吾輩は呂布である   作:リバーシブル

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「器具」

 カンニングとは古来より続く由緒正しい不正行為だ。

 昔々の中国(そのときは中華人民共和国なんて名前ではなかったが)に科挙と呼ばれた今でいうところの役人、いや官僚採用試験があった。

 この試験に合格すれば絶大な権力を手にし、本人どころか合格者一族の繁栄と安寧が約束されたという。現代の特権階級も真っ青な超VIP待遇だ。

 

 上級国民も真っ青な待遇だ。

 もちろん、そのような力が簡単に手に入るはずもない。この試験に合格する難しさは、歴史上最高の難易度を誇るともいわれている。

 あまりの重圧にある者は精神が狂い、ある者はプレッシャーに耐えきれずに自ら命を絶つなど、その手の悲惨な逸話には事欠かないらしい。

 名誉のため、金のため、女のため。多くの人間が人生を懸けて挑戦し、そして無残に散っていった。

 

 それでもなお、合格したいと願う人間は後を絶たない。

 才能も後もない人間が行き着く先は、いつの時代も一つしかない。そう、不正行為である。現代において『カンニング』と呼称される行為だ。

 

 科挙を実施していた国はとっくの昔に滅亡したが、不正行為の証拠は国が亡び去っても現代にまで残っているそうだ。

 当事者たちも、まさか己のカンニングの証拠が数百年後の現代にまで晒されるなんて考えもしなかっただろう。掌に収まるサイズにびっしりと書き写されたカンペ(写本)や、極小の文字が書き込まれた下着などが、今も博物館に現存しているらしい。

 

 以上が──この間、ひよりが俺に話してくれた内容だ。実際にはもっと詳しく中国や科挙制度について教えてくれたのだが、理解できたのはごくわずか。

 悲しいほどに知能の差とやらが現れてしまった。

 

 ちなみにこの科挙試験は重要な国事であったため、不正行為がバレた時の罰則は最悪、死刑もあったそうな。

 俺たちが通う東京都高度育成高等学校にそんな物騒なペナルティは存在しない。せいぜいが退学(クビ)だ。

 昔と比べれば実に平和的な罰則だといえるだろう。

 

「ってわけで、バカな奴等は頭のいい人の答えを見ればいいじゃん」

 

「見ればいいじゃん、じゃねえよ。何考えてんだ? 不正がバレた時のペナルティは退学だぞ。割に合わねえよ」

 

 クラスの王様はこういうが、果たしてそうだろうか。

 どうせ赤点取って退学なら覚悟を決めてカンニングしたほうが良くない? 

 

「そうか? 赤点取ったら退学なら、カンニングして一か八かに賭けてもおかしくはないだろ」

 

 バレるか、バレないか。

 確率は二分の一だ。十分に勝算はある。

 

「というか、そんな都合よく他人の回答なんて見えませんし、それに見えたとしても文字が都合よく読める保証はありませんよ……」

 

 現代っ子は携帯や電子機器の弄りすぎで視力が悪いようだ。まったく、けしからんやつらだ。狙撃は目が命だと、乱世で学ばなかったのか。

 

「んー。ならよ、頭のいい人に話を通して答案を見せやすくしてもらうとか? あ! 見えないなら、メガネをかける! それでよくない?」

「よくねえよ。お前が思うほどメガネは万能な望遠鏡じゃねえ。それに不自然だろ、テスト当日になって、いきなりクラスのバカどもが一斉にメガネ付け出したら」

「そっか……。いや、閃いた! 木を隠すには森の中だ。メガネを隠すならメガネの中! テスト当日、クラス全員がメガネ付けて受験すれば完全にセーフだろ!」

「もれなく全員アウトだ。奇妙を通り越してただの不気味なカルト集団だろうが」

「くそ、完全に学校側の裏をかいてやったと思ったのに……」

「裏っていうか、完全に思考が常識の場外ですよ。その意見……」

 

 俺の完全無欠なプランに思わぬ落とし穴が存在した。

 まさか、視力が足りないとは……。このもやしどもめ。

 

「そもそも、てめえのその狂った頭にオベンキョウの策なんて期待してねえよ。大人しく椎名と仲良くやってろ」

「ってことは、王様にはなにか別の考えがある──と?」

「少なくとも、クラス全員に視力矯正器具をかけさせるなんていう、馬鹿げた案じゃねえよ」

「石崎クン、言ってやれよ。お前もそこそこに馬鹿だって」

 

 龍園は勉強が出来そうな顔をしているが、ここにいる三人ともそこそこ、いや、普通にアホだ。少なくともお世辞ですら、お勉強が得意とはいえない。

 ひよりちゃんを除いたCクラスの幹部は、前衛タイプの脳筋キャラばかりだ。

 指示できる作戦が、ガンガンとブチのめそう! のみとはCクラスの未来は暗雲が立ち込めておる……。

 

