吾輩は呂布である 作:リバーシブル
「二年、三年の連中についてわかっていることは現時点でこんなところだ。本腰入れてやり合う前にもう一度詳しく調べさせるが、今はそこまで重視する必要もねえだろうかな」
「上とやるには地盤を固めてからじゃねえとな。そのまえに同学年の連中だ」
「ああ、まずは目障りな一年の上位二クラスと最下位のDクラスだ」
「……ほんとうに上とやりあうんですね」
その言葉は俺たち二人に向けて呟いたというよりは、自分へ向けた言葉だったのだろう。
「当然だろ、石崎クン差別はよくないぜ。一年だけじゃなく、上のやつらも食い荒らさねえとな」
石崎がやけに大きな音で、ごくりと音を鳴らす。
「佐伯、それ以上
「この程度なら石崎クンはダイジョウブだよ、な?」
「はぃ」
蚊が泣くような声の返事だった。
「話を戻すが、二年、三年について聞いておきたいことはあるか?」
「そうだな……。んー、ホントにクラスの入れ替えがあるんだな」
「それがルールだからな。成り上がりがある以上は、没落もあってしかるべきだろ」
「入学当時はAクラスで優秀な人間だったのに、Bクラスに取って代わられたら負け犬に早変わりか」
諸行無常、世の中の縮図のような学校と制度である。
優勝商品の景品が少ししょぼいが、参加する以上は勝つしかない。
それは学校も社会とやらも同じなのだろう。
「Bクラス落ちの理由が、頭の違いか、兵隊の違いか。どちらに原因があるのかはしらねえがな」
Aクラスから転落した原因はリーダーにあったのか、それとも従う連中の問題なのか。
その理由を知っているのは勝者から敗者へと落ちた連中だけだろう。
「Bクラスの頭だけの問題ではないだろ。強制的な集団競技なんだ、個人ではどうしようもない部分が出てきても不思議ではない」
「クラスのカスどもに不平不満があるなら、てめえで纏めるなりなんなりしろってことだ。文句をいうだけなら誰にでも出来んだよ」
龍園の身も蓋もない台詞だが的を得ていた。
アレが悪い、コレが悪かった。
愚痴なら誰でも言えるし、そんなものには
重要なのは自分がどうすべきか。それだけだ。
兵隊の質が悪いのなら叩き上げるなり、尻を蹴り飛ばすなどで意識改革を行う必要がある。それが出来ないのはリーダーの能力不足である。
つまり良くも悪くも全て、頭となる人間次第だということだ。
「確かに、違いねえな。そう言われたらやはり個人競技かもな」
上の連中について一通り話したところで、一息ついてお茶へと手をのばす。
ほとんど会話について口を挟んでこなかった石崎が疑問を投げてきた。
「あの、お二人ともCクラスの連中で本当に上位クラスと争えると思いますか?」
「おいおい、石崎クンよ、やり合ってもないのにもう日和ったの?」
「クク、佐伯、石崎が言いてえのはそこじゃねえだろうよ」
「ん? どゆこと?」
「石崎はこう言いてえのさ、学校側に落ちこぼれと評されたCクラスのカスどもが、優秀と認められているA・Bクラスとやりあって勝算があるのかってことだ」
「あの、その、そこまでは思っていませんが……」
そういうことらしい。
「それについてお前はどう思う?」
「そんなことか。まぁ、たしかにBクラスは置いておくにしても、Aクラスはクラスポイントだけ見たら二倍はあるわけだし。石崎クンがそう思うのも無理もないのかな」
「えっと??」
「落ちこぼれねぇ、そこってそんなに重要か? いや、それはいいとして。改めて見るとクラス分けがすげえ不自然だよな。考えてみろ、俺とひよりちゃんの学力一つとってみても、おかしいだろ。なんせ、彼女と俺の間には天と地の学力の差がある。
