吾輩は呂布である   作:リバーシブル

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一部「打草驚蛇」
「再会」


 吾輩は呂布である。

 

 名前はある呂布、(あざな)は奉先だ。それはかつての名前だが。

 前世は現在でいう所の中華人民共和国のどこかで生まれた。

 人を裏切り、最後には自身も裏切られて死亡し–––––

 

 再びこの世に転生した。

 

「ば、ばっ化けもんがぁぁ──ごどわッ!」

 

 弱者の叫びを中断させたのは豪腕から繰り出された、現代ボクシングでいうところのジャブと呼ばれるパンチ。

 金髪を短く刈り上げた体格のいい男がボールを放り投げたように空を舞う。

 ボールも、人も、その男の前では等しく風の前の塵に同じ。

 人中の呂布。前世では飛将軍と呼ばれた漢。

 

「ちっ、雑魚どもが」

 

 男の前には無数の虫けらが這いつくばっていた。

 そんなゴミどもに一切の興味を持つことなく男は歩く。

 

 薄暗い町並みを抜け、呂布は最後の自由な夜を味わう。

 呂布(カレ)は一度死んだ。そして再びこの世に生を受けた。理由はわからない。

 二度目の生を受けてからは喪失感だけが彼を突き動かしていた。

 

 

 前世の記憶は歳を重ねるごとに薄れていき、呂布と呼ばれていた事すら他人事のように感じる。

 現在の名で呼ばれる度に、今の名前に引きづられる感覚。もはや呂布と呼ばれた頃とは別の人間になっている。

 

 ある1点を除けば。

 

 記憶がどれだけ薄れようと、今なお、彼の中にある思い。

 前世で深く繋がっていた己の半身、何者にも替えることができない大切な存在。

 その人物のためならば己の命すら惜しくなかった、なのに自分をこれほど縛る人間の顔すら思い出せない。

 その事実に言葉では表すことのできない感情が呂布を支配する。

 

 

 奇跡のような再会を期待し夜ごとに街を探索する。けれど、これまで本人どころか、その人物の僅かな痕跡すら掴めずにいた。

 日に日に増していく焦燥感。気持ちは焦るばかりで何の手がかりも得られない。

 人が集まる場所に誘蛾灯に誘われるが如く(おもむ)き失望する。

 

 その度、己の中に抑えきれないほど大きな怒りが湧き上がった。その怒りを周囲の不良(虫けら)へと撒き散らし、発散させる。

 呂布の体は昔の巨躯ではない。身長も日本人の一般男性の平均止まりだ。だが、呂布は生まれてから肉体を鍛え続けていた。

 

 生前にはなかった数々の武術を学んだ。時には誰かに師事して教えを請い、強さを求めた。けれど1人の師に長く教わることはなかった。

 呂布が持っていた天性の武術センスは衰えておらず、驚異的な速さでスポンジが水を給水するが如く技術を習得し、また別の武を求めた。 

 そして今──彼は再び万夫不当(ばんぷふとう)の名に相応しい力を手に入れた。

 

 生前の呂布は数多の戦場を駆け抜け、文字通りの殺し合いを行ってきた人間だ。

 現代の日本。日常生活で命の奪い合いなど、ほぼなくなっており欲求不満のようなものを感じていた。

 一般人からは大いに畏怖(いふ)されるヤクザものですら、この漢から見れば狩られるだけの弱者にすぎない。いうまでもなく、街のチンピラや半グレなどが相手になるはずもなかった。

 

 だが比類なき強さを手にした呂布は、その力を振るうことに最近は虚しさを覚えていた。

 一昔前は感情が昂り、血が沸騰しているかの如き感覚に襲われた。怒りの感情が肉体を満たし、湧き上がる血の(たぎ)りを抑えられずに暴力を撒き散らした。

 その度、一度滾った血潮は暴力だけでは収まらず、女を再三抱いてようやく静まることも珍しくはなかった。

 

 鍛え上げ、研ぎ澄ましたおのが肉体。類を見ないほどに強大だが、その力の使い道も、理由もわからない。

 最近は力の行使をする度、拒絶するように感じており、まるで使い道が誤っていると諭されているようだった。

 

 

 今夜が自由に探索できる最後の日だ。明日から行く場所が噂通りなら三年間は外に出てこれない。

 呂布は翌日から全寮制の学校に通う。

 彼の時代に学校という制度は当然なく、勉学が苦手な呂布は進学する気もなかった。だが、周囲からの説得と学生という便利な身分を手に入れるため、進学する道を選んだ。

 

