剣と念の悪鬼夜行 作:狂戦士
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俺だよ朱雨だ。
唐突なんだが、昨夜のことについてだ。無惨様に俺と下弦の肆は居残りを命じられたんだ。俺は、いったいどんな案件なんだろうと思っていたんだ。無惨様が何をお考えになさっているのか読めなくて、じっと待っていたんだ。そしたら目の前でとんでもねえことが起きた。
『グボォ……』
目の前で下弦の肆の頭がグチャっと潰された。
無惨様らしい無慈悲かつ怒りに満ちた一撃だった。そして更に追加でもう一撃、下弦の肆だった胴体を肉塊のような腕と手で粉々に握り潰した。
その様子を隣で見ていた俺は、今度は俺の方が無惨様に殺されるんじゃないかと一瞬思った。やらかした覚えは毛頭ないんだけど。
と思ったのも束の間、無惨様からはシュンと怒りの雰囲気が消えた。
そしたら、無惨様は興味津々である件についてお尋ねになったんだ。
『朱雨、お前は先程私が、お前たちは何故役に立てないと問い質したとき、心の中で素流道場の奴がどうたらと思っていただろう?』
そういえば無惨様って心の中お読みできるのだった。それで俺は無惨様が我らをお叱りになっている最中、確か心の中で素流道場のあの子のことばっか考えちゃってたわけなんだよ。
まあ、結局無礼なことをしてしまっていた訳なので死ですね。
と思いきや、無惨様からは予想外のお言葉が返ってきた。
『ソイツは鬼になりうる素材を持っているか?』
彼は、鬼として無惨様の役に立てる器の持ち主かということらしい。
どうやら、俺は殺されずには済んだみたい。とはいえ、話を聞かなかったことまでは不問とはいかないらしく、罰として無惨様より新しい血が俺の血液内にどくどく注ぎ込まれてきました。でもこれ、俺ら鬼にとってはご褒美じゃ?
んで、無惨様が何故そのようなことを俺にお尋ねになったのかと言うと、なんでも、俺が興味を持ったその子に対して、無惨様も興味を持ったとのこと。
それで、俺は無惨様に色々と説明した。
まだ彼とは会ったばかりだから詳細は分からない。でも俺と同じで努力家だからきっと鬼になった暁にはいずれ十二鬼月になれる器を持っているって。けど今はまだその時じゃないということも。鬼にするには彼について情報が不足してるという旨を、無惨様にお伝えした。
それを俺が申したら無惨様が、
『…分かった、数年待つ。ソイツを鬼にする好機が来たら私にも教えろ』だそうです。
それで解散となり、最後に俺は欠けた十二鬼月の枠を埋めるべく、目に新たな上弦の伍の刻印を無惨様に押して頂いた。
そして今夜、約束を果たしにあの子の元へ。
「ということで、遊びに来たぞ」
「いや帰れよ」
昨夜と同じように、俺は今日も彼のいる道場を訪れた。今回は日が沈むなりすぐ来たからだいぶ時間に余裕がある。道場の縁側に座り、彼が鍛錬に打ち込む様子を眺めている。
「まあまあ、そう冷たいこと言わないでくれって」
「普通に邪魔なんだが…」
彼は俺がこう話しかけている間にも、俺になんか目も暮れずにずっと毎日やっているであろう拳の構えをして自分の技を磨いていた。
「そういえば名前まだ聞いてなかった!君なんて言うの?」
「……狛治」
「へぇ、狛治って言うんだ!」
その子の名前は狛治というらしい。聞けば、普段昼は別のことをやっていて夜しか鍛錬する時間がないんだとか。なるほど、俺も鬼である以上活動時間は基本的に夜だから毎日会おうと思えば会えるわけだな。
俺がそう言うと彼は露骨に迷惑そうな顔をしていたが。
「…鬼の癖して随分と馴れ馴れしいんだな」