じゃあ、石崎くんと俺は? 学力だけみたら大した開きはないだろ。けれど、運動能力ではどうだ? 彼女と俺ほどに離れているはずだ。ここで不思議な点が一つ、まるでいいとこなしの石崎クンも、学力と運動力が突出している俺たちと同じCクラスに分けられている」
「椎名もCクラス内きっての学力、佐伯はクラス内どころか、校内トップの運動力。にもかかわらず、俺たちと同じCクラス。
じゃあ、Bクラスはこいつら二人が入れねえほど、学力や運動能力が高い集団なのか? 無論、そんなはずがない。Bクラスとうちとのクラスポイント差はわずか、150ポイントほどだからな。要するに学校側が採点したモノは他にもあるってことだ」
「他に……?」
「学力、運動能力、それだけが採点基準じゃないってことだろ」
「クク、さっき石崎のことを良いとこなしだと言ってたが、本当にそうか? 例えば何一つ、何一つとして、佐伯に
「ひよりちゃん、龍園、石崎、アルベルト、伊吹、あとは……担任かな。番号は上の三人だけだ」
「こういうことだ石崎、ひでえもんだろ。たしかにコイツは運動能力はずば抜けているし、それは認める。だが、一月経ってもロクにクラスメイトも知らねえし、会話すらしていない。そもそも覚えようともしない。こいつ、クラスの担任すら認識してねえぞ。椎名も似たようなもんだろ。佐伯よりは周りを見ているようだが、周囲と関わろうとはしてねえからな」
「クラスの連中ぐらいは覚えましたけど……」
それが一体なんなのかと言いたげな表情だ。
「一応、運動能力が加味されているとしか考えられない理由はコイツの存在が大きい、おまえも知っての通り人間性に大きく問題がある男だからな」
「そんなに褒めるなよ、照れちゃうぞ」
「欠片も褒めてねえからな。つまり学校側は学力だけでなく、運動能力でもなく、別の基準で、もっと大きな枠組みでのクラス分けを行っている。他に含まれる要素でいくつか考えられるのは、生活態度、人間性、コミュニーケーション力、あとは……協調性なんかもありえるな。こいつら二人には欠如しているとしか思えねえ」
「カカ、龍園おまえに協調性を問われるとは思わなかったぜ」
「クク、俺も他人の協調性について、とやかく言う日がくるとは想定してなかったぜ」
「簡単に言えば総合力的なモノでクラスが別けられているってことですか……?」
「クラス別けの基準を説明してこない以上は推測にすぎねえがな。A・Bクラスにこいつと同等か、それ以上の怪物がいるとは到底思えねえ。いや、いてたまるか」
「だから、石崎クンそんなに悲観することもないよ。学校側は協調性やコミュニーケーション能力を重視していて、Aクラスに配属される必須条件ということもありえるわけだし」
「ま、クラスの総合力って点で劣っていることは間違いねえけどな」
「はっ、所詮は15、6年分だ。そのくらいの差なんぞ、どうにでもなるさ」
代わる代わるに貶し誹りあう俺たち。
「なん、とか、やれそうな気がしてきました! お二人ともそれがわかってたから、自信があったんすね!」
「佐伯も俺も学校側の落ちこぼれ評価なんざ、初めから気にしてなかっただけだ」
「俺は別にそこまで理解してなかったけどね。ひよりちゃんと俺が同じクラスの時点で学力基準でないことは明かだ。それに優秀って学校に褒められたいわけでもないし、後はどうにでもなると踏んだにすぎない」
「同感だ。俺に従う兵隊がいるなら、いくらでもやりようはある。落ちこぼれどものほうが支配するのも扱うのも楽だ」
「なるほど、そういう見方もあるか」
石崎クンは納得したような表情でお茶の缶に口をつける。
