剣と念の悪鬼夜行 作:狂戦士
「がァァァああああああああぁぁぁ!!!」
蓮華さんに岩を斬れと言われて早数ヶ月。未だ手応え無し。毎日岩に向かって刀を振り下ろし続けるも、その度に俺の腕に鈍痛が走るだけで岩は無傷。
「…何でだ……何で斬れない……!」
蓮華さんの言われた通りにやっている。刀は横からの攻撃に弱い。常に真っ直ぐ、刃を垂直に振り下ろすのが真髄だと、そう言われたから俺は常にその辺りを意識して刀を振っている。腕力もこの1年でかなり向上した。呼吸も教わった型を軸に体を動かしている。
「何故だあああああああああぁ!!!」
「うるさい!!」
俺が1人唸っていると、何処からともなく聞き覚えのある声と匂いがした。
「…男が惨めったらしく蹲るな」
「錆兎さん…!」
「…よくもまあそんな男が廃る情けない様を!」
「…す、すいません」
「…全く、蓮華に頼まれて様子を見に来てやったら……」
「…?蓮華さんに…ですか?」
「そうだ、今頃アイツは…」
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「御館様!いくらなんでも…!」
「…何?今の今までずっと任務放り出してた鬼殺隊の支は何処の誰かな?」
「……はい」
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「放置してた任務のツケを払っているところだろう……」
「…………」
…俺の修行に付き合ってくれていたばかりに、蓮華さんの貴重な時間を割いてしまっていた。
「…さて、炭治郎」
「は、はい!」
「…下を向く時間はない。お前はまだ教わった呼吸を何一つ自分の中で形に出来てない。立て!刀を取れ!そして俺に向かって来い!!」
「……!? えぇっ…でも錆兎さんは木刀で、俺は真剣を…」
「それがどうした!! その程度の実力で俺に刃が届くと思っているのか!!来い!!俺を殺すつもりでかかってきな!!」
「…!……分かりました」
錆兎さんがそこまで言うのなら、俺も全力で相対しなくては。
【水の呼吸 壱ノ型 水面切り】
「甘い!」
すると、錆兎さんが俺の視界から消え失せた。
「!?」
「遅い!」
次の瞬間、錆兎さんの繰り出した目にも止まらぬ一撃で、俺の意識は暗転した。
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「はっ!」
長い間気絶していた。気づいて意識を取り戻して起き上がったら、もう錆兎さんは居なくなっていた。
「気づいた?」
「へっ?」
その代わり傍にいたのは、鬼殺隊の羽織を身にまとった見知らぬ小柄な黒髪の女性。
「錆兎と義勇から事情は聴いてるよ。君が炭治郎君だね?」
「えぇ!はい!」
「私は真菰。2人と同じ、鱗滝さんの弟子なんだ」
真菰さんと名乗った彼女。義勇さんや錆兎さんとは違ってほんのりとした優しい雰囲気、でもその裏には数多もの戦いを潜り抜けてきた強かな匂いもする。
「錆兎はこれから任務があるから、これからは私が教えていくね」
「はい!お願いします!」
そうして今度は真菰さんから指導を受ける事になった。
「炭治郎君は恐らくだけど、変に力が入りすぎていると思うんだ」
錆兎さんの指導が実践であるとするなら、真菰さんの指導は研究の一言であった。刀の持ち方や力の入れ方、そういった所を試行錯誤しながらより精度を高めて行くというのが彼女の指導方針だった。
「水の呼吸って柔軟で流れるような足運びが特徴的な型が多いから、次は助走をつけてやってみたらいいかもしれない」
そして尚且つ、真菰さんの指導はかなり分かりやすかった。俺が刀を握る上で変に癖が付いてしまっている箇所や、直した方が良い部分を的確に見抜いて直すよう促してくれた。
「…真菰さん、今のはどうでしょうか?」
「…うーん」
そうして幾多と試行錯誤を繰り返す最中、真菰さんは俺の答えに首を傾げていた。
…何かまた変な癖がついてしまったのか。
そう思っていたのだけど、何処か今の真菰さんからはそういった類とは異なる匂いがする。
「…炭治郎君、君に教えていて凄く違和感があったのだけどその正体が分かったから単刀直入に言うね。多分、炭治郎君に水の呼吸はそもそも合わないんだと思う」
「……はい?」
「うーんとね、なんて言えばいいかな。勘違いしないで欲しいのは炭治郎君に剣の才能が無いって事じゃないんだ。ただ、水の呼吸は炭治郎君の体質に合ってないんじゃないかってこと」
「…水の呼吸に、ですか?」
「うん」
