メッフィー(偽)in SAO   作:アーロニーロ

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30話です。


30話

 さて、どうしたものか。金髪のエルフ達を倒し、ダークエルフに安否の確認をし終わった俺が真っ先に思ったことはこれだった。何故って?何で言うかさぁ、キリトは呆然としながら立ち尽くしてるしアスナも無言だからなにをすればいいのかわからないからだよ。そんなことを思っていると少し離れた場所で、金髪エルフ達の死体がささやかな破裂音とともに消滅した。かなりの経験値とコルが加算され、いくつかレアそうなアイテムもドロップした。あ、レベルが上がったなぁ、と思いながら次の行動を考えていると。

 

「え、えーと………な、なんだろう、これ」

 

 キリトが大分わざとらしいセリフを口にしだした。何を言ってるんだコイツはと思いながら訝しげにキリトを見るとそれを聞いたアスナが当たり前のようにドロップアイテムを拾おうとした。すると、どういう訳かキリトはケープを引っ張ってアイテムを回収しようとしたアスナを止めた。当然、アスナは苛立ちキリトを睨んだ。本気でなにをやっているのか疑問に思っているとダークエルフの美女が反応した、

 

 腰を屈め、黒い革手袋に包まれた両手で大切そうに袋を拾うと、そっと胸に抱き、安堵したように長々と息を吐いた。

 

「……これでひとまず聖堂は守られる」

 

 ひそやかな声で呟くと、袋を腰のポーチにしまい、騎士は姿勢を正して俺たちを見た。オニキスにような瞳には厳しさが蘇り、それが迷うように揺れる様は、とてもNPCには思えなかった。

 

「……礼を言わねばなるまいな」

 

 黒と紫の鎧をがしゃっと鳴らして一礼し、ダークエルフは言葉を続けた。

 

「そなたらのお陰で第一の秘鍵は守られた。助力に感謝する。我らの司令からも褒賞があろう、野営地まで私に同行するがいい」

 

 ここで再び、彼女の頭上にクエストの進展を知らせる【?】マークが点灯。キリトは何やら悩んでいるが俺はこの申し出を断る理由もないので。

 

「では、よろしくお願いしますねェ」

 

「んじゃ、よろしくなぁー」

 

「それじゃ、お言葉に甘えて」

 

「……」

 

 ふと、返答の返答の仕方を間違えたかと俺は疑問に思った。何故ならアルゴ曰く、NPCへの受け答えは、イエスもしくはノーの意味が明確でないと正しく反応しないとのことだ。返答の仕方をミスってしまったことに反省しながら「OK、では行きましょうかァ」と言おうとした。

 

 しかし、それよりも早く女騎士は軽く頷き、身を翻した。

 

「よかろう。野営地は森を南に抜けた先だ」

 

 クエストログが進行し、騎士の頭上の【?】マークが緩やかに消滅。代わりに、視界の左側に五人目のパーティメンバーを告げるメッセージが流れ、新たなHPバーが追加表示される。因みにダークエルフの名前は読んだ感じキズメルというらしい。

 

 颯爽と歩き始めるキズメルの後に、これまた軽やかな足取りでアスナとジョニーブラックが付いていく。俺も付いていこうとしたがキリトが棒立ちになっていることに気付き声をかけた。

 

「キリトサァン気持ちはわかりますが、三人とも行ってしまいますよォ?」

 

 そう言うとキリトは慌てて三人の後を追った。まあ、考え込みすぎて棒立ちしたくなる気持ちもわかるけどね。だって、キズメルは俺たちの言葉にイエスのニュアンスを汲み取ったのだ。言ってしまえばNPCがプレイヤーと会話を成立させることができたのだ。誰だって驚く。ていうか、俺も驚いている。以前アルゴが言っていたがNPCにはそこまでの会話能力が備わっていないらしい。仮にこのデスゲームが始まった際に、NPCの自動応答プログラム用データベースが拡充されたとしてもキズメルの口調や表情はプレイヤーのそれに近すぎるのだ。案外中に生身の運営スタッフがはいってるのかなぁなどと思いながら俺は歩み続けた。

 

 

 濃霧にまかれたこの森では道に迷うのではと心配していたが。モンスターに関してはエンカウントするそばからキズメルのサーベルがばっさばっさと斬り倒してくれたし、慣れているからなのか一切迷うことはなかった。効率第一の俺としては、一度クエストを保留して、キズメルをパーティに入れたままmobを狩りまくる選択肢にかなりの魅力を感じたというかそれを言おうとしたがどういう訳かキリトに止められた。

 

