剣と念の悪鬼夜行   作:狂戦士

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82話 鼓屋敷

「なるほど…そういうこと……」

 

怯えきった2人を落ち着かせて事情を聞くと、この2人のお兄さんが夜道を歩いてたらいきなり拐われたという。そして後を追いかけたらこの屋敷に行き着いたという。

 

「大丈夫だ。俺が悪い奴を倒して君のお兄さんを救い出す」

「ほんと?」

「うん、きっと………」

 

そうして2人を宥めていると、善逸が突如としてガタガタと震え出す。

 

「何この音…気持ち悪い………鼓の音……?」

「音?」

 

その瞬間、建物の2階部分から何かが飛び出してきた。

 

「見ちゃダメだ!」

 

やがてそれが地に落下してきてその何かの正体が人であることが分かった。俺は急いで2人の目を塞いたが、少し判断が遅れて2人の目に映ってしまった。

 

「大丈夫ですか!?」

 

2人に後ろを向かせ、俺は近くに駆け寄って声を掛けるも、返事は無く微動だにしない。胸に耳を当ててみたが、もう既に無音でそこには生の欠片も無かった。

 

「に、兄ちゃんじゃない……。兄ちゃんは柿色の羽織着てる………」

 

ということは、この屋敷の中には何人も捕まってるということか。既に亡くなってしまったこの人には申し訳ないけど、早めに屋敷の中へ突入した方がいいかもしれない。戻ってきたら必ず埋葬することにして、今は一刻も早く屋敷に捕らわれている生存者を助け出さなくてはならない。

 

「善逸、俺は行く。2人のことを頼んだぞ」

「ちょっ!ちょっと待ってぇぇぇぇ!!!?」

「大丈夫だ、鬼は日中外には出てこない。ここなら安全だ。そして、この箱を置いていく。俺の命より大切なものだ。きっと、みんなを守ってくれるから」

「ま、待って!ってもういない!速いよぉぉぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜〜〜!!!」

 

 

____________________

 

 

ポンッ ポンッ

 

 

 

屋敷に単身突入してしばらく経った頃、幾度と鼓を連打する音が聞こえてきた。もう、すぐ近くに鬼がいる。匂いも段々と増してきた。

 

「ここか!」

 

そうして音のする部屋の襖を開くと、そこは一言支離滅裂としか表せられない異様な状況が拡がっていた。

 

「小生の獲物を……!奪うな………!」

「うるせぇ……ソイツは俺が食う………!」

「稀血は渡さん…」

 

鬼の手足や体の一部らしきものが辺りに散らばり、部屋中が血塗れ。その中心では、3体の鬼が激しく争っている。舌の長い鬼と巨漢の鬼と、そして身体中の至る所に鼓がある鬼。特に鼓の鬼が最も鬼特有の異臭が強い。間違いなく、奴がこの屋敷の主。

 

「……たっ、助けてくれ………」

「……貴方は……?正一君たちのお兄さん……?」

 

すると、部屋の隅で鬼たちの戦いに巻き込まれないよう座り体を縮こませる1人の男性の姿があった。

 

「そ、そうだ!助けてくれ……。早くここから出たいんだ!」

 

そうしてこちらに手を伸ばしてきた彼の手を取った瞬間、また鼓の音がポンと響いた。

 

「な、なんだなんだ!?」

 

その瞬間、部屋が真横に90度回転して先程まで壁だった所が床になり、天井が壁に、壁が天井になった。

 

「俺も分からない…!鼓が鳴る度……今みたいに部屋が回転したり……」

 

何とか手が届いた彼を背中に背負って、乱れた平衡感覚を正して着地出来た。一方鼓鬼は自身の血鬼術で重力変化の影響を受けないのか壁に立っている。巨体の鬼の方は受身を取れず床に転がっていた。

 

「おのれ…さっきから卑怯な!」

 

すると、部屋の回転で丁度俺の足元に舌の長い鬼が転がりこんできた。

 

「水の呼吸 捌ノ型 滝壺!!」

 

まずは1体、俺はこの好機を逃さず、一旦正一君たちのお兄さんを床に下ろし、その鬼に真下に振り下ろす水の呼吸の型をぶつけて頸を斬った。そうして鬼が灰に消えてくのを見る間もなく、今度は早めに倒しておいた方が良いと判断した鼓鬼の頸を狙う。

 

「虫ケラが……!」

 

刀を振り下ろそうとした矢先、鼓鬼はまたしても体にある鼓を叩いた。その瞬間、前方から妙な匂いがした。

 

「危ないッ!」

 

直感で正一君たちのお兄さんを抱えて鬼と距離を取ったその直後、畳に見えない鎌鼬のような3本の爪痕が走った。間違いなく躱し損ねていたら、彼も俺も今頃体を切り裂かれていた。