「ちょっ、巻き込み禁止っす。どうして他人を巻き込もうとするんすか」

 

「今回Cクラスから退学者を出すわけにはいかねえ。退学時のペナルティが不明な上に、クラスを支配する上での士気に響きかねないからな。中間試験まで三週間ほどあるが、それまでには攻略してやるさ」

 

 龍園が不敵に笑い、グラスの氷を鳴らした。

 

「ふーん。で、もし見つけられなかったら全員メガネ?」

「くたばりやがれ」

 

 

 ──────

 

 初めて『退学』という二文字が現実味を帯びてきた中間試験前ということもあり、Cクラスだけでなく、一年生全体に落ち着きがない空気が漂っている。

 特に下位に沈むDクラスや我がCクラスは、土台からして頭の造りが残念な連中が多いらしく、校内の随所でこの世の終わりのような暗い顔をしている人間が見受けられた。

 

 Dクラスのリーダーがどんな奴かは知らないが、我がCクラスの絶対的な『王』である龍園からして、お勉強の成績は芳しくないのだから世話がない。よくもまあ、そんな脳筋をトップに据えたものである。今からでも、お勉強のできる賢いやつにリーダーの座をすげ替えるべきではないのか。

 

 よく冷えた烏龍茶の缶を片手に、俺はしみじみと世の不条理を思っていた。

 優雅に過ごす、ある日の放課後。

 

 一年Cクラス幹部会議の御用達になりつつある店だ。

 いつものカラオケ店。

 いつもの薄暗い個室。

 いつものメンバー。

 そして、見慣れない顔が一つ。

 

「がはっ……!」

 

 部屋の中央では、顔面を土気色に染めた見知らぬ男子生徒が、龍園から無慈悲な腹パンを食らって床にうずくまっていた。さらにその横で、石崎クンが「てめえ、ふざけんなよ!」と威勢よくそいつの尻を蹴り上げている。

 

 おお。あのいつも龍園や俺に怯えている石崎クンが、あんなに偉そうに他人に暴力を振るう姿を初めて見たぞ。

 なんだか少しだけ感慨深いものがある。虎の威を借る狐とはまさにこのことだ。

 

 会話から察するに、龍園に制裁を下され、石崎クンにシバかれているその気の毒な生徒は、どうやらCクラスのクラスメイトらしい。

 入学して一月以上が経っているというのに、未だにクラスメイトの顔と名前が一致しない。というか、そもそも覚える気がない。

 だが、せっかくの機会だ。このサンドバッグになっている少年くらいは記憶の片隅に置いてやろうか。

 俺は烏龍茶を啜りながらその顔をジッと観察してみたが……なんだか全く特徴がないし、興味も湧かないし、記憶する必要性も感じない。やっぱり、いらない。俺の脳の容量の無駄だ。

 

 密室に響く鈍い打撃音と苦悶のうめき声。一見するとハードなSMクラブの激しいプレイのようにも見えるが、そもそもここは健全に歌を唄う場所であって、決して性的倒錯者が集う場ではない。

 折檻を受けている名前も知らない彼は、どうやらクラスの不利益になるような手痛いチョンボをしでかしたらしい。他クラスと余計な騒ぎを起こした挙げ句、敵に塩を送るようなマヌケな真似をしたそうだ。

 やれやれ、戦場なら真っ先に首を刎ねられているところだぞ。おっちょこちょいな奴だぜ。

 

「……とっとと失せろ。次はねえぞ」

「は、はいぃっ……!」

 

 一通り二人にボコられ、身も心もボロボロになった哀れなクラスメイトが、よろよろと逃げるように室内を去っていく。

 部活で欠席しているひよりと、用事で不在のアルベルト以外のCクラス幹部が、これでようやくテーブルについた。

 

 中間試験まで残り二週間を切り、龍園は先日俺に宣言したとおり、鮮やかに解決策を手に入れていた。

 テーブルの上にバサリと投げ出されたのは、去年、そして一昨年にこの学校で使用されたという中間試験の問題及び解答のコピーである。

 

 教師の単なる手抜きなのか、はたまたそういう裏ルールが存在するのか、詳しい理由は知らないが、この学校では最初の中間試験に限って『全く同じ問題』を使いまわしているらしい。

 教育機関として本当に生徒の学力を測る気があるのかと小一時間問い詰めたくなる仕様だが、お勉強が絶望的に苦手な俺としては非常にありがたく、楽な展開である。

 

