怖っ。アスナの反応を見てまず思ったことがこれだ。仕方ないだろ。誰だって胸ぐら掴まれながら掠れた声で問いただされたらそう思うだろう。
なんだって、メインヒロイン様はこんな反応してるんだ?
予想立てながら考えていると、キリトが先ほどの言葉を復唱していく。
「ミ、ミルク飲み放題?」
「その後」
「ベッドがデカくていい眺めでは?」
「その後」
あ、もしかして。
「「風呂つき」」
計らずとも二人同時に答えるとアスナはハーフコートの襟元を解放してから、急き込む様に続ける。
「あなた達の部屋、一泊いくらくらいだったっけ?」
「え、えっと八十コル」
「ワタクシも同じく」
「その宿、あと何部屋空いてるの?場所はどこ?私も借りるから案内して」
ああ、やっぱりね。キリトもようやく状況を理解した様で一つ咳込んだ後、妙にしかつめらしい顔になり言った。
「あー、俺さっき、農家の二階を借りてるって言ったよな」
「言ったわ」
「それって、丸ごと借りてるって意味なんだ。だから、空き部屋はゼロ。因みに一階に貸し部屋はなかった」
「なっ………ち、因みにあなたは……」
「ワタクシの場合は一階しかありませんし、キリトサンと同じく部屋を丸ごと借りてる状況ですね。ついでに言っときますけどワタクシ、部屋を十日程前払いしているので、キャンセルは不可ですねぇ。恐らく、キリトサンも同じなのでは?」
「なっ……う、嘘………」
アスナは崩れ落ちかけながら目線をキリトに向ける。すると、キリトは気まずそうに頷いた。
ヤベェ、アスナの反応が面白れぇ。まあ、俺の部屋を借りれないってのは嘘なんだけどね。アルゴが身バレしないようにする為にも教えられないんだよね。仮に教えることができても教えないけどさ。
そんな事を考えているとアスナが相手にギリギリ聞こえる程の大きさの声でキリトに提案した。
「…………あなたのとこで、お風呂、貸して」
◇
キリトの借りている部屋のある場所はトールバーナの町の東に広がる小さな牧草地帯という俺と真逆の位置に存在していた。予想よりも大きく現実世界の下手な豪邸よりも大きいのかもしれない。
敷地の脇には小川が流れ、設置された小さな水車がのどかな音を立てている。二階建ての母屋は、一階にNPCの農家の一家が暮らしていて、玄関をまたいだ俺たちに陽気そうなおかみさんが満面の笑みを向けてきた。暖炉の近くのお婆さんのクエストマークに少し興味が湧いたが無視した。
階段を登ると突き当たりにドアが一つあった。キリトが触れると自動で鍵が開く音が響く。触ったのが俺たちなら決して開かず、鍵開けスキルも完全無効だ。
「……ま、まぁ、どうぞ」
キリトはぎこちないジェスチャーで入るよう促した。
「ハァイ、お邪魔しまぁす」
「…ありがと」
俺は陽気に、アスナは小声で礼を言いながら、部屋に入った。へぇー、広さはそこまで変わんないな。そんな事を考えていると、隣から驚いた様な声が聞こえる。
「な、なにこれ、広っ………こ、これで私の部屋とたった三十コル差!?や、安すぎるでしょ………」
「まぁ、このような部屋は速攻で見つけるのに限りますからねぇ。情報が如何に大切か、こういう時に思い知らされますよねぇ」
「確かにそうだな。こういう部屋を手早く見つけるのは、重要なシステム外スキルだと俺は思ってるよ。まぁ、俺の場合は……」
うん?なんだ?なんで、今の所で言葉を切った?妙な所で言葉を切ったことに疑問を覚えていると、アスナがいる方から盛大な溜息が聞こえた。恐らく、自分の泊まっている宿との差を実感しているのだろう。
すると、キリトは柔らかそうなソファーに体を沈めると長く伸びをしてから思い出したようにアスナを見て、咳払いをしながら言う。
「えー、その、見ればわかると思うけど、風呂場はそこだから……ご、ご自由にどうぞ」
「あ…う、うん」
まあ、誰かの部屋を訪問して、いきなり風呂に直行するのもどうなのかと思わなくもないけど、遠慮するにしても今更すぎるから早く行けばいいのに。
って、そうだ。
「アスナサン、ここの風呂は、現実と少し違和感があるので余り期待しすぎないほうがいいですよぉ」
「……お湯がたくさんあれば、それ以上は望まないわ」
今のは心からの言葉だな、どんだけ風呂に入りたいんだよ。まあ、普通に考えれば約一か月ぶりの風呂だもんな、字面にすると不衛生極まりないけどサッパリしたいか。そう思っている間にアスナはバスルームへと向かった。
さてと、
「さぁて、キリトサァン。アスナサンが風呂から出てくるまでの間、ワタクシと作戦会議と洒落込みましょうかねぇ」
「それもいいが、少し待ってくれ。そろそろ来るはずなんだ」
「はて?誰がですか?」
すると、外廊下に繋がる扉が小刻みにコン、コココン、というノック音が鳴った。
ん?誰だ?
