──それの脅威を知っている。
もとはといえば、ただ試しにきただけだった。意思を確かめるつもりだった。世界に仇なす意思がないか。だが、それだけで終わるつもりだった。
けれど。予想以上の奮闘、ついつい心を踊らせてしまった。そしてその結果──相手は、自分に届きうる存在を、顕現させてしまった。世界はこんなはずじゃなかったことの連続で構成されているとはいえ、けれど、けれどだ──まさかここまでやってくれるとは思っていなかった。そもそも、術式を盗まれただけでかなりの驚愕だったのだ。だがこれは──次元が違う。
始まりの術式、メルゴノアーク。その属性は水。すべてを飲み込む激流である。だがそれだけでも脅威だと言うのに、さらに驚くべき点がある。
(かつてのヤツからすれば信じられんな)
知っているメルゴノアークは、ただ意思もなく、能力のみを役目とし、世界を滅ぼそうとしていたとんでも術式だ。勇者、魔王、魔神、魔法少女、冬の一族、教皇、名無しの復讐者、正義の味方──世界でも指折りの実力者が束となり、ようやく
そんなものが、
そして期待する。自分と相対している魔法少女が、いずれ世界を変えることを。
「だいこうずい」
──そして、禁術が発動した。
「──だいこうずい」
猫のように、『ぉん』と鳴いた。そして気ままに尻尾を揺らすかのように、世界を水で満たしていく。それは止まらない。あっという間に世界が浸水していき、世界のすべてが水で満ちた。
けれど息はできる──水中で息ができるなんて不思議な感覚だ。けれど、それくらいできることを知っている。
いつからこいつは俺の中にいたんだろう? そんなことを、ちょっと疑問に思った。
──勇者の動きが目に見えて落ちた。逆に、この水の底ではこちらは軽快に動ける。思う通りに……いや、思った以上に体が動くのだ。さも当然のように絶対的有利な状況を作り出したメルゴノアークだが、このフィールドの本質はそこではない。メルゴノアークの作ったフィールドは、発動者に対して絶対的なアドバンテージを齎す。
「──水の底から見ると、太陽の光ってほんとにきれいだよな」
──ぉん。
それの言葉に相槌をうつように、小さく鳴いた。勇者が空を見上げ、そして、はっとしたようにその場から飛び退いた。
「──しゃいにんぐ」
術式を発動する。太陽の光が収束し、そして勇者めがけて落下する。回避する勇者のあとを、その光線はけして弱まることもなく追った。
──メルゴノアークの領域で発動された術式は、なにをどうしようとも必ず当たる。
そして──
「──ちっ」
勇者が剣を振り抜いた。普段であれば、きっと容易く切り裂いたであろう攻撃。だがそれは逆に、勇者の手から剣を弾き飛ばした。
「──おおあめ!」
そして──無数の激流が、勇者を襲った。
この領域の一番の強み。
それは、時間が経過するごとに相手の能力は奪われ、こちらの能力は上昇する効果にある。
だからこそ、勇者に全ての攻撃がヒットし、
その意識を刈り取ったのだった。
──ぉん。
そう一言残して、メルゴノアークは俺の中に帰った。そして同時に術式が解除された。世界規模の術式というとんでもない荒業だったが、けれど自分の魔力はほとんど残っている。ひょっとすると、消費を肩代わりしてくれたのかもしれない。だとすると、すごく助かった。
今度何かをあげよう。……猫缶とか、食べるだろうか。
──♪
大丈夫らしい。よし、あとで買ってこよう。
『……まぁ、君の世間知らずというか常識知らずは今に始まったことじゃないからね。僕は何も言わないよ』
『……ぉん』
『うわぁ!? 君、思念に割り込んでこないでくれよ! びっくりしたぁ……』
『……ぉん?』
「にぎやかになったなぁ……」
疲れた。さすがに、ラスボスレベルの敵が序盤から出てくるのはやめてほしい。そっとため息をつくと、親友が俺の頭に手を置いた。そのまま雑に撫でてくる。正直、今は手を持ち上げるのもめんどくさい。頭を振って抗議すると、親友は「すまん」とだけ言って手を退けた。わかればよろしい。
「……負け、か」
勇者が目を覚ました。気絶からあんまり時間経ってないのに復活するとか、やっぱり体の作りが違うんだろうなぁと思う。ともあれ、戦闘準備は忘れない。術式を待機状態で置いておく。
それをみて、勇者は少し笑った。
「安心してください、もう戦う気はありません」
「誰だお前!?」
……なんか、物腰がめっちゃ柔らかくなってる。
戦闘中のこいつはいかにも不遜といった態度だったのに、今はなよっとした……なんというか、好青年然とした雰囲気だ。あまりの変化につい叫んでしまった。
「よく言われます。俺、昔から戦う時と普段で意識を変えてるからか、戦ってるときは口調が荒くなって……なんか恥ずかしいですね、これ」
「……えぇー……」
「にしても、ちょっと確かめるつもりだった相手に負けるとか……鍛え直さなきゃですね。またやりましょう。次やるときは俺が勝ちます」
「やだよ。こんな寿命縮めること二度とやりたくない」
そう言うと、少し残念そうに勇者は笑った。そして、親友を見て、
「焚き付けた俺が言うのもなんですが、ほんとに良かったんですか? あの契約内容じゃ、零時さん……あなた、寿命でも死ねないでしょうに」
……え?