 

「回転以外にもまだ何かあるのか……?」

 

さっきの部屋回転に加えて、引っ掻き攻撃もあるのか。しかも奴の体にはまだ鼓がある以上、まだ他の攻撃手段を隠し持ってるに違いない。単純な血鬼術ではないと踏んだからには、思ったより慎重に戦う必要がありそうだ。

 

「ホーホッホ!1匹消えた!鼓の奴とお前を黙らせれば稀血は手に入りそうだ……」

 

それに、1体倒したとはいえ、まだもう1体巨体の鬼がいる。正一君たちのお兄さんも護らなくてはならないし、気の抜けない状況には変わりない。

 

「……ん?」

 

ふと、何だか妙な匂いがするのを感じた。眼前の鼓鬼や巨大鬼とは違う、何処か獣のような匂いが、真っ直ぐこの部屋に近づいて来てる。

 

 

「しゃオラァ!獲物の気配だァ!!!」

 

 

その予感は的中し、俺の目の前、鬼の背後の障子を突き破って1人誰かが入ってきた。

 

【我流 獣の呼吸 参ノ牙 喰い裂き】

 

その部屋に飛び込んできた何者かは、日輪刀を持っていた。しかも何故かギザギザの刀を2本構えていて、上裸で猪の頭を被っていた。

 

「屍を晒し!俺の踏み台となれェ!!!」

 

そしてその隊士は、部屋に突入してきた勢いのまま、2本の刀を交差して振り抜き目の前にいた巨体鬼の頸をねじ斬った。

 

「クハハハハッ!!」

 

すると、巨体鬼を斬り裂いた猪頭の隊士は、まるで俺の事など単なる壁でしか無いような勢いで止まろうとする素振りを一切見せず、こちらに向けて何の躊躇もなく突っ込んできた。

 

「ぐっ!」

 

後ろには正一君のお兄さんもいるし避ける訳にはいかず、俺は猪頭を受け止めるべくその場で踏みとどまった。

 

「しゃオラァ!」

 

しかし目の前の猪頭はそんな俺の計らいを無碍にするか如く、言葉通り俺の肩も何もかも踏み抜き、そのまま俺の背後へと降り立った。

 

「痛っ…!」

「……!」

 

しかも最悪なことにその猪頭はよりにもよって俺の後ろに下がっていた正一君のお兄さんを踏みつけて着地した。

 

「クハハ…!1匹殺った!後は気色悪ぃ鼓の奴だけだ!」

 

そして、あろう事かこの猪頭は彼を足蹴にしたことなど気にも留めず、今も尚自分の足元で人を踏みつけている。

 

「オイ!!何してるんだ!!人を踏みつけにするな!!!」

 

未だ正一君たちのお兄さんに跨る猪頭の腕を、俺は掴んで上に放り投げた。

 

「クハハッ!まさか投げられるのは初めてだ!!随分活きがいいじゃねえか…!」

 

すると目の前の猪頭は刀を構えてこちらに向けて振り下ろそうとしている。同じ隊士にまさか刃を向けられるとは思ってなかったが、俺は急ぎ刀で鍔迫り合いに持ち込んだ。

 

「なんだ!!?お前は鬼殺隊士じゃないのか!!?」

 

互いに刀を交わしながら、何とか奴に切先を納めてくれないかと会話を試みる。

 

「クハハッ!どうだ?俺の刀は?坊ちゃんのような生温いものじゃねェ…!ギザギザと、傷口を深く抉る斬れ味よ……!!」

「だとしても!!隊士同士の斬り合いはご法度だ!!それに!!目の前に鬼がいるんだぞ!!!?」

「ハハハ…それもそうか……」

 

すると、猪頭の刀を構える腕の力が段々と抜け、何とか理解して貰えたのかそのまま奴は懐に刀を収めた。

 

「なら!!!拳で!!!俺と勝負だ!!!」

「そういうことじゃない!!!」

 

…いったい何なんだコイツは。鬼殺隊士なのかと思えばいきなりこちらに矛先を向けてくるし、体は人間で頭は猪という奇妙な見た目。

 

「おい!!目の前に鬼がいるんだぞ!!それどころじゃない!!」

「クハハッ!!」

 

そう叫んで制止しようと試みるも、猪頭の攻撃は止みそうにない。言葉こそ通じるが、常識はまるで通用しない相手だ。

 

「喧しい虫ケラが!」

 

そして鬼の方もこちらが争っているのをいいことに、鼓を叩いて血鬼術を仕掛けてくる。すると今度は部屋の向きが縦向きに90度回転した。

 

「くそっ……!」

 