 明日から通う高校は普通の学び舎ではない。卒業するまでの三年間、敷地内からの外出どころか、連絡すら禁止している特殊な学校。

 その学校は卒業すれば、どのような進路も就職も可能にすると評判の学校らしい。

 

 彼がその特殊な学校に入学する理由は、そのような評判を聞いたからではない。

 もし、尋ね人がその学校に通い、自分は別の高校ならば、外にいる自分は最低3年間出会うことが出来ない。

 その人がいるという僅かな可能性に呂布は期待していた。

 もちろん、勉学が苦手な彼でも、思い人がその学校に在籍する確率より、そうではない可能性が高いことぐらいわかっている。

 

 それを理解した上で、呂布はその特殊な学校とやらに惹かれた。

 飛将軍の勘か、虫の知らせのようなものを感じている。

 遠くない内に尋ね人は見つかると信じている。それなのに呂布は焦りを禁じえない。

 

 

 今日の探索も無駄に終わり、呂布は最後の夜を嵐の如く暴れ回る。

 

 ––––––––––––––––––––––––––––––––

 

 俺は制服に着替え、15年という短くない歳月を過ごした家を後にする。

 周囲は暗く、まだ夜の闇が残っていた。太陽が昇ってもいないのに朝早く家を出るのには理由がある。

 目的地まで自身の足で歩くからだ。

 

 前世とは大きく違う別の時代と遠く離れた場所に、理由もわからぬまま再び生を受けた。そのような身の上であるため、技術の進歩というものを他の人間より遥かに実感している。

 しかし、どうにも自分が操縦できない乗物とやらは落ち着かない。この時代での主な移動手段は馬での移動ではなく、代わりに自動車と呼ばれるものが一般的だ。どちらも俺は得意なのだが、後者は法律とやらの問題で運転していくことが出来ない。

 

 バスや電車の公共機関はなるべく使いたくない。他人に己の命を握られているようで、幼い頃から苦手だった。

 呂布であった頃と今の俺は大きく違う。今は記憶や感情に名残を感じる程度、命を他人に預ける事に忌避(きひ)的なぐらいだ。逆に言えばそれくらいの名残しかない。

 

 けれど、生まれた時から強くならねばならない。という強迫観念だけは一時(いっとき)たりとも消えることがなかった。

 この国では武力というものは表立って使えない。それでも俺は自分を鍛え、数多の武術を身に付けた。その技術の行使に一切の躊躇いはない。

 

 それなのに今の時代では、その鍛え上げた力も暴力と呼ばれ使い所を選ばなければならない。

 人を殴る事に大騒ぎするくせに、年間だけで何万人が自殺しても波風が立たない時代。

 命が平等などという綺麗事がまかり通っている。無論、そのようなことがあるはずもない。

 大義が建前になり誰もが嘘をつき、現実から目をそらしている。全員が何かしらの薬物でもキメていればまだ救いはあったのもやしれん。

 

 昔と今の思想の違いを考え、歩き始めた。

 1時間、2時間、3時間と時間が過ぎる。その間、一度も止まることもなく歩き続けている。さきほどの問の答えが出る前に目的地が目に入った。

 

 これから通うことになる学校と呼ばれる学び舎だ。学ぶといっても生きていく上で、大半が役に立たない事を教え、自己満足に浸るのが目的とされる。使う当てのない知識や不確かな過去を学ぶことに何の得があるのか。

 現代では最低でも高校とやらを卒業していなければ、厳しい立場に置かれると何度も聞かされた。

 俺はその意見に納得をしたわけではなかったが、他に選択肢もなく進学の道を選んだ。

 

 この学校にした理由は俺が何らかの気配を感じたからだ。 

 ここを紹介された時、ハッキリと胸の内にざわつくものがあった。己の、たったそれだけの直感を信じ、この学校へと進学することを決めた。

 

 なのに実際に校門の前に立つと、俺は不安に駆られた。あの時のざわめきは勘違いではないか。

 尋ね人が見つからずにいることに焦り、早合点を起こしただけではないのか。

 頭の中を次々と不安が襲う。

 

 ここに俺の目的の人はいるのだろうか。

 またもや徒労に終わってしまうのか。そう思うと次の一歩が恐ろしくなり、重く沈んでしまう。

 

 誰よりも何よりも、大切な存在だったということが俺の記憶、いや、魂と呼ぶべきものに刻みこまれている。

 次があるならその手を離さないと誓い、絶対に幸せにすると約束したのだ。

 

