剣と念の悪鬼夜行   作:狂戦士

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週一投稿に切り替えます。毎週日曜日投稿です。


28話 妓夫太郎と堕姫

「なんてことだ…」

「酷い…酷すぎる……」

「…クソっ、京都は囮だったのか」

 

滅の文字を背中に刻んだ和服に身を包み、腰には刀を差した3人がそこで目にしたのは、目を背けたくなるほどの惨劇に遺された痕跡だった。

 

「…一応無駄だとは思うが、生存者を探すぞ」

「「おう」」

 

辺りを埋め尽くすのは、溢れんばかりの瓦礫と死体。そして廃墟と化した集落だったもの。その中で彼らは今やるべきことを胸に、既にボロボロの手を動かし始めた。

 

「クソったれ…、傷が痛えじゃねえか…」

「馬鹿、文句言ってる場合か」

「俺なんて左腕折れてんだよ」

 

彼ら3人、皆京都の街における鬼の掃討戦で、軽傷ではあるものの幾らか怪我を負っていた。そんな手負いの状況でもこの鬼人族の郷だった場所を訪れているのは、単に鬼殺隊が隊員の怪我を鑑みないだけか、あるいは彼らの自主的な行動によるものか…。

 

__その時だった。

 

「伝令ーッ!!」

 

生存者を捜索する3人の元へ、鎹の烏が本部から預かった伝言を伝えるべく降り立った。

 

「どうした?」

「今回、京都襲撃ヲ陽動トシ、鬼人族ノ殲滅ヲ図ッタ鬼ノ正体ガ判明!」

 

遂にか、と彼らは呟く。

京都では派遣された鬼殺隊のうち、この場にいる彼ら3人を除けば全員が口を聞けない程の重傷か死亡している。特に、鬼人族の隊士に至っては派遣された全戦力が殺害されていた。鬼殺隊としても、たった5体の十二鬼月でもない鬼があれほどまでに京都を地獄に変えられるとは考えておらず、首謀者がいるのではないかとその存在をずっと探っていた。

 

「ヤッタノハ、上弦ノ弐!ソシテ下弦ノ壱ダ!鬼人族ノ郷ヲ瓦礫ニ変エタ鬼モ、ソノ2体ノ鬼デ間違イナイ!」

 

鎹烏の報告に、彼らは息を飲んだ。鬼人族を執拗なまでに全て滅ぼす圧倒的な力、そして隠された集落である鬼人族の郷を見つけ出す情報収集能力。もはや柱でも対抗できるか危うい危険な存在に、彼らは恐れを抱く以外何も出来なかった。

 

「…やっぱり首謀者がいたか」

「上弦の鬼はそんな強いのか?」

「…鬼人族ですらこれでは、最終目標の無惨討伐とか俺たちにどうこうできる話じゃないよなぁ…」

 

もはや絶望しかなかった。鬼人族の隊士は、いわば憧れかつ選りすぐりの精鋭の者達。鬼の血を引きながら、鬼という種族に見切りをつけて人間側についた、誰もが認める心強い味方だったのだ。

 

「…はは、もはや奴が表に出てこないことを祈る以外何も出来ないな」

 

鬼人族ですら束になっても敵わない、誰もが鬼殺隊の将来を危惧する圧倒的な強者の存在。空気が一段と重くなるのを、この場にいる誰もが感じ取っていた。

そんな中、鎹烏がふとあることに気付く。

 

「…………微カニ生存者ノ匂イ!コノ瓦礫ノ下ニ唯一ノ生存者ラシキ匂イ!」

 

その言葉に、ハッと彼らは我に返る。自分らにはまだやることがあるじゃないかと、そう言い聞かせて彼らは一目散に鎹烏が導く瓦礫の下まで駆け出す。

 

「探せ!」

「唯一持ち帰れる朗報かもしれない…」

「…慎重に…慎重に瓦礫を退かすぞ」

 

慎重に慎重を重ねて、ひたすらに彼らは痛みも忘れて瓦礫を退かした。生存者がいるという僅かに見い出せた希望を、絶対離すものかという意気込みで、彼らは一心不乱に手を動かした。

 

「…声が聞こえる?いたぞ!子どもらしき手が見えた!」

「何!?」

「本当だ!しかも指が動いてる!」

 

1人が瓦礫の下に埋まる小さな手を発見。すると、彼らは同調するようにその場に急行。そして僅かに聞こえる声を頼りに、一斉にその場の瓦礫を退かしていく。

 

