夕方、執務室に行くと渋い顔をした提督が座っていた。
「...予想以上に、やばいね」
そう言って、深く溜息を吐いた。提督の側に居た時雨が口を開く。
「提督。僕たちは出なくて良いのかい」
「ん.........どうしようかな。ちょっと迷ってる」
「正直言って、このレベルになってくると第6駆逐隊じゃ練度が足りないと思うよ」
時雨の言葉が図星だったのか、提督は眼を伏せる。
「だからこそ、なんだけどね。厳しいのは確かだから私も困ってるの」
提督は自虐的な笑みを浮かべつつそう言った。
本当に困っていることはその表情でわかった。
「夕立と僕に任せて欲しいな。これくらいならすぐ突破できると思うんだ」
時雨の請願に一瞬迷う素振りを見せたが、すぐに否定した。
「やっぱりだめ」
「...そう。わかったよ」
「夕立ちゃんには出てもらう。夜戦でも戦果を挙げたいからね」
「そっか」
「ごめんね」
「いや、いいんだ。僕だってわかってるから」
彼女が今回の作戦で出撃することは許されない。
今回の作戦は深海棲艦を迎撃するという、単純明快な内容だ。フィリピン諸島周辺の海域。歴史上『レイテ沖海戦』と呼ばれる海戦になぞらえた深海棲艦の侵攻だった。
歴史は繰り返す――
私達艦娘は、大戦時の戦果や逸話がそのまま能力に反映されている。歴史が私たちを形作っていると言っても過言ではない。そしてそれは性能や装備だけではなく、結果にも反映されてしまう。
3年程前、南シナ海へと侵攻してきた深海棲艦に日本は厳しい戦いを強いられた。当時、どこの鎮守府も資材の枯渇が無いよう水雷戦隊を中心とした艦隊運営を行っていたため、深海棲艦の侵攻を止めることは叶わず、負け戦を続けていた。
そんな中、ある提督が「海域と敵の編成がマレー沖海戦に酷似している」ことに気づく。航空戦力を主体とした編成により、いとも簡単に深海棲艦を殲滅。この日から研究が進み、現在では艦娘は史実に基づいた能力の発揮が可能で、状況を近づけるほどその強度は高くなるとされている。
白露型駆逐艦2番艦の時雨。幸運艦と呼ばれた彼女は被弾が不自然なほど少ない。性能は他の白露型と変わらないのだが、彼女はいつも無傷で帰ってくる。非常に優秀な艦娘だが、今回の作戦には一つだけ問題があった。
時雨はレイテ沖海戦にて西村艦隊に編成され、ただ一隻、生き残った艦である。
もし時雨を出撃させると、他の艦娘が全員沈んでしまう可能性があるのだ。そういう理由から、提督は時雨に出撃命令を出すことが出来ない。
時雨の歯痒さに共感を覚える。
――私もそうだから。山城の名を背負って生まれて、また役に立てないから。
今回だってそうだ。他人事じゃないのだ。
山城もまた、時雨と共に西村艦隊に編成され、そして時雨に看取られた戦艦だった。
過去も、今も、きっとこれからも。私が役に立つことはないのだろう。
「これで失礼するよ」
「うん...ごめんね」
「いいんだ。じゃっ」
時雨はそう言って執務室を出て行った。
「提督」
「ん、なに?」
いつもと変わらない表情だが、目の下に隈ができている。それに気づかない私じゃない。
「ヒトロクマルマル。少しお休みされるのが良いかと」
「そういう訳にも、ね。夜戦の編成しないと」
「そうですか」
下を向く。休んでほしい――と、口から出かかった言葉を飲み込む。それはずっと休んでいる私が言ってはいけない言葉だ。恐らく私が強く言ったら提督は従ってくれるだろう。だからこそ簡単に口を出せないのだ。
「山城」
黙っていると、今度は提督から話しかけられる。彼女を見ると優しげに微笑んでいて、その表情だけで次になにを言うのかわかる。いつもそうやって微笑んで、そして言うのだ。
「好きよ、山城」
それがどれほど私を苦しませているのか、きっと彼女は理解している。恐らく――私のことをきちんと理解しているからこそ言っているのだと思う。
私が戦えない戦艦だということを。