鳳翔さん良いよね…
夕陽が差し、茜色に染まる部屋。
乱雑に積まれた書類を見て溜息を吐く男がいた。
「あー…やっちまったかー…。今日は良い天気だったしなぁ…」
独り後ろ頭を掻きながら呟き、また溜息を吐く。
男は仕事中、温かな気候に誘惑され少しだけと自分に言い訳をしながら昼寝と称してガッツリと睡眠を取ってしまったのだ。
今日中に終わらせなければならない仕事が幾つか残っており、この時点で夜更かしでの仕事が確定していた。
「やべぇなぁ…今日に限ってやらかすとは…。まぁ、仕方ないかぁ」
一つ、身体を伸ばし欠伸をし、手付かずの書類に目を通す。
春の日の夕暮れ、割と好きな時間帯、そして良い睡眠を取って少し気分が良くなったのか、自然と鼻歌を奏でていた。
それは世間的に流行したバンドの歌であり、下手ながらもたまにギターで奏でるお気に入りの曲。
機嫌が良い、間違いない。
そんな自覚をしながら書類に必要事項を書き連ね、一枚、また一枚と順当に片付けていく。
…コンコン。
ノックの音が聞こえ、顔を書類から上げる。
気付けば茜色だった部屋には帳が降りていた。
腕時計を見れば2100を指しており、そんなに集中していたのかと少し驚く。
「提督?いらっしゃらないのですか?」
…コンコン。
またノックされ、扉の向こうから優しげな、けれど凛とした声が届いた。
「あ、いや、いるぞ。入ってくれ」
慌てて声を掛けて部屋に入るのを促すと「失礼します」と、先程の声が届き扉が開かれ、髪を一つに纏め、赤い弓道着を着た女性が入ってきた。
名は鳳翔。この小さな鎮守府で色々と面倒を見てくれている軽空母艦の艦娘であった。
暗いですね、と明かりのスイッチを押し、部屋を明るくしてから男、提督に向き直った。
「鳳翔、ごめんごめん。思ったより集中しちゃったみたいで…」
「あら、それは失礼致しました。ですが…お言葉ですけれど、書類はあまり減っていない様ですが…」
そう困った様な笑顔で、少しはマシになったがあまり変わらない書類の山をみてそう言う。
「あぁ…いや…日差しに負けて昼寝を、ね、うん…」
「…今日は暖かくなりましたから。今日の秘書艦は…電ちゃんでしたね」
「あぁ、なんでも姉妹が間宮に行くと聞いたからそのまま一緒に行って今日は休んでしまえと休ませたんだ」
そんな言葉に手を自身の頬に当て驚いた様な表情を浮かべる鳳翔。
「まぁ。良くあの真面目な電ちゃんを説得出来ましたね」
「大した事は言ってないぞ?最近頑張り過ぎだから半休してこいって」
「そうですか。…けれど、そうですね。あの子は1人で気負って頑張ってしまいますから…」
そう物憂げな鳳翔に提督は頷き視線を書類へと落とす。
「適当にやってくれれば良いのだがな。あれはあれもこれもと抱えていっちまうから。適度に荷物を置かせないと、な。…まぁ、荷物を置いて行かせたらこのザマだ、はっはっは」
そんな言葉に鳳翔はまた困った様な笑みを浮かべ、小さく困った人、と呟く。
「む、聞こえたぞ鳳翔。良いか?適当ってのは悪い言葉ではない、適して当たるから適当なのだ。決して手を抜くという意味ではないんだよ」
そんな提督の詭弁を鳳翔は少し呆れてみせ乱雑に積まれた書類を指差した。
「お昼寝という手抜きが、今の書類の山を物語っているのですが、どうなのでしょうね?」
「手厳しいな、鳳翔。だが良い睡眠あってこその良い仕事というものだ。軍人は忙しくあっちゃいけないのだ。はっはっは」
「もう…。…提督、執務も大事ですが食事は如何なさいますか?間宮ももう閉まりますが…」
「飯か。あまり空いてはいないのだが…どうするか」
「軽くでも食べた方が宜しいかと。軽食お持ちしましょうか?」
「む。鳳翔の軽食か。魅力的だな…。何を作るんだ?」
提督の質問に鳳翔はそうですね、と小首を傾げた後、うんと頷く。
「お味噌汁の残りが少しあるので、後は鮭の切り身をほぐしておにぎりなど如何ですか?」
「まごう事なく軽食だな。想像したら腹が減ってきた気がする…頼める?」
提督の言葉に微笑み、直ぐにお持ち致しますと軽やかな足取りで執務室を後にした。
鳳翔は食堂に来ない提督を気にしてわざわざ執務室まで足を運んだのだろう。
気遣いと気配りの塊の様な女性だ、有難い反面少し申し訳なかった。
が、いつまでも悩むことではないとケリをつけ、止まっていた作業を改めて行い始めた。
この鎮守府は最前線とは程遠く地域一体の守護、輸送船の護送などをメインに行っており艦娘達はそう忙しくはない。
最近では
しかし大本営への報告や資材状況の確認、その他大なり小なり仕事を片付けて行かなくてはならず、書類は減れば増えを繰り返している。
「ま、戦闘なんかしたくないしな。電じゃないが、必要最低限ウチの奴等に手は汚させたくないし…。俺なんで軍人やってんだろ…?」
電は敵を沈めたくない、そういった思いを出会った時から持っていた。
しかし現実は甘くない。
提督が着任した頃の近海は
心優しい電は敵を沈めた日は中々眠れず、提督の側で寝る事がしばしばあったのだ。
だからこそ逃げず、立ち向かい、新たに出会った仲間達と共に近海の平和を勝ち取り、ひと時の平和を謳歌している。
そんな一昔前の事を思い出しながらも手は止めず、書類を片付けていく。
「提督、失礼しますね」
声がし、控えめな扉の開放音と共に鳳翔が姿を現した。手にはお盆を持っており箸、それと二切れの沢庵とおにぎりが二つ乗った皿と蓋のしてあるお碗が乗っていた。
手早く机に場所を作るとそこに音もなく皿とお碗を置く。
完璧な所作に感動しながらも一言礼を言い蓋を取る。
温かな湯気と共に味噌汁の良い香りが執務室に漂い、提督はおぉと感嘆の声を上げる。
香りを嗅いだ瞬間から腹が空腹を訴える様に鳴き出し、ははっと笑い鳳翔をみる。
「いやはや現金な腹だ。味噌汁の香りを嗅いだら直ぐ様鳴り出した。危うく気付かず飢えて死ぬ所だったようだ」
「また調子の良い事を仰らないで下さい。…冷める前にお上がり下さい」
「あぁ、ありがとう」
そんなお礼と共に箸を鳳翔から受け取り一口味噌汁を啜る。
出汁の旨味と味噌の香りを感じつつ、提督は明日も平和であるように願った。
こんな感じでやっていきます。
続きます。