「中間試験はコレで赤点を回避できる。ここにいる連中の分はあらかじめ用意してやったから、受け取って頭に叩き込んでおけ。言うまでもないが、紛失して教師にバレるようなマヌケな事態だけは勘弁しろよ」

 

 龍園が不敵に笑うが、初めから納得していない顔の伊吹が、いつものように噛み付いた。

 

「二年連続で同じ問題だったからと言って、今年の中間試験も全く同じ内容になるっていう保証はどこにもないでしょ?」

「たしかにな。あえて今年から傾向を変えてくるとか、普通にありえるよな」

 

 伊吹の真っ当な指摘に一理あると思い、俺も適当に追従してみる。

 だが、龍園は即座に鼻で笑ってその意見を否定した。

 

「今回の中間試験に限って言えば、それはない。先日受けた小テストも二年分の過去問を裏で手に入れて照らし合わせてみたが、一文字たりとも変わっていなかった。担任の坂上が言っていた『赤点連中を救う手段』ってのが、間違いなくコレのことなんだろうよ」

 

 先日行われた小テスト。俺のひどく控えめな点数と、それを見たひよりの露骨に心配そうな顔が脳裏をよぎった。

 二度あることは三度あるという。三年連続ということは、つまり四年連続も同じということか。たしかに、進学校としてはあまりにも不自然な手抜きだ。

 

「そもそも、今回の中間試験が純粋に生徒を『落とすため』の試験だとは考えにくい。坂上のあの妙に含みのある言い方といい、これはシステムに気づけるかどうかを試す、ただの準備運動(ウォーミングアップ)みたいなもんだ」

 

 

「なるほど! 二年、三年の連中で、この最初の中間試験で退学したやつがほとんどいなかったのは、そういう裏があったってことですね!」

 

 石崎がポンッと手を叩き、点と点が繋がったような明るい声を上げる。

 

「ああ。試験のルールや学校のやり方に慣れさせるための、ただのチュートリアルってとこだろ。ナメた理由だが、まあよかったな。これで佐伯の馬鹿げた案が一つ消滅したわけだ」

「至極、残念だ。我ながら完璧なオペレーションだと思ったのに」

「……一応、聞いておくけど、どんな案だったの?」

 

 伊吹が嫌な予感を含んだ胡乱な目を向けながら尋ねてきた。

 

「クラス全員でメガネをかけて、遠くの席から視力で頭のいいヤツの答案をブチ抜くっていう、死角のないカンニング案だ」

「…………ほんっとに、底抜けに馬鹿げてるわね」

 

 これ以上ないほど身も蓋もない、氷点下の感想が返ってきた。悲しい。

 

「龍園さん、この過去問のプリント、すぐにクラスの連中に配りますか?」

 

 俺の悲哀などお構いなしに、石崎が気を取り直して仕事の確認をする。

 

「いや、ここに居るお前らはともかく、クラスの有象無象への配布は少し待て。そうだな……試験の一週間前までは、焦らせてせいぜい真面目に勉強をさせておけ。アホな方が手駒にする分には楽だが、基礎もねえような底抜けの馬鹿がすぎると、今後使い物にならねえからな」

 

 自身もさして賢いわけでもないカケルくんからの、大変ありがたく厳しいお言葉である。どの口が言っているんだ。

 

「了解っす!」

 

 見た目通りのアホである石崎クンは、そのブーメランに気づくこともなく即座に二つ返事で頷いた。

 

「一先ず、これで目先の中間試験の問題は解決した。石崎、例の件を報告しろ」

「はい。龍園さんの指示通り、クラスの連中をけしかけてBクラスにいろいろと嫌がらせや挑発をやってみましたが、目に見える効果はなさそうです。あいつら、こちらからの煽りには一切乗ってきませんでした」

「へえ。すぐ手が出るウチの野蛮な連中とは大違いね」

「もし俺らCクラスが同じことされたら、即座に殴り合ってるのにね」

「まったく、血の気が多いやつが沢山いて助かるな。……で、もう一つの件はどうだった?」

 

 俺と伊吹の自虐的な茶化しを無視し、龍園が報告の続きを促す。

 

「クラスの中心から外れているような、不満を持ってそうなBクラスのやつに声を掛けてますが、懐柔は難しいです。ウチに情報を流す裏切り者(スパイ)に仕立て上げるまでは、なかなか……」

 

 不甲斐ない報告しかできないためか、石崎クンの声がみるみるうちに小さくなっていく。

 そんな中間管理職のような彼に、俯瞰的に見ていた俺たち外野が容赦なく野次を飛ばす。

 

「ウチと違って、Bクラスは本当に仲がいいのね。一致団結なんて言葉、私たちCクラスとは一生縁遠いもの。リーダーとして、一之瀬のそのカリスマ性を少しは見習いたいところでしょ?」

