吾輩は呂布である   作:リバーシブル

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「始動」

「一月経ってるし、クラスポイントの発表からもう一週間よ。目ぼしいやつを見つけられなかったの?」

 

「唯一、俺らよりも下のクラスだからね。人数を割かなかったとしてもおかしくはない」

 

 四クラスの内、Dクラスだけは俺達よりも明確に下だ。

 他のクラスを重視しても間違いではない。

 

「おまえらの言いたいことはわかるが、俺はDクラスにも人を出している。判明したことは、Aクラスのように派閥争いが起こることもなく、B、Cクラスのように頭となる人間がいるわけでもない。Dクラスは未だ、クラスの舵を取る人間が現れてねえだけだ」

 

 手が回りませんでした、という情けない言い訳が出てくるかと思ったが、(キング)がいないとはそのままの意味だったらしい。

 

「Dクラスの情報も、もちろん集めました。一応、男女それぞれに中心となる人間はいますが、それだけです。そいつらがクラスを仕切っているわけでもないみたいで……」

 

 石崎のその言葉に他クラスながらも心配してしまう。

 対応があまりにお粗末だ。

 

「おいおい、随分悠長だな。最下位の自覚はあるのか? さっさとクラスをまとめねえと不利なだけだろうに」

 

「さあな。そんなことも理解ってねえから、Dクラスなのか、それとも自分たちが落ちこぼれの不良品だと認めたくねえのか。どちらにしろアホな連中だ」

 

「それにしてもよっぽどじゃない? それか石崎たちが上手く騙されてるだけとか」

 

「その可能性はある、俺たちを欺いてるかもしれない。が、いずれ上に立つ人間は表に出てくる。出てこなければ、Dクラスに浮上の目はない」

 

 不利な状況で手をこまねいてるだけで、状況が改善されることなどありはしない。

 劣勢なら劣勢側のやり方がある。

 

 現状ではCクラスの頭は龍園となったが、もしいなければ俺がトップに立っていただろう。 

 どちらが上手くクラスを運営できるかは、今後の龍園の手腕を見ていかなければわからない。が、一つ確実なのは今が天国に思えるほどにクラスを■■■■をするだろう。

 

「これで全クラスの状況とCクラスの方針がわかりました。今日のお話は以上ですか?」

 

「いや、最後に話しておくことがある」

 

「へー、まだなにかあるの? 炭酸水は意外と気持ちいいとか?」

 

 正直なところ、もうこの話し合いには飽きている。

 なので石崎クンを生贄にしてみた。

 

「佐伯さん、勘弁してくださいよ……」

 

「……携帯についてだ」

 

「携帯? 昼間、電話をシカトしたことまだ根にもってんのか。いい加減に許せよ」

 

 部下からのせっかくのお茶目なジョークくらい、広い心で笑って流せる余裕のある上司であってほしいものだ。

 そんな俺の真っ当かつささやかな願いに対して、Cクラスの王様からはひどく苛立たしげな声が返ってきた。

 

「着信をシカトしたとか、そんな低次元の身内話をしてるんじゃねえよ。つーか電話には出ろボケ、話が逸れるだろ。……チッ。いいか、俺たちが今持っているこの携帯電話は、全て学校から支給された端末だ」

「そんなこと、誰でも知っているわよ」

 

 伊吹が「今さら何を当たり前のことを」と言いたげな表情でため息をつく。

 

「俺は、この『学校支給の携帯』ってやつを信用しちゃいねえ。どうにもキナ臭すぎる」

 

 ついに自称・電波が見えちゃう系の痛い人みたいなことを、龍園が真顔で言い始めた。

 こいつの脳味噌は大丈夫だろうか。もし明日、彼が頭にアルミホイルを巻き始めたら、俺たちは全力で止めるべきなのか。それとも温かい目で見守りながら、記念写真の1枚でも撮影してあげるべきなのか。正解はわかりそうにない。

 

「つまり、学校側にメールの内容や通話履歴を傍受されている可能性を、龍園くんは危惧しているのですね?」

 

 俺がアルミホイルの調達を検討している間に、ひよりが的確に意図を翻訳した。

 

「そういうことだ。メールだけじゃねえ。この携帯は常に位置情報を発信している。この異常な学校なら、そのシステムに手を入れて生徒の動向を探ってきてもなんら不思議じゃねえ」

 

