剣と念の悪鬼夜行 作:狂戦士
久々のネタ会です。その割に割かし大事なことも言ってたり。
「はい、休憩!」
「は、はい……」
刀を懐に収め、ポンポンと手を叩いて休憩を促す。肩で呼吸している腕鬼はやっとかと言わんばかりにその場で腰を下ろした。
(大きくなったな…)
数日程前の真夜中のこと。ふと街中を1人でトボトホと歩いてる稀血がいたので殺して腕鬼に与えてみたところ、だいぶ前とは比較にならないぐらい図体が巨大化し、腰を下ろしてるのか立ってるのかよく分からないぐらいの夥しい量の腕が蜷局を巻くように全身に巻きついていた。
(もう稀血探す方が早いか…?まあ貴重だからそうそう見つかるものじゃないが…)
そんな、普通の人間をあまり口に受け付けられなくなっても稀血は別腹かの如く食えるし食ったら食ったで異形化は進むのなとなって早数日、
__俺と腕鬼は無限城のとある一角にて鍛錬を行っていた。
「少しキツいか?負担落とすか?」
「はい……すみません……お願いします……」
無限城で鍛錬を行ってる理由は至って簡単。巨大化しすぎで外で鍛錬してるとすぐ人の目に着いてしまうんだな。ここ1週間で俺と腕鬼の鍛錬の場にやって来たのは、猟師×2、様子見に来た町民×3、鬼狩り×6、毎日誰かしら1人には見つかってることになるな。しかも人通りの少ない夜に見つかってるものだから実質半日×7でこれだけの数人間と遭遇してる。腕鬼が拳振るったり腕斬り落とされたりする度に地響きするもんだから人を呼んでるも同然なんだよな。加えて鬼狩りが来た時は実践演習ということで腕鬼に一任したこともあった。
けど、こんなに遭遇率が高いと鍛錬が進まないのでこうして無限城に場所を移したのだ。
___それに、無限城での鍛錬にはまた別の方面でも恩恵があった。
「…励んでいるな」
「あっ、黒死牟さん!お久しぶりです」
そう、無限城で鍛錬すると、ここによく足を運んでいる黒死牟さんと高確率で会えるのだ。普段から自らを鍛え続けている黒死牟さんにとって、よく通う無限城で鍛錬している音があれば惹かれるし戦闘の血も騒ぐのだとか。
「これはまた随分と剽軽な鈍臭い腕達磨に戦いを乞わせているな」
「ははは…」
無限城が半ば集会所と化してる部分もあるが、無惨様は普段人間社会に溶け込んで生活してるともあって、十二鬼月招集など無惨様が利用されている時以外であれば無限城の私的利用は可能。ただし上弦級の鬼に限るらしい。
ただ鳴女さんがこの前ボソッと小さな声で「早く帰ってくれないかな」と呟いていたのを耳にしてしまった。ごめんね!
「そう言えば黒死牟さんはどうしてこちらに?」
「まあ、その、朱雨が今まで扱いた者は皆上弦まで登り詰めた猛者であるな。単なる興味だ」
確かに黒死牟さんの言う通り、参と陸は俺がみっちり鍛えた強者。肆は俺が上弦から離脱する為に1番気合を入れて作った霊人形。ようは上弦のうち半分は俺の梃入れな訳で、こうも俺の派閥が強いと鬼は群れないという定義から逸れるどころか反旗を疑われかねない。しかし、無惨様には上弦級の鬼をこうも沢山生み出したとして広い心で容認してくださっている。
___でも黒死牟さんは1つ大きな勘違いをされている。
残念だけど、今回は完璧な例外中の例外。ここまで念入りに鍛えていると見せかけて、実を言うと腕鬼は上弦ノ鬼どころか十二鬼月になる器すら持ち合わせていない。人を食う量に限界があるようでは駄目。
強い鬼は既に素材から整っているのだがな。例えるなら上弦は松茸、下弦は椎茸、腕鬼はもやし。どんなに頑張ってもモヤシを美味しくするのには限界があるのと同じ。
「…しかし朱雨、何故この鬼に目をかける?」
「……それはどういう?」
「初見であるが、奴は窺うに現行の参や陸より遥かに劣る。将来を見越しているのであれば期待値は限りなく低いようだが」
と思いきや黒死牟さんはそんなこととっくにお見通しであった。腕鬼は確かに強く育てるには値しないかもしれない。
