希望と出逢うまで   作:ササキアンヨ

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無限の水底

呪具が壊れた。それ自体は別に珍しくもねぇ。勘違いしてる連中も多いが、呪具なんざ所詮は消耗品。使ってりゃそのうち壊れるもんだ。新しいのを買えばいい。問題はそのための資金が無いことだ。

 

「一昨日のレースは失敗だったかー」

 

負けるのは本質じゃねぇ。勝負なんて格好がつきゃどちらかの敗北はゲームの前から決まっている。俺が術師殺しとしてそこそこ仕事を成立させてるのは、そもそも勝負の土俵に立たずに相手を殺すからだ。呪術界の厄介者。それが、俺だ。そして、そんな厄介者に呪具を売ってくれるヤツなんて滅多に居ねぇ。

 

そもそも呪具売ってるヤツがマイナーだってか?まぁ、呪術師そのものが少ねぇんだからそうだよな。低い軒先が連なる道を歩く。妙に赤い札が貼られた店に入る。ここが俺の行きつけの店だ。名前は知らねぇ。どうでもいいからな。

 

昔の漫画からそのまま出てきたような丸眼鏡の太った中国人店長が俺を見て少し硬めだった表情を崩す。

 

「おお、Mr。久しぶりネ」

 

「よぉ。欲しいもんがあるんだが。まぁ、でも、その前に掘り出し物は無ぇか?」

 

「……それならちょうどいいものがあるヨ。こちらも引き取ってほしかったところアル」

 

そう言って店長が店の奥に引っ込む。ふむ。臭いな。あいつは客の前じゃいつも笑顔だ。そのサービス精神は人間として尊敬出来る部分でもある。他の店は知らねぇがこの店には後ろ暗い連中が集まるという理由で店の窓には簡易的な帳が常に降ろされている。

 

つってもマジックミラーみたいなもんで外からは黒いだけだが中からは普通に外が見える。だから、この店長はいつも客が入ってくる前に笑顔を整えている。それなのに今日は強張ってやがった。……血の匂いはしないが、むしろ匂いが無さすぎる。

 

「これアル。Mr、近くに来ておクレ」

 

「おい、誰か殺したのか?」

 

店長は笑顔を崩さない。呪具屋はありとあらゆるルートから品物を仕入れる。その中には殺してでも商品にしたい物があるのは当然のことだ。だからこそ、呪具屋はそこそこ腕のある呪術師にしか務まらない。もしくは、よほどの組織がバックに着いているかだ。

 

「お客さん、相変わらず趣味が悪いアル。別に殺すつもりはなかったんだヨ。でも、このヒト頼むから返してほしいってうるさくっテ」

 

「返してほしい?悪どい手段で奪ったのかよ」

 

「いつものことアル。家族を薬漬けにして少しずつ借金させて、マフィアが家の周りを彷徨き始めたころに有料で追い払ってやル。その程度のこと、どこの呪具屋でもやってるアル」

 

「ハハッ、言い切るねぇ。俺もオマエがそんなんだから気に入ってるんだ。で、その刀が殺したヤツの家から差し押さえたやつか?」

 

「これは違うアル。分かってるヨ、お客さん。手持ちが少ないネ?死んだカレの家から仕入れた物は高額アル。お客さんが本家潰す勢いで持って来ないとこれは買えないヨ」

 

「ほう。そんなに上物が入ったのか。いくらだ?」

 

「特級呪具アル。でも、とても値段なんてつけられないネ。ワタシもこれを持っていることが他の連中に知られたらまず殺されるのは間違いないネ」

 

「焦らすねぇ。どんな効果なんだ?」

 

「……Mrなら確かにいずれは手に入れられそうな気がするアル。それなら名前くらいは教えてもいいネ。かつて国を産む際に使われたとも言われる神具ならぬ特級呪具、《天逆鉾》。……お客さん、いま凄く悪い顔しているアルヨ」

 

「俺もなかなか少年気分が抜けてねぇな。年甲斐も無くワクワクしてきたぜ。だが、確かにそりゃあ、今の俺には到底出せねぇな」

 

殺して奪い取りゃいいんだが、今はそのための呪具すら無ぇ。後回しだな。そもそも俺みたいな厄介者に商品を売ってくれる呪具屋は稀だ。だから、本音を言うなら殺さずに買うのがベターなんだが……。

