剣と念の悪鬼夜行 作:狂戦士
ちなみに平和はそんなに長く続ける予定はないので(無慈悲)
影斗羅さん、すうぃちさん、高評価9ありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします。
___国境の長いトンネルを抜けると、そこは先程までの晴れ間からうってかわった雪国だった。
「よし」
最初は自分が何処にいるのかも分からなかった先の見えない旅だった。西と北に大きい山々があることを確認した上で、肌に感じる空気の冷たさを頼りに北上していったところ、見事5日ほどで目的地である上越地方の入り口部分に辿り着きました。
(めっちゃ雪降ってる!すっげぇ!令和じゃ温暖化とアスファルト舗装でここまで積もらなかったぞ!)
越後国への玄関口の役割を果たし、後の世ではスキーやスノボなどのレジャーが栄える町。
___ここは、恐らく後の新潟県湯沢村だ。
後の平成令和の世では新幹線も鉄道もあって何かとメジャーな観光地であるが、江戸時代というこの時代においてはこの町の果たす役割は異なる。
この町はこの江戸という時代、ただの宿場町である。後の新潟市や長岡市が新潟県、今は越後国だがその中枢として機能しており、ここは令和の世でいう群馬県の高崎がある辺りからそこに至るまでの中継地でしかない。
それ即ち、この町ってのは人口も少なく、また寒さも厳しいことから食糧となる人間はあまり外に出ず、旅人も冬という過酷な季節を選ぶ物好きなんて少数の筈。それ故に捕食の機会を伺うのが難しく、江戸中心に蔓延っている鬼が拠点とするには知名度的にも環境的にも距離的にも何をとっても過酷でしかない…筈。
そしてそれは、鬼にとってだけじゃない。鬼狩りにとっても鬼が出ない以上は寄る必要のない未開拓地であり、冬の間身を隠すには最適の場所……だと信じたい。
(今思うと結構雑な理由だな)
今思うと、テキトーに理由つけて純粋に温暖化進行する前の雪国でひゃっほいしたくて来た人みたいな感じになってる…。
(いやいや!そうじゃない!)
さっき挙げた理由は半分くらい本当だとして、まあ半分は産業革命前の雪国に来てみたかったんですけど。んで、俺がこの場所を潜伏先として考えたしっかりとした理由はちゃんと別にあるし、しかも1つだけじゃない。
(おっ、丁度よく野垂れ死んでるのがいるな…)
そう、1歩三国街道(※)を外れると、迷子になって凍死したであろう旅人らしき死体を見つける。冬だからといって旅人は決して0ではない。敢えて人の少ない冬を選んで別の地方からやってきた者が、油断して防寒を怠った挙句に、この町に辿り着く前に凍死しまう模様。一方、鬼は季節関係なく順応できるため、雪の中でも夜の間なら食糧確保に動くことが出来る。
その為まず冬の間は食糧確保に困らない。しかもこの方法だと墓とか山とか荒らしたりしてない上に、その場で食事したとしても雪が次々と降ってくるから血の跡も残りづらいという利点がある。
(これは明日の分…これは明後日食べよ…)
そして何より、雪で覆うと冷凍保存の役割を果たすため、長期保存が可能。食糧確保は人間の凍死体という不安定な状況であるが故、雪の存在は非常に有難い。
そして何よりも、凍死という死に方が1番な点がある。
(…血がまんま手に入るのは有難い)
凍死した場合、血液が全身に流れなくなる。加えて体温が無ければ血も凍る寒さなので、凍ってるとはいえ人の血をそのまんま食べることが出来る。
(やっぱりね、血があるとないとでは全然味も栄養も違うんだなぁ)
俺は雪国というこの地で、鬼としての確かな力を日々蓄えていっている。
まだ、鬼滅の世界に転生したのならば大正の世まで死にたくない。鬼狩りたちと出会すことなく、今は只管に力を蓄えておきたい。
___その為の、知恵だ。
____
__
_
この町にやって来て、早くも1ヶ月が経過した。この1ヶ月間、生きた人を狩ることなく、既に10人ほどの凍死体を俺の腹に詰め込み、随分と楽な暮らしをしていたものだと思う。
___そして今、俺がどんな状況に直面しているかというと。
(…どうしてこうなった)
俺は、未だかつてないピンチに遭遇していた。
「……まさか、こんな所に潜伏していたとはな」
正面の奴から漂ってくる歴戦の猛者の雰囲気、そして先日返り討ちにした隊士とは基盤から異なる和装。
…そして、俺を逃がさないという絶対的な殺意。
ここから導き出される、俺みたいな臆病な馬鹿でも分かる、最悪の状況。
(コイツ!明らかに俺を狙ってきた鬼狩りの柱だ!)