そう思いながらキリトのほうを見ると全身をすくませながら、恐る恐る扉のほうを向いた。少ししてから廊下側のドアに歩み寄ると、意を決した様に引き開けた。なぜ、そんな反応するのか疑問に思っていると、そこにはフードを被った小柄な体と顔にトレードマークのおヒゲが特徴的なアルゴが立っていた。
ああ、なるほどね。そりゃあ、あんな反応もするわな。先程の反応に納得していると、
「珍しいな、あんたがわざわざ部屋まで来るなんて」
キリトはまるで、予め準備したかの様な台詞を口にした。アルゴも今の言葉に疑問を覚えたのか、顔を一瞬怪訝そうに傾けたが、すぐに肩を竦めて応じた。
「まあナ。クライアントが、どうしても今日中に返事を聞いてこいっていうもんだからサ。って、なんでメッフィーがいいんだヨ」
そのまま、アルゴは平然とした足取りで部屋に入る。すると、ソファに足を組みながら座っている俺を見ると少し顔を顰めた。
オイオイ、なんつー失礼な態度だよ。
「そんな反応しないで下さいよぉ、アルゴサァン。メッフィー悲しい」
「おう、そうか。よかったナ」
「おやおや、そんなに怒って。一体誰がこんなに彼女を怒らせたのでしょうか?」
「それが聞いてくれヨ。実は、ピエロみたいなふざけた奴に激辛麻婆を無理矢理食べさせられてナ。朝っぱらから激痛にのたうちまわってたんダ」
「うわぁ、誰がそんな酷いことをしたのでしょう。ワタクシ、その人と出会ったら注意しておきますねぇ」
「オマエが、やったんだろうガァァァァァ!!」
うーん、やっぱりアルゴをいじるの楽しいなぁ。そう思っていると、新鮮なミルクを入れたコップを三つ持ったキリトが呆気に取られた顔をしていた。
「おやぁ?キリトサァン、どうかしましたかぁ?」
「い、いや、アルゴがそんな反応するのはじめて見たからちょっと驚いていたんだ」
………そんなに驚くことか?ていうか、そんなに違うのか?
「普段はどんな感じなんですか?」
「えーと、こっちの言葉をのらりくらりとかわしながら、ちゃっかり情報の料金を値上げしてきたり、自分のこと『オネーサン』って呼んでたりしているな」
へー、確かに違うなぁ。いや、初対面の時は似たような態度を取ってたな。そう考えると、だいぶ砕けた態度になったんだなぁ。
ていうか、オネーサンねぇ。
「ナ、なんなだヨ。そんなにじーっとオレッちのこと見つめて」
俺がアルゴのことを頭から爪先までじっと眺めると、アルゴは少し顔を赤くしながら何か言っていた。ふーん、オネーサンねぇ。
「フッw」
鼻で笑った。
「オイ、今、どこ見て鼻で笑いやがっタ」
「いやぁw、とある女性と比べると胸囲の格差社会だなぁ、と思いましてねぇw」
「ヤロウ!!ブッコロしてヤル!!」
「きゃあ、この相棒殺しぃ!!」
掴みかかってくるアルゴから頭を抱えながら逃げ惑う俺を見て、キリトは口をだらしなく開けながら絶句して見ていた。