「…まあ、俺にはやりたいことがありますから。可能性があるなら全力であたりますがそうでなければ傀儡の駒として使えばいいだけの話。なにせ奴は意欲だけはあります」
鱗滝の名前を延々と叫んでるのだからきっと復讐心だけは強い。なら手を入れるだけ入れた後に上手いこと利用し、俺の代わりに鬼狩りを振り回してもらう。
尤も、鬼1つ育成するのにかかる手間を考えれば自分でやったほうが早いという結果に終わる可能性もあるけど。まあ鱗滝潰すだけ潰せたら良い方だろう。
「…ふむ。ところでだが、血鬼術は習得済みか?」
「いえ、まだ腕が増えただけで術という術にはまだ目覚める様子はありません」
そういえばそうだ。稀血も与えてみたけど腕鬼には鬼らしい異能がない。腕だけが大きくなって異形化するだけでしか無かった。
「そうか…だとすると尚更だ」
「…それはどうしてですか?」
すると黒死牟さんはその場で腰を下ろし、語り始めた。
「まず鬼は元々人であったことは皆も承知のこと。人が無惨様の血で鬼になってから異能を習得するにあたって、まずは沢山人を喰らうことから始まる。幾数口にした所で異能に目覚めるかは個人差があるが、基本はこの辺りから同時に手足や顔などに人との相違点が現れ始めるといった、所謂異形化が起こる。ここまでは全ての異能を持つ鬼が辿る道だ」
そういえば俺も鬼になりたての頃は沢山人を食っていたな。生きるためには食うしかないと割り切ってたし、墓荒らすなりして多く食うために手段は選ばなかったと微かに記憶に残っている。そして同時に見た目にも多少の変化が来て、自分が人とは違う存在であると理解していったはず。
「しかしここから鬼が辿る道は大きくわけて2つ。1つはある程度人を食ったところで異形化が抑制されていき、何らかの切欠をもって血鬼術に目覚めるというものだ。十二鬼月など多くの鬼はこの流れを汲んでいることが多いな」
俺の場合はどうだったかと記憶を辿る。確か鬼狩りから逃れる為に川越を離れて雪の越後で人喰いしながら過ごしていたら、当時の炎柱と遭遇したんだっけか。剣術でどうにか生き残っていたら炎柱との戦闘が"念動力"の血鬼術を目覚めさせたんだ。そこに至るまでに数十もの人を食ったと覚えてる。
「2つはそのまま異形化が進み体躯のみに変化が訪れるというもの。
「……つまり、どれだけ鍛えても腕鬼が血鬼術に目覚める可能性は低いと」
「左様、加えて与えられた無惨様の血も少ない方なのだろう」
ここまで希望がないのは予想外だった。結局腕鬼は意欲でここまで来ただけで、よくよく考えてみれば藤襲山という鬼狩り登竜門の地にいた時点で元から未来もなかったんだ。
「…結局のところ、血鬼術と異形化をわけるのは何なのでしょうか?」
「……そうだな。それが分かれば最初から目星も付けられたのだろう。私もその答えを正確には知らない」
「そう…ですよね」
それはそうだ。それが分かれば最初から上弦級の鬼なんて幾らでも作れるし、上手くいけば太陽を克服する鬼だって見つけられるかもしれない。
「しかし1つ言えることがある。それは血鬼術も異形化も、人だった頃の記憶や未練、慣習が大きく関わっているということだ」
「……!?」
人だった頃の記憶や未練が関係している。黒死牟さんは確かに今そう言った。
「私も、人だった頃の未練が月の呼吸を更に進化させたと言えよう。全ては
「…そう、そうなのですね」
黒死牟さんの説は確かに的を射てる。身近な鬼も皆そうだ。
猗窩座の場合、破壊殺羅針の構えは素流の構えで技の殆どは花火由来。加えて闘気を察知する羅針は雪の結晶。助けられなかった恋雪さんとの思い出が、血鬼術の全て。
堕姫の帯は遊女としての誇りの表れで、妓夫太郎の鎌は人だった頃からの愛用具。
半天狗は感情を具現化した血鬼術。きっと盲目と自分を偽って他人を騙しながら生きてきたことと、霊人形としての生命力の高さ的特徴を併せ持ったもの。
(それじゃあ俺は…?)