「あ、すみません。ちょっとトイレ借ります」
石崎クンがトイレ休憩を求め、一時席を立った。
龍園と軽い雑談を交わしながら時間を潰す。
そろそろ買い出し組が戻ってくる頃合いだろうか。
ところが、ドタバタと慌ただしい足音を立ててリビングに戻ってきたのは、ひよりちゃんたちではなく、血相を変えたむさ苦しい石崎だった。
「あ、あの! 佐伯さん、どうしてキッチンにある食器類が、色違いのペア物で揃ってるんですか!?」
「気づくのがおせえな、石崎」
龍園が意地悪な笑みを浮かべて鼻を鳴らす。
「セットで買ったほうが安かったとか、来客用で置いてあるだけとか、別にそんなに不思議なことでもないでしょ?」
「いや、どう見ても使用済みで、手付かずには見えませんって!」
「あーそーだな。一日ごとに茶碗を変えるこだわりの癖とかあんじゃね?」
「そんなやついねえだろっ!」
俺の適当な誤魔化しに、石崎が食い気味に突っ込んでくる。
「じゃあ、友達が遊びに来て食事したとか」
「クラスメイトの顔すらまともに覚えてねえあんたに、友達なんかいるもんかよぉぉお!」
石崎クンが急に絶叫した。
なんだこいつ、プレッシャーを浴びすぎてついに頭がおかしくなったのか? 先程までのしおらしい敬語はどこへやら。
「石崎、一人で興奮して周りが見えてねえだろうが。いいからもう一度、洗面台をよく見てみろ」
龍園がさらに油を注ぐように誘導する。
「えっ? はい……って、あ、龍園さんこれは!!??」
「別におかしなものはないだろ」
「いやいや、いや! なんで! 歯ブラシが二本! コップも2つ! しかも、ご丁寧に色は青とピンク!」
「なんだ、色が気に食わねえのか。ペアカラーでかわいいだろ?」
「どうして野郎の一人暮らしで二本もあんだよっ!」
「……朝と夜で使い分けているとか?」
「そんなやついるかああああ!」
常識やモラルまで便所の水と一緒に流してしまったのだろうか。トイレだけに。実にクソみてえな状態だ。
混乱の極みにある石崎が、ふらふらと洗面台のコップに手を伸ばそうとする。
「おい」
俺は声を一段低くし、ぴしゃりと言い放った。
「そっちのピンクのコップの方には触んなよ。俺のじゃないから」
「えッ!!」
「ぎゃーぎゃーうるせえな。ひよりのだから、お前の汚え手で触んなって言ってんの」
あっさりとゲロった俺の言葉に、石崎が雷に打たれたように硬直する。
その横で、龍園が心底呆れたようにため息をついた。
「なんで石崎、お前は歯ブラシとコップばかり気にしてんだ。それよりも、その辺に置いてあるヘアクリップや化粧落としが先に目に付くだろ普通」
「ぐふっ……」
どさりと、石崎が床に崩れ落ちた。
完全に真っ白に燃え尽きたらしく、ピクりとも動かなくなった。
なにか悪いものでも食ったのか? まあ、別にどうでもいいし興味もわかない。
「石崎は好きに寝かせておいていいが、時間もあるし、一年のこともさわりだけ説明しておく。お前は物覚えが格別に悪いからな」
「否定できないところが悲しいな」
****
「ピンポーン」と、待ちわびたチャイムの音が室内に響いた。
龍園のどうでもいい会話を即座に切断し、俺は玄関へと急ぐ。モニターでいちいち確認する時間すら惜しい。愛しの待ち人の元へと急行し、勢いよくドアを開け放った。
「おまたせ! ひよりちゃん、買い物おつかれさまッ──あ!?」
だが、そこにいたのは部屋に閉じこもりがちで色白い肌をした可憐な彼女ではなく、なぜか色黒で筋骨隆々の巨漢だった。
異常事態。敵襲。
思考よりも早く肉体が反応し、風を切り裂く轟音とともに右ストレートをぶっ放す。
「ただいまです。リョウくん、みなさんと仲良くしていましたか?」