「そうだそうだ! まずはそのロン毛の髪を切れ! 見た目が鬱陶しいぞっ!」

「いやいや佐伯さん! 髪型はカリスマに1ミリも関係ないっす! 会話が成り立ってないっすよ!」

「チッ……一番鬱陶しいのはてめえの戯言だ。このボケが」

 

 俺の理不尽なイチャモンに、龍園が氷を噛み砕きながら舌打ちする。

 

「石崎クン、王様に好き放題に言われてるぞ! 言い返してやれ!」

「俺じゃないっす! 頼むから、お二人のケンカに俺を巻き込まんといてくださいよ……!」

 

 泣きそうになる石崎。

 

「ちょっと、石崎の胃袋はどうでもいいけど、報告はこれで終わり?」

 

 伊吹がため息をつきながら、話を本筋に戻した。

 

「なわけあるか。Bクラスへの工作は引き続きやらせるが、先に別の獲物を狩る。……Dクラスの人間をハメるぞ」

 

 龍園の口から出たのは、先日彼が企てていた『他クラスの生徒から暴力を振るわれちゃった、犯人を罰してよ作戦』のことだ。

 学校内で暴力沙汰のケンカが起きた際、学校側がどのように裁くのか、誰が判決を下すのか、監視カメラの死角はどうなっているのか等、諸々のルールを調べるための試金石(モルモット)である。

 

 だが、獲物が最底辺のDクラスという点がどうにも不可解だ。

 俺たちCクラスが標的として狙うなら、まずは一つ上のBクラスか、トップのAクラスを引きずり落としたいところなのだが。

 

「Dクラス? Bクラスじゃなくてか?」

「私たちより下のクラスを狙っても意味ないでしょ。引きずり下ろしてクラスポイントを奪う目的なら、上のクラスを叩くべきじゃないの?」

 

 俺と伊吹の疑問に、龍園は悪辣に目を細めた。

 

「てめえらの言いたいことはわかるが、石崎の報告からもあったように、今のBクラスの鉄壁の団結力はそう簡単には崩せねえ。校則の実験に使う使い捨てのモルモットは、正直言って誰でもいい。いや、むしろ頭が悪く、不良品の吹き溜まりであるDクラスが一番うってつけだ」

「なーるほど。ガードの固いAやBクラスの人間は、そう簡単に罠にハメられないってことか」

「ああ。それに奇しくも今日、最高の候補者(バカ)が見つかったしな」

 

 龍園の言う候補者とは、どうやら先程この部屋でボコボコに折檻されていた、あの名も知らぬクラスメイトAくんが揉めたというDクラスの生徒のことらしい。

 

「でも、いくらDクラスの不良品といっても、そんなに上手く罠にかかるかしら? 自分から手を出せば不利になることくらい、猿でもわかるでしょ」

 

 伊吹の言うことも尤もだ。

 いくらなんでも、少し煽られたくらいでホイホイと先に手を出すような、短絡的な馬鹿がそう都合よくいるものだろうか。

 

「何があったのか石崎、説明してやれ」

 

 石崎クンが頷き口を開いた。

 

「今日昼休みに起こった出来事を簡潔に説明すると、図書室内でうちの山脇を含めた他数名の人間とDクラスの生徒たちの間でひと悶着ありました。

 他愛もない口喧嘩だったんですが、最終的に手が出ていてもおかしくなかったとか。特に相手方の一人が、Dクラスであることを馬鹿にされると、殴りかからんばかりの勢いで食いつきてきたと話しています」

 

「典型的な脳筋バカだ。力があることを必要以上に見せびらかし、考えなしに動いたあげくに問題を引き起こす。己の感情のコントロールすらできない、クラスのお荷物以外の何物でもねえな」

 

 酷い言われようだがそんなマヌケが驚くほどにいるのが、世の中というものである。力を少々持っている連中にありがちな行動だ。

 一人もニンゲンを殺したことがないにもかかわらず、二言目には『殺す』と喚き垂らしている。

 いっちょ前にその脅し文句を口にするのならば、相応の覚悟と殺意を持つべきだ。当然ながら、時代が許さないだろうけれどもね。

 なによりも腕っぷしの強さなど誇るほどのものではない。

 

「龍園さん、すぐにでも仕掛けますか!」

 

「いや、情報をまだ集めたい、それに中間試験が終わるまでは騒ぎを起こしたくはない。動くのは中間テストが終わり次第だ」

 

「兵隊に自信がないなら龍園、手を貸してやろうか?」

 

 握っていたお茶の缶から顔を上げ、クラスの王へと目を向ける。

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