 ここで迷っていて何になる、俺は自分に活を入れ直す。

 歯を食いしばり、一歩また一歩と進む。校門をくぐり抜けた時、俺は何かを感じ取った。

 瞬間、今までに感じた事がない衝撃が全身に(はし)り震える。

 

 

 –––––––()()、この中にいる。

 

 

 俺の中の、何かが、叫ぶ。

 呂布奉先であった名残か、それとも魂と呼ばれているモノか、言葉では説明できない何かが間違いないと吠える。

 一体どこにいるんだ、誰がその人なんだ。ようやく見つけることができたのか、はやる気持ちを抑えきれず駆け出す。

 近くの人混みを見つけ、1人1人顔を見ていく。違う、コイツらではない。先ほどのような衝撃を微塵も感じない。

 

 周りを見渡すと何人かが怪訝そうにこちらを見ている。視線を無視し、人混みが見つめていたものに気づく。

 クラス表が張り出されおり、15年間使用している自分の名前を見つけた。

 ここではなく、既に校舎内にいるのか。

 

 クラス表によると新入生は4クラスに分けられているらしい。

 名前がわからない以上、全部のクラスを当たることにする。

 俺は風のように駆け出し、校舎内に急いで入っていく。

 

 校内に入ると、1年生のクラスを目指して駆け抜ける。

 まず一番近いのはAクラス。

 Aクラスの扉は開いており、迷うことなくクラス内に飛び込む。Aクラスの生徒は席を立ち、グループごとに纏まり会話をしている。全ての生徒に近づき、確認をしていく。

 結果は期待はずれに終わり、期待と焦りを共にして教室を後にする。

 

 気持ちが抑えきれずに段々と体に力が入り始める。

 次のBクラスの扉を蹴破るように──文字通り蹴破っていた。けたたましい音のことなど気にも留めない。

 扉の一番近くに座っていた女生徒が驚愕し、すぐに困惑の色が顔に浮かんでいたが知ったことではない。Bクラスは既に生徒全員が揃っており座席が全部埋まっていた。不躾というか呆気にとられたマヌケ顔共の視線が向けられた。

 黒板の前の教卓に立ち、素早く全員の顔を見渡す。

 

 ここも外れだ。舌打ち混じりに教室を出て廊下を疾走する。

 

 半分を終えてしまった。残りは2クラス。C・Dクラスのみ。

 俺は新入生ではなく在校生、はたまた卒業生ではないかという考えが頭によぎる。疾る気持ちが肉体を急き立てていく。鍛え上げた肉体である息切れ一つ起きはしない。

 

 先ほどまでの生徒には欠片も気配を感じなかった。

 次のクラスもまた外れではないのか、そんな焦りが俺を動揺させる。

 余程焦っていたのだろう、気がつくとCクラスを通り過ぎてDクラスの前にいた。

 

 Cクラスを飛ばしてDクラスに入った。

 まばらに席が埋まっており無駄話に花を咲かせている連中が目に入る。俺は冷静になるためにゆっくりと歩きながらクラス内を回っていく。

 何らかの気配を感じる気がするが、まだここに来ていないのか、どちらかはわからないが、確証は得られなかった。

 

 俺はDクラスに未練を残しながら、Cクラスへと足を向ける。

 いよいよ新入生最後のクラスだ。二度目の人生、15年間で最大の緊張が俺を襲う。

 

 廊下を移動して、Cクラスの扉の前に立つ。

 静かにドアに手をかけ、音もなく扉を開ける。

 

 

 

 

 –––––––––––––––いた。

 

 教室の中を覗くと、俺は自然と1人の生徒に目が釘付けになっていた。

 衝撃も何もなかった。だが、間違いなく俺が15年間探し、心の底から待ち望んでいた人だと分かる。

 

 ああ、この人がいるから二度目の人生があるという確信。

 俺は誓いを胸に歩きだす。

 

 その人物の前に立ち、自分が今までに味わったことのない気持ちになっていく。

 視線に気づき不審に思ったのか、その人が顔を上げる。

 

「––––––私になにか、御用ですか?」

 

「あ──、え──、ええっと──」

 童貞小僧のようの言い淀んでしまう。

「俺は──いや──ボクは────ーこのクラスなんだが友達がいなくて。1人が寂しいから友だちになってくれないか?」

 

「え? ええ、構いませんけど……」

 

「ああ、すまない、いきなり話しかけてるのに名前も言わないで」

 

 俺は静かに今の名前を告げる。

 

「私は椎名ひよりといいます。佐伯(さえき)くんはこの学校初めてのお友達です。これからよろしくお願いしますね?」

 

 彼女は名前を告げ、俺は思い人を探し終えた。

 





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