巨漢の背後から、ひょこっとドアの隙間を縫ってひよりが顔を出した。
目標を破壊する寸前、俺は咄嗟に軌道をズラし、己の拳を強引に壁へと叩きつけることで目前の黒人の殺人を免れた。
よく見れば、ドアの前に立っていたのは両手に大量の荷物を抱えたクラスメイトのアルベルトだ。危うくクラスの貴重な戦力を物理的に粉砕するところだった。
俺は壁にめり込んだ右手をスッと引き抜き、何事もなかったかのように満面の笑みを浮かべる。
「もちろん、大丈夫だったよ。ひよりちゃんが居なくて寂しいことを除けばね。おかえり」
「ふふ、さびしんぼですね。リョウくん、正直にいえたから、ぎゅっうしてあげますよ」
「いぇい!」
自分の荷物をアルベルトに押し付けたのか、身軽な状態でぴょんと飛びついてきた彼女をしっかりと抱きとめる。
そのままひよりを抱き上げ、幸せを噛み締めながらその場でくるくると一周したところで、冷ややかな声がかかった。
「あのさー……もう好きにしていいから、せめて部屋の中でやってくれない?」
アルベルトの後ろから、伊吹がこの世の終わりでも見るような白けた顔でこちらを睨んでいた。ちなみに当のアルベルトは「自分は何も見ていません」と言わんばかりに、虚無の表情で遠くの空を眺めている。
「そうですね。伊吹さんの言う通り、続きはお部屋の中でしましょう」
「そうだね。そうしよ」
「……本気でまだ続ける気? その鋼のメンタルどっからくんのよ、あんたら……」
伊吹は信じられないものを見るように目を見開いていた。
アルベルトは無言で両手を上げ、「やれやれだぜ」とばかりに古臭いジェスチャーをしている。
「ようやく戻ってきたか。どこで道草を食ってたんだ?」
部屋へ戻ると、ソファに陣取った龍園が早速茶々を入れる。
「あんたが店の指定から何から、細かい注文が多いからでしょ!」
「まあまあ。Cクラスの初めての合同会ですよ? 楽しくいきましょう」
いちいち噛み付いて良い反応を返す伊吹と、それを柔らかく宥めていくひより。
対照的な二人の対応を見ていると、俺と龍園の「女の好み」がはっきりと別れていることがよくわかる。
これをただの色ごとだとバカには出来ない。乱世の昔から、女が国や軍を滅ぼすトラブルの引き金になったことなど枚挙にいとまがないのだ。
その点、俺と龍園が同じ女を取り合って内乱を起こす心配はなさそうで心底安心した。あいつはああいう気の強いじゃじゃ馬がよほどタイプなのだろう。あの王様、潜在的にドMなんじゃねえかな。
「……まあ、たしかに。ていうか、石崎はなんでさっきから床とキスしてんの?」
伊吹が不審げに床を指差す。石崎は先ほどの「歯ブラシショック」の影響で、真っ白に燃え尽きたまま土下座のような体勢で頭を垂れていた。
「まだしたこともねえよ! キスなんて!」
突然の伊吹の言葉に反応し、石崎がビクッと跳ね起きた。
「うわ、生きてた」
「そ、そんなことより、準備しようぜ!」
涙目になりながら誤魔化す石崎を放置し、ひよりが微笑む。
「おまえら、さっさと準備しろ」
王様からの偉そうな号令で、食卓の準備が始まった。
買ってきた料理と飲み物がテーブルに所狭しと並べられていく。
テーブルの中央には、持ち帰り用の箱に入った巨大なピザがデカデカと鎮座していた。各々がテーブル周りの空いていたところに座っていく。俺は当然、ひよりの隣へと腰を下ろした。
「まったく、デリバリーできるんだからピザくらい配達させなさいよ。重いんだから」
「お店まで取りに行けば半額ですから。その程度の手間は仕方ないですよ。節約、節約です」
「Yes, Pizza.」
