うわあああ、という悲鳴のような叫び声がボス部屋を満たした。
レイドメンバーのほぼ全員が、自身の武器を縋るように握りしめ、両眼を見開いている。だが、誰も動こうとしない。まあ、流石にそうなるわな。リーダーが真っ先に死ぬという緊急事態じゃあ、判断でなくなるもの。
さぁて、どうしたものか。このまま逃げるのもありだけど、逃げるときに確実に死者が出る。そうなれば間違いなく二度とレイドは組まなくなるから論外。って事で、残る選択肢はただ一つ
「キリトサァン」
「な、なんだ?」
「ワタクシがボスの相手をしている間、そこで絶望している人型サボテン達を立たせてください。ワタクシでは煽ってしまうので」
では、任せましたよ。そう言うと俺は周りにいる人を避けながらボス目掛けて全力で突貫した。
「イヤッホォォォォォ!!」
すると、俺に気づいたコボルト王が両手で持っていた野太刀から左手を離し、左の腰だめに構えている。そして、同時に、ボスの野太刀が緑色に輝き、視認不可能な居合切りが放たれ、耐久値の低いアバターが爆散——、
「ッ!」
することはなかった。ていうか、コボルト王って驚けるんだな。初めて知ったよ。え?なんで無事かって?答えは簡単、斬撃に合わせて身を回し、衝撃を殺し切って受け流した。ただそれだけだ。
いやぁ、このゲームが限りなく現実に近くてよかった。おかげ様で現実世界で義理の親の攻撃を避ける為に会得した目の良さを生かせる。目がいいってのは利点が多い。相手の目を見れば攻撃の方向が、手や足や関節などの体の動きを見ればタイミングや威力がわかる。今回はそれを人ではなくコボルト王に利用しただけだ。
「そぉれっ!」
回避した後、放たれた四連撃≪ファッドエッジ≫は、コボルト王の右脇腹に深々と斬り裂いた。すると、四段目のHPゲージが、確かな幅で減少した。うーん、先が遠いなぁ。そう思っていると、コボルト王は両手で野太刀を持ち直す。あの構えはディアベルの体を浮かしたやつだよなぁ。ステータスが平均的なディアベルなら軽傷で済んだけど、あれ俺が喰らったらまずいよなぁ。そう思っているとコボルト王は野太刀を床スレスレの軌道から高く斬り上げてきた。俺はそれを高く跳んで回避したが、コボルト王は俺の行動を見て、ニヤリと笑いながら、野太刀を上段に構えた。
まあ、そりゃあ、さっきの犠牲者と同じ様な状況の相手がいれば笑うわな。でもね、こんな状態からでも回避する方法はあるだよねぇ。
「シャアッッ!!」
空中で、斜め左下の地面に向けてソードスキルを放つ事で相手の攻撃を無理矢理回避する。因みに、発展させると空中移動も可能だ。
地面に叩きつけられる様に回避した後、すぐに立ち直り。相手の腹に向けて再度攻撃した。
ああ、くそ怖いなぁ。ああ、恐ろしく面白い。ああ、ここに来て本当によかった。
そんなことを考えながら、同じことを繰り返すこと十五、六回、とうとう、それが途切れた。
「あ、やばいですねぇ」
ミスを悟りながら、発動しかけの≪アーマーピアース≫をキャンセルしようとした。上段と読んでいた刃が、くるりと半円を描いて動き、真下に回った。うわあ、まじかー、化かし合いに負けた。必死に右手のアニールダガーを引き戻したが、ガクンと不快なショックが襲い、動きが止まる。直ぐに、真下から跳ね上がった野太刀が俺の体を正面から捉えた。冷たさを感じさせる、強い衝撃に全身が痺れ、HPバーが四割以上も減る。前を見るとディアベルを殺した三連撃を放つ構えをしている。心の中で辞世の句を読んでいると、
「ハァァァァ!!」
俺に野太刀が当たる直前、裂帛の勢いと共に放たれたソードスキルが、コボルト王のソードスキルとぶつかり、大きくノックバック。
割って入ったのは、
