潰してあげようか」
──空気が揺れた。
まず一番最初に狙われるのは、間違いなく眼鏡の少女──ソアラだろう。現状、一番破壊力を持っているのは彼女だ。なにをしてくるのかわからない、というトリッキーさも持つ。一番警戒されているのは、彼女のはずだ。
(──の、はず……!?)
「まずはひとり」
しかし、真っ先に狙われたのはほつれだった。
直接攻撃。今までの彼女にはないそれは、しかしほつれにとっては有効だった。直接的な喧嘩は、あまり得意ではないのだ。
呪怨ほつれの得意分野は呪い合戦。しかし現状、呪術は使えない。ゆえに得意分野は潰され、こちらは攻撃手段を持たない。だから、狙うのは一番最後だと思っていた。
だが──
「せい!」
「──っ、よく追いついたね!」
「その程度の速さなら追いつける」
「じゃあ、先にあなただ」
割って入った長が彼女を弾き飛ばした。
始まるのは高速戦闘。身体強化もない人間の目には追えないほどの戦闘が──そこで、繰り広げられている。
「……っ」
「わぉ……お爺ちゃん、強いね」
「ああ。あの人は物理型の呪術師だからな」
「物理型?」
んーと、と前置いて、
「基本的に呪術師って身体強化術式を持たないんだよ。基本超遠距離から悟られないうちに呪い殺すから。ただ、どうしても素で殴り合うことがあったりもする」
「なるほどなの。え、じゃあお爺ちゃんのあれって」
「完全に素」
「……魔法とかよりそっちのほうがファンタジーじゃないの?」
「ですよねぇ」
この戦闘に割って入れるものは、相当な使い手でなくてはいけないだろう。いよいよ自分が場違いに感じて、ほつれはためいきをつく。
「──俺はモブ術士なんですけどねぇ……」
「……質問なの。お兄ちゃんのそれ、
「おっと鋭い。大正解ですよ」
だからこそ起こせる奇跡がある。
「相手が魔力の攻撃を撃ってきたら、手札はあるんですけど……」
「私が
「ですよねぇー。……いつのまに後ろに?」
「今この瞬間──」彼女を腕を振り上げて、「だ!!」
振り下ろした。
衝撃。前方に吹き飛ぶ体。地面に落ちそうになる。手をついて、衝突を回避する。
「手首ひねった……」
「おにいちゃん、ドジだよね」
「どうにか戦いの土俵を作らないと……」
しかしこちらに攻撃が来たということは──
「……ひょっとして今のサキ、お爺ちゃんより速いの?」
「そんなサラマンダーみたいな……」
「いや、実際速いのだ。見えてないとは……まだまだだな!」
「マジか」
喉になにか絡まっている。吐き出すと血だった。
「……内臓が逝った……」
「わぁ──!?」
「あいるびーばっく」
「それは違うの」
それは冗談として、とにかく勝算が見込めない。
それはそうだ。向こうが魔法ありなのに対して、こちらはそれがない。この時点で戦いとしては子供の集団対プロの格闘家みたいなものである。
勝てるか。
「術式さえ使えれば……」
かすかに見える残像は、ビルを蹴っての空中戦へと変化している。こうなるといよいよほつれには何もできない。
この空中戦はどうしようもないのか、なのだ系眼鏡少女までこちらに向かってきた。
「いやー、まずいのだ。これどうする?」
「どうするもこうするもどうしようもなくないですか?」
「およ、さっき手札があるって言ってたのはどうなのだ?」
「魔力がないからどうしようもないですね……」
「魔力……」
彼女がぽん、と手をうった。
「魔力なら、たくさんあるのである」
そして彼女が指したのは──塔だ。
「名案ですね」
ほつれもぽん、と手をうった。
そして、塔が再び爆破された。
「なぁ──!?」という少女の叫び声が聞こえるが、今は無視する。ほつれはその塔の残滓に触れる。
そして──残骸に込められた魔力を、根こそぎ吸い上げた。
「──!」
途端、上の神様が焦ったようにほつれに敵意を向ける。けれど遅い。
既に体中を、魔力が満たしている。
先程は周囲から根こそぎ魔力を奪う塔が、ほつれの中に残った魔力を根こそぎ吸い上げていたからこそできなかった『術式の存在しない世界』においてのほつれの切り札。
既に一度、使えることは確認している。
「人の体質までは消え去ってないようで──!」
「くっ、この──!」
目の前に、巨体が転送された。それは巨大な猫のように見える。それが始まりの術式だと気づいて尚、ほつれは切り札の発動を止めない。
「どっ」
──拳を振りかぶった。
「せぇぇぇぇえええええええええい!!」
そして、世界に風穴が開いた。
その世界の裂け目から飛び出したのは──ふたりの人影と、車だった。
それだけではない。世界を穿ち──限定的に、消え失せた幻想が姿を見せる。消し飛んだ世界の法則が復活する。
世界の法則が屈服する。始まりの術式が後ろに吹き飛んだ。
その前に、ふたりの人影が立つ。
「まだいけるか?」
「当然。むしろあったまってきたところよ」
「よし、──行くぞ」
剣が先の先を奪い、始まりの術式を引き裂いた。
こちらはふたりに任せるとする。もう片方へとほつれは視線を向けた。
「──はーっはっはっは! 中々根性のある坊主だぁいくぞノスタリアァ──!!」
