TS系魔法少女、引裂ちゃん。   作:moti-

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おしまい

 ──昔から()()だった。

 

 情動の薄い俺に感情をくれたのは、いつだってそいつだった。初めて出会ってから、ずっとそいつは俺に何かをくれた。

 

 だから、そいつのために戦うことを決めた。死んでもいいと思えたのは彼が初めてだったから。

 

 いずれ人は別れ、忘れていく。思い出すことだって難しくなることがある。それでも──出会い、その一瞬を分かち合うことはできるのだ。

 

 そうでなければ、これだけの人がわざわざ戦いに赴くことがあるか。

 

 ──そう思う。

 

 

 

 

 床に押し倒された少女が、小さくいった。

 

「……誰?」

 

 本当に誰だかわかっていない様子だ。

 

 おそらく、勇者と戦っているとき──なにかがあったのだろう。零時が気づけなかった何事かが。体を同じくしているのに気づけなかったということはもっと高位の次元の事象だろうか。

 

 会って、何をいうのかはもう決めていた。

 

「お前を迎えに来た」

 

「私は、そんなの頼んでないよ。それに答えになってない」

 

「そうか。名乗るほどの名前でもないが、名乗ろう。──時峰零時。お前の親友だ」

 

「……私の?」

 

 心底わからない、といった顔だった。上に乗った零時をはねのけ、その体を起こす。

 

「……あなたが一体、何をしたいのかはわからないけど……ん? ひょっとしてあなた──」

 

「……」

 

 ……なんだ?

 

 少女が零時の顔に手を当て、疑問の声を上げる。

 

「……おかしいな。あなたみたいな人……知らないのに」

 

「……?」

 

「……なるほど。バグかな? なら排除しないと駄目だね」

 

 そのまま、首に手が伸びてくる。

 

「──!」

 

 後ろに体をずらして、それを回避した。

 

 かろうじて、と言ったところだ。かなり危険だったかもしれない。

 

「ん、そう簡単には壊させてくれないか」

 

「──ちっ」

 

 手を横に振り抜いた。

 

 融合し、己の体の中にあるベルトは、零時の意識で呼び出すことができる。素早く腰に巻きつけ、手を触れる。

 

 同時に彼女が動き出した。踏み込み。それだけで、あっという間に距離は半分になる。

 

 彼女の歩幅からすれば考えられない加速。静止の状態から、その動きができるのは素直に恐ろしい。

 

 だが、その動きは、既に遅い。

 

 零時のベルトは音声の認識を求めない。

 

 手を触れる。その時点でもう、変身は可能なのだ。

 

 爆発。体の表面を、機械的な装甲が覆う。

 

 しかし顔だけは、目元を覆う透明なゴーグルがあるだけだ。それ以外の装備はない。

 

 それでいい。時峰零時は、既に仮面を必要としていない。

 

「はっ──!」

 

 伸ばされた手は、しかし圧倒的な加速のせいで崩れている重心のバランスを崩すにはちょうどいい。

 

 手を取って、背後に投げ飛ばす──力は最小限に。投げるのに、己の力はいらない。自分がそれに力を使わなくとも、世界にはたくさんの力で溢れているのだ。

 

 投げ飛ばされた彼女は、空中で体勢を立て直して、着地した。

 

 その顔には、驚愕が映し出されている。

 

「あなた──」

 

「どうした。俺を排除するんじゃなかったか?」

 

「……」

 

 小さく、魔力の躍動を感じた。

 

 勘に任せて飛び出せば、足元から魔力の奔流が突き上げる。

 

(追ってくるか)

 

 自身の足元の軌跡を、魔力が彩った。蒼のそれは、一見すると華々しいが、触れると己の肉が焼ける。

 

 術士の集中を乱すしかない。

 

 ただ、相手もちょっとのことでは術式の発動をやめないだろう。

 

「!」

 

 上から、魔力が降ってくる。

 

 足元から飛び出した魔力が、そのまま零時めがけて落ちてきたのだ。

 

 それはかつて彼女に食らった『ぷちめてお』のようであり、しかし威力はそれとは比べ物にならない。さて、どうするか。

 

 殆ど思考の時間はなかった。

 

 零時は自身のベルトに触れる。時間が停止し、魔力の雨の間をすり抜けた。

 

 時間が再び動き出す。魔力はお互いに干渉しあい、消滅した。

 

「──なるほど、その力だね」

 

「解かれたか」

 

 間一髪だった。時間停止に干渉されたのは、これが初めてだ。時間が停止しても問題ないように対策されたことはあるが。

 

 またそれとは違う。相手に()()()()()()()のだ。

 

 次からは、時間停止は通用しないだろう。一回限りの切り札を早々に使ってしまったのは痛い。

 

 だから、踏み込む。

 

 遠距離に離れられることが一番危険だ。だからもう、撃たせない。

 

 ──拳を放つ。

 

 溜めは一瞬。それで最大に溜めをできる。それよりは、大地から練り上げた力のほうが重要だ。それを殺すことなく推進力に変えられれば、激突の衝撃はより強く、力強くなる。

 

