福間水槌について。
彼は正真正銘の一般人である。和邇煉瓦のような才能もない。凡人である彼だが、1つ他人に誇れるものがあるとすれば、音楽が好きというところだけだ。彼は音楽を愛している。音で感動を知ったから。新しい世界を幻視したから。
だから彼は、自分の音を目指し始めた。創作者としてごく一般的な衝動。自己表現に必死だった。誰にも言えない、やるせなさがあったから。厭世観も合わさって、彼は彼の音を作ったのだ。
安っぽいポップな曲は趣味じゃない。ひねくれた煩わしい歌詞には興味がない。直球な思いにも興味がない。ただ、誰かが作った音が好きだった。誰かが持っている世界観が好きだった。だから彼も、音楽が好きになった。中古の安いギターを買って、ゴミ山からチープでぼろぼろな電子ピアノを引っ張って、中古屋のオンボロなパソコンで音を作った。ジャンキーなものでも、音が出ればいい。それは彼の音だ。福間水槌の音なのだ。
『──貴方の音楽を聴きました』
暇つぶしの動画投稿。今思えばひどく陳腐で、独善的で、己のためでしかないような歌だった。評価など期待していない。けれど、心のどこかで彼は同じ傷を舐めあえる仲間を求めていたのだろう。じゃないと、アンチ一般論のくそったれた歌なんて歌えやしない。どこにでもある厭世観なんて、彼の独自の色ではない。
けれど、それが認められてしまったから。
一般人は歌を歌う。きちりきちりと音を立てるのはこぼれかかった心臓か?
おお神よ! 汝は夢見る卵殻に、どうして外を見せてしまったのか!
知らない。わからない。理解しないのさずっとずっと。
──福間水槌は夢を見ない。彼が夢を見せるのだ。
記憶は水底へ。喪った場所へ彼を導くのは、果たして誰だろうか。
1つわかることは、彼の扉が開きかかっていることだけ。
それだけだった。
「魔王様ってな、実は寂しがりやなのだ」
突然のソアラの発言にその場の空気が一瞬困惑の色に染まった。
場所を変え、今はカラオケである。不吉な占いこそあったが、でも家に帰っても変わらない可能性があるので、どうせなら被害の少ない外で今日のぶんの不幸を消費しようと考えたのだ。そして部屋に着き、歌う順番が2巡ほどしたときに、ソアラがこの発言をした。
「いや、な。ここに来る途中で魔王様を見たのだが……その……な? なんか男捕まえていちゃいちゃしてたから……」
……あれ、魔王って女なのか? 戦闘狂のおっさんかと思ってた。
しかし、魔王……ひょっとすると厄ネタか? 今日は不幸がうんぬんだし、全然可能性はあると思うんだが。
「私の魔力にも気づいてなかったし、たぶん緊張してたのであろうな」
「大丈夫かそれ」
「そもそも魔王様は細かいことに興味がないから、スルーした可能性もあるが……まぁつまり、そういうことなのだ」
「どういうことだよ」
よくわからない。というかその男とやらもひょっとしてこっちの業界の人間か? と考えて、既に染まってきている自分が嫌になる。でもこの間の煉瓦さんの一件から、ちょっと自覚も出てきたのだ。魔法少女として……というか、メルの主として。将来的には術式トラブル専門でなにかやっていきたいなーとは思い始めている。
それはそれとして。
「でも魔王がこっちに来てるって、中々のニュースじゃないの? フレンからは何も聞いてないんだけど?」
「お忍びであろうな。私も知らなかった」
「目的として考えられるのはなんだろうね……やっぱりさっちゃん目当てかな?」
「流石にそれはないだろ。それだったらもっと早く来てるはずだ」
勇者が来てから、結構時間が空いた。動くタイミングとしてはあれくらいなものだと思うんだけど。
まぁ、俺は魔王について知らないからなんとも言えないが。
「……場合によっては、私も動くけど? ソアラちゃんはほんとに何も知らないの?」
「さっぱりである。たぶんそう大した理由はないかな。だって魔王様昔から結構失踪してたし」
「……んー、わからん。というかなんで魔王が寂しがりやってとこに行き着いたんだ?」
うむ、といい、ソアラは言った。
「魔王様な、実はぼっちなのだ」
「まじかよこの元幹部」
「まぁでもぼっちだもんね。ぼっち煽りめっちゃ効いてたし」