念動力の血鬼術は何処が由来なんだろうか。いやまあ、俺の場合戦闘において主翼を担っているのは念動より星の呼吸の方だったりするのだが、俺の血鬼術という血鬼術は念動力の方だ。最近は星の呼吸にすら血鬼術が絡んでいる。
(いやいや、そうと決まった訳じゃない。黒死牟さんも確証はないと言ってたし、俺は例外なんだきっと!)
前世のことは忘れたんだ。俺は今までもこれからも、満月ノ鬼として敵対するあらゆる勢力、そして無惨様の忠実なる鬼として刃を振るっていくだけだ。
「…黒死牟さん」
「なんだ?」
「また手合わせをお願いしてもいいですか。いつか」
「藪から棒に…まあ良いだろう。
黒死牟さんは確かに今そう言った。いつか本気でやりあうと。そうだ、俺はまだ黒死牟さんには勝てていない。いつか、勝つんだ。そして最も無惨様に近い鬼になるんだ。
唯一俺を認めてくれた、俺の頑張りを評価してくださった無惨様。あの方に尽くすために俺は鬼になったのだから。
「さてと、腕鬼ー!そろそろ休憩終わりだぞー!」
「はい!向かいます!」
腕鬼も、例え血鬼術がなくとも、十二鬼月には到底及ばぬ実力にしかならなかろうと、異形化した腕だけで柱を殺せるようにはしてみせる。
「おやおや、楽しそうなことしてるじゃないか朱雨殿」
と思った矢先、調子を狂わす聞きたくもない奴の間の抜けた声が聞こえた。
「何しに来た童磨」
「おっと!黒死牟殿もいるではないか!」
「聞けやボケ」
話しかけといて興味が移って無視されるという、これまた奴の思考の読めなさと相俟って頭狂いそうになる仕打ちを受けた。
「お前は確か呼んで無いはずだぞ」
「私も上弦ノ弐のことなど頭にない」
「酷いな2人とも。俺たち同じ無惨様お気に入りの直属配下だろう?」
少なくとも無惨様が童磨を好いてることはないだろう。それどころか『あんまり好ましく思わん』と無惨様には罵詈雑言の嵐で有り得ないほど嫌われてる。果たしてコイツにその自覚はあるのか。
とはいえ童磨は嫌われてること周知の上で俺たちに絡んできてるのだから関係なさそうだな。
「おい!朱雨も黒死牟さんも俺も、皆テメェのことは嫌いなんだよ!さっさと離れろ!」
「これはこれは、まだ酷いことを言うな猗窩座殿」
童磨に続く形で何故か猗窩座も現れた。せっかくだし童磨消えて入れ替わりで猗窩座だけ残ってくれないかな。
「おっす朱雨」
「おっす猗窩座、無限城に来るの珍しいな」
「いやまあな、最近開港したせいか外国人ばかりで騒がしくて鍛錬も出来んからこっち来た」
猗窩座が拠点してるのは確か横濱村だったっけか。ほんと、猗窩座がそこを拠点にした時はただの海が近い農村でしか無かったのに、十年一昔というか今では西洋人と攘夷派がごちゃごちゃした街になってて行くのが憚られるぜまったく。
「なんだなんだ、猗窩座殿も来たのかい?」
「テメェに会うためじゃねえよ死ね」
相変わらずの嫌われよう。というか罵声浴びせられたのに揚々と話しかける童磨の底知れなさよ。本当に思考の読めない気持ち悪い鬼だな。
というか、上弦ノ鬼無限城にて結集とは、無惨様が招集かけた訳ではないというのに何故だ。俺は腕鬼に鍛錬させたかっただけなんだが、この流れで行くとまさか他の面子も?
