剣と念の悪鬼夜行 作:狂戦士
まさかこんなことになるなんて、俺は思ってもいなかった。
「おい…恋雪…!師範…!」
1日前までは元気に家の中を歩いていた筈だった2人の、俺が一生かけて護ると心に誓った2人の、冷たく骸となった体がそこに横たわっていたのだから。
「…これが、人間がすることなのか…?」
虚空に尋ねても、返事はない。神様は無情にも答えをくれなかった。
(朱雨…)
朱雨の言っていた人間の醜さ。今ならその意味が分かる気がした。
『人間は脆く醜く、理不尽なものさ。今の狛治には分からないかもしれないけど、俺はずっと見てきたし感じてきた。この怒りは、きっと前世より続いてるものなんだと思う』
かつて朱雨が口にしたその言葉。恋雪や師範との日々という幸せが包み隠してくれていた時は何とも思わなかった。
けど今は、ただどうしようもなくその言葉が俺に覆い被さってくる。
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2日前のこと、俺は久々に無惨様から呼び出しを受けていた。
「…朱雨よ、数年前の答えを出してもらおうか」
「…数年前……ですか?」
他の十二鬼月連中が誰1人としていない珍しく静かな無限城にて、俺は無惨様に膝をつけてその話を伺っていた。
「今お前が気にかけている少年のことだ。上弦の鬼にしてはやたら人間臭い付き合い方をしているようだが、鬼狩りを多く葬り続けている実績がある故、目を瞑っていた。それで、どうなんだ?」
「…例の少年のことですね。少々お待ちください」
俺はこの瞬間、血鬼術を作動する。
…正直、狛治の件は断ろうと思っていたが、無惨様との約束がある以上は鬼としてそちらが優先だ。
【血鬼術
念動の血鬼術の1つ。外れることもあるが、何か逸脱した大きな行動を取らぬ限りはその通りの未来を読むことができる。
ただし、未来は断片的かつ、不明瞭にしか映らない。それがどれ程後の出来事か、そして何処で起こった事なのかを理解するには、俺自身の土地勘や推理をもって読み解いていく必要もある。
(…これは?)
無惨様の仰っていた狛治の未来を追ってみたところ、その映像に映っているのは目を疑う光景だった。
(…幸せが奪われている)
局所的に映る映像を紡げば、そこにあったのは何か悲しみに明け暮れて涙を流す狛治の姿。後ろの背景は霞んでいてよく見えないが、狛治の身に悲しいことがあったのは確かだ。
そして、その後現れた無惨様より血を頂いている狛治の姿…。
(なんだこれは…)
不明瞭にしか分からないが、とにかく判明したのは何か悲しいことがあったことと最終的に狛治が鬼に変貌すること。
「…おい朱雨、どうだ?」
「はい、出ました」
これらの予知情報から予測出来ることを、正直に無惨様にお伝えした。すると、無惨様は顔色を変えて俺に捲し立てるがごとく仰られた。
「…この期に及んで数日待てと?」
「はい、数日後に結果は出ます」
俺の未来予知で予測出来るのは最高でも1週間が限界。それに未来になればなるほど予知の制度も落ちていく。つまり見える映像の鮮明さを自己分析すれば、どれほど先のことかある程度は見当がつくのだ。
故に今回の映像の制度から見ると、これらは多く見積っても3日以内の出来事となると、俺は予見している。
「…申し訳ありません。ですが3日以内に結果を出させて頂きます」
「…ぐっ、まあ良い。産屋敷が代々持つ先見の明に程近き力を持つお前を潰す訳にはいかん。それに免じて数日待ってやろう」
「ははっ、有り難きお言葉」
そうしてこの場は解散となり、俺はベベンという音と共に鳴女さんの手によって拠点に戻された。
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それから半日後、俺は布団の上で横たわりながら、無限城で読んだ未来のことを考えていた。
「しっかしなぁ…」
先日結婚祝いをしたばかりというのに、狛治の元に早くも不幸が訪れてしまうと出てしまった。慶蔵さんを挟んで狛治と恋雪さんが結ばれるよう手配したというのに…。
「…回避、出来ないかなぁ」
未来予知は絶対。何か逸脱した行動を起こしたり予測不可能な異常事態でも発生しない限り基本は的中する。例を挙げると、花火が家に降ってくるといった普通は起こりえない事象や、予知で見た時刻とは違う時刻にその行動に及んだりするといった強引な時刻改変による事象変化しかない。
しかしそれも何が改変を起こす鍵となるかが分からない限り、予知通りのことが起こってしまう。