 どうやら、急に危ない電波を受信したわけでも、大自然のパワーに目覚めたわけでもないらしい。あくまでこの学校の特殊性を考慮した上での、極めて現実的な疑心暗鬼だ。

 

「ちょ、そんなの完全にプライバシーの侵害でしょ!? いくらなんでも、学校がやっていいことじゃないわよ!」

「それが『バレたら』な。そして、俺たち生徒側にはそれを確かめる術がねえ。とはいっても、常日頃から全校生徒の他愛のないメールを監視するほど、教師どもに時間と人が余っているとも思えねえがな。無駄でしかねえからだ」

 

 学校側が、調査名目で生徒の携帯を検閲する。

 普通の高校なら絶対にありえない暴挙だろうが、この高度育成高等学校は少々ルールが特殊すぎる。可能性としてはゼロではない。

 

「じゃあ、いったいどんな時に探られるって言うのよ」

「ありえるとしたら、なんらかの『有事』の際でしょうね。当然ですが」

「ああ。事件やトラブルが起こった際に、目ぼしい生徒の携帯履歴や位置情報を漁って捜査の足がかりにする……その程度の手間はかけてくるかもな」

「でも、あくまでもあんたの憶測でしょ? 確証があるわけじゃないみたいだし」

「まあな。だが、用心するに越したことはねえ。クラスの連中にもそれとなく伝えておくが、幹部のおまえらは特に注意しろ。見られているかもしれない、その意識だけは常に持っておけ」

 

 龍園の視線が、鋭く俺たちを射抜く。

 

「ってことは、証拠として残るとマズイ相談は、直接会って話さなきゃダメってことか」

「それが一番手っ取り早い。メールで指示を出す場合は、暗号や幹部内だけで通じる隠語を用いるなどの対策を取っていく」

「……そこまでする必要ある?」

「ただの取り越し苦労で終わるならそれでいい、大した手間でもねえだろ。だが、万が一というリスクも考えられる。可能性に気づいておきながら手を打たねえ、そんなマヌケな話はねえからな」

 

 龍園が、ぐうの音も出ない正論を振りかざす。

 邪悪な奴がドヤ顔で唱える正論ほど腹が立つものはないが、悲しいかな反論の余地が浮かばない。

 

「同感だ。前もって準備することは大切だよ」

「そうですね。私も賛成です」

「もちろん俺も了解っす!」

「Me too.」

「……わかったわよ。証拠になるようなモノは残さない。これでいいでしょ」

 

 Cクラス幹部全員が同意を示した。

 こうして見渡して改めて思うが、幹部なのにどいつもこいつもクセが強すぎる。Cクラスは能力ではなく「色物枠」で幹部を選出したのだと他クラスから誤解されないか、不安でしょうがない。

 

「よし、これで今日話しておくことは全部だ。なにか質問や、言いたいことがあるやつはいるか?」

「はいっ! 石崎クンの顔面グラスアタックは、やっぱり龍園に対する宣戦布告だったんですかッ!?」

 

 俺の純粋かつ無垢な質問に対し、名指しされた龍園ではなく、当の石崎本人が顔を真っ青にして叫んだ。

 

「ちょっ! アンタしつけえよ! 殺す気か!」

「……なにもねえみたいだし、今日はこれで解散だ。片付けるのに人手は必要か?」

 

 龍園は俺の渾身のイジりを見向きもせず、淡々と話を終わらせにかかる。

 

「私が残りますから、皆さんはお先にどうぞ」

「そうか。なら後は任せた。おら、おまえらさっさと自分の部屋に戻るぞ」

「二人で大丈夫? あたしも残ろうか?」

「ゴミの分別と食器を洗うくらいですから大丈夫ですよ。伊吹さん、お気遣いありがとうございます」

「そう。ならいいけど」

「片付け、すんませんがお願いしますっす!」

「Thanks.」

「皆さん、お疲れさまでした。おやすみなさい」

「おやすみ」

「おさきっすー」

「Good night.」

「おい佐伯、携帯の電源は切るなよ」

 

 最後まで念を押す王様の言葉とともに、騒がしく別れの挨拶を残して幹部どもが部屋を去っていく。

 バタン、とドアが閉まり、ようやく俺の部屋に静けさが戻ってきた。

 

「では、私たちも片付けるとしましょうか」

「よーし、手早くやりますかっ!」

 

 残されたのは俺とひよりの二人だけ。だが、気合を入れた俺たちのせいで、室内は再び心地よい騒々しさを取り戻したのだった。

 

 

 