 

「お客さん、さすがに少年気分は抜けてないとおかしいアル。そんな言葉使っていいのは童貞だけアルネ。Mrはもう大人。だからこそ、これをワタシは勧めているネ」

 

言い過ぎだろ。俺はそんなに歳食ってねぇぞ。店長が黒い棚から抜き出した刀には鍔の部分が白い毛で覆われていた。刃は美しい白さを保っているが、見たところ相当古いものだ。使い勝手も良さそうだし、そこらの術師なら簡単に膾切りに出来そうなくらい強そうだな。

 

「おいおい、これはなかなかの業物だろうが。そりゃあ《天逆鉾》とは比べられねぇかもしれねぇが、高いだろ」

 

「5億アル」

 

「ほーん。まぁ、それくらいだよな。で、俺に5億出せってか?そいつは無茶ってもんだぜ」

 

「分かってるアル。ここからが商談ネ」

 

「へぇ」

 

「この刀の名前は《カツマギリ》ネ。お客さんはさすがに良い審美眼アル。ワタシの店の呪具をたくさん使い潰しているだけアルネ」

 

「うっせ」

 

「《カツマギリ》は名刀アル。これだけでも商品としては充分なくらいだと言えるネ。でも、これは今のままじゃ、欠陥商品ネ」

 

「何でだ?」

 

「人を斬れないアル」

 

「はぁ?こんなに斬れ味良さそうなのに?マジかよ。人を殺せねぇ刀なんざに用は無ぇぞ」

 

「呪霊殺すだけなら、それで充分ネ。でも、さっき言った通り、『このままじゃ』ダメなだけで完成させれば別の話ネ」

 

「完成?別にこの刀に足りなさそう部品とかがあるようには見えねぇが」

 

「これは刀アル。だけど、多くのコレクターの間を回るうちにすっかりその本分を忘れてしまったノ。だから、お客さんには刀の本分を思い出させてほしいアル」

 

「ほぉ……つまり、この刀で人を殺せってか」

 

「その通り。お客さんは頭マワルからワタシとしても無駄な説明しなくて済むから楽アル。でも、手間かかるのはどうも完成させるためには21人の命を奪わなくてはいけない点アル。殺せば殺すほど斬れ味は高まっていくから、普通に使うぶんには完全に完成させる必要は無いネ。でも、お客さんは違うデショ?」

 

「だなぁ。せっかくだから、完成させてやりてぇ。つっても殺す相手が居ねぇな。パンピー殺しまくるのは簡単だが、気分が乗らねぇ。引き受けてる仕事も今は……無ぇな」

 

「大丈夫アル。さっきも言った通り、これは商談アル。ワタシはこの店の名前を汚したくないネ。Mrみたいな上客に欠陥商品を売ったとなったらどんな呪いを受けるかわかったもんじゃナイ。だから……取り引きアル」

 

「聞こう」

 

「Mrにはさっき話したネ?ワタシは《天逆鉾》のためにヒトを殺したアル。仕掛けに気付かなかったワタシが遜咖(シュンカー)な話だけど、こいつのバックには呪術組織がいたみたいアル」

 

そう言って店長がこちらに何かを投げて寄越す。GPS的な呪具か。なるほど。

 

「これを持って追いかけてくるやつ、みんな殺せってか。しかし、この呪具もなかなか高そうなモンじゃねぇか。その組織の名前は?」

 

「『東陽坊』」

 

デカイ所だ。臨済宗の建仁寺の後ろにいる奴らだな。しかし、妙な話ではあるな。神仏習合が馬鹿みたいに進んでた昔ならいざ知らず、《天逆鉾》を持ってたヤツと関わり合いになるような連中じゃない。てっきり、敵は元華族系だとばかり思っていたが。

 

「お客さんが考えてる表情はセクシーアルネ」

 

「あん?悪いが俺は女専門だからな?」

 

「そういうことじゃないアル。まぁ、事情は説明しておくヨ。さっき殺した男はワタシが《天逆鉾》を奪い取った家の若旦那ネ。鷹司の分家アル。この男も薬漬けになってはいたんだけどネ。警察が薬物取締で見張っていて、事情が事情なだけに元公家連中のお仲間には話せなかったみたいアル」

