続き?わからないです
蒼紫は日課である瞑想を竹林の奥にある阿の処で行った後、帰路に就いていた。
すっかりと夜も暮れ、己を慕う少女が今か今かと首を長くして待っている事だろう。
(―…やはり森が変わっている)
いくら獣道とは言え、慣れ親しんだ道でもある。
そもそも初めて足を踏み入れる場所でさえ、蒼紫は迷う事など無い。
にも拘らず今の自分がいる場所は見た事も無い場所であった。
竹ばかりであった周りの植生も明らかに異なっており、道を間違えたという話でもなさそうである。
状況を確認する為に五感を研ぎ澄ませていると、遠くから悲鳴が聞こえた。
「ギャァアア!!!こんなの聞いてない!聞いてないってー!」
忍び装束に身を包んだ少年が、叫びながら光の差さない森を駆け抜ける。
隠としての任務で鬼殺隊が鬼を倒した後始末をしていた時の事だ。
痕跡を消している間に別の鬼に襲われたのだ。
「残念だったなあ、鬼殺隊員もいないし安心して食べられるぜ」
隠が仕事をする環境というのは主に日の光の届かない屋内か、夜である。
近くに鬼が潜んでいる危険性は一般人よりも高い、鬼からすれば日輪刀を帯刀していないのだから隊員よりも肉を喰らいやすいのだ。
不運な事に前の鬼を倒した隊員の負傷も大きく真っ先に手当の為に運ばれていったため、現状逃げ切る以外に打てる手が無いのだ。
「誰か、誰か助けてくれー!」
「おいおい、こんな山奥の外れに人なんか来るわけないだろ?」
隠もそれなりに鍛えてはいる為、逃げる速さはかなりのものなのだが運動能力も体力も規格外の鬼が相手では分が悪すぎる。
次第に距離を詰められてゆき、その大きな掌で背中から地面に縫い付けられてしまった。
強すぎる力に耐えられない肉体からは軋む音が聞こえてくる。
「へっへっへ…鬼ごっこはここまでの様だな。それじゃあ、いただきます」
醜悪な顔が彼に向けられたその瞬間、側頭部に鞘が投げつけられ次の瞬間には鬼の身体は切り刻まれ崩れ落ちていた。
「怪我はないか?」
「あ、ありがとうございます。…鬼殺隊士じゃない…?あ、あのその刀って日輪刀でしょうか?」
隠の少年は助けてくれた蒼紫に礼を述べるとともに服装が鬼殺隊士の制服では無い事に気が付き恐る恐る尋ねる。
蒼紫も彼の反応に違和感を覚えた、その怯えようはまだ脅威が去っていないという事を雄弁に語っている。
鬼殺隊士、日輪刀いずれも聞いた事の無い言葉だ。
至る所に密偵を放っている御頭の自分が情報面で暗い事はまず無いのだが…。
「―日輪刀とはなんだ?答えろ」
「鬼を倒す武器ですよ!鬼は首を刎ねるか日光に当てないと死なないの!ああもう駄目…」
せっかく助かったと思ったのに肝心の日輪刀が無い。
日が昇るまで相当時間はかかるし、逃走する為に場所を変えていったため鬼殺隊の仲間がすぐさま駆けつけてくれるとも思えない。
異形の姿を見るにどうやら血鬼術までは使えないようだが決して弱い鬼でもなさそうだ。
彼には助かると思えなかった。
そう考えている内にも鬼には肉片が蠢いて集まってゆき、再び元の醜悪な化け物の姿へと整形されてゆく。
「ならば朝まで時間を稼げばいい」
御庭番式小太刀二刀流
繋ぎ合わされるたびに切り刻まれ、細切れにされる鬼。
あまりの光景に開いた口が塞がらない。
下手な隊士より強いのではないだろうか。
どちらが鬼かと問われたら返答に困る光景であろう。
―
「終わりだ」
朝日と共に鬼の肉片が崩れ消滅してゆく。
目の前で鬼殺隊士でもない男が一方的に切り刻み倒してしまった。
恐ろしい程の手数と力、そして体力である。
「すげえ…ありがとうございます!あなたが来てくれなかったら俺死んでました!」
「礼などいい。いくつか質問に答えてもらおう。ここはどこだ?」
蒼紫は質問をする傍らで懐から薬を出し、応急手当を施してゆく。