アルベルトから流暢な発音の『ぴぃっつぁぁ』が聞こえた。こいつもピザは好きらしい。
石崎は龍園の好みを完全に把握しているらしく、注文を聞きもせず慣れた手つきでグラスへ炭酸水を注いでいる。
「佐伯さんは飲み物をどうしますか?」
石崎が俺のグラスを持って尋ねてきた。なにがあるのか聞き返そうと俺が顔を向けた瞬間、石崎はハッとして慌てて訂正を始めた。
「あッ! ああ、ちげえ! 佐伯はなにがいいだっけ!?」
無理やりタメ口に直したが、挙動不審としか言いようがない。絵に描いたような不審者ぶりである。駐車違反を取り締まることしか教えられていない新米警官にすら職務質問されそうな態度だ。
「そうだね。じゃあ、ハイボールで」
「ふふ、リョウくん。お酒は二十歳からですよ」
「石崎クンの反応が面白いから、ちょっとボケてみた。俺はコーラでいいよ」
「あ、私が注ぎますよ。伊吹さんとアルベルトくんはどうしますか?」
ひよりがペットボトルを手に取って尋ねる。
「あたしは烏龍茶で……」
「Please, Cola!」
外人の血がそうさせるのか、やはりピザにコーラは欠かせないらしい。
コイツ、わかっているな。俺が深く頷くと、アルベルトも力強く親指を立ててきた。言葉の壁は越えられなくても、コーラの壁はとうに越えていたようだ。
ひよりの分の飲み物は俺が用意する。
これで全員に飲み物が行き渡った。ようやく龍園が椅子から立ち上がる。
「さて、クソ長ったらしい演説は無しだ。食えよ、乾杯」
Cクラスの王はぶっきらぼうに言い放つと、ドカッと折りたたみ椅子に座り直した。
男連中が「うぇ〜い!」と馬鹿丸出しの掛け声とともにグラスを派手にぶつけ、ガチャガチャと乱暴な快音を鳴らす。ひよりの時だけは別だが、女のグラスが割れないよう、細心の注意を払ってコツンと上品に音を重ねた。
乾杯も早々に、王様が立ち上がる。
「あれ、龍園さんどちらに?」
「便所だ。おまえらは気にせず、飲んでろ」
そう言い残して、龍園が部屋から出ていく。
王の不在により、室内はさらに無法地帯と化した。俺たちは指示通り、無意味に再びグラスをぶつけ合う。
一方、伊吹は完全に俺たちをアホを見る目で眺めていた。ノリを合わせる気など毛頭ないらしく、馬鹿騒ぎを無視して黙って自分のグラスに口をつけ始めた。
その協調性のなさを、テンションのおかしくなった石崎が見逃すはずがなかった。あろうことか、飲んでいる最中の伊吹のグラスへ、横から自分のグラスをぶつけにいったのだ。
それにアルベルトが続き、俺も流れるようにぶつけ、ひよりも便乗してグラスを当てた。
「ゔぶっ!? んぐっ……ちょっ!! 飲んでる、飲んでるから!!!」
むせ返り、口の端から烏龍茶をこぼす伊吹。だが、加害者側に反省の色はない。
「いや、これはおまえが悪い。乾杯せずに飲もうなんて虫がよすぎるぜ」
「そうだな、これは石崎クンが正しい」
「そうですね。石崎くんの意見は一理あります」
ノリの悪い伊吹に対し、残りの幹部たちは奇妙な団結力を見せつけていた。
「一理ないわよ! 仮にあったとしても、飲んでる最中の人間にはやらないでしょ普通!?」
「That's justice」(それが俺たちの正義だ)
アルベルトがサングラスの奥でドヤ顔をキメる。
「アルベルトもこういってるしな!」
「石崎、あんた絶対アルベルトの英語わかってないくせに!」
「ばぁーか、俺とアルベルトは言葉の壁なんてとっくに超えてるっつうの!」
ギャーギャーと騒ぐ伊吹の胸元や太ももの辺りが、まるで盛大にお漏らしをしたかのように濡れている。いや、実際、こいつ漏らしたんじゃねえの?