 そんなこんなで、深い霧の中で翻る何本もの黒い旗が視界に入ったのは、移動を開始してからわずか十五分後のことだった。

 

「けっこうあっさり着いちゃったわね」

 

「ええ、少々呆気なく感じますねェ」

 

 隣でアスナが言うので、俺もその言葉を肯定した。すると前を行くキズメルも足を止めて振り向き、少し自慢そうに言った。

 

「野営地全体に《森沈みのまじない》が掛けられてあるゆえ、そなたらだけではこうも容易く見つけられはしなかったぞ」

 

「へえ、……おまじないって魔法のこと?でもこの世界に魔法はないんじゃないの?」

 

 割と物怖じとは無縁のアスナがタメ口でそんな質問を発するので、言葉遣いについて言おうとしたが、普段の俺自身の態度を思い出し直ぐに口をつぐんだ。それはさて置き、一定以上の反応しかできないはずのNPCがアスナの言葉を理解できないのでは?

 

「あのなアスナ、それは……」

 

 キリトがキズメルに助け舟を出すつもりで、裏事情を説明しようとした。しかし、キリトのフォローはまたしても綺麗に空振った。

 

「………我らのまじないは、とうてい魔法と呼ばぬものだ」

 

 と、キズメルが長い睫毛を伏せて呟いた。

 

「言わば、古の偉大なる魔法の残り香……。大地から切り離されたその時より、我らリュースラの民は、あらゆる魔法を失ってしまった」

 

 ……へえ。キズメルの答えに俺は少し興味を持った。

 

 大地から切り離されたから、魔法を失った。

 

 その言葉は、SAOというゲームに魔法スキルが存在しない理由だけでなく。浮遊城アインクラッドが存在する理由にまで繋がるのではないか。思い返してみると現在に至るまでSAOの設定については何も知らなかった。興味がなかったのもあるが《世界がそこに至るまでの物語》はシステムと同じくらい重要だ。茅場晶彦が全て設定したかと言われたらその可能性は薄いだろう。何故なら、あの男の望みはこのデスゲームであってこのゲームの設定が希薄になるのも無理はないのだ。

 

 憶測の領域を出ないが、外れているとも思っていない。仮にそうだったとしたらキズメルを動かしているSAOシステムの《言葉》は茅場の意図すらも超えたもの、ということになる。俺はそんな可能性があることに胸を躍らせながら騎士の後ろを歩いた。

 

 

 濃霧の奥に翻る漆黒の旗に近づいていくと、あるところで霧が嘘のように晴れて、視界がクリアになった。もう森の南端にほど近いらしく、切り立った山肌が左右に続いている。その一箇所に幅五メートルほどの谷間が口を開けていて、左右に細長い柱が立つ。目印になっていた、黒地に角笛の片刃刀が染め抜かれた旗が微風にたなびく。

 

 そして、二本の柱の前には、キズメルよりもやや重武装のダークエルフの傭兵達がいた。細身の薙刀をこれ見よがしに立てる彼らに向けてキズメルはすたすたと歩み寄っている。すると、アスナが。

 

「……まさかと思うけど、この野営地で戦闘になったりはしないのよね」

 

「ヒヒ、流石にないでしょう。まあ、ワタクシ達のほうから切り掛かったらよくて追放、最悪の場合殺されかねないですねェ。ああ、気になるのであれば試してみましょうか?」

 

「絶対にやめてよね」

 

 軽くこちらを睨んでからアスナは意を決してように足を早めた。幸いにも傭兵達は、胡散臭そうな視線を向けてきたが、何も言わずに俺たちを通してくれた。狭い谷は急激に広がり、直径五十メートルほどの円形の空間を作っている。そこに黒紫の天幕が大小合わせて二十近くも張られて、優美な外見のダークエルフ達が行き交う様は、中々に見事な眺めだ。

 

「へえ、β時代の時より、大きいな……」

 

 キリトがキズメルに聞こえないほどの大きさで呟くと、アスナが訝しげにキリトを見た。

 

「前と場所が違ってるの?」

 

「ああ。でもそれは異常なことじゃなくて、こういうキャンペーンクエスト関連のスポットは大抵一時的マップだから……」

 

「いんす……たんす……?」

 

 まあ、アスナにはわからないか。だって、初対面の相手に自分のリアルでの本名を明かすくらいだもの。仕方ない説明するか。

 

「いいですかァ?一時的マップとは言ってしまえばクエストを受けているパーティごとに、一時的に形成される空間のことです。まあ、ワタクシ達がこれからダークエルフの司令官と話してクエストを進行させる訳ですがァ、そこに同じクエを受けてる他のプレイヤーが来たら具合が悪いでしょう?」