 ──────

 

「おまえら、解散する前に今後の命令を出しておく。石崎、わかってるな」

 

「うっす! 引き続き、各クラスの偵察と戦力の見極めっすね」

 

 龍園からの問いに、石崎は胸を張って自信ありげに答える。

 

「そうだ。だが、こちらから手は出すなときつく手下どもに言っておけ。今はあくまでも見極めるだけの段階だ。無駄に一線を超える必要はねえ」

 

 龍園が石崎に対し、念を押すようにしっかりと注意事項を言い聞かせる。

 

「はぁ……。で、あたしは誰にその嫌がらせを仕掛ければいいわけ?」

 

 伊吹が壁に寄りかかりながら、心底つまらなそうな顔で尋ねた。

 

「伊吹、おまえは別だと言ったはずだ」

「……ああ、そういえばそんなことも言ってたわね。で、あたしには何をやらせる気?」

 

 初めから命令内容になど大した期待もしていないといった、投げやりな態度だ。

 

「喜べ、重要な役回りだぞ。お前の指示は『護衛』、及び対象者の身の安全の確保だ」

「重要かもしれないけど、あんたの護衛なんて喜んでやるわけないでしょ。それにボディーガードって言うなら、あたしよりアルベルトの方がよっぽど適任じゃない?」

「勘違いすんな。護衛対象は俺じゃねえ」

「は? じゃあ、一体誰よ」

「決まってるだろ──うちのCクラス、椎名ひよりの護衛だ」

 

「はぁっ!?」

 

 伊吹の素っ頓狂な声が室内に響いた。

 

「何いってんの、あんた。椎名の隣には、常に『アレ』がへばりついてるのよ? あの狂犬のテリトリーにわざわざ踏み込んで、誰が何できるっていうわけ!?」

 

 伊吹の言い分は尤もだった。

 今のCクラスにおいて、椎名ひよりの隣という空間は『学校一危険な場所』であり、同時に『学校一安全な場所』でもある。

 それが──椎名ひよりの特異な居場所だ。万が一にも彼女に危険が及べば、アレがどんな反応を示すか想像するだけで身の毛がよだつ。

 

「俺たちが今、一番警戒すべき脅威はなんだ?」

 

 伊吹の抗議を完全に無視し、龍園が冷たい声で問いかける。

 

「ちょっと、いきなり話を逸らさないでくれる?」

 

 伊吹は質問に対する答えではなく、明らかな不満を口にした。

 険悪になりかけた空気の中、龍園と付き合いが長い石崎が恐る恐る答える。

 

「や、やっぱり、Aクラスの動きですか? それとも、一之瀬のBクラス?」

「AでもBでも、ましてや底辺のDクラスでもねえ。もっと身近にいるだろ、警戒すべき『化物』が」

 

 その言葉が誰のことを指しているのか、瞬時にその場にいた全員が理解した。

 このCクラスの暗がりに潜み、いつ暴発するかわからない絶対的な暴力。

 

「Oh……」

「り、龍園さん、それってまさか……!」

「アレとの話はもう済んでるんでしょ……! まさか、今からやり合うつもり!? 冗談じゃないわよ、自殺なら一人で勝手にやって!」

 

 それは、過剰な拒絶反応ともいうべき、悲鳴に近いリアクションだった。

 だが、大げさだと笑う者はこの部屋に一人もいない。アルベルトですら顔をしかめている。その場にいる全員が、それが極めて正しく、生存本能に基づいた正常な反応だと理解していた。

 

 そんな凍りついた空気の中、ただ一人、龍園だけは薄暗い笑みを浮かべたまま、淡々とその理由を語り始める。

 

「おまえ、俺よりよっぽど血の気が多いな。安心しろ、今アレと事を構えるつもりは微塵もねえよ」

 

 龍園は鼻で笑い、言葉を続ける。

 

「けれど、他の連中はどうだ? 今のCクラスの男で、俺たち幹部に反旗を翻す度胸があるやつはいねえ。だが──もし、Cクラスの女子生徒が他クラスに買収でもされて、椎名に危害を加えてみろ。それこそ目も当てられない事態になる。女しか入れねえトイレや更衣室には、流石のヤツの目も届かねえからな」

 

「ッ……! そんなことが起これば……間違いなく血を見ますね。他のクラスの奴がやったならともかく、もしうちのクラスから裏切り者が出たなんて知られたら……!」

 