「人形ごっこの女に言われたくないって言葉でブチギレてたのはどこのだれであろうな?」
「はーいソアラ、あんたは私の逆鱗に触れたからね。核地雷踏み抜いたからね。次やったら埋めるよ」
「お前地雷多すぎだろ?」
と、言ってコップの飲み物を一気に飲み干した。見れば、みんなのコップの中身もなくなりかけている。
「飲み物入れてくる。なにがいい?」
「任せるね」
「じゃあ私も任せる」
「お母さんも一緒に行くー」
「うい」
任されたぶんは……適当に、入れるか。
ドリンクサーバーのところへと着き、適当に飲み物を入れる。
「……歌、上手ですね。よく聴き込んでるんだなーって思いました」
「ふふん、我にかかればこんなもの──む?」
声が聞こえる。どうやらちょうど他の客も来ていたようだ。早く場所を開けようと、急いでコップを持ち、
「……な、んな、んなぁ……」
「……サキちゃん、ほんとについてないわね」
「あれ、ドーラさん。知り合いですか?」
「知り合いというか……なんと言うか……ええい! なんで貴様がここにおるのだ!」
と、そんなやり取りがあった。
「母さん、知り合い?」
「さっき言ってたでしょ。まさかブッキングするなんて思わなかったけれど」
「……まさか」
そこまで言って、察する。
ひょっとして、魔王も来てるのか?
「こういう庶民的なところに来るとは思わなかったわ」
「それはこっちのセリフ! なんで! 貴様は! ……はっ、ひょっとするとあの男も……!?」
「あの人は忙しいから。今日は女子会」
「……ふむ。ならばよい。それでそこのは……貴様がよく自慢する子供か?」
「うん。かわいいでしょ?」
やめろ。
ここでようやく、はっきりと姿を見た。
普通の女子だ。容姿はずば抜けているが、それだけ。口調こそかなり妙だが、それでも魔王というにはなんというか……迫力の欠けるような。なんとなく、借りてきた猫を彷彿とさせる。これは一緒にいるヤツのためだろうか?
隣の男の方は、死んだ目以外は普通の容姿だ。……でも、妙に既視感のある顔をしている。なんだろう?
「ところでそっちの男の人は?」
「んなっ!? な、なにをいきなり!?」
「あーらやだ。なんでそこまで動揺するのかしら? ちょっと聞いただけよ?」
「そ、そのだな。水槌は……その……説明が難しいというか……。
……そうだ! 貴様の部屋を教えろ! 少し聞きたいことがある」
「307号室よ。でも私に構っている暇はあるの? せっかくのデートなんだし」
「で、デート!?」
と男の方が大きく反応した。顔が赤くなっているのも見える。
ちょっと好感度上がった。
にしても水槌……なにか、頭に引っかかるものがある。
「……で、でーと……か。う、うむ? そ、そういうものでも、あるのかもしれない?」
「ちょ、ドーラさん!? ま、マジですか……?」
「……ふふふ。サキちゃん、行きましょ。あ、どうしても気になるなら相談しにきていいわよー」
と、言って立ち去る母さんについていく。頭の中の引っかかりに意識を向けていると、メルが記憶の底にあったものを引っ張り出してくれた。
「……あ」
「……? どうかした?」
「いや……あの、男の方なんだけどさ」
──そう。俺は知っていた。
「中学のときのクラスメイトだよ。なんか、暴力沙汰で転校になったやつ」
福間水槌。彼のことを。
高校生と喧嘩して転校になった噂と一緒に。
歌が好きと言うだけあって、水槌の歌は慣れている歌いぶりだった。それを聴きながら、ストローでオレンジジュースを口へと送りつつ魔王は考える。
彼女は耳がいい。故に、聞こえていた。特に隠すつもりもなかったのであろう、さっきの2人の会話が。
(暴力沙汰……水槌が? 男であればそのくらいあるんだろうが……にしても、どうにも引っかかる)
彼女は一応魔王だ。それも、ずっと戦いの中に身を置いていた魔王だ。だからこそ理解できる。彼が、そう簡単に喧嘩という行為に向かわないことに。
体つきを見ればわかるのだ。どうみても荒事に慣れていない。……だからこそ気になる。
だが、聞くべきかを迷う。
だって、それは隠したいことなのだろうから。