「ヒョヒョヒョ、皆さんお揃いなのは珍しい」
「恐ろしや恐ろしや…まさかこんな大量に揃っているとは……」
噂をすればとやらだよ。玉壺と半天狗まで来た。というか半天狗は自立式霊人形だから半分ほどは俺の意思で動かしてる訳なんだけどもう半分の自我でここに来ようと思ったのか。何とも偶然の重なりを感じる。
「やあ玉壺殿、先日は壺ありがとう。あまりにも綺麗だから女の首生けて飾ってあるよ」
「あれは首を生ける壺では…だが良い芸術を感じる」
玉壺って俺とあんまり関わりないけど童磨と割かし仲良いからあまり踏み込んだこと出来ないんだよな。というか、童磨が十二鬼月内でそれなりに仲良いの玉壺しかいないのではないか。黒死牟さんですら童磨にはあまり良い顔してないからな。
「あ、あの…師匠……」
上弦勢揃いで腕鬼が完全に置いてけぼりに。腕鬼めちゃくちゃ巨大だから集合地点の目印と化してるのだが。
というかこの流れで行くなら絶対あの2人も来る。
「あっ、朱雨さん」
「久しぶりだな師匠ォ」
案の定思った矢先に上弦ノ陸の堕姫と妓夫太郎来場。堕姫と顔合わせるのはあの蓮華とやらの鬼狩りと一悶着あって以来だ。
…ただ、最近の堕姫は少し様子がおかしい。
「酷いな〜朱雨さん、あの時は知らないうちに何処か遠くへ飛ばされちゃうし〜、でも私たち逃がしてくれたおかげで助かりました〜。けど遊郭に戻るの大変だったんですからね〜?」
あの一件以来、堕姫は余程強制転移させられたのが気に障ったのか、まるで何かに目覚めたかのように狂い始めてしまった。特に手紙の内容が顕著と言えるほどに怪文書と化した。
"朱雨さん、また来て。今度は朝どころかずっと語りましょう。今度は鬼狩りなんか来ても足引っ張らないから。ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずーっと、遊郭いるのも退屈ですしもっと来てくれてもいいんですよ?"
こんな感じの文がしょっちゅう。昔はもっと落ち着いた文体で尚且つ品のあるものが送られてきたというのに、最近は手紙に血鬼術の帯の切れ端とか髪の毛とか混入してくるし、あの綺麗な堕姫は何処に行ってしまったんだろう。
「妓夫太郎…」
「なんだァ?」
「お前の妹だろ何とかしろよ」
「無理だなァ…」
とまあ兄の方にも手紙でどうにかしてくれと頼んだのだが結果はこの通り、拒否ではなくまさかの不可能という答え。
「朱雨さぁん、ねぇねぇ」
「距離近い!というか十二鬼月揃ってんぞ!」
堕姫が周囲の目線お構い無しに俺の肩をガシリと掴み、帯を出して俺の体にグルグルと巻きつかせる。すると、堕姫は周囲に見せつけるように俺の体をペタペタと触るなり匂いを嗅ぐなり抱くなりやりたい放題する。
(全員こっち見てんだけど………)
ここにいるのは上弦ノ鬼と、凄い形相でこちらを睨む新月ノ鬼こと鳴女さん。なんだがボソボソと小さな声で『早く帰ってくんないかな』と、これまた殺意丸出しで呟いてるのだから久々に恐怖心を覚えた。
「おアツいなぁ朱雨殿」
「るせえお前だけには見られたくなかったわ」
「…置いてきた妻と子のことを思い出すな」
「黒死牟さん郷愁を感じないでください」
「朱雨、お前いつの間に上弦ノ陸とそんな関係になってたのか…?」
「いや猗窩座!違うんだ!これは違う!」
よりにもよって童磨に見られた。黒死牟さんに至っては妻子持ちだったことは知ってるけど今この流れで思い出されてもとしか。
猗窩座に関しては恋雪さんがいたから記憶を失った今でも惚気系にはあまり抵抗ないのだろうなと勝手に予測。
「どうしたの朱雨さん。私たちこのまま羅生門河岸まで……」
「ちょっと待って!なんでこんな力強いの!」
「恋する乙女は強いのよ」
「理由になってないけどォ!」
堕姫、恋してたんだ。いやそれはさておき、何故か鬼歴でも力でも勝る筈の俺が帯を上手く引き剥がせない。ジタバタと足掻いてみるも、何故だか堕姫がそれに上手いこと動きを合わせて帯を締めてくる。もう逃がさないと言わんばかりに帯が体に巻き付き、もはや対応出来ないぐらいに体をキツキツに締める。
「妓夫太郎!ちょっとお前の妹剥がしてくれ」
「いいなァ!妹に好かれてなあァ!」
「おい妓夫太郎!嫉妬して爪噛んでる暇あったら手貸してくれ!」