「キリトサァン、随分と遅かったですねぇ」
「悪い遅くなった。後、pot飲んだらもう一回こい」
「ヒヒ、りょーかい」
短く答えると、頭に浮かんだ辞世の句とともに回復ポーションを飲み干した。うむ、まずい。
どうやら、前進したのはキリトだけではない様で、アスナやB隊をメインに数名、傷が浅かった者たちが回復して復帰した。
キリトが大きく息を吸いありったけの声で叫んだ。
「ボスの後ろまで囲むと全方位攻撃がくるぞ!技の軌道は俺が言うから、正面の奴が受けてくれ!」
「おう!!」
野太く響いた声とコボルト王の雄叫びが重なった。
壁近くに下がり、低級ポーションの遅々とした回復を待ちながら、思考を巡らせた。
とりあえず、要望通りキリトは状況を立て直したっぽいな。いつの間にか投下されてる取り巻きもキバオウ達が相手してるし。この後も取り巻きが湧くことも考えると、持久戦は愚策だな。でも、ボスの方は問題なさそうだな。キリトの指揮もうまいし全体的にバランス取れてるし。
って、あ、あとちょっとで全回復だ。そう思い前を向くと、
「………早く動け!」
キリトが反射的に叫んだが一歩間に合わなかった。ボスが一際獰猛に吠えた。
巨大が沈むと、全身のバネを使って高く垂直ジャンプ。その軌道上で、肉体を限界まで巻き絞っていく。まわりを見て届く者がいないと知って
「ハァ」
俺は短くため息をしながら壁際から飛び出した。本来の敏捷とスキルを複合させることで普段は出せない程の速度で軌道を上に向けながら砲弾の様に飛び出す。
短剣突進技≪ラピッドバイト≫は軌道を上空にも向けられる。
右手の短剣が、紫色の光に包まれる。行く先では、力を解放しようとしている。
「やらせませんよォォ!」
叫びながら、腕を伸ばし、剣を振るった。短剣の切っ先がクリティカルヒットしながらボスの体を捉えた。次の瞬間、ボスの巨体が空中で傾き、床に叩きつけられた。
「ぐあうっ!」
コボルト王が喚き、立ち上がろうと手足をばたつかせる。
辛くも倒れることなく着地に成功した俺は向き直るや、全力で叫んだ。
「皆さぁぁぁぁん!!囲んでリンチにしてくださぁぁぁい!!」
「お、オオオオオオ!!」
今までの鬱憤を晴らす様にガードを務めていたプレイヤー達も倒れたコボルト王を取り囲み、縦斬り系のソードスキルを同時に発動させる。数々の武器が巨体に降り注ぐ度にHPゲージが、がりがりと削り取られていく。だが、
「間に合わないか!!」
隣でキリトの押し殺した声をした後、声を張り上げた。
「メフィスト!!アスナ!!」
「わかってますよぉ〜!」
「了解!!」
六人の武器がボスの巨体に打ち込まれるも、体を起こす。HPゲージは、後三パーセントほど残っている。周りのプレイヤー達は動けない。対して、コボルト王はスタンもノックバックもせずに、垂直に跳んだ。
「ハァァァァ!」
「さぁぁぁてっ、御覧あれ!!」
「行っ………けぇっ!!」
キリトとアスナは同時に地を蹴り、俺はソードスキルを発動させるモーションに移った。先に、アスナの≪リニアー≫が左脇腹に撃ち込まれる。わずかに遅れて、青い光芒を纏ったキリトの剣が、右肩口から左脇腹まで斬り裂いた。HPゲージは残り1ドット。コボルト王の顔が喜悦に歪む。まあ、
「予想通りですねぇ」
そう言いながら短剣投擲技≪クイックスロー≫を放つ。そして、キリトも全身全霊の勢いとともに、剣を跳ね上がりV字を描く。キリトの≪バーチカルアーク≫を振り切るのと俺の≪クイックスロー≫が当たるのは同時だった。
コボルト王の巨体が、後方に揺らめくと同時に、細く高く吠える。無数のヒビが体に入ると、第一層のフロアボス、≪イルファング・ザ・コボルトロード≫は、幾千幾万の硝子片となり四散した。
次回どうしよう………