 石崎が顔面を蒼白にさせた。佐伯の「暴力」の底を知っているがゆえの、本能的な恐怖だ。

 

「どちらにしろ大惨事は避けられないわね。最悪、特別試験っていうこの学校のゲーム盤ごと、物理的に破壊しかねないわよ、アレは」

 

 伊吹もまた、ひよりの隣にいる怪物が完全にブチ切れた時の光景を想像し、小さく身震いした。

 

「俺が何を危惧したか、ようやく理解したようだな。四六時中ベタ張りしてストーカーしろとまでは言わねえが、校舎内では椎名を絶対に一人にさせるなよ」

 

「ていうか……これって重要どころか、ただの地雷原の歩行任務じゃない! 荷が重すぎるわよ!」

 

 伊吹はようやく、自分に下された命令の異常な重さに気づいた。そして心の底から後悔した。

 赤の他人のDクラスにチマチマと嫌がらせを仕掛ける任務の方が、これに比べれば天地の差で気楽な仕事だったことに。

 

「しかたねえだろ。これはシステム上、男の俺たちにはどう逆立ちしてもできねえ任務だからな。それに、お前はチマチマした卑劣な手段は嫌いだっただろ? 正義のボディーガードだ、誇りを持てよ」

 

 龍園が皮肉たっぷりに言い放つ。

 

「……マジで、今は心底、男に生まれてよかったって思いましたよ。ガチで殺意に満ちたあの人をとめるの絶対に無理っすもん……」

 

 石崎の口から、微塵の虚飾もない純度100パーセントの本音が漏れた。

 隣で「俺たちは関係なくてよかったぜ」とばかりに心底ホッとしている石崎とアルベルトの顔を見て、伊吹は無性に腹が立った。

 

 行き場のない苛立ちに任せて、伊吹は無防備な二人の尻に鋭い蹴りを見舞う。

 

「Ouch!」

「いでぇっ! 何すんだよ! でも残念でしたー! 俺もアルベルトも女子トイレには入れねえからな! 安心しろよ伊吹、おまえの分まで外の仕事はきっちりやってやるからよ!」

 

 伊吹の蹴りを受けてなお、命の危機から逃れられた喜びに調子を乗せた石崎が、痛みに顔を歪めながらも煽ってくる。

 そのふざけた尻に、もう一発。先程よりも重く鋭い蹴りが、ドスッと無慈悲に叩き込まれた。

 

 ***

 

あっという間に束の間の休日が終わり、また忌まわしい月曜日がやってくる。

 たまには不規則に『金・土・日・日・日・日』みたいな狂ったカレンダーにならないものか。本当に融通が利かないシステムだ。サービス精神というものを微塵も感じない。月曜日なんぞ、この世から未来永劫消し去るべきである。

 

「リョウくん、おまたせしました」

「ひよりちゃん、おはよ」

「おはようございます」

 

 朝からニッコリと微笑みながら挨拶をしてくる彼女を見た瞬間、俺の脳内を覆っていた憂鬱な気分は一瞬にして消し飛んだ。

 うーむ。昨日までの私服姿も眼福の極みだったが、指定の制服をきっちりと着こなしている彼女もまた眩しい。冗談抜きで、天に昇る太陽よりも輝いていると思われる。

 俺はひよりと自然に手を繋ぎ、教室までの道のりを歩いていく。

 

 こんなにも幸せと喜びに溢れた素晴らしい朝だというのに、すれ違う周りの生徒たちはなぜか一様に、今日明日にも死にそうな暗い顔をしている。楽しい月曜日はまだ始まったばかりだぞ。

 

「中間試験が近いせいか、どこか学校全体の空気が重いですね」

 

 ……ちゅうかんしけん? 

 

「……! あー、そうだね。赤点取れば即退学だから、みんなピリピリもするよ」

 

 前世でも今世でも勉学とは無縁だった俺の脳味噌が、『中間試験』という聞き慣れない単語を処理するのに数秒の時間を要した。

 この学校はイカれていることに、一度でも赤点を取れば即退学という、他に類を見な素敵(クレイジー)なルールが存在するのだった。

 

「とても厳しいルールです。クラスのみんなが無事に乗り越えてくれるといいのですが……」

「ひよりちゃんは大丈夫だろうけど、俺は大丈夫かなぁ」

「リョウくんは授業中だけでなく、時には放課後も図書室でお勉強してますから。自信をもってくださいね」

 