 ガード越しからでもダメージを与えられたようで、少女の歪んだ顔を認識した瞬間に次を放った。

 

 しかし、次の攻撃は対策された。背後に跳ぶことで威力を殺される。もっと速く衝撃を通す必要がある。

 

 つまり、もっと速く──

 

「流石に半日じゃモノにできないか」

 

「驚いたぁ──君、仙人になりかけてるね」

 

「冗談だろ、まだろくな修行積んでないぞ?」

 

「いや、これは昔から──いや、そんなことはいいや」

 

 打突はもっと素早く。だが逸るな。力は付随する。

 

「これはどうかな?」

 

 上空から、糸が降る。それは斬撃の糸だ。だがその隙間をくぐり抜けることは可能。体を糸に触れない位置に滑りこませ、そして気づく。

 

 糸は広い範囲に散らばっている。その穴は、かなり大きい。

 

 とても零時を狙ったようには思えない──ならば、どこを狙ったというのか?

 

「しまっ──」

 

 言葉よりも早く、糸が床に接した。

 

 そして、透明なそれを断割する。

 

 固定していた魔法も消滅したのか、床は落下していく。それに乗っている零時も同じくだ。

 

 どうする? と考え、すぐに決めた。ぶっつけ本番だが──やるしかない。

 

 透明であるが、床の欠片はしっかり見える。自分の場所が一番に崩れたようだ。上方に、破片が散らばっているのが多くみえる。

 

 それをめがけて、零時は跳んだ。ほぼ直角と言ってもいい、その破片。それの上を蹴り、走って少女のもとを目指す。

 

「させないよ」零時めがけて、蒼の魔力の奔流が放出された。「──落ちて」

 

「落ちるか──!」

 

 殆ど、奇跡のようであった。相手の攻撃に気を配りながら、一歩間違えると自由落下という状況の場所を駆け抜けるなど。

 

 そして、零時は再び舞台へと舞い戻る。

 

「──しぶといね」

 

「しぶといって……それが親友に言うことか?」

 

「だからぁ……僕は君なんか知らないって」

 

「────」

 

 思わず、笑ってしまった。そんな零時を怪訝そうに少女は見る。

 

 だが、しかし──仕方ないだろう。あまりにも懐かしい響きだったのだから。

 

「知らないならそれでいい。思い出させてやるだけだ」

 

「……むぅ……」

 

 ──やはり、彼女は何一つ変わっていない。

 

 仕草も、何もかも、よくわかる。

 

 彼女に一体なにがあって、どういう理由で零時のことを忘れたとしても、それだけは変わらないだろう。

 

「いくぞ、サキ──!」

 

 拳を放つ。

 

 これまでの何よりも、理想的な体の運びで打てた。

 

 零時の、機械的なアーマーの腕が赤を帯びる。あまりの速度に空気と擦れあい、摩擦で熱が発生したのだ。

 

 そして、その拳が彼女を打った。

 

 何よりも、会心の手応えだ。受けた彼女は、目を見開いて停止する。

 

 それは一瞬の出来事だったかもしれない。だがしかし、それは零時の前で晒すには長すぎる隙だ。

 

 拍子もなく、最初から最高速で零時の拳が放たれ──そして、少女の防御を弾き飛ばす。

 

 体勢を崩し、後ろに崩れ落ちる少女。

 

 零時がベルトに触れた。途端、ベルトは発光し、零時の足が赤熱化する。

 

 地面を蹴り、空中で一回転。

 

 背部から虹の粒子が噴出する。とある龍王の、暴虐の再現として組み上げられたその奔流。しかし、それは贅沢にも──推進力を増すために使われる。

 

 零時がかつての戦いで、何よりも頼りにしたその必殺技。勇者との戦いで、しかし彼にダメージを与えられなかった必殺技は──かつてよりも遥かに出力を増し、今、放たれた。

 

「はぁ──ッ!」

 

「…………っ」

 

 先程までとは比べ物にならない、魔力の奔流が放たれる。

 

 まるで彗星のような、莫大な魔力を注ぎ込んだその奔流。

 

 ──世界など、容易に壊してしまうだろう、そんな砲撃。

 

「まだだ──!!」

 

 それを前にして、更に力強く粒子は噴出される。

 

 零時の体自体が、熱でダメージを負うほどの状態にあってなお、彼はその出力を強めたのだった。

 

 ──拮抗が、崩れ始める。

 

「な──なんで!?」

 

 理解ができない、という声だった。

 

 それもそのはず。ただの人間が、対抗できうるようなものではないのだ。

 

 しかし──それでも。

 

 それでも尚、時峰零時が優勢である理由は。

 

 

『──ぉん』

 

 

 小さく、声がした。

 

 それに、零時は笑う。

 

「そうだよな」

 

 世界が弾ける。

 

 視界を妨げていた魔力の奔流は、完全に零時に破られ──呆けたような少女の顔が、そこにはあった。

 

「──おおおおおおおおぉぉぉ!!」

 