鬼に気を配りながら、目の前の猪の拳を躱しつつ、正一のお兄さんを護ってと、やることが多い。それにこの猪頭、先程から攻撃の手口がやたらと低姿勢から来る。まるで動物や獣を相手してるかのようだ。

 

「…失せろ虫ケラが」

 

またしても鼓鬼が自身の体に生えている鼓を叩いた。確かあの鼓は、床に鎌鼬のような爪痕が来る鼓。

 

「ハハハッ!!面白い術だ!!けど俺の感覚力(・・・)の前には無力!!目を瞑っていても避けられる!!」

 

猪頭も読んでいたようで爪攻撃を躱す。

それと、段々とだけど俺も鼓鬼の攻撃手法が読めてきた。まず術の発動にはそれぞれ肩、腰、体の各所にある鼓を叩く必要があること。部位ごとに出せる術は変わること。縦横の部屋回転、引っ掻き攻撃、あとまだ見ていない腹に付いてる鼓を叩くと何が起こるのか。そして、あの鬼は鼓を単発でしか叩いていない。恐らくだが、連続で各部位の鼓を叩けば、その叩いた分、術が発動すると思う。つまり、あの鬼はまだ本気では無いということ。

 

「忌々しい虫けらが…!」

 

やがて猪頭が回避で隣の部屋に着地したその瞬間、鬼はそれを見計らっていたかのように腹の鼓を叩いた。すると、先程までこの部屋と繋がっていた筈の隣部屋が全く別の部屋に変化した。猪頭の姿は消え、部屋の内装からしても別の部屋のものと入れ替わっている模様。

どうやら真ん中の鼓は、叩くと部屋を丸ごと別の部屋と入れ替える仕組みになっているらしい。

 

「やっと喧しいのが1人消えた……」

 

そう呟くと、鬼は全身の鼓を連打するかの如く両腕を掲げた。どうやら、俺が1人になるのを見計らって本気になるのを温存していたらしい。

 

【翔速乱れ打ち】

 

やっぱりというべきか、鬼は目にも止まらぬ速さで全身の鼓を叩き始めた。

 

「うわぁぁ……!」

「……ッ!」

 

いや、俺は1人じゃない。護らなきゃいけない人がいた。

 

「手を……!」

 

何とか手を伸ばして彼を背負うも、鬼が次から次へと鼓を叩いて部屋に爪痕やら回転やら変化を加えてくる。俺は部屋に対応するだけで精一杯で、しかも人を背中に背負っている関係上、刀も抜くことが出来ない。

…もしかして、鼓鬼はこうなることを分かっていた上で俺が1人になるのを待っていたのだろうか。

 

「稀血を寄越せ……寄越せ……」

「誰が渡すか!」

 

とは言ったものの、このまま持久戦を繰り広げるのは流石に難がある。鬼の狙いは背中に背負われた正一君たちのお兄さん。鬼からしてみれば俺も彼も死のうが別に構わないが、俺からしてみれば彼を護りながら鬼と対峙しなくてはならない。

つまり、鬼からすればただただ俺が力尽きるなり彼を手放すなりさせるため、その時まで鼓を打ち続けて持久戦を展開。まさにこの状況、鬼の思い描いた理想の流れが出来てしまっている。

 

「くそっ……」

 

こうしてる間にも部屋は回転を続け、爪痕攻撃が忘れた頃に飛んでくる。何かしら手を打って鬼の鼓をどうにかしなければ、今の状態がずっと続いていくことになる。

 

「……そういえば」

 

窮地の今、ふと思ったのだが、あの鼓は鬼以外の者が叩いても効果は出るのだろうか。もし自由に部屋を操れるなら、わざわざ対応されやすい鼓を叩く行動を挟む必要はない筈。逆に、鼓を叩くことでしか部屋に変化を起こせないのなら、あの鼓を第三者が叩いた場合でも何かしら変化が起こるのではないか。

 

「……すいません、ここで待機していてください」

 

試してみる価値はある。俺は背中の彼を隣部屋で下ろした後、鬼の攻撃で変化する部屋に対応しながら段々と鬼に近づき、一定の距離まで近づいたところで狙うは部屋移動の腹の鼓。そこへ向けて俺は蹴りを入れた。

 

「!!?」

 

足で叩いたからかボヨンと鈍い音が響いた。すると俺の思惑通り、障子の向こうで下ろした彼の姿は無くなっており、部屋の内装も別の部屋のものになっていることを確認。

 

「虫ケラが…!稀血を逃がしたな!」

 

意図しない鼓で狙っていた彼が別の部屋に行ってしまった事に鬼は憤った。

 