 

「ん、んん……つまり、私たちはいま、三層のマップからは一時的に消滅してこの野営地に転移してる状態、ってこと?」

 

 相変わらず理解が早いなぁ。俺は感心しながら頷いた。

 

「ええ、その通り」

 

 すると、アスナは胡散臭さい目つきになりつつ、すかさず言った。

 

「いつでも出られるんでしょうね?」

 

 

 

 ダークエルフの司令官との面談は、平穏な雰囲気のうちに無事終了した。司令官はキズメルの生還と翡翠製の鍵の奪還を大いに喜び、俺たちに結構な額のクエスト報酬と中々の性能の装備アイテムをくれた。しかも装備は選択肢から選べるという親切しようだった。因みに、キリトが選んだのは筋力値が1上がる指輪、アスナは敏捷値が1上がるイヤリング、俺とジョニーブラックは器用値が1上がる腕輪にした。 

 

 最後に司令官から、第二幕となる新たなクエストを受けて、俺たちは天幕を後にした。空代わりの次層の底はいつの間に夕暮れ色に染まっていた。キズメルは実に自然な動きで大きく伸びをすると、俺たちに向き直り、ごく仄かではあったが微笑のにじむ唇を動かした。

 

「人族の剣士達よ、そなたらの助力に私からも改めて礼を言おう。次の作戦もよろしく頼むぞ」

 

「いやァ、こちらこそ」

 

「改めて考えてみれば、まだ名前も聞いていなかったな。何というのだ?因みに私のことはキズメルと呼んでくれ」

 

 なんつーか、こいつは本当にNPCなのか?反応や態度がプレイヤーのそれだぞ?まあ、なんにせよ自己紹介は大切だな。

 

「では、ワタクシから。ワタクシの名前はメフィスト。気軽にメッフィーでもいいですよォ?」

 

「ふむ、人族の名は発音が難しいな。ミ○フィーでいいのか?」

 

 おい、まてコラ。誰が可愛いうさちゃんだ。そんなことを思っていると後ろから『ブフォ!』という吹き出したような音が聞こえた。振り返ってみると。キリトとアスナは顔を背けて、ジョニーブラックに至ってはゲラゲラと笑っていた。

 

「はあ、メフィストでいいですよ」

 

「メフィスト」

 

「ええ、完璧ですとも。ああ、キズメルサン。少しだけ目を瞑って耳を塞いでくれませんかァ?」

 

「む?わからんが了解した」

 

 そう言うとキズメルは目を瞑った後、耳を塞いだ。さてと。俺は後ろを振り返りゲラゲラと笑っているジョニーブラックの元に向かった。

 

「ジョニーサァン」

 

「な、なんだい?旦那ぁ」

 

「何か言い残すことは?」

 

「バニーコスあったら貸そうか?」

 

 俺の拳は寸分違わずジョニーブラックの顔にめり込み、ジョニーブラックの体は宙を舞った。

 

 

 ジョニーブラックを殴り飛ばした後、キズメルと今後の話を始めた。

 

「それでは、作戦に出発する時刻はそなたらに伝えよう。一度人族の街に戻りたいなら近くまでまじないで送り届けるが、この野営地の天幕で休んでも構わん」

 

「そ、それじゃ、お言葉に甘えて天幕をお借りします。お気遣いありがとう」

 

「礼には及ばぬ、なぜならば予備がない故、私の天幕で寝てもらわねばならんからな。五人では少々手狭だが我慢してくれ」

 

「いえ、ありがたく使わせていただき……五人?」

 

 そこでアスナの動きがピタリと止まった。まさか、こうなること予想してなかったのか?無用心だなぁ。キズメルは言葉の続きを待っているので俺が後を引き継いだ。

 

「では、遠慮なく使わせていただきますねェ」

 

「うむ。私はこの野営地内にいるので、用が有ればいつでも呼び止めてくれ。それでは、しばし失礼」

 

 そして、キズメルは一礼すると、食堂の方へと向かった。アスナはそこから数秒ほどフリーズしていたが、やがて体ごと俺達に向き直ると表情を三パターンほど変えてから言った。

 

「さっきの取り消して、主街区までおまじないで転送させてもらうのは可能?」

 

 その質問は俺とジョニーブラックでは答えることが出来ない何故ならこのイベントは当たり前だが初見だからだ。だから俺達はキリトを見て答えを待つとキリトが口を開きこう言った。

 

「えっと……もうムリ」

 

 


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