 

 そして、零時の()()が、少女へと触れた。

 

 

 ──芽吹いた。

 

 時峰零時の新しい能力が、発動する。

 

 それは記憶。

 

 これまで、零時が彼女と一緒に生きてきた記憶が、少女に流れ込んだ。

 

 ──着地する。体は熱を帯びていて、とても熱い。装甲は一部溶けているところもあった。変身を解除して、火傷している部分の多い体を外気に晒す。

 

 そして、零時は少女に手を伸ばした。

 

「──迎えに来たぞ」

 

 顔を赤くし、俯いていた少女は、その言葉に顔を持ち上げる。

 

 そして、零時の手を見つめ──おずおずと、その手を差し出した。

 

 手が触れ合う。零時が少女を引っ張り上げると、恥ずかしそうに少女は笑って、

 

「その……ありがと」

 

 と、笑う。

 

「別にいいさ」

 

「その……な、親友」

 

 少女は零時の手を取って、緊張にその喉を鳴らす。

 

 『??』と零時が頭の上に浮かべたのを見て、少女は焦って上ずった声で、

 

「わ、私も──お前のことが、好きだよ」

 

 そう言った。

 

「……はは」

 

「……ふ」

 

「──はっずかしい……!」

 

 そして顔を覆った。

 

 そんな彼女を見て、零時はなんとなく視線を逸らす。

 

 そこで、綺麗な日の光が目に入った。

 

「──おお」

 

 思わず、そんな声が出てしまうほどだった。空の上からこうして、空を見るのは初めてだ。

 

 いい天気である──そしていい日だ。

 

「──帰ろう」

 

「……ん。あ、あの……親友。ちょ、ちょっと待って」

 

「ん?」

 

 その言葉に、彼女のほうに顔を向ける。

 

 どうしてか問う──それより先に。

 

 宙に浮いて、零時の顔の高さに視線を合わせた少女が、彼の唇に唇を重ねた。

 

 ──術式が展開される。それがふたりを包むようにまとわりついた。

 

 知っている。これには覚えがある。

 

 血族の契約だ。

 

「──懐かしい」

 

「でしょ? やっぱり、これがあってこその私達かなって思って……」

 

「……そうだな」

 

 自分たちだけのの関係には、これが一番合っている。

 

 時峰零時は、そんなことを思った。

 

 

 

 

 

 長い戦いだった、と思う。

 

 実際にはそうではなかったかもしれない。

 

 辛いこととはいえ、終わってしまえば笑い話にできるものだ。

 

 本当につらいことはその限りではないかもしれないけれど、少なくとも何回も死んだりするのに関してはそうだった。

 

 ……私がするべきではないのかもしれないけど。

 

 私のやったことを許せない人はいるだろう。たった1週間とはいえ、世界から術式が消えたことでどれだけの影響が出たのか計り知れない。

 

 ……新しい術式を齎したことで許してくれた人も多いけど、その1週間だけでどれだけの人が死んだのか。

 

 私の体はひとつだ。危ない人にはこっそりと術式を使って治したりもしていたけど、だからと言って全員にそれができたわけじゃない。

 

 ──だから、私のやったことを肯定する気はない。

 

「いろいろあって忘れてたけど──とりあえず、20歳の誕生日、おめでとう」

 

「……零時もおめでとう」

 

 そう言って、お互いに包みを差し出しあった。

 

 ──さっきまではいろんな人が来ていたけれど、みんな夜遅くになる前に帰った。だから、ここには私と零時だけがいる。

 

 先程までの賑やかさに慣れたから、少しばかり沈黙が気になるけど。

 

 それでも、この静かさが心地いいようにも感じる。

 

 交換した包みを開けると、そこには髪飾りがあった。

 

「…………」

 

 自分の渡したものとの落差で少し、目を逸らしてしまう。

 

 まさかこんなに真面目なものが送られるとは思っていなかったのだ。

 

「これは……?」

 

「……うぅ、なにがいいのかわからなくてニンテンドープリペイドカード買ってきたんだぁ……」

 

「……まぁ、お前らしいといえばお前らしい」

 

「やめてやめてそんな慰め聞きたくないよぉセンスなくてごめんねぇ」

 

「いや、別にいいけどな」

 

 床に倒れ伏す私の頭を零時が撫でた。

 

「……親友ぅ」

 

「なんだ?」

 

「……好きだよ」

 

「俺もだ」

 

 ──まったく、まさか私のほうがオチるとは思わなかった。

 

 けどまぁ、そんなことがあっても別にいいか。

 

 ──なんて。

 

『──ぉん』

 

 メルが鳴いた。

 

 どことなく、嬉しそうな声だった。

 

 

 

 これから、どんな困難があったとしても、突き進んでいけるような気がした。

 

 錯覚でも、そんなような気がしたのだった。







 これで完結です。だいたい二ヶ月くらいかな?お疲れさまでした。
 作者的な意見ばちこりのあとがきを活動報告に掲載するつもりですので、興味のある方はぜひ。

 読了ありがとうございました。

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