そんな俺の失礼な視線に気づく余裕もないのか、伊吹はひよりから渡されたタオルでぷりぷりと怒りながら顔と制服を拭いていた。
その時だった。
「……やってないやつがいるわよね」
伊吹が、怨みを孕んだ低い声でぽつりと呟いた。
「あ? なんだって?」
「石崎、あんたさっき言ったわよね? 『乾杯せずに飲もうなんて虫がいい』って。……まだ、一度も乾杯をしてないやつがいるじゃない」
「えっ、それはっ!」
石崎の顔からスッと血の気が引いた。
巻き込まれた伊吹を含め、この部屋にいるCクラスの幹部は全員が既にグラスを鳴らしている。当然、まだ誰とも乾杯していないのは、席を外しているCクラスの『王』のグラスのみ。
石崎は、自らが放ったブーメランによって絶体絶命の窮地に立たされた。
「あんたたちも聞いてたわよね! 知らないとは言わせないわよ!!」
「い、いや、でもあれは……っ!」
「うん。これは伊吹の言う通りだな」
「たしかに聞きました。伊吹さんの仰る通りです」
「Another justice.」(それもまた別の正義だ)
ノリの良かった石崎に対し、ノリの悪かった伊吹が反撃を開始した。残りの幹部も、当然のように先ほどとは逆の伊吹サイドに全力で乗っかる。
このまま伊吹のロジックに反論できなければ、石崎は戻ってきた龍園のグラス(しかも飲んでいる最中)に、自らグラスを叩きつけにいかなければならなくなる。
なんとか起死回生を図ろうと、石崎は必死に言葉を探している。頭頂部から湯気が出そうなくらい脳味噌がフル回転しているのがわかった。恐らく奴にとって、入学して以来はじめての本格的な頭脳労働だろう。
けれど、無情にもここでタイムアップを告げる足音が響いた。
王の帰還だ。
「なんだ。さっきまでうるせえくらい騒いでたと思ったら、今度は葬式か?」
龍園が不吉な台詞とともに舞い戻ってきた。
事と次第によっては、これから本当に石崎クンの葬式が執り行われてしまうのだから的確な第一声だ。
クラスの王は玉座である折りたたみ椅子に、どっかりと腰を下ろした。
Cクラス幹部一同は、息を呑んで龍園の
そう、石崎の生存ルートはまだ残されている。
龍園がグラスに口を付ける前に、俺とも乾杯しようぜと龍園、もしくは石﨑から持ちかければいいのだ。だが現実的に前者の可能性はほぼ皆無である。
後者の石﨑の方から行わければならない。
しかし、そちらも茨の道である。龍園翔という男が、部下からの能天気な「うぇ〜い」という乾杯に素直に応じる未来など、1ミリも想像できない。
神に祈る石崎。悪魔の如く笑う伊吹。優しく見守る俺とひよりとアルベルト。
龍園がゆっくりと足を組み、テーブルに置いていた自分のグラスを掴んだ。
どうするんだ、石崎。やるのか? うぇ〜るのか? お前そんな勇気あるキャラだっけ? さっきの乾杯の音頭すら、龍園はぶっきらぼうに強制終了させたんだぞ?
そして──
無言のまま、龍園のグラスが唇へと運ばれ──
無情にも、口が付けられた────。
「うぐぅっ……!」
石崎の口から、声にならない絶望の悲鳴が漏れた。
伊吹が笑う。とびきり邪悪に笑うッ!
神は悪魔に微笑んだ。石崎は自らの宣言通り、いま『飲んでいる最中の王』に向かってグラスをぶつけにいかなければならない。
まるで度数の高い酒でも嗜むかのように、目を閉じてゆっくりとグラスを傾けている龍園だが、中身はアルコール0%のただの炭酸水だッ。
どうする、石崎。
いや、選択肢など初めから存在しない。ここで退けば自らの正義を否定することになり、伊吹からの容赦ない追及が待っている。
幹部全員が固唾を飲んで見守る中、石崎が震える足で一歩を踏み出した。
ギロチン台への階段を上るように。一歩、また一歩と、死地へと踏みしめていくッ!
そして、目を見開き、特攻隊員の如き覚悟を決めた石崎の咆哮が、室内にこだました。
「か、かんぱああぁーーーいッ!!」