「光栄だな。勇者様に名前を覚えてもらっているとは」
「有名人の名前くらい知ってますよ。二年前、始まりの術式を求めた組織を一人で滅ぼしたんだ。あなたの名前を知らない人間は、我々の中ではいないはずです。……そんなことはどうでもよくて。あなたは、契約を結んで良かったんですか?」
「言ったろう。友に一生を捧げる覚悟はできている」
「……なるほど。そのベルトが、あなたを選んだ理由がわかりました」
「ちょ、ちょっと」
待って。
「あの、え、俺、そんなつもりじゃなくて」
『わかってなかったかー……』
「……ああ、なるほど。純粋に、死んでほしくないだけだったと」
「血族の契約は基本的に契約者を騙すために曖昧な表現を曲解するようにできているんだったか? 俺は別にこのままでいいぞ」
「俺がよくないの!」
『再契約すれば条件は変えられるし。今はこのままの契約でもいいんじゃないの? 血族……騙し……うぐぐぐ、頭が……』
『……ぉん。ぉおん』
『メルは優しいね……』
「勝手に名付けんな」
くそう。ちょっとセンスいいと思ってしまった。
というか、血族の契約は再契約できるのか。……なら今のままでも良いかも知れない。
「あ、そうだ。零時さん通話術式持ってます? 連絡先交換しましょうよ」
「……すまない。魔力を持ってないから術式が使えないんだ」
「あー……じゃあケータイ持ってます? そっちで交換しましょ」
「わかった」
「なんでお前らはそんなマイペースなの!?」
なかよくなってやがる。
ちくしょう。女子の身だから入り込むには気が引ける。なんせこの2人、でかいのだ。今は幼女でもとおるかもしれないくらいの身長になった自分からすれば巨人のようにも思える。ちょっと話に入るのが怖い。
「そういえば……あいつ、遅いな」
「あいつ?」
その言葉に疑問を覚え、首を傾げると、勇者は「ああ」、と言って直ぐに説明してくれた。
「幼馴染っすよ。零時さんに瞬殺されましたけど、あれでも一応優秀な術士なんですよね」
「……ああ、あいつか! ……ん? でも幼馴染……?」
たしか、何人もいたはずだけど。どういうことだろう。
「術士が前に出ていたらそりゃあ倒すだろう」
「ですよね。あいつも隠れてると厄介なんですけど……ちょっと拾ってきます」
と、言って勇者はその場からかき消えた。風がスカートを揺らして、少し嫌な気分になる。そして、手に気絶した少女を担いで帰ってきた。
ここまで、5秒もかかっていない。どんだけ速いんだこいつ。
勇者が回復術式を使うと、少女は目を覚ました。
「……こいつ、幼馴染のフェリアです」
「……はっ!? わ、私はなんでここに……さっき見た大洪水は……夢か。なーんだ。って標的さん2人だぁ!? すいません! 命は許してください!」
「謝罪で許せると思ってんのかぁ──!」
「わぁ──! ごめんなさい! わりとガチで! いや、こっちも事情がですね……この勇者! もともと計画を立てたのはこの勇者なんで怒るならこいつに怒ってください! た、たぶんこいつのことなんで殺しかけたこと謝りすらしてないですよね!?」
「……たしかに」
そういえばこいつ、襲ってきたくせにろくに謝罪もしてないぞ。しれっと流してたけど。
「まぁ、死んでないしいいだろ」
「マジかよ親友」
親友の価値観がおかしい。
ひょっとすると俺もこうなってしまうんだろうか……? そう思うと、魔法少女って怖いな。これで給料出ないとかブラックとかいう次元じゃない。
『所属を決めるとお金は振り込まれるよ』
とは言われても、どの陣営にも就くつもりはない。一応、就くとすれば魔法陣営だが……親友はどこにも属してないっぽいしなぁ。
『ぉん』
ん? ああ、父親のことは結構認めてるんだ。んー、こうして聞くと父親って意外とすごい人なのかもしれない。
『──ぉん』
強かった。へぇー、意外だ。家ではあんなに子煩悩で母親大好きなやつなのに。
『ナチュラルに会話が成されてる……!』
「メルゴノアークだけが癒やしだよ……」