 ひよりのその言葉で自信を持ったわけではないが、実は俺自身、この試験について余り心配をしていない。

 今回のようなペーパー試験に対して、俺には絶対の自信を持つ『必殺技』があるからだ。

 必殺技と大層なことを言った割に、中身は非常にしょぼく、かつ物理的なものだが。

 

「まあ、あの王様がどう出るかだね」

「ふふ。今のCクラスは、良くも悪くも龍園くん次第ですから」

「じゃあ、そのお手並みに期待するとしようか」

 

 ────

「龍園さん! 中間試験やばいっすよ! どうしますかっ!」

 

 放課後。いつぞやのカラオケ店の個室のドアを勢いよく開け放ち、俺は静寂を破って悲痛な陳情を室内に響かせた。

 クラスの危機を憂う一人の生徒を完璧に演じきった俺に対し、室内にいた二人の反応はひどく冷ややかなものだった。

 

 ソファに深く腰掛けていた龍園は、グラスの氷を揺らしながら『出来の悪い三流コメディアンを見るような目』をこちらに向けている。

 一方、隣でくつろいでいたはずの石崎に至っては、『凶悪な怪獣がいきなり流暢な日本語で話しかけてきやがった!』とでも言いたげな、恐怖で顔面を硬直させた顔をしていた。

 

「何の真似だ、佐伯。ついに頭まで狂ったか。……いや、元々が(イカ)れてたな、てめえは」

 

 呆れ果てた声で、龍園がため息とともに毒を吐く。

 

「なんだ、ノリが悪いな。場を和ませる愉快なジョークだろ。笑えよ」

「渾身のジョークに対し、真顔で『笑え』と恐喝するピエロがどこの世界にいんだよ。横の石崎を見てみろ。恐怖で胃袋を吐き出しそうな顔だぞ。これが愉快なジョークを聞いた人間のツラか?」

 

 どうやら俺がアイスブレイクのつもりで放った会心のギャグは、場の氷を砕くどころか、石崎の精神を木っ端微塵に粉砕してしまったらしい。

 

「石崎クンは最初からこんな(ツラ)だ、何の問題もない。そんなことよりもどうすんだよ、中間試験。赤点取ったら一発で退学だぞ、退学。そこのところ、クラスの代表としておまえちゃんとわかってる?」

 

 俺は石崎の健康状態をあっさりと切り捨て、本題へと強引に舵を切った。

 

「今日、椎名に言われてから、ようやくそのルールの存在を思い出したであろう男よりかはな」

「……なんでひよりちゃんに言われたってわかった!?」

「てめえがこの学校で、椎名以外とまともな会話すんのかよ」

 

 俺の驚きを鼻で笑い飛ばし、龍園はテーブルに肘をついた。

 

「お前がわざわざ小芝居うってカチコミに来るずっと前から、手は打ってある。学力に不安なバカどもは、勉強が出来るやつの元に集めて、放課後にみっちり勉強会をさせてんだよ」

「あれ? じゃあ、なんでおまえらこんなカラオケ店で油を売ってんの。その勉強会とやらに行けよ」

 

 俺の心からの助言(アドバイス)に対し、龍園はひどくそっけない、そして悪辣な笑みを浮かべた。

 

「ボケが。俺の策が、ただの『勉強会』なんて、誰もが思いつくような平和な事なわけねえだろうが。Cクラスから退学者を一人も出さずに済むように、確実に裏でやってんだよ」

「へえ、お優しいことで。少し見直したよ。Bクラスのリーダーとやらの甘っちょろい方針にでも触発されたか?」

「欠片も思ってねえこと抜かすな。……今日は椎名が部活でいねえから暇を持て余してんだろ。そんなに心配なら、おまえもその勉強会に突っ込ませるぞ」

「いやー、ひよりちゃんがいなかったら、勉強なんて1ミリもやる気起きないっす。それにペーパー試験なら俺には『奥の手』があるからね」

 

 俺が自信満々に胸を張ると、先程までガタガタ震えていた石崎が、藁にもすがる思いで身を乗り出してきた。

 

「えっ!? 佐伯さんっ、もしやこの試験の抜け道を見つけたんですか!?」

「ヌケミチ? いや、そんな知的なもんじゃないよ」

「え? じゃあ、どういうことっすか! 頼むから教えて下さいよっ!」

 

 必死に教えを乞う石崎を見下ろし、俺はニッコリと微笑んで問い返した。

 

「別に教えてもいいけど……石崎クン。君、視力なんぼ?」

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