つまり、あの映像から起こり得ることを予測しなくてはならないのだが、ここから導きだされる結論はこれだ。
「…まさか破談?」
あんな円満に決まった結婚が今更破談になるとは思えないけど、あの狛治の悲しみに暮れた顔はきっとそうだ。
「…行かねば」
俺は曇り空の中、大急ぎで彼らの元へと向かった。
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「狛治ィ!!」
俺は滑り込むように素流道場に突入した。しかし、いつもはそこにいる筈の鍛錬場に、狛治の姿はなかった。
「あら?朱雨さん?」
「おっ、朱雨じゃないか」
代わりにいたのは、道場備え付けの井戸で水を汲む2人の姿であった。恐らく水を飲もうとしているようだ。
…この2人の健気な姿からは、狛治との結婚が破談するなんて予測つかないけどなぁ。
「恋雪さん、慶蔵さん、狛治は…?」
「狛治か?狛治なら朝早くから親父さんの墓参り行ってくるって」
「えぇ?こんな時にィ?」
狛治の親父さんの墓といったら、ここから遠く離れた江戸の近くだし、歩きだと相当距離がある。
まさか、墓に向かう途中で迷子になってしまって、それで2人に愛想つかされて破談してしまったのでは…?
「…どこか行くのか?」
「はい!狛治のところに!」
「そうか、ならこの水筒持ってけ」
そうして慶蔵さんより竹の水筒を投げ渡された。
「行ってこいよ!」
「はい!!全力で行ってきます!!」
そうして俺は大急ぎで道場を飛び出した。
(…狛治待ってろ!今行くぞ!)
そうして俺は江戸の町近くの狛治の親父の墓まで、瞬間移動と鬼の脚力を全活用して急いだ。
前に狛治と墓には行ったことがあるから、場所は覚えている。
・
・
・
「着いた…!!」
「おわ!朱雨!?」
瞬間移動を繰り返すこと数十分ほどで、墓の前で手を合わせる狛治の隣までやって来れた。
案の定、不意を突くような形となってしまい、狛治は驚きのあまりその場で腰を抜かす。
「狛治ー!何やってるんだ?」
「…見りゃわかるだろう。親父の墓石に結婚すること報告しに来たんだ。折角だし、久々に朱雨も挨拶してくれよ」
「そうだな…」
そうして倒れた狛治を起こすと、俺は狛治の亡き親父さんに手を合わせる。
俺の親友がこの度めでたく結婚しますよって…………あれ?
「違う違う!そうじゃない!」
「はい?」
俺は狛治の手を掴んだ。
「…おい待て、何する気だ」
「必要なものは持ったか?」
「必要なものって言われても、俺は今日手ぶらだよ」
「そうか!じゃあ行くぞ!」
「…ちょっと待って……」
そうして俺は瞬間移動の血鬼術を使ってその場を離脱した。
瞬間移動の血鬼術は、俺に触れてさえいれば、一緒に念波を纏えるので共に転移できる。
「おい!どうした急いで!?」
「そうか?これ移動速度としては相当遅い方だぞ?」
「マジで?」
普段は瞬間移動をしてその後生じる猶予、余裕をもって5秒ぐらい歩き、その後にまた瞬間移動をするを繰り返している。日陰を伝う場合は、1秒毎に日陰から日陰へ転移を繰り返している。今日は雲が多いので前者を取っている。
とはいえ、今回ばかりは案件が案件なだけに少々急ぎめだ。
(破談になんてさせない…!急いで3人立ち会いの元、お互いがどれほど分かりあってるか確認せねば…)
この速度であれば日没前には余裕で帰れる。何としてでも、破談とかいう結果は避けなくては…。恐らく今日の帰りが遅くなることが影響するに違いない。
「それでも早くない?」
「そうかな?それじゃちょっと休むわ」
そうして俺はその場で1度動きを止める。瞬間移動の血鬼術を酷使しながら歩いたり走ったりするのも、流石に長い距離やると結構疲労する。
「ちょっとゆっくり歩きながら行くか」
そうして俺は、休憩がてらにと、先程慶蔵さんより渡された竹水筒の水を飲んだ。
「ちょっと染み渡るねぇ……」
「おっ?朱雨水筒なんか持ってたの……?」
その瞬間、俺はその場で膝を着いて噎せ始めた。
「なっ、どうしたんだ朱雨!」
「ちょっと待って…」
体全体が暑くなる。俺は鬼としての全神経を意識して体を蝕む何者かを無効化していく。
「フゥ…はァ…ゴホッ」
最後の咳き込みをもって、俺の体内に入り込んでものを全て無効化した。
これは、毒だ。
(…あの2人がこの期に及んで俺に
この水はあの井戸から汲まれた物だ。見た感じでも、あの二人が毒を入れている様子はなかった。
一方で毒に関しても、鬼にはほぼ効かない。一瞬こそ噎せたけど、鬼の力であっという間に分解した。だから決して藤の花由来のものでもない。つまり人間の呼吸器を乱して殺すための毒……だとしたら!