 

 

「…1名、生存者の救助完了」

 

そして、ようやく全ての瓦礫を退かし、やがて唯一の生存者の確保に成功。彼らが感じ得た希望はかなり大きかったという。

__それもそのはず。

 

 

「…まだ赤ん坊じゃないか」

 

そこにいたのは、生後半年にも満たないであろう小さな赤ん坊の姿。その体の小ささ故、上手いこと瓦礫と瓦礫の隙間に挟まって、難を逃れたのだ。

 

元気にあげる泣き声が、彼らをまた勇気づける。

 

「…可哀想にな、親も殺されてるんだもんな」

「…だな」

 

既に親は瓦礫の中か辺りに転がる死体の中のどれか。生後僅かにして、この子は天涯孤独の身となってしまっていた。

 

「…ん?ちょっと待ってくれ」

「どうした?」

 

1人の隊士が赤ん坊を見て、あることに気づいた。

 

「俺の同期に鬼人族の奴がいてな…。ソイツから聞いたんだが、鬼人族ってのは最近人との混血で体質が人間に遥かに近くなってるらしいんだ」

 

事実、近年の鬼人族というのは、人より長い寿命に昼夜問わない活動時間、及び多少の手足損失であれば修復可能という人並み外れた特徴はあるものの、言ってしまえばそれまでが限界であり、急所を突かれれば鬼人族とあれどあっという間に息絶えてしまう。

 

「…でも極稀に、ほぼ不老不死で強靭な肉体という鬼さながらの特徴を持ちながら、尚且つ人と同じ食事と日の下で活動可能という人間の特徴も併せ持った鬼人族が数十年に1度生まれてくることがあるんだそうだ」

「…もしかしてこの赤ん坊って?」

「あぁ…そういう事だ」

 

瓦礫を完全に退かし、包みに包まれた赤ん坊を隊士の1人が拾い上げる。

 

「ただの伝説だと思ってたけど…間違いない。明らかに小柄な見た目にしては持った際の重量感がありすぎるし、赤ん坊でありながら額に大きな()がある。こういう子は、将来小柄ながら剣の才に秀でた者に育つらしい…」

 

この赤ん坊の重さ、現代の規格でいえば15kg程度。小柄な大きさに見合わず、尚且つ生後半年にしては平均の倍近い体重、更には決してこの度の鬼の襲撃で出来た訳ではない不自然な大きい痣が額にある。

 

「……この子は、鬼殺隊で育てよう」

「そうだな…御館様にも頼んでみよう……」

「うむ、御館様も納得してくれるはずだ……」

 

僅かに見い出せた希望。この1名の特異な生存者の存在が、やがて鬼殺隊や十二鬼月において大きな転換点を生むこととなるのだが、それはまた別の話だ。

 

 

 

________________

 

 

 

 

…私の名前は堕姫。無惨様より十二鬼月の下弦の肆を拝命された女鬼。

 

「それじゃあ、また来てくれるのを楽しみにしてるわね」

 

私は普段、ここ吉原で遊女として働くことで、食料の人間を確保しつつ、上手いこと人間社会に溶け込んでいる。

 

「はい、また近いうちに絶対来ます!」

 

 

そうして、私との遊び(・・)を終えた今回の客が襖をゆっくり閉めて帰っていく。

 

「…………はぁ」

 

完全に客の気配が消えるのと共に、私は溜息をついてその場で糸が切れたようにごろりと横になった。

 

「…ほんと、しょうもない小物しか来ないわねぇ」

 

私は職柄色んな金持ちの男と関わりを持たなくてはならないのだけど、毎度毎度どれもこれも本当に下品極まりない附子共しか来ない。

 

「…しかも老齢で過去の栄光に縋り続けてるしょうもない外様の配下ばっかり。若さもなく性欲有り余った爺の相手とか、金ぐらいしかいいこと入ってこないわ」

 

私はこの吉原歌舞伎座で1番の美しさを持つ人気遊女。故に私と会うためには、まずこの店に通い詰めて遊女たちに大金を落とし、その先に待つ次に位の高い遊女とも遊び、そしてまた次に位の高い遊女と遊び…を繰り返した上でようやく最後に私と会うことが出来るの。

男にとっては自らの顕示欲と見栄が出る瞬間になるだろうから、意地になって湯水のようにお金を使って、私と顔を合わせに来る。

 

 

 

「…はぁ、朱雨さんも来ずに附子ばっかだしなぁ」

 

