風は吹かず 作:空気風船
『心が折れる』という表現かある。
心を一本の棒と見立て、それを折る事で『挫折』や『絶望』といった感情を表現する慣用句。
本来具体的な形を持たない心を、である。
これが別の単語であればなんじゃそりゃと一蹴できるのだが、これに関してはそう馬鹿にもできない。
実際、心が『折れる』音を何度も聞いているから。
ミシミシと撓んだヤシの木が、耐えかねてバキンと折れるのだ。
だがこれは過去を回想したときに当てはめた、具体的な表現。
より抽象的に表すのなら。
『
頑張って頑張って頑張って伸びて伸びて伸びて。
それで見える景色が何も変わらないと気づいてしまった時。
あるいは。
光明が見えた途端に、横あいからぶん殴られた時。
自分の程度を知った時。
すぐ横道に平坦で楽な道があると知った時。
一切の事に意味が無かったと理解した時。
体より先に、心が萎む。
身体中から不満とやる気が零れ出ていく。
残るのは白い抜け殻とぐちゃぐちゃになった積み木。
世は全て事もなしと自分を嗤い嘲り蔑ましながらそれらしい形になるまで積み木をこねくり回す。
何度もあった。
何度も聞いた。
何度も萎んだ。
何度も折れた。
それでもなんとか穴の空いた風船にパッチを当てて。
何度も膨らまして。
破裂しても。
空気が漏れ出ても。
そうしなければ立ち上がれないから。
見せかけだけでも進んでるように示さないから。
そうしなければ殺されてしまうから。
死にたくないのか。
生きたいのか。
なぜそう願うのかがわからない。
萎むために空気を入れるのか。
崩されるために石を積み上げるのか。
死ぬために生きるのか。
ただ、死ぬ為には生きていなければならない。
死なないのならば、生きなければならない。
死ぬために努力するか、生きるために努力するか。
それなら確かに、『死ぬよりマシ』な生なのかもしれない。
死ぬ努力は面倒。
風船を膨らませる装置を廃棄する手間が必要。
積み上げる石を全部川に投げ入れなきゃならない。
その点、生きる努力とは楽だ。
破裂した風船をまた膨らませてやるだけでいい。
手元にある石をまた足元に置けばいい。
生きるだけの努力は簡単で、そのままであるだけでいい。
ただ、それがある瞬間から目的が変わるのがいけない。
より大きく膨らまそう。
より高くまで積もう。
ああ、本当に『二度あることは三度ある』。
ならば四度目も五度目もあるのも当然で。
『馬鹿は死ななきゃ治らない』とは良く言ったもの。
こんな馬鹿なことを死ぬまでやめられないんだから、そりゃ治らないはずさ。
生きる理由のない人生
死ぬ理由のない人生
ただ生きているだけで良いのなら。