吾輩は呂布である   作:リバーシブル

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幕間「其の弐」
「買物」


 

 

 石崎が報告を終え、ようやく三人組の顔色に血色が戻ってきた。

 役目を終えたことで緊張が解けたのだろう。後ろの二人が龍園と同じテーブルに座っている俺を不思議そうに眺めている。

 教室で影の薄い生徒が王である龍園の御前で不遜な態度を取り続けているのだ。奴らの視点なら理解できないのは無理もない。

 

「ひとまず報告ご苦労。結果にも満足だ。約束していた報酬だが、色を付けておいてやる。だが俺からポイントをお前らに渡せば、つまらない勘ぐりをうけかねない」

 

 どうやらピエロ三人衆に報奨金ぐらいは出すらしい。何の旨味もなしにこんな馬鹿げた茶番に付き合ってられないか。

 名も知らぬ生徒二名は報酬への不安を隠しきれずに物憂つげな顔だ。

 

「そう心配そうな顔をすんじゃねえ。ポイントはきっちり払ってやる。直接じゃないが、ここにいる佐伯を経由してポイントを使え。コイツにポイントを送っておく、時間を見つけて好きにやれ」

 

 なるほど。クラスの頭である龍園から、事件の当事者3人にポイントを渡せば新たな火種を起こしかねない。いらぬ勘ぐりというか、Cクラスの策略でDをハメたのだ。余計な詮索を避けるのは当然だ。

 しかし、どうせ関係ないと高をくくって話半分に聞き流していた俺にお鉢が回ってくるとは。寝耳に水だ。

 

「あざっす……。では、自分たちはこれで」

 

 やったな、これで新しい服が、飯でも食いに行くか、などお小遣いの使い道で盛り上がりながら三人が去っていく。

 早速、部外者が消えたことで上司に文句をつける。

 

「おい、龍園。そんな話は聞いてねえぞ。他のやつを使えばいいだろ」

 

「あ? てめえが勝手に動こうとした罰だ。大人しく買い物に付き合ってやれ」

 

 たしかに今回の石崎との一件は何の相談もしなかった。俺の自己判断により動いたし、身勝手と揶揄されても仕方のない行動だった。

 だが納得はできねえな。

 

「別に問題はなかっただろうがよ」

 

 石崎はきっちり自分の仕事をやったのだ。俺が被る責任も存在しない。

 空気が重いものへと変わっていく。

 

「寝言抜かすな。結果が良かったから、問題ありませんが通るわけねえだろ。仮に、てめえが石崎の骨をへし折った後、奴が血迷って学校側にチクったらどうするつもりだったんだ。少しは頭を使え」

 

「……」

 

「ポイントやその他で寝返らない保証がどこにあった。それともなんだ、お前は石崎に(タマ)、預けるほど信頼してんのか。卒業後、暴力(おまえ)に追われる生活なんざ御免だ」

 

「ちっ……。わっーた。買い物に行けばいいんだろ」

 

 腹立たしいことに龍園の理屈は筋が通っていた。

 裏切りは人間の常、それを知らない俺じゃない。

 石崎たちの虚偽の告訴とはわけが違う。ヘタをすれば俺は詰んでいた。

 

「最初からそう言え」

 

 石崎に嵌められないとも限らなかったのだ。あいつの腕をへし折った場合、暴行として学校側に告訴されれば間違いなく退学(クビ)だろう。

 今回の一件、たしかにいらぬ関与だったのは認めよう。

 

「だが、こんなもんアルベルトや他のやつでも構わないだろ。俺である必要はない。ポイントの持ち逃げでも警戒してんのか?」

 

 報酬がいくらかは知らないが、毎月のポイントと比べても遜色ない額のはずだ。

 金の持ち逃げを警戒するのは当然だが、龍園の配下連中すら使えないとは思えない。

 

「アルベルトや伊吹でも問題はない。その二人なら持ち逃げもしねえだろうからな。だが、お前を選んだのには理由がある」

 

「あ?」

 

「石崎の後ろにいた二人は誰だ?」

 

「……知らんけど。たぶんクラスメイト」

 

 思い出そうとするが既に顔もあやふやだ。まあ、恐らくはCクラスの人間だ。

 

「最低限、Cクラスの人間とは関わりを持て。名前も知らねえとかナメてんのか」

 

「うっせえな。教師か、おまえは」

 

「なら、口出しされずに済むよう心がけろ。雑事は以上だが、本題だ。来週からお前にも表に出てもらう」

 

「あー、いよいよか」

 