「まあ、ねぇ…」
とはいえ、全く見知らぬ人間にここまで興味を抱くなんて彼が初めてだからな。人間なんて普段は馴れ馴れしさとかなく問答無用で食料にしてる。特に鬼狩りと稀血に関しては情け無用で。
何より、こんな鬼の俺を平然と受け入れている狛治が凄い。いつ食われるか分からないというのに、彼は俺と
「明日もあるからもう寝る。またな」
「そうかそうか、じゃあまた明日」
そうして俺は毎晩のように狛治の元を訪れ、彼と交流を深めていった。
「そういえば眼球の数字変わったか?」
「よく気づいたな。昇格したんだ」
「おめでとう」
鬼と人間という異種同士の絡みではあるものの、自然に彼との関係は深まっていたのだ。
その中で、彼の境遇についてもきかせてもらった。
彼は元々江戸の人間で、病に伏せていた父親の薬代を稼ぐために盗みを働いていたらしい。彼の腕に3つある輪状の刺青は罪人の証だとか。その後父は自分の悪行に心を痛めて自ら首を吊ってしまったそうだ。狛治の父からすれば、『盗んだ金で買った薬で俺は生きながらえたくない』とのこと。やがて江戸を追われてこの川越という地に流れ着き、そこでも素行悪く過ごしてたら、たまたま町人と揉め事を起こしてる際にこの道場の師範と出会ったそうだ。狛治はかつて盗みをして生計を立ててたこともあり、罪人らしく腕っ節はいい方なのだが、師範には手も足も出ずボコボコにされたんだとか。
とはいえ、それが狛治の人生をやり直せる転機となったそうだ。
狛治はそのボコボコにされた師範、名を慶蔵さんというらしい方から、日中ある仕事を任されるようになったらしい。それが、師範の娘である恋雪という少女の看病。元々師範の嫁さんが看病していたらしいのだが、嫁さんは看病疲れで自殺。日中、師範は便利屋の仕事をしているため、その間恋雪さんの看病をする人手が欲しい。それで狛治を雇ったそうだ。
しかし狛治は腕に刺青があることから分かる通り、元々罪人である。そんな彼を雇ってもいいのかと思いきや、慶蔵さん曰く、『罪人のお前はさっきボコボコにしてやっつけたから大丈夫だ』だそうだ。
広い心の持ち主と出会えた狛治は、その慶蔵さんの運営する素流道場に門下としても入り、空いた時間である夜にこうして鍛錬に打ち込んでいるらしい。
この話をきき、俺の正直な感想を述べさせてもらうと、狛治に対する関心が益々深まったと、狛治という人間にこれ以上ないぐらいの興味を抱いた。
日々恋雪さんの看病という仕事に勤め、鍛錬によって自らを磨くその向上心は、どことなく俺の心を擽った。自分は生まれ変わったんだと、そう言った気持ちで生活しているのであろう彼は、間違いなく俺の追い求めていた人間像だった。
けどそれは同時に、彼が鬼となる最良の器は持ち合わせていないことを意味していた。
それでも、俺が狛治の元へ通わなくなる理由にはならないんだけど。
…まあ最悪の場合、慶蔵さん恋雪さん諸共みんな鬼にしてもらえばいいしな。
「…朱雨」
「なんだい?」
そして今日も狛治の元を訪れたのだが、何だか狛治の持つ雰囲気は、いつもと違う気がした。
思えば一昨日ぐらいから殺気立っていたような気はするが、今日に関しては比較にならなかった。
「__俺は明日、隣の剣術道場の連中と試合をする」
すっかり狛治との出会いで忘れていた。
かつて俺が刀を振るっていた、隣の剣術道場の闇を40年振りに感じてしまう忌々しいことが、今こうして現実になろうとしていた。
ー江戸コソコソ噂話ー
川越の別に候補として挙がっていた町は古河。
ただ、古河は江戸時代に町があったのか分からなかったので没。
花火大会はあるんですけどね…。