ずっと水の呼吸を習得しようと励んで来たけど、そもそも俺は水の呼吸を使いこなせる人間じゃなかったってことか。
…ってことは、俺は鬼殺隊になるための必要最低条件すら満たせないということなのか。
「私もね、鱗滝さんの弟子ではあるんだけど、実は普段水の呼吸を使ってる訳じゃないの」
「え?そうなんですか?」
「あれ?最初に言わなかったっけ?私、水柱じゃなくて
「…派生?呼吸って、そもそも水の呼吸以外にもあるんですか?」
「あるよ。………もしかして炭治郎君って、鬼殺隊は水の呼吸を扱えないとなれないとか、そもそも鬼殺隊の呼吸法には水の呼吸しか無いと思ってた?」
「…………………はい。普通に錆兎さんも義勇さんも水の呼吸を使う人だったのでてっきり……」
錆兎さんも義勇さんも水の呼吸は鬼殺隊で最も多くの剣士が扱う基礎的な呼吸法だって言っていたから、俺はそもそも鬼殺隊全体が水の呼吸を軸に行動している組織なのだと、何処かで勘違いしていた。
「…はぁ、この様子だとまさか錆兎に義勇、蓮華さんも全く炭治郎君に教えていないんだろうな…。それじゃあ私が1から説明するね」
露呈してしまった俺の知識不足を急遽補う為、真菰さんの指導は座学の方へと移った。
まず、水の呼吸が鬼殺隊の中で最も多くの剣士に使われる呼吸法であることに偽りはない。ただ、水の呼吸を扱わない者は呼吸法無しで鬼に立ち向かう訳でもなければ、ましてや水の呼吸が基本中の基本で"超"水の呼吸みたいな応用発展型が存在する訳でもない。
呼吸法は水の呼吸の他にも炎、風、岩、雷が基本のものとして存在するとのことで、水の呼吸はその5つのうちの1つにしか過ぎないらしい。
真菰さんの扱う氷の呼吸が5つの中に入って無いけど、実は前述5つの呼吸は各々が自身の体質に合うように改変、派生して独自の呼吸を編み出しても良いらしく、氷の呼吸は水の呼吸から派生し生まれた真菰さん独自の呼吸法らしい。
他にそういった派生して生まれた呼吸があったりするのかと気になったので真菰さんに訊ねてみると、水から派生した花の呼吸、風の呼吸から派生した霞の呼吸、なんてものが派生された呼吸でありながら、数百年近く鬼殺隊内で使用者が居続けたという。
「…つまり、俺に水の呼吸の才能が無かったとしても、それ以外の呼吸、あるいは派生の呼吸であれば体質に馴染む可能性があるという事ですか…?」
「そう。炭治郎君は水じゃない別の呼吸に適正があるのかもしれない。けど、それが何なのかは実際にその呼吸に触れて教示を受けないと何なのかまでは……」
別の呼吸、俺に合う水の呼吸とは異なる別の呼吸。炎、風、岩、雷、この4つのうちいずれかなのか。
何処か、正解に近い何かしらの事象が俺には無いのか。
「…ん?」
何処かで似たような事を、俺は誰かと話したような気がする。
「……そうだ、1年前!」
禰豆子を背負って狭霧山まで来たあの日、確か蓮華さんにポロッと俺の家に代々伝わるヒノカミ神楽について少し話した。
けど話題になったのはそれっきりで、以降はずっと水の呼吸習得に打ち込んできた。
「真菰さん!もしかすると、俺の答えはこれかもしれません!」
蓮華さんもヒノカミ神楽については何も知らなかったけど、もしかすると派生の呼吸を扱う真菰さんなら何か近いものを知り得ているかもしれない。
「…そう、炭治郎君の家にはヒノカミ神楽という、呼吸法らしきものが代々伝わっていると…」
「えぇ!蓮華さんも詳しいことは知らなかったみたいなんですが、呼吸を派生した経験のある真菰さんなら何か感じ取ってくれると思いまして!」
「うーん、確かに私は水から派生した氷の呼吸を扱ってるけど……ヒノカミ神楽ってものは聞いたことないかも」
「まあ…そうですよね……」
よく考えれば竈門家は炭焼きの家系だし、無関係だった鬼殺隊の人が知ってるわけがないか。少し考えれば分かることなのに、変なこと言って真菰さんに失礼じゃなかったかな俺。
「…ただ、実際に見たら何か分かるかもしれない」
「!」
「…炭治郎君、今ここでそのヒノカミ神楽とやら、やってみてくれない?」
「は、はい!」
ヒノカミ神楽、もしこれが答えに繋がる糸口なのであれば、真菰さんという鍵によって正解に辿り着けるかもしれない。
「それではやらせて頂きたいと思います」
ゴォォォと深い深呼吸を1つ。準備は完了。
そしていざ神楽を舞うのに七支刀のような祭具が本来必須なのだが、生憎手元には持ち合わせていない。
となれば、何か代用が効く物が無いか近くを探す。
「…!」
ふと、腰に目をやると気づく。鱗滝さんから借りた日輪刀。鞘から抜いて身構えると、妙に体に馴染むような気がした。