 Cクラスの主な人間だけが正式な幹部を把握している。けれど、他の生徒にはまだ知らされていない。

 ひよりちゃんは既に幹部として告知されていた。彼女はテストでの学力という功績が有ったため、幹部だと知らされても疑問視されることもないためだ。

 が、俺は違う。現状、影の薄いクラス生徒その一にすぎない。まだ一般生徒と同じ扱いだ。

 

「大勢の人間からすれば、今のてめえはなんの実績も持たない一生徒だ。いきなり幹部にまで押し上げても不審だろうからな。幹部候補の成果として、今週の大会で実績を作ってこい」

 

「候補? 幹部じゃなくて?」

 

「まずは幹部の候補としてだ。なに、大会での実績さえあれば問題ない。優秀なら正式な幹部への昇格も遠くないだろ。なあ、佐伯くんよ?」

 

 いちいち癇に障る言い方だ。おちょくらないと会話ができねえのか。

 

「たかが団体戦から外れたくらいでしつけーな。結果を出せば文句はねえだろ」

 

「まったくその通りだ。さて、冗談はこれくらいにしておくか。佐伯、今後は幹部としての役割を果たしてもらう」

 

「お手柔らかに頼むぜ、まだ一般人なんでな」

 

「くく、負け惜しみはいつ聞いても心地いい。それがてめえなら尚更な。まず手始めにお買い物だ。お前にポイントは送った、あいつらと行ってこい。石崎は勿論、残りの二人も手駒として使うこともある。否が応でも接する機会は増えるぞ、名前と顔を知らねえと仕事に支障をきたす」

 

 今後の役割よりもこの口調は鬱陶しい。マジメに話すという初歩的な技能がないのか。

 苛立ちながら携帯を確認する。

 画面を見れば龍園から30万ほど送金されていた。

 

「おいおい、このポイントどっから引っ張ってきたんだ? 節約したって無理だろ」

 

 下から2つ目のCクラスでは最初の10万ポイントに加え、三ヶ月分のポイント15万しか手に入らないはずだ。

 4ヶ月無給だったしても不可能な額である。

 

「……それについてはクラスの前で説明したはずだ。Cクラスの全員から、実際にはてめえと椎名を除く37名だが。毎月ポイントを徴収してんだよ。過去問の入手や今回のような報酬に使うためにな」

 

 龍園がどうやって過去問を手に入れたかは聞いていなかったが、金をちらつかせたらしい。幹部としての特権か、俺たち二人はポイントのカツアゲ対象ではないようだ。

 

「ああ、そうだったの? けど、一人10万は高くね」

 

 他クラスの生徒から軽傷を受けるだけで10万。

 これから学校ではCクラスの当たり屋が横行するかもな。

 

「多少の色は付けたがポイントをケチる意味はない。人間、金ですぐに転ぶからな」

 

「それは同感。というか、別に俺からもポイントを引いても構わないが? ひよりちゃんは駄目だけど」

 

「くく、必要ねえ。幹部としての権利だ。それにその分は労働で徴収する」

 

「さいですか」

 

 

 ────────

 

 

 

 翌日の放課後。

 ひよりちゃんは伊吹と女子会をするらしく、今日は別行動だ。せっかく放課後の時間が空いたというのに、立ち並ぶ店舗から流れる脳天気なBGMを聞きながら、俺は深い溜め息を吐いていた。

 自作自演三人衆との買い物に付き合わされているからだ。当然、やる気など毛頭起きない。

 

 ただひたすらに、だるい。風を引いたことがないというささやかな自慢があるのだが、その自慢がいよいよ失われてしまったのか。

 なにが悲しくて、平日の放課後に野郎共と連れ立ってウィンドウショッピングなどせねばならんのか。

 

 今すぐ帰りたい。隣を歩くのがひよりとならば、全く興味のないファンシーショップだろうと何時間でも心からの笑顔でお茶や買い物に付き合える自信がある。だが、むさ苦しいアホ三人衆相手では五分と持ちそうにない。人選ミスも甚だしい。

 クラスの王様は目か脳みそが腐っているとしか思えない。きっとあの長髪が危険な電波を受信して思考を狂わせているのだろう。でなければ、この苦痛な時間割に説明がつかない。

 

 賑やかな周囲の喧騒に混じって、前を歩く連中の会話が嫌でも耳に入ってくる。

 

「へへっ。Dクラスのバカどもをハメた甲斐があったな。なんせ二ヶ月分のポイントだぜ」

「マジで龍園さんも気前がいいよな。約束の分より色つけてくれるなんてよ」

 

 周囲の目も気にせずにはしゃぐ小宮と近藤。その背後で、石崎が慌てて二人に飛びつき、首根っこを掴むような勢いで声を潜めさせた。

 

「バッカ、近藤、声がでけえよ! それと変な言い方すんな、俺たちはあくまで『被害者』だろ」

 