手慣れた動きで薬を患部に塗り、包帯を巻いていく。
「へ?ここは下諏訪ですけど…」
(下諏訪…ここで嘘をつく理由などない。俺が迷い込んだとしても無理がある距離だ。―いや、先程見た異形の存在を考えるにここが自分のいる場所と同じとは考えない方がいいかも知れん)
「なるほど、鬼や鬼殺隊とは何だ?」
「鬼は先程倒した異形の怪物ですよ。始まりの鬼の血によって人間が変質した姿で人の肉を喰らいます。鬼殺隊は鬼を倒す組織です…あの、こちらからも質問してよろしいでしょうか?」
「内容による」
「あの…なんで刀を持ってるんですか?明治初期までならともかく大正の今だと捕まりますよ?」
この言葉には流石の蒼紫も僅かに驚く。
もっとも彼は表情を悟らせない訓練を十年以上にわたり積んでいる為、長年の付き合いのある者にしかわからないだろう。
それ以上に注意すべきは、年代すら違うであろう点だ。
これでは京都にある皆の待つ葵屋が存在しているかすらも怪しい。
「―そうか」
「あの、とりあえず藤の家へと行きませんか?色々と訳ありみたいですし、腰を落ち着けてお話し出来たらと思います。あー、藤の家っていうのは鬼殺隊士を助けるための施設だと思って頂ければいいかと思います。本来は鬼殺隊の方しか利用できませんが俺、掛け合ってみます。鬼を退治してくれた方ですし解ってもらえると思います。なにより命の恩人です、これくらいはさせて下さい」
蒼紫は目を瞑り、僅かに思案する。
本来であれば、隠密でもある為あまりこちらの痕跡を残したくはない。
しかし、だ。
色々と決断するには情報が足りないし、自身が行く当てなどない。
「―すまんな。ご厚意感謝する」
どうやら受け入れて貰えたようだ。
後藤はほっと胸を撫で下ろす。
鬼殺隊所属の者が一般人、…一般人?に鬼から守ってもらったのだ。
これで丁重に持て成さなかったら沽券に関わる。
万が一柱に伝わろうものなら想像するだけでも恐ろしい。
柱と言えば、水柱の冨岡さんに似ているのかもしれないと思う後藤であった。
「ありがとうございます!俺、後藤って言います!お名前を聞かせて頂いてもよろしいですか?」
「四乃森蒼紫だ。よろしく頼む」
山を下り2人は藤の家へと辿り着いた。
後藤が事情を話すとすんなりと中へと通される。
割と人望に厚い隠なのかも知れない。
「ふぅ…ちゃんとわかって貰えて助かった…。あ、蒼紫さんはゆっくりしていてください。時間になったら料理が出てくると思うので。俺は先程の件の報告を済ませてきます」
「ああ、そうさせてもらう」
後藤と入れ替わる様に、かかりつけの医者がやって来る。
鬼との戦いは文字通り命懸けであり、まずは隊士の治療を優先するためだ。
今回は長い間戦ったとは言え殆ど一方的な展開であった為、怪我らしい怪我などは見受けられない。
身体に刻まれた傷は多いのだが全て古傷なので、むしろそちらの方を心配されてしまった。
そうこうしている内に、食事が運ばれてきた。
豪勢な料理に舌鼓をうちつつ、今後の事を思案する。
こういう時、酒では無く茶であったのがありがたい。
御庭番衆がまだ存在していたとしても、そうではないとしても彼らには生活がある。
何十年も行方をくらませていた御頭が帰って来ても迷惑なだけだ。
「後藤です。報告を済ませてきました。蒼紫さん、お身体の方は大丈夫でしょうか?」
「まったく問題ない、大丈夫だ」
「良かったです、色々とお聞きしたい事があるのですが宜しいでしょうか」
「こちらも聞きたい事がある、情報の共有といこう」
お互いに衝撃の連続であった。
蒼紫は鬼殺隊士が鬼を倒すために呼吸という独自の技法で己の能力を強化し、対抗しているという事や鬼が至る所に存在している事。
後藤は薄々感じていたのだが、蒼紫が京都の竹林にいた筈なのに迷い込んだという神隠しに遭った事や行く当てがないという事を。