朱雨さん。私の憧れの鬼、朱雨さん。

初めての出会いは5年ほど前。彼は私たち(・・・)の師匠で、4年くらい血鬼術の指導や人間(食料)の提供をして貰ったり、時には鬼狩りの柱から護って貰ったりと、長きに渡って私たちを支援してくれた、上弦の弐の位を持つ十二鬼月で2番目の強者の鬼。

 

(愚痴も聞いてもらったなぁ…)

 

修行中は厳格だったけど、それ以外ではとても優しい方だった。人間のことは嫌いらしく容赦しないけど、鬼にはかなり同情的でまるで家族のように接してくれる。私もそんな彼にすっかり心を許してしまっている。

 

そんな朱雨さん、半年前程に私が遊女として名を馳せ始めた頃に1度、文を送っている。この店のことと、名前を言ってくれれば問答無用ですぐに通すことなど、かなり丁寧な文調で筆に起こした。

__が、未だ返事なし。

 

「…はぁ」

 

愛想つかされたのかと、嫌な予感が頭を過ぎる。でも、本来それは仕方のないこと。

あの方はそんな雰囲気醸し出してないけど、よくよく考えてみれば数十年も前から上弦にいる実力者で遥か天の存在。半年前にようやく下弦に入れた私たちのことなんて、忘れていても不思議ではないのよね。

 

…それに、元より無惨様からの指示で、私たちを育成していたみたいだし、任務の一環であれば尚更のこと。仕方ない…ことなのよ。

 

 

 

「失礼します。月姫花魁…よろしいですか?」

「何?また客が来たの?」

 

 

私は一瞬でだらしなく横になっていた姿勢を正し、襖の扉を挟んだ向こう側から話しかけてくる女中に耳を傾ける。

 

「…まず、襖越しで申し訳ありません。月姫花魁と会わせろという者がただいま受付におりまして……」

「ふーん……」

 

折角彼のことを思い出していたのに、こんな時に顔を合わせようとしてくる身の程知らずな客に、私は思わず素で呆れ顔をしてしまう。

 

(私と会いたいか。大したご身分ね)

 

私と初見で顔を合わせようなど、100年早い。もっとこの店に通い詰めて大金を落としてから出直してきて欲しいものね。私が初手でこの部屋に入れるのを許すのは、朱雨さんと無惨様だけ。

 

「……ところで、ソイツの特徴はどうなのよ?」

 

問題はここ。朱雨さんが来てくれた可能性も考慮して、特徴だけならきいてやっても構わない。

一応朱雨さん宛の文には名乗ってくれれば通すと書いたし、それを抜きにしても朱雨さんの特徴が挙がらなければさっさとお引き取り願うだけ。

 

「えーと確か……そういえば、今まで月姫花魁に謁見されて来た方とは違って、珍しく結構お若い方でしたね…」

 

若い人、もしかして朱雨さんなのでは…。

 

「…それで、結構厳つめな方でした」

 

それじゃ朱雨さんではない。朱雨さんは結構中性的で優しそうな見た目をしている。

 

「…ただ、逆に若いと言いますか、若すぎる方で…歳は15ぐらいのかなり小柄な方でしたね。そういえば刀を差しておられましたから恐らくお侍さんでしょうか…」

 

なら朱雨さんだ。あの方は上弦の鬼にしてはかなり小柄で見た目も幼い。背も私より低かった筈。

そして朱雨さんは何処へ行くにも刀を手放さない方。いつでも戦闘態勢に入れるように、常に鬼狩りから奪った日輪刀を所持している。

 

「…黒い短髪の方で顔色の方は結構窶れている感じで……」

 

そしたら朱雨さんじゃない。朱雨さんは髪肩まであるくらい長いし、顔の方は丸くふっくらした中性的な童顔。

 

「あっ!そういえば、シュウと名乗っておられましたね…」

「今すぐ通してちょうだい!その方は私の恩人よ!今すぐに!」

「は、はい!」

 

大慌てで受付に戻る女中の音が襖越しに聞こえる。私が声を荒げるのはそうそうないことだから、向こうも結構驚いていたみたいね。

 

(…やっと、やっと来てくれた)

 

まあしかし、女中も回りくどい特徴を挙げるなんてことせず、率直に朱雨さんの名前だけ出してくれればいいのに、本当に附子に低脳で使えないわね。

 

(…まっ、結果来てくれたし、今回だけは大目に見てあげてもいいけどね)