転校するほどのことなんて、滅多なことだ。彼女にもそれはわかる。一応、神学校に顔を出したりもしているのだ。教会のトップとして。
……けれど。
「なぁ、水槌」
「なんですか?」
気になるのだ。
彼が飲み込んでいるのだろうそれが。
「昔、喧嘩して転校になったって、ほんとか?」
彼の反応は、わかりやすいものだった。わかりやすく動揺し、そして握り込んだマイクを離す。
「……ひょっとして、あいつの……
「誰だそれは。知らん」
「じゃあ、どこで知ったって言うんですか。そのことを知ってるやつなんて、全然いないはずだ」
「……そうか」
いつ話したのか、ということになるから、どこで知ったのかは言わない。
少しして、水槌は「それがなんですか」といった。
「なにが知りたいんですか。それを俺に聞いて、どうするつもりだったんですか」
「いや。気になっただけだ。お主みたいなやつが、どうして喧嘩なんてしたのか」
「知りたいですか」
「違うと言ったら嘘だ」
「……そうですか。……いや……じゃあ、聞いてください。昔のことです」
そうして、水槌は語る。過去に置いていった話を。
「家が厳しくてですね。
優秀な兄がいました。親にずっと比較されて……それで、兄ができることを俺ができなきゃ、怒られました」
「……」
「音楽だけは、ずっと俺のほうが得意だったんですけど……それ以外がダメダメで。それで、ずっと怒られてました。
兄は、そんな俺を心配して、幼馴染と一緒になにかしら励ましてくれました。それで、なんとかがんばれました」
「いい兄だったんだな」
「ええ、本当に。
……それで、昔。すっごく昔のことです。俺が家から逃げようとして、出ていったとき。
幼馴染……未来が俺を探そうとして。それで、……まぁ。なんというか。悪いやつらに見つかっちゃって」
それで、と続け、
「……俺はなにもできないで。それ以来、あいつは男が苦手になって。だから思ったんですよ。もうなにもかもがどうでもいいって。
だからやったんです。それでどうなろうとどうでもよかったんです。俺はただ、めちゃくちゃに殴って……まぁ、ボコボコにされました。人数が違いますからね。……そこを兄に助けられたんです」
「……なるほどな」
「まぁ、とはいえ、俺を背負ってその場から逃げたので、手を出してはないです。それで、俺は結構ガッツリ殴っちゃったから、停学になりました。それで、今の家に追い出されました。親からは金の支援以外は縁を切るとまで言われましたね。でもそんなのはどうでもいいんです。
俺は、好きだった子のピンチに何もできなかった。それが一番、嫌だったんです」
「──」
これで終わりです、と水槌は言った。唯一音楽だけが残ったものだった。
それを聞いて、魔王はわずかながら目を伏せた。
「……俺のこと、軽蔑しますよね」
「いやべつに」
即答だった。
その返答に、水槌は少し驚いた。
「……え?」
「今わかったことがある。我はお主のことが嫌いではなかったらしい。いや、むしろ好きかもしれない」
「……え、いやいや……なんでそんな」
水槌の言葉に、魔王は言う。
「我の部下にはもっと酷いやつがごろごろいる。だから安心しろ、我がお主を嫌いになんてなるか」
魔王様は倫理観が狂っている。
これまで凄惨な死体だってたくさん見てきた。酷いことなんてたくさん知っている。だからこそ、魔王からすれば水槌の悩みなんて些細なことでしかなく、まして魔王様は水槌に惚れている。故に、その程度は些事であると切り捨てた。
「だがその女子は気の毒だ。よし、任せろ。我がどうにかしてやる」
「……は、はぁ……?」
「なぁ、水槌」
浮遊するような動きで机を飛び越え、魔王は水槌の膝の上に、対面で座った。
その肩に手を乗せ、椅子の背を掴む。
唇が触れ合いそうなほど顔を近づけ、魔王は言った。
「その程度で嫌いになるほど、我は軽くはないぞ」
「────」
頬同士がくっついた。女子の、もっちりとした肌と体温、匂いに、水槌の顔が一気に赤くなる。魔王はその身をぎゅっと密着させ、水槌の足に自分の足を絡ませる。押し倒すようにして肌をすり合わせ、そして笑う。
「……か、体は軽いですよ」