「遅いぞ、もっと飛ばせ」
「了解!」
ビルの壁面を車が駆けた。上半身を窓から乗り出した魔神が世界に干渉する。
ほつれが作ったきっかけから、世界が喪ったものを取り戻された。
そして、──魔女はその手にステッキを取った。
「ゾラ。──やるよ……!」
『了解──』
飛び立った。残されたほつれは、座り込んで彼女を見上げる。
「……置いていかれたであるな」
「ま、俺の役目はこれですから。ちょっとピンチの時の打開案を提示するだけのモブがお似合いですよ」
「『いつも物語の核心には至れない』」
「…………」
「それがお前の縛りなのだから。……選んだことを後悔するか?」
「……ええ」
呪怨ほつれは──神薙ほつれは。
「今は、違います」
「……そうか」
「はーっはっはっは──! 父より優れた息子など存在しねぇ──!」
「絶好調だな」
「そりゃあもう! まさか爺とふたりで息子とやりあうことになるとは思わなかったけどな!」
言って、魔神──村崎秋雨は車の窓から飛び出した。重力で自由落下しそうになる車をノスタリアが無事着させつつ、魔神は空を駆ける。
「ち……あの封印を……」
「おう、リカちゃん人形の凄さを思い知ったわ」
まぁ、と続ける。
「とりあえず降りて話そうか」
そして、振り下ろした拳が少女を地面に叩き落とした。
「……なるほど」
「悪いが俺は」そして、地面に降り立った男は言う。「もともと物理派だ。魔法使いになったのは両腕が千切れたときの対策だぜ」
「面倒な手合いに見える」
「もともとはステラのほうに魔法全般任せてんだ。おら来いよ不良息子。グレたお前をぶん殴って叩き直すお父さんだ、感謝しろ」
「不良息子はお前の方だろうが」
その隣に、老人が降り立った。
「親子喧嘩しようぜ? もちろん勝つのは俺だ」
「いいや、俺だ」
「おっ、三つ巴やるか? それもまた一興だな」
「あなたは……」
彼女は困惑を色濃く映し出している。どうしても理解できないといった顔だった。
「どうして、私の邪魔をする? わかるでしょ、この世界の進みは遅い。どうにかして進めないと」
「まぁ落ち着けよ。案外現状のままでも、困ることはないだろ」
「なんで? 私の造るとおりにすれば、死者は減る。限りなく減らせるのに」
「死なないことがいいことなのか、っつー話なんだぜ。死んでも誰かを助けたいー、って思うやつがいる理由がわかるか?」
「…………?」
「そうか」
魔神は拳を構える。
「──ま、ならあとは若人に任せるだけだ。それまでのつなぎで悪いが、ちっとだけ殴り合おうぜ!」
「脳筋が」
そして、拳が衝突した。
「──【神代回帰】」
世界の法則が重ねがけされる。既に満ちていた確定勝利のルートは、重ね合わさったことにより相手に絶対敗北を押し付ける。
打ち込まれた砲撃が始まりの術式をえぐり、着実にその体を弱らせていく。
空間を引き裂いて、一匹の猫が現れた。
「……ぉん」
その猫が、始まりの術式を吸い込んでいく。
そして、その姿が完全に飲み込まれた。
「──ぉん」
「なんとかなったか。……いやぁ、疲れましたね」
「……というか、お主【神代回帰】パクられておるでないか」
「ははははは。……俺も【ノスタルジック・グレイ】パクろっかな」
「やめい」
「……おつかれ、なの」
「マジで疲れた。……そちらこそ、お疲れ様です」
「いえーい」
「女の子がそう足を広げるんじゃありません」
「勇者様ったら、えっち……なの」
「はっはっは。斬ってもいいですか?」
「野蛮人……!」
「冗談ですよ」
そういって、フレンは周囲を見渡した。
きっと、彼もこの場に向かっているのだろう。故に──心配はない。
「……これ、今も放送されてたりするんですかね」
「む、……どうなのだ?」
「えーっと」灘華は言った。「今も中継されてるの」
「魔法の秘匿はもう不可能じゃないですか?」
「そうだね」
と、会話に入ってきたのは神……ノスタリアだ。
「できるといえばできるけど……まぁ、する必要がない? って感じかな」
「え、どういうことですか?」
「んーと」と、言ってノスタリアは指を軽く回して、言葉を組み立てた。
「あくまで超技術として受け入れられてる感じなんだよね。だから、普通にそのままで通りそうというか」
「あー……なら、必要はないのかな?」
「まぁそれは今後として」
彼は少女のほうに目線を向ける。
「──彼女のヤンチャは、もうすぐ終わるかな」
状況は、あまりにも劣勢。魔神はそれだけ圧倒的だった。
半分涙目になりながら、少女は声を放った。
「あーもう! 今日は帰るもん!」
体が薄くなっていく。空の向こうに帰るつもりなのだ。
「……間に合ったな」
魔神は呟く。
そして、消える瞬間に──飛んできた男が、彼女を抱きかかえた。
「──間に合った」
「……あなた」
自分を抱きとめている相手に、少女は目を丸くした。
ここは雲の上。人間が立ち入ることのできない、空の彼方。
「ようやく捕まえたぞ──サキ」
「……。誰?」
──時峰零時は、村崎引裂の下へと、たどり着いたのだった。
想定より伸びたぶん巻きで。