そう、安寧の地と思い込んでいたこの湯沢という地にて、俺は初めて鬼狩りの柱に邂逅してしまったのだ。
________________
1ヶ月ほど前、
命からがら御館様の屋敷に逃げ込んできた鎹鴉によって齎された情報によれば、新手の特殊な鬼によって殺害されたということであった。
いったいどういうことなのだと、詳しいことを聞けば、どうやらその鬼は血鬼術をまだ持っていないとのこと。乙ほどの実力を持つ隊士が、血鬼術を持たぬ雑魚鬼相手に敗北することは今まで前例がなかった。刀を躱して拳1つで隊士に致命傷を負わせるといった戦闘法も、何か過去に武術、剣や格闘といったものをやっていなければ、到底出来ぬ技。
___つまり、そいつは血鬼術を持たずとも、 鬼として充分な戦闘能力を所持している。
もし、ソイツが血鬼術を手にしてしまったら…。その末路は想像するに易い。
そんな危険な鬼を放置しておく訳にもいかず、急遽御館様の指示で、炎柱である私を筆頭に数名の探索討伐部隊が結成された。
そして3日後、殉職した隊士に付いていた鎹の誘導と、鎹より聞かされた見た目の特徴を便りに、その鬼が拠点としていたであろう洞窟へ辿り着いた。
「突入!鬼め!覚悟!!」
そうして鬼殺隊数人で、かの鬼を追い詰めようと一斉突入した。
「…いない?」
__そこは既に、もぬけの殻だった。
「炎柱様!奥にもいません!」
「人骨だけしか残ってないです」
奴は、その拠点からぱったりと姿を消していたのだ。
私たち鬼殺隊の気配を察知したのか、それとも気まぐれで拠点を移したのか、洞窟へと押し入った時には、そこは既に血の匂いだけが残る物静かな虚無なる洞窟へと変貌していた。
「クソっ…!」
結局、その後数日に渡って行われた付近での探索も実を結ばず、完全にかの鬼は消息を絶ってしまった。
「…一旦引き上げるぞ」
私は部下の隊士たちに指令を出し、無念のままこの場を後にすることにした。
(何故だ…何故いない…)
いったい何処へ行ったのだろうか。とっくに日光にあたって消滅したのだろうか。それとも人を食べるのを控えているのか。様々な憶測が頭の中で交錯する中、付近で墓荒らしの報告が無くなったため、情報不足により探索は一時打ち切られることになった。
そして私は、探索の激務を日々繰り返していたこともあり、1度心を落ち着かせるようにと、御館様直々に数日間の休暇が与えられた。折角だから、御館様の言葉に甘えて、平安の世の頃から温泉が出るといわれている湯沢村へ足を運んだ。
「…まさか、こんな所に潜伏していたとはな」
消息を絶ったと思われた奴は、この雪の中で死骸を貪り食っていた。
少し長めの髪に、異形の鬼には程遠い人の形、あまり特徴のないその見た目は、鎹より耳にした特徴と全て一致していた。
(…休暇なんてどうでもいい)
いざという時のために、この旅路でも手放さなかった日輪刀。私は鬼殺隊としての責務を果たすべく、即座に戦闘態勢に入った。
(____鬼は狩る)
※三国街道
群馬県高崎市と新潟県長岡市を結ぶ街道。詳しくはWikipediaで。
シリアス「呼んだ?」
わし「もう少し待ってろ」
ー江戸コソコソ噂話ー
次話の後書きから開始致します。明治に入ったら明治コソコソ噂話に名前を変えるかは謎。