 

「それでよりにもよって正反対なヤツらに力を借りたってわけだ。まぁ、警察を騙くらかすなんて呪術師にとっては楽勝だわな」

 

うん?視線だ。店の外から。坊主頭の男。これまでの話を聞いてなかったらスキンヘッドでメタルにでもかぶれてそうなニイちゃんに見えるんだけどな。

 

「もう来たカ。帳を降ろすわけにはいかないネ。こちらも信用商売アル。お客さん、後ろを振り向かずそのままの姿勢でいてクレ」

 

店長が《カツマギリ》を渡してくるが、俺はとりあえず机の上に置き、GPSの呪具をポケットに入れる。うえっ。気持ち悪い感触だぜ。だが、飼ってる呪霊に入れちまうと意味が無い。

 

「あのボウズが入ってきたらお客さんに目が向くようにするヨ。そして、ワタシが隙作るネ。そこを攻撃。オーケー?」

 

「分かった」

 

《カツマギリ》。漢字が浮かばねぇな。ギリは切りだろ。刀なんだし。万全の状態にするには21人殺さなくちゃいけない。21、21……。羯磨曼荼羅。そうか、《羯磨切り》ってか。

 

曼荼羅とは密教系仏教における図像のことだ。基本的に全ての曼荼羅には仏が中央に鎮座し、周囲をさまざまな仏が位置取る。ただの絵だけじゃなくて砂に書いたりしてるのも有名だ。そして羯磨曼荼羅は画像ではなく、立体。ちょうど、東寺にある羯磨曼荼羅は21体の鋳物や塑像で造立した群体である。

 

ちっ。家で仕込まれた知識が役に立つほどに腹立たしいことはない。そういや、隙を作るって言ってたがこの店長は何をするつもりだ?戦ってくれるなら、術式や戦闘スタイルも知りたいから良いんだが。

 

店に坊主が入ってくる。重い音だ。俺は床板の軋み方でなんとなく相手の体重が分かる。

 

「おい、聞きたいことがあるんだが」

 

「お客さん、ちょっと待っててほしいアル。いま、こっちのお客さんと商談中ネ」

 

「あぁ?ガキじゃねえかよ。おい、ガキ。ここはテメェみたいなヤツが来るところじゃねえ」

 

坊主がこちらを向いたので俺も見る。腕は案外太くない。身長は185センチくらいか。胴に筋肉が詰まってそうだ。体重は93キロ……。

 

「傷付くな。でも、旦那より女の経験なら俺の方が上だと思うぜ?」

 

「はん。軟派な奴だ。ここの呪具は高いと聞いてる。テメェみたいなガキには一生縁が無ぇ。帰りな」

 

「順番なら変わるよ、旦那」

 

俺は坊主の後ろに立つ。だが、どうも警戒しているみたいだな。隙が無い。《羯磨切り》は机の上だ。呪具でも何でもねぇ拳銃は持ってるから、別に殺せる。だが、人を殺すのはわりと面倒だ。どうせなら《羯磨切り》を試したいところだな。しかし、店を血で汚していいものだろうか?そう考えていると店長が《羯磨切り》をこちらに投げて寄越した。寄りにも寄って。

 

「Mr禪院、忘れ物だヨ」

 

苗字を呼びながら。

 

「なっ!禪院だと!?っ、ぐふ」

 

勢いよくこちらを振り返った坊主の胴がガラ空きだった。右から来た金棒のような武器と左から来た俺の蹴りを坊主は避けられず思い切り食らった。店を血で汚すのは店長に悪いとか思いかけてた自分が恥ずかしいわ。拳銃で足に1発ずつ撃つ。坊主が倒れ込んだ。

 

「アイヤー。店が汚れたアル!」

 

「店を血で汚すのは悪いかとかこれでも思ってたんだぜ?でも、おまえが悪い」

 

《羯磨切り》で痙攣するように震える坊主の頭をぶん殴る。刀で人を斬れなくても、刀は鉄の塊だ。これで殺せる。

 

「またお客さんったら、分かってるアルヨ。血で汚れたら店にある何かの呪術や呪具が発動して面倒な事態になるかもとか思ってたんデショ」

 