「朱雨…どうした?」
俺の様子を伺ってくれていた狛治の手を借りて立ち上がると、俺は狛治の腕をガッチリと掴んだ。
「急いで戻るぞ!」
「どうしてだ!?」
「これはマズい!」
非常にまずいことがあの素流道場で起きてるような気がする。もしかしたら俺はとんでもない勘違いをしていたのではないかと思うほどの、非常にまずいことが。
「行くぞ!道場が危ない!」
「なに!?」
狛治を背中におぶって俺の血鬼術範囲内に引き寄せると、俺は再度鬼の脚力と瞬間移動の血鬼術で、2人が待つ筈である素流道場までの道を全力で駆け抜けていった。
途中、暗い曇り空より雨が降り始めるのを感じながら。
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ようやく俺と狛治の2人が素流道場に着いた頃には、雨の勢いはかなり強くなり土砂降りとなってきていた。にも関わらず、その場にはかなりの人集りが出来ており、かなり騒然としているのがわかった。
奉行所やら町の人間でごった返しているその様は、何か非常事態が起こったとしか説明がつかぬ様だった。
「何かあったんですか!?」
俺は近くにいた町人に尋ねた。
「アンタら素流道場のモンかい?」
「そうです!」
「俺も、そうです」
狛治がそうですと答え、俺はこの道場の人間ではないにせよ、一応狛治の親友という立場である以上渋りながらではあるものの、そうですと肯定の意を返した。
「誰かが井戸に毒を入れた!アイツら酷い真似を!慶蔵さんやアンタらとは直接やりあっても勝てないから……殺すなんて」
その言葉を耳にするや否や、狛治は俺の背中から飛び降りて、道場の中まで大急ぎで突っ切って行ってしまった。
「殺されたって……2人とも…?」
「はい…2人とも…」
(まさか…未来予知の結果って…)
そこには、決して破談といった優しいものはなく、ただただ惨たらしい、物騒で醜き人間の及んだ蛮行の痕跡だけがあった。
「誰がやったんですか?」
「お隣さんが言うにはね、剣術道場の連中がこっそりとそちらに入ってくのを見たって言う人が結構いるらしいのよ…」
「そうか奴らが…」
雨がまだ強さを増す中、遂に雷も鳴り始める。そんな中、俺は忘れていた筈の殺意というものを思い出していた。
「俺も入るか」
そうして、悲しみと怒りが入り交じった感覚の中で道場に入った俺が見たのは、2人の亡骸とそれを目にして雨と涙に全身を濡らした狛治の姿だった。
ー江戸コソコソ噂話ー
未来予知の精度はジョジョのオインゴボインゴと同じで、時間帯を態と外したりすると違うことが起きたりします。
また、局所局所の断片的な未来しか覗めないので、ある程度は自身の推理で事実を見抜く必要があります。ちなみに、名前含め局所しか見られなかったり未来を変えていく辺りは、ゼノブレイドを参考にしていたりします。
また、この血鬼術の弱点は、使用中無防備を晒すことなのですが、もうひとつだけ、使用中無防備になってしまうまだ作中未登場の血鬼術が存在します。しばしお待ちを。