「残念だがお前にこれ以上人を食わせない!それと、お前は満月ノ鬼と繋がっているらしいな!!お前の知ってる満月ノ鬼に関する情報を教えろ!!」

 

ようやく1対1の状況を作れたところで、俺は刀を抜いて奴と対峙した。そして、肝心の満月ノ鬼についても訊ねた。

 

「……言うと思うか?あの御方は、小生の唯一の(・・・)…………!失せろ!!!」

 

しかし鼓鬼が素直に答える訳もなく、その意志を反映するかのごとく鼓による爪痕攻撃が飛来してくる。

 

「そうか……」

 

ならばこれ以上会話するだけ無駄だと、俺は刀を構えた。

 

【水の呼吸 弐ノ型 水車】

 

奴は今連続した血鬼術の関係で壁に立っている。縦回転のこの型なら、丁度頸に対して水平に真っ直ぐな斬撃を入れられる。

 

「消えろ!」

 

すると鬼は1箇所の鼓を両腕で何回も叩く。確かあの場所の鼓は、そしてこの匂いは、爪痕攻撃か!

 

「くっ!」

 

何回も叩いた結果、俺の周囲四方八方から見えない爪痕攻撃が何発も飛来してくる。これは流石に水車で頸を狙っている場合ではないと、一旦構えを解いて回避に専念することにした。

 

「まだ避け続けるか虫ケラめ……!」

 

すると鬼は腕を逆手に変え、先程までと異なる技を出す構えをとった。

 

【血鬼術 打ち崩し】

 

そうして鬼が再度鼓を叩き始める。しかし、先程のように体のあちこちの鼓を決まった順で叩いていた状況とは打って変わり、ある時は同じ場所の鼓を3回、ある時は両腕で異なる箇所の鼓を2回連続でと、こちら側の感覚を乱していくような不定期的な鼓を奏でてくる。音は乱れているが、俺を殺すのにもはや手段を選ばなくなってきたといったところだろう。

 

【水の呼吸 玖ノ型 水流飛沫・乱】

 

ならばこちらも、そのような乱雑な鼓の波状攻撃に対応するべく、足場の悪い所での戦いで本領発揮する水の呼吸の型を繰り出す。乱れ打ちとはいえ、打った場所による部屋の変化は変わらない。次に起こる部屋の変化を叩いた場所から予測し、やがては完全に順応する。

 

「見えた…!」

 

そうしてようやく鬼の頸に繋がる隙の糸が繋がった。糸を頼りに、俺は鬼の頸を全力で跳ねた。

 

「なッ……!」

 

やがて鬼の頸は地面に転がっていく。すかさず鬼の胴体に珠代さんから貰った採血具を突き刺し、血を吸い取る。

 

「………ふぅ」

 

そうして一息つくと、どこからともなく猫の鳴き声が聞こえた。足元を見ると、見覚えのある紙を額に付けた猫の姿があった。背中には袋を背負っている。

 

「君は愈史郎さんの…?」

 

そう聞くと猫はコクリと1つ頷く。まるで人の言葉を理解しているみたいだ。

 

「おつかいありがとう。よしよーし……」

 

背中にあった袋に、鬼の血を採った採血具を入れて首元を撫でると、猫は建物の外へと向かってトコトコと歩き始め、その後鳴き声を上げるとまた姿を消した。

 

「鬼の気配なし……」

 

この館の主らしき鼓鬼の他に、屋敷内には鬼の気配や匂いはしない。ようやく全員倒し切ったと安堵するのと同時、肝心の満月ノ鬼については何も聞き出せなかったのと、もう既にこの場に奴の姿は無いのだと感じた。出没の報せを聞いて急行したのはいいけど、間に合わなかったらしい。

 

「仕方ない……」

 

気持ちを切り替えて次の行動に出る。まずは隣部屋に置いていった彼を探して外に出よう。

 

 

____________________

 

 

「すいませーん!」

 

建物内を汲まなく捜索するものの、彼の姿は見当たらない。というか、何だか屋外の方が妙に騒がしいような気がするのは気のせいか。まさか、既に皆屋外にいるのか。

 

「オイ!弱味噌!戦え!!」

 

そうして騒がしい喧騒に導かれるまま外に出ると、そこでは異様な光景が広がっていた。

 

「炭治郎…………」

 

善逸が、禰豆子の入った箱を全身で____

 

「守ったよ………」

「男なら戦えゴラァ!!」

 

___守り抜いてくれていた。

 

「これ、炭治郎が命より大切なものって………言うから…………」

 

 

 





ー大正コソコソ噂話ー

善逸は外でブラブラ待ってました。
そして響凱は腹の鼓を落としてませんので原作より強化されてますが、下弦の鬼ほどの力に及ぶかと言われればそこまで及んでいない様子。

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