 誰が聞いているかもわからないモール内で、石崎はキョロキョロと血走った目で周囲を警戒している。

 注意された近藤は、まるで悪びれる様子もなくニヤニヤと笑っている。

 

「ああ。そういや、そうだったな。わりーわりー。ポイントが嬉しくてよ。てかなんだよ石崎、今日なんかテンション低くね?」

 

「そ、ソンなぁ、…ごほん、そんな、ことねえよ。大金入って使いみちを考えてるだけだ」

 

 石崎の声はあからさまに上ずっていた。苦しい言い訳をしながら、チラリと石崎の視線が後ろを歩く俺へと向けられる。だが、完全に目が合う前にサッと逸らされた。

 地獄のような退屈という試練に耐えている俺に対して、労いの一言もないらしい。ご苦労さまです、くらい言えないのだろうか。いや、お疲れ様ですの方だっけ? まあどっちでもいい。

 

「どうでもいいから、さっさと買い物を終わらせてくれ」

 

 無意識のうちに、嘘偽りない魂の叫びが口から漏れていた。

 すると、振り返ったアホ二人が、その言葉の真意を致命的に勘違いし、見当違いなことを言い始めた。

 

「なんだよ、佐伯。お前だけ特別ボーナスのポイント貰ってないからスネてんのか? わりーな、これは正当な報酬なんだわ。なんせ俺たちはクラスの為に尽力したんだ」

「そうそう! 俺たちは、Dクラスの暴力を受けた、かわいそーな被害者だしなっ!」

 

 ゲラゲラと品のない馬鹿笑いを周囲に響かせる二人。

 あろうことか、小宮がズカズカと距離を詰め、俺の肩をバンバンと馴れ馴れしく叩きながら笑い声をあげた。ポン、ポン、と軽い衝撃が俺の肩に伝わる。

 

 ──それを見た、石崎の顔面から一瞬にして血の気が引いたのがわかった。

 真っ青を通り越して土気色になった顔には、滝のような脂汗がビッシリと浮かび上がっている。

 

「あ、ああ、小宮、その……早く買いに行こうぜっ! せっかくのあぶく銭だしよ!」

 

「おっ! 石崎、やっとらしくなってきたなっ!」

 

「おうよっ、ま、待ちきれねえのさ。だから早く、早くいきますので!」

 

「なんだよ、その変な敬語は」

 

 完全にパニックに陥っているのか、石崎は不自然極まりない引き攣った作り笑いを浮かべ、なぜか俺に対してピシッと頭を下げてから駆け足で走り出した。意味が分からず首を傾げる俺を置いて、小宮と近藤も「おーい待てよ!」とその後を追いかけていく。

 足を引き摺るようにしてノロノロと後を追うと、三人が駆け込んだ先は大型のスポーツショップだった。

 

「この新発売のウェアさ、まじかっこいいよな。コレ欲しくて、ずっとポイント貯めてたし。ま、今回の件でその必要はなくなったけどな!」

「俺はやっぱマイボだ。個人練習だと、一年には古いボールしか使わせてくれねえしな。いやー、須藤さまさまだぜ。ほんと」

 

 店内にはゴムと真新しい布の匂いが充満している。二人はどうやらバスケ部らしく、棚に並んだ部活用の運動着やボールを手に取ってはしゃいでいた。

 ふと視線をずらすと、先に入ったはずの石崎は彼らから離れたレジ前のコーナーで、店員と何やら深刻そうに話し込んでいる。ウェアを選ぶような雰囲気ではなく似つかない真剣な表情だったので、ひとまず放っておくことにした。

 

 興味を惹かれる物など何一つない俺は、店内に置いてあった試着用の椅子に深く腰掛けた。

 適当に店内を眺めながら時間を潰していると、ふいにポンと肩を叩かれ振り向く。いつの間にか戻ってきていた小宮が、真面目な顔をして話しかけてきた。

 

「なあ、佐伯。これどっちが良いと思う?」

 

 ド派手な色で蛍光色の強い赤い服と落ち着いた黒い服を両手に持ち、1人で見比べている。

 

「あー? 俺、バスケのことなにも知らんぞ」

 

 体育の授業とやらはここに入るまで真面目に受けたことがないので、全くの素人だ。

 

「いや、そんなんじゃなくて。その、純粋にどっちが女子ウケいいのかなって」

 

「え?」

 

 思いがけない言葉を投げかけられ一瞬、ムカつく気持ちを忘れる。

 

「この中で唯一の彼女持ちじゃん? しかも相手はクラストップの美人、椎名さんだしよ。頭もいいしウチの幹部! それをこの短期間で付き合うとかマジ凄すぎ。俺も彼女が欲しいし、だからアドバイスを頼む!」