「何のことだか。しかし、発動しないようだな」

 

「ワタシがオフにしてるからネ。しかし、厄介なお客さんアル。名字を呼んだだけでそんなに怒るとハ。じゃあ、ワタシはMrを何と呼べば?」

 

「さっきから《お客さん》だとか《Mr》とか呼んでちゃんと誤魔化してくれてるじゃねぇか。そう呼べよ」

 

「ワタシのお客さんは多いアル。個別に呼びたい場合はどうすればイイ?」

 

「なら名前で呼べ」

 

「Mr甚爾。で、いいアルカ?」

 

「オマエは何でも知ってるな」

 

「何でもは知らないアル。知ってることダケ」

 

「…………そのネタが分かるヤツが何で呪具屋なんてやってるんだ?」

 

「親の家を継いだだけアル。それにしてもMr甚爾は見事な腕前ネ。人殺しに慣れテル。将来は立派な……呪詛師?呪術師?どちらもしっくりこないネ」

 

「そうだな。……殺し屋がいいな。プロの術師殺し。そういうヤツになってみてぇ。御立派な家に生まれて御立派な術式に恵まれた強い術師を殺しまくる。痛快じゃねぇか?」

 

「俺TUEEE小説にありそうな設定アル」

 

「オマエ、そんなもんも読んでるの?」

 

「日本の文学面白いネ」

 

「……まぁ、いいけどよ。じゃあ、ちょっくら20人殺してくるわ。で、この《羯磨切り》はいくらに負けてくれるんだよ?」

 

「5000円でいいアル」

 

「マジか」

 

「男に二言は無いアル」

 

「……すまん。5000円も無かったわ」

 

「………………お客さん」

 

「いや、悪ィ」

 

「それならタダで持っていくアル」

 

「おっ、サンキュ」

 

「Mr甚爾。《天逆鉾》をワタシから買う日を楽しみにしているヨ」

 

「オマエも長生きしろよ。俺も張り合いが無ぇからな」

 

「……分かってるヨ、お客さん。ワタシを殺せば《天逆鉾》タダで手に入ると思っているデショ」

 

「やるねぇ、辣腕の商人だ」

 

「それは無理アル。ワタシこれでもなかなか強い。今のMr甚爾じゃ勝てないアル。それにこの店はすぐにでも移すネ」

 

「は?何で?」

 

「お客さんが店を血で汚したからネ。それに《天逆鉾》の情報がどこから漏れるか分からないアル。何か買いたくなったら、ワタシの甥に電話するアル。番号はこれ」

 

孔時雨。中国語か?

 

「なんて読むんだ?」

 

「コンシウ。今は韓国で刑事をやってるアル。でも、お客さんがまた呪具が必要になった頃にはどうせ辞めてるヨ」

 

「韓国?えっ、オマエ韓国人なの?」

 

「アイヤー。知らなかったアルか?」

 

 

マジで笑った。そんな言動してて韓国人とか。それも含めてあいつの戦い方なのかも知れないが。人を殺す前にこんな明るい気持ちになったのは始めてかもしれないな。時計を見る。

 

おっ。そういや、あと10分で俺の誕生日だ。華の10代も終わりかー。つっても、俺には華の時代なんざ無かったがな。さ、いっちょ殺してやりますか。

 

 

 

本当に面白いアル。あれで落ちこぼれ?あれで除け者?日本の呪術界に未来は無いな。呪術師に必要なものとは才能でも術式でもない。いかに敵をよく見ているか。つまり、観察眼。

 

彼は言葉通り、素晴らしい術師殺しになるだろう。ワタシの元にも多く通ってもらわねば。そのため、甥には仲介業をやってもらおう。まずは、刑事なんて甘い仕事から離れるように手を回すところから始めるか。

 

Mr甚爾の目を思い出す。昏い昏い水底のような目。絶望しか知らない目。とても良い客になる。面白い。面白い。そして同時に興味も湧いた。彼が一度希望を知り、それを喪ったとしたら?どれほどの逸材になるだろう。

 

こんな欲に踊らされるなんて自分らしくない。だが、私はもう溺れてしまっている。無限に続く彼の水底で。

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