「サキ。俺は?」
「お前は親友だろ」
「これがてぇてぇってやつですか?」
何言ってんだ。
「あれ? というか、ひとりだけなのか? 他のやつらは……」
「ん? ああ、私のあれはゴーレム操作ですよ。一応、自分の体よりも上手に動かせると自負してます!」
なるほど、それで。魔力探知とかしてなかったし、気づかなかった。ゴーレムたちはもう転移でホームに送っているらしい。
転移とか使えるの、すっごい羨ましい。術式はあるけど場所指定が難しいので、今度ひっそり練習してみようかなぁ。
「じゃあなんで前に出てたんだ?」
「だって、いきなり狙撃したのに本体は隠れてこそこそしてるって、すっごい嫌じゃないですか」
「そういうものかなぁ……」
そういうあたり、根はいい子なんだろう。あるいは今回の件は勇者が全面的に悪いのかもしれない。
「んー……すみませんね。今回のは一応、こっちにも事情がありまして……」
「ふざけた事情だったら一撃入れる」
「怖いなぁ……あれですよ。尋常じゃない魔力を持っている魔法少女なんて、ただでさえ警戒される人材がさらに血族の血……それも、最も高貴な血を引いてるんですよ? 場合によっては始末することも視野に入れておかなきゃならないくらいの事態です。だからこそ、俺が確認する必要があったんです。あなたの人柄を」
「そもそも魔法とかと無縁だった一般人が何をしでかすと思ったんだ……」
「いやー、すみませんね。それでたかをくくってたらとんでもないことになった事例がありまして。でも安心してください、俺が確認しました。だからそういう方面であなたに手を出す人間は、いないと思っていいでしょう」
『勇者はどこにも属していない中立の立場だからね。いろんな方面に顔がきくし、信用もある。だからこれは嘘じゃないかなー。……でも多分半分くらいは自分の趣味も混ざってるよ』
「今回に関してはとくに含みもないですって。あ、もしそれでも手を出してくるやつがいるときは、手におえそうになかったら俺を呼んでください。これ、俺の連絡先です。……あー、通話術式は使えますよね?」
「まぁ、それは。試したことないけど、術式持ってるし」
「じゃあそっちで。……てか、今更ですけど自己紹介してないですね」
「あ、またやらかしてる。コミュ障ー! 友達ひとりー! 電話の相手はほとんど魔王-! あ、私はフェリアです! よろしくねライダーさん、魔法少女さん!」
「うるさいな。魔王とは気が合うんだから仕方ないだろ」
「なんかすごい事情を聞いた気がする……」
「ああ、サキは知らないか。勇者と魔王はそれこそ神話の時代から戦いあってたからな。最初こそいがみ合ってたが、今では親友同士だと言われている」
「……神話の……時代……?」
見た目どおりの年齢でないことは知っていたが、そんな昔からいたというのは流石に信じられない。
というか、それと幼馴染と言うんならフェリアは何歳なんだろう。
微笑まれた。ひぇぇ。
「えーと、勇者ことフレンです。気軽にフレンって呼んでください。あと魔王とはそんな親密じゃないですから。腐れ縁ってやつですよ」
「あ、うん。村崎引裂だ。適当に呼んでくれ」
「かわいくない!」
「うるせぇっ!?」
「かわいくない! かわいくないよ!? ステラさんネーミングセンス死んでるよ!? ゾンビだよぉっ!? 女の子につける名前じゃないよ!?」
「女じゃねぇよ!」
「……女じゃ、ない……? はっ、もしかしてこれが噂のとてもかわいらしい男の子……男の娘というやつなのではっ!? えへへ、怖くないですよぉ、だからお姉ちゃんの胸の中にどうぞ飛び込んできてくださいね!」
「落ち着け。そもそもお前はお姉ちゃんって年じゃないだろ。現実を見ろ」
空気が凍った。
物理的に凍った。ぴしりと周囲の気温が下がり、空気が結露する。地面からそりあがった氷柱を指でつんと触れてみる。冷たかった。