「ぬふ。うまいこと言ったつもりか? だが良いだろう。そんなお前が好きだ」
「──! そ、そんなこと言ってると誤解されますよ……ってあー! なんでもっとくっつくんですか……!」
「んふふ、誤解ってどんなだ?」
「そ、その……俺のこと好きなのかなーとか、なんか……!」
「……好きだぞ。……すっごく」
「えっ」
水槌の頭はもはやろくに働かない。暫く感じることのなかった女性の感覚に、邪な思いを抑えることだけでほとんど限界だった。だから、よくその言葉の意味がわからなかった。
「でもなんだろうな。フレンとか、バルザールとか、リースとか、メルメルメとかに対する好きとはまた違うんだ。こんな思いになったのは水槌が初めてなんだ。なぁ、知らないか?」
「な、なにがっ!? なにを!?」
「他の誰とも違うんだ。こうしてくっついて、ぎゅっとして、話して、笑って、一緒にいたいのはお主がはじめてなんだ。声が聞きたいって思ったのも、ふれあいたいって思ったのも、いっしょにいてこんなにどきどきするのも、全部お主が……水槌がはじめてなんだ」
「……え」
「……我は、おかしくなったのかな。今までこんなことはなかったんだ。でも、なんでかわからないけど……すっごく、一緒にいたいんだ。全部知りたいんだ。そして、全部を知ってほしいんだ」
「──え、え」
──耳元でささやく声。熱を帯びた声音。知らない。わからない。
こんな直球な音は、色は、わからない。
「──んっ」
(なんでそんな声ぇ──!?)
後ろに手を回しただけなのに。いけない。
このままじゃ、熱に流される。だれか、なにかどうにか──
と、そこで水槌は扉の向こうに目を向けた。一瞬なにか映ったのだ。そしてそれは、気の所為ではなかった。
「はわわ……す、進んでる……あの戦闘狂魔王のくせに私よりも遥かに進んでるよ……? こ、これが恨み……コレガココロ……? キレキレフェリアになるよ……?」
「うるせぇ静かにしろ今いいとこなんだから! がんばれー……がんばれ魔王……福間……! メルもゾラも応援してるから……!」
「サキちゃんったらノリノリねぇ。自分がマトモな恋愛してないからかしら?」
「魔王様がメスの顔してるのだ……」
(なんかめっちゃ覗いてる……!)
(だってラブコメの波動を感じたんだもん……!)
(人の思考に割り込まないで……!)
(ごめん……!)
(許す……!)
おかげで冷静になれた。そう思いつつ、水槌は魔王の頭をなで、
「ドーラさん。友達に見られてるよ」
「のわぁ──!?!?!?」
めちゃくちゃ機敏な動きで逃げられた。
「……いつから見られてた?」
「わかんない」
(抱きついてから……!)
(だから割り込まないで……!)
(ごめん……!)
「……最初からみたい」
(ごめん……!!)
「……。すまない水槌。少し席を外す」
「う、うん。いってらっしゃい……?」
扉の向こうが蜘蛛の子を散らすようにバラけたのを見て、少し。
「……もう恋なんかしないって、決めたはずなのになぁ」
先程の体の柔らかさも、匂いも、なにもかもが焼き付いている。
彼の語ったことなんて吹き飛ばしてしまえる、どうにでもできることみたいに彼女は笑うのだ。抱え込んできたことは、意外と普通に、今日あった少女に受け入れられて。
「……あーやばい。負けた」
福間水槌は呟いた。
「完全に惚れちまったなぁ」
(こ、これは……良質なラブの気配……! 応援してます……!)
(ああうんほんと。もういいよ割り込んできて。てかきみ誰だよ)
(ありがとう……!)
誰だよ。
この時勢にカラオケで濃厚接触とか大丈夫か?????????????
一応言っとくと歌詞っぽいなにかは自作です
作業用BGMはたべるんごのうたとかでした。アイドルマスターまったく興味なかったけどちょっと気になったよ
あとは勇者のくせにとかだよ
作曲系ぶいちゅーばーってみんなこんなガチなのか……!とか思って驚愕したよ。だいぶアルバムほしくなった。気になった人はようつべとかで勇者のくせにを検索してください。あの勇者観は素晴らしいと思う。
ついでに水槌くんの兄はまーた例にもれず一般人的には天才です
この作品天才安売りしすぎじゃない??大丈夫???