兄としての矜持もあるのだろうけど、あとで妓夫太郎は"いざというとき妹バカすぎて使えない"と後世残る書にしっかり残しておこう。
「ヒョヒョヒョ、衝撃の事実!満月ノ鬼と上弦ノ陸の関係!」
「しかも上弦ノ陸ではなく主人が尻に敷かれる側とは恐ろしや恐ろしや……」
玉壺は面白いものを見たかのような愉悦に浸り、半天狗はただ手を擦り合わせて『恐ろしや恐ろしや…』とばかり言うだけで何もしてこない。
「師匠………」
目印と化していた腕鬼がこの状況を前に絶句している光景を最後に、俺の体は堕姫の帯に包まれた。
「朱雨さん、一緒に帰ろう。もう逃がさないから」
「妓夫太郎!ちょっと!」
「諦めも肝心だなァ!妹は元々お前のこと好いてたし単にそれが弾けただけなんだよなあァ」
「あぁもう!妓夫太郎も動かない!ならば!」
こうなれば鬼の力を使うしかない。呼吸と刀を使えば堕姫の頸が逝く以上、血鬼術の方でどうにかしよう。
【血鬼術 瞬間移動】
目に見える範囲なら何処にでも移動できるこの技なら堕姫の帯を脱することが出来るはず。
…だった。
「…あれ?」
「朱雨さんのことはずっと見てきたんだから技の特徴ぐらい分かってるわよ〜」
まさかの転移先に堕姫共々瞬間移動。そういえば瞬間移動は足先以外で接してるもの全部寄せちゃうんだった。
「さあ、愛の巣へ帰りましょう!」
「ちょっとみんな!誰か手貸してよ!」
チラリと目で合図を送るも、上弦のみんなはこっちをほっこりとした目で見てくる。今まで何百人と人間を殺して食ってるはずの鬼がこちらをめちゃくちゃ温かい目で見つめてくる。
群れることのない鬼がこうして上弦ノ鬼という括りの中で仲良くしてるのは何とも言えぬほわほわした気持ちになる。
__と、こちらもほわほわしている場合ではなかった。
「ああもう!」
こうなれば最終手段に出るしかない。堕姫を殺さないように、頸を避けて帯を斬って脱出する。
「星の呼吸…」
「させないわよ」
「あぁ!刀が!」
刀抜こうとした瞬間に、動きを読まれていたのかまさかの先手で腕を帯で斬られた。まあすぐ腕は再生するんだけど、刀の方はカラカラと音を立てて地べたを転がっていく。
「さあ、朱雨さんは私と過ごすのよ。子供は何人…いや、鬼だから出来ないわよね。ずっとこうして2人だけで語りたかった。もう我慢できない。何十年も前から想い続けてたんだもの!さあ!」
「待って、これからは堕姫のところ定期的に通うから、数年単位で放置したりしないから、それでいいよね?」
俺まだやることあるから。今日とか本来の予定は無限城で腕鬼鍛えることだったし。それ終わってからでも良いと思うのだけども。
「ダメ、今から私と朱雨さんは夫婦で」
「と゛お゛し゛て゛た゛よ゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛」
するとその直後の事だった。
ヘ"ヘ"ン"
今まで聞いたことない、かつてないほどの音量で琵琶が鳴る。
そして「早く帰ってください」という怒りの篭った鳴女さんの声と同時にここにいる全員の足元に襖が開かれた。
「…助かった」
琵琶の音と同時に俺も帯から解放されて、川越にある拠点へと戻された。
真下の襖が開く直前に他の十二鬼月の面々も襖に落ちてったことから、恐らく各々が自らの拠点に戻された模様。
(…まさかあんな堕姫を追い込んでたなんてな)
遊郭に遊びに来てくださいという文は数十年前からずっと貰ってたし、その好意には結構気づいてる方だと思っていた。
(けどなぁ……)
蓮華との勝負で堕姫を強制転移させた際、恐らく堕姫の内にある自制心というものも何処かに強制転移させてしまったのだろう。
「…次会うの怖い」
俺は鬼になって初めて恐怖心を抱いた。
ちなみに後日、無限城は招集時以外使用禁止との報せを受けました。解せぬ。
ー江戸コソコソ噂話ー
堕姫は元々朱雨が好きでしたが、蓮華との勝負で強制転移させられて以降爆発しました。鬼には性欲がないので子どもは基本出来ませんが、それでも堕姫は朱雨が好きなようです。何かと朱雨は手紙に返信したりしており、ホスト気質なようです。ただ、しばらく多忙のために遊郭には遊びに行けませんでした。それだけです。
それがどうしてこうなった。