「……ふ、ふふふ……フレン……? お前は今触れてはならぬ逆鱗に触れたよ……? その罪の重さが分かる……? たとえば魔法で体型が維持できるからって夜中にコンビニにスイーツを買いにいったらおなじみの店員さんに若くないからほどほどにしなって言われたときよりも罪が重いよ今の……」
「嫌に具体的だ……」
「経験があるんだろうな。深い憎しみを感じる」
「憎んでいる……全てを……がるるるる……っ!」
野生に帰った……。
「そもそも、お前、事情は知っているだろう? 魔法少女ができるように体を作り変えられただけで、もともとは一般的な男性だって。……ですよね、引裂さん」
「あ、うん。そうだけど」
「私はね、かわいいに性別は関係ないと思うんですよ。冬が終われば春が来るように、不幸のあとには幸福が訪れるように、祈りのあとに小さな花を咲かせるように。私は思うんです……人工のかわいさでもかわいければそれは真のかわいさなのでは……?」
「本人が嫌そうだろ」
「私の信条はノータッチだから大丈夫。ツイッターとかで流れる漫画にいいねして尊いって呟くように、私はただ見て尊みを感じるだけなので」
「一体なんでここまでこじれてしまったんだ……魔王……これも魔王のせいか。あいつのせいだな、よしそうしよう」
魔王への風評被害は置いておく。じっとこちらを見てくるフェリアにやりづらさを感じ、親友の後ろに隠れた。
『ぉん』
「メルゴノアークってほんといい子だな……」
「そうなのか?」
「そうなの。お前にもこの優しさが分かるときが来るだろう」
そんなことを言っていると、勇者がフェリアを気絶させた。
親友の影から出る。
「すいませんね、こいつアホで。もう帰ります」
「お、おう」
「ですがその前に1つだけ聞きたいことが。──所属はもう決めましたか?」
「え? ……いや、まだだけど」
「でしたら1つ提案を。中立の立場を俺からは推します」
『……それがいいか』
え、なんで?
『──ぉん』
ああ、なるほど。メルゴノアークを持っているってのが危険なのか。確かにそうだな。
『ナチュラルに会話するのやめなよ……あと、問題はメルだけじゃないよ』
「ええ。始まりの術式もそうですが、引裂さん自身も俺の術式を真似してしまえるほどの術士ですし。それに、引裂さんが所属するとなると零時さんも同じ場所に所属することになります」
「俺は別にいいぞ?」
「……あなた方は自分の価値を低く見すぎです。今は拮抗している勢力ですが、あなた方2人が入るとパワーバランスが崩れます。特に、あなた方は魔法陣営と親しい。現状所属の可能性が高い場所は魔法陣営になります。ですが、あそこは現状でも強い組織ですからね」
ああ、そういえば、一応今回で勇者に勝ったという箔がつくことになるのか。言わんとすることがわかった気がする。
「戦力は争いの火種になりますから。ですから、中立の立場をおすすめします。なんなら俺が後ろ盾になってもいいですし。……どうですか?」
すこし、考えた。
「親友はどっちがいい?」
「乗ったほうがいいだろうな」
「じゃあそうしよう。ありがとうな、フレン」
「いえいえ、仕掛けたぶんの償いと考えれば全然です」
では、さよなら。
そう言って、勇者は消えた。
転移術式だろう。
「……帰るかあ」
「送っていこう」
「このあと時間ある? ひさびさに遊ぼうぜ」
「いいぞ。ゲームは持ってきていないが」
「じゃあスマブラ。俺も練習してきたし」
うん。
平和が一番だよな。
次回からは戦闘よりキャラの掛け合いが話のベースになるかなって感じです。
特殊タグ嫌いなひといるけどソシャゲ的表現をするならほしいんですよね。頻度を下げたら許されないかしら。
フレン
戦闘狂なところがある以外は基本常識人。魔王とは気が合うが腐れ縁程度の関係だと思っている。なお魔王からは……。
実は作中でも屈指の年長者。
フェリア
こじらせばーば。いわゆる元勇者パーティのやつ。あと2人ほど仲間はいたが、姿を隠してしまった。見た目こそ20程度だが実際は。魔王が勇者を押し倒しているのを見てからてぇてぇに目覚めた。
もともと役割に徹すれば強い。