 

 ひよりがクラス内どころか、少なくとも校内トップだと叩き込んでやろうかと思ったが、一先ずその評価で納得してやろう。

 

「たしかに、そうだわっ。俺のも頼む佐伯、いや、佐伯さん! 恋愛マスターとして、女子受けがいい服選んでくれよっ!」

 

 それを聞いていた近藤もまた追従してくる。

 名乗るのも口に出すのも憚れる異名が付けられそうになっていた。

 その意味不明な称号はやめろ。アホすぎるだろ。恋愛マスターってなんだよ。

 恋愛マスター佐伯? 死にたくなる前に相手を殺したくなるぞ。でもまあ、ひよりちゃんを美人だと思っているのなら今回は許してやろう。

 

「そもそも練習着だろ? 女子ウケとか関係なく、動きやすい服を選べよ」

 

 ……素人の俺の意見よりも、毎日ボールを追いかけているてめえらのほうがよっぽど詳しいだろうに。

 

「バカ。弓道部と違って、バスケ部の服装ってのは幅広いんだよ。同じ体育館で女子バス、女バレもやってるから、他所の部活から練習着を見られる機会は多い。頼む、俺達のセンスだとどうしてもウケがよくねえんだ」

 

 必死に食い下がる小宮の言葉に、俺は小さく息を吐く。

 なるほど、弓道は弓道着オンリーなのでバスケのような服装の選択肢自体が存在しない。弓道の道着は白と黒のシンプルなもので、さほど狂ったデザインではないため今まで気にしたことすらなかった。

 昔着せられた柔道着のむさ苦しさに比べれば、月とスッポンだからな。あの分厚くて重い道着に比べれば、何だってマシに思える。嘘偽りなく大嫌いで仕方がなかった。

 

「練習着に女子ウケもクソもないと思うがな。……まあ、あえて選ぶっつうなら、俺ならその正気を疑われそうな赤い服は絶対に買わない」

 

 小宮が右手に持っているのは、まるで血に塗れたような毒々しい赤地に、警戒色のような黄色の線がぐちゃぐちゃと混じった狂気のデザインだった。そんな目に痛い代物を、よくもまあ金を出して買おうと思ったものだ。センス以前に、一度眼科の受診を強くお勧めしたい。

 

「やっぱダメか! すぐ戻してくるわっ!」

 

 俺の冷たい視線に耐えきれなくなったのか、小宮は慌てた様子で赤い服を元のラックへと返しに走り出した。

 

「じゃあ、これはどうなんだ!?」

 

 代わって近藤が、別のウェアをこれ見よがしに広げてみせる。

 

「……ベースの色は良いけど、なにその柄。なんで布の全面にビッシリと意味不明な英字がプリントされてるの。お前は歩く英単語帳にでもなりたいのか」

 

 辛辣な評価を下す俺の前に、二人は次から次へと色違いや柄違いの服を持参しては感想を求めてくるようになった。

 ……もう好きに選べよ。俺は着せ替え人形の審査員じゃないんだぞ。

 溜め息をつきながら適当にジャッジを下し続けること、およそ二、三十分。ようやく満足のいく枚数とデザインを選び終えたらしく、二人の興奮も少し落ち着いたようだった。

 

「へへっ、これで俺もモテモテ間違いなしだ。佐伯、マジでありがとな」

 

 布切れ一枚変わったくらいで都合よく異性がすり寄ってくるとは到底思えないが、本人がご満悦のようなので放っておくことにしよう。平和が一番だ。

 

「ああ、やっぱ彼女持ちの意見は頼りになるな。……あ、そうだ。まだポイントに余裕あるし、お礼に佐伯にも一着買ってやるよ」

 

「おっ、それ良いな! じゃあ、俺が短パン奢るから、小宮がシャツな。上下ワンセットを今回のアドバイスの礼にするか」

 

 思いがけない提案に、俺は思わず眉をひそめる。

 

「いや、俺は別に服なんて欲しくもないんだが……」

 

「遠慮すんなって! もしかしたらバスケする機会があるかもしんねえし! それに、バスパンやシャツは部屋着やジョギングにも使えるぞ!」

 

「それに、お前も弓道での道具に結構ポイントかかってるだろ? 俺たちもバッシュやらなんやら買うのに金欠でさ。それに佐伯は、俺らと違って羨ましいデート費用も必要だしな!」

 

「かーっ! デート費用でポイントが足りないとか、一度でいいから言ってみてえよ!」

 

 キャッキャと騒ぐ二人を横目に、俺の思考はピタリと停止した。

 

 ──金欠? 

 確