 

朱雨さんが来てくれた。つまり私の文にちゃんと目を通していてくれたということ。これほど嬉しいことはない。

それに免じて、よりにもよって朱雨さんの名前を忘れた無能に対する教育は、また次の機会に回してやってもいい。

 

(まだかなぁ…まだかなぁ…)

 

表からこの部屋に入るまでそんなに時間は要さない。そんなほんの僅かな時間なのに、朱雨さんが来てくれるとなると随分長く感じる。

 

…そして、襖が開けられた。

 

「…久しぶり、堕姫」

 

そこには、私の師匠であり私が鬼の中で最も尊敬する朱雨さんが立っていた。

 

________________

 

 

「…久しぶり、堕姫」

 

半年ぶりに顔を合わせた、妹鬼こと現下弦の肆であり俺の弟子の堕姫。彼女は、最後に会ったその日と何ら変わらずの、純粋無垢で染まりやすそうな敬愛の表情をしていた。

 

「…はい!お久しぶりです!朱雨さん!今日は夜まで2人で語り合いましょうね!」

 

少し間を置いた後、彼女は一瞬目を丸くはしたものの、ちゃんと眩しい心の底からの笑顔で返事をしてくれた。

 

(…とはいえ、やっぱりやりすぎたかなぁ)

 

今回はいつもの十二鬼月としての任務とは異なり、多くの人間が行き来する場所に、加えて目的自体が殺戮でも何でもなく、ただの弟子との交流であるが故に、今回は鬼狩り相手に素性が割れる訳にも行かず、全身を元の俺から原型を留めないぐらいに人に擬態しすぎてしまった感じはする。

堕姫が一瞬目を丸くしていたのも、恐らくは見た目の相違が酷すぎるからかもしれない。

 

「朱雨さん…?どうかされました?」

「…ごめんごめん、ちょっと待ってて」

 

今は2人だけの空間だからと、俺は自分にかけていた擬態を解いた。

少々厳つくしていた表情を和らげ、髪を短髪から肩まで伸ばして長めにし、細く擦り切れたような顔から少々ふっくらした白め肌の童顔へ。

そして両の目には、先程まで人間と同じような黒目にして隠していた上弦と弐の数字。

 

「…じゃあ私も!」

「えっ」

「これで朱雨さんと同じ!」

 

擬態状態から鬼の姿に戻った俺を見た堕姫も、お互い鬼だからということもあり、いつもの月姫花魁としての姿から下弦の肆の鬼へと擬態を解いた。

 

「…さっ、今日はいっぱいお話しましょう」

「うん、半年も待たせちゃったしね。今日は気が済むまで過ごそう」

 

彼女の送ってきた文に返事も出来なかったし、きっと今日は色々と溜まってることだろう。お金は沢山持ってきたし、延滞料金も気にせず時間の許す限り彼女との一時をのびのび過ごそうと思う。

 

「でね!あのジジイったら本当に気持ち悪くてさぁ…!」

「ははは、それは災難だったねぇ」

「でしょ!? 私に会おうとするこの店の常連とか基本歳くってる附子ばっかりだからそういうの本当に多いの!」

 

半年間、彼女から働き始めてからこの店の売上1番に躍り出るまでの武勇と愚痴の数々を、あの修行の合間でしていた時と同じように、俺と彼女はお酒も交えながら閉店の時間まで語り合うのであった。

 

 

 

 

 

 

「…師匠ォ!妹に鼻の下伸ばすなあ"ぁ"ぁ"〜!」

「ちょっとちょっと!お兄ちゃん落ち着いて!」

 

途中、堕姫の背中から俺の気配を察知して目覚めた妓夫太郎が、堕姫と楽しそうに話している俺に嫉妬して番犬のように唸ってくるという半年前と同じような懐かしいこともあったり。

 




ー江戸コソコソ噂話ー

朱雨には未だ表に出していない血鬼術が幾つか存在します。また、次回から結構時代が飛び、この話までが1790年代前後だったのに対して、次回から1850年前後まで時間が飛びます。明確な西暦は出さないように心掛けていますが、作者の中ではキッチリ○○年の○月と決めております。



ー追記ー

5/31日刊ランキング29位に載ってました。4度目のランキングINに驚きです! その中で色んな人から僕が思いもしないご意見やらミスの指摘やら賞賛の言葉などの賛否両論頂くわけで参考になることも結構多いですね。モチベ上げて頑張ります!
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