「…よし!」
そうして俺は日輪刀を祭具の代用に利用し、ヒノカミ神楽を1から舞い始めた。
【ヒノカミ神楽 円舞】
…よし、ここまでは順調だ。
【ヒノカミ神楽】
「碧羅のて……ゲホッ!!かハッ…」
「どうしたの炭治郎君!?」
地に伏せる俺の姿を見た真菰さんが、慌ててこちらに駆け寄る。
「はァ………すっ、すいません………」
ヒノカミ神楽は肺を酷使するが故に、連続で出すと肺を酷使しすぎたツケとして反動が出てしまう。
「ど、どうでしたか……今のは?」
「…今のは…って言われても…」
真菰さんからはマジで心配されている匂いしかしない。
「ヒノカミ神楽は…連続して出すと体がヘトヘトになってしまうんです…」
今思うと、父さんはあまり体が丈夫じゃないのに何故あそこまで綺麗な体勢を保ったまま一夜中ずっと神楽を舞えたのだろうか。
「つまりは呼吸に体が追いついていないってことね……」
「はぃ……すぃません……」
これなら水の呼吸の方がまだ実践向きだろう。疲労度でいえばヒノカミ神楽1つの型は水の呼吸5つの型に比例する程。やはり連発出来ることと、今は岩も切れないし真菰さんや錆兎さんに言わせれば未熟ではあるものの、途中で咳き込んで鬼に対して隙を晒してしまう可能性も低い。
でも、真菰さんは俺の扱うヒノカミ神楽にしっかりした着視をしてくれていたみたいだ。
「…確かに辛いかもしれない。けど今の神楽、何というか、炭治郎君が舞っているのを見た時、凄く神秘的に見えた」
「えぇ?本当ですか?こんな使用後の姿がみっともないのに!?」
「まあ確かに。今は1つの型だけで限界かもしれないけど、それでも私の目にはそのヒノカミ神楽ってやつ、凄く炭治郎君の為にある呼吸だと思った。荒い箇所を直したりとか、もっと正しく極めれば、きっと炭治郎君にとって唯一無二の最強の力になり得ると思う」
「……はい。ありがとうございます」
よくよく考えればヒノカミ神楽は我が竈門家に先祖代々伝わる神楽、何故七支刀の代わりに刀を振っても違和感が無いのか、何故ヒノカミ神楽は呼吸と近しいのか、色々腑に落ちない点はあるけど、現氷柱だったかの真菰さんが太鼓判を押すのであれば、きっとこれは自分しか扱えない武器になるんだと思う。
「とりあえず、ヒノカミ神楽を使って斬れって言われた例の岩、斬ってみてよ」
「分かりました!」
深呼吸、ゴォォォと言う音とともに、俺の全身に酸素を行き渡らせる。
【ヒノカミ神楽 炎舞】
2連撃の斬撃、まず1つ目。
「グッ………」
今の斬撃で岩に切れ目が入った。続いて2つ目。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
一撃目で出来た切り目に向かって全身全霊の斬撃を浴びせた。
「…はァ……はァ…………………………」
息切れしながらも背後を振り返ると、そこには真っ二つに割れた大きな岩がそこにあった。
「おめでとう、炭治郎君」
パチパチと手を叩いて祝福してくれる真菰さん。そうだ。俺は岩を切ることができたんだ。つまりは、最終選別への参加権を得たことになる。
「よし…………、これで、俺は最終選別に行けるッ!」
早く鬼殺隊になって、1人でも多く、鬼に苦しめられている人々を助けなければいけない。そして、一刻も早く、禰豆子を人間に戻すんだ。
「…あの、炭治郎君。盛り上がっているところ悪いけど、実は今最終選別行っても何も無いよ?」
「え?」
「次の最終選別は半年後だからね」
「半年後……」
半年、短いようで長いような。その空白時間、何もせずに怠けていてはダメだ。この半年、有意義に使うとしよう。
「よし!あと半年までの目標!強力なヒノカミ神楽を主軸に、水の呼吸は極められないかもしれないけど壱から拾の型まで一通りちゃんと扱えるようにする!」
「そうだね、じゃあそしたら次の段階に進むね」
「はい!」
「まずは四六時中、全集中の呼吸をする、通称常中の方から身につけていこうね」
「え?」
…水の呼吸ですら全集中の呼吸を常時行うなんて今の状態だと難儀なことだと言うのに。
そう思って、真菰さんの方を見るとこれまた『もちろん、やるよね?』と言わんばかりの裏に何かありそうなほど黒い満面の笑み。
「…今失礼なこと考えなかった?」
「いいえ何もぉぉぉ!!何も考えてないです!!」
そうして、最終選別が開かれる半年後までの間、俺は自身の全集中の呼吸をより極める為の修行へと移るのであった。
ー大正コソコソ噂話ー
炭治郎が斬るように言われた岩は原作よりも大きめ。
蓮華の若干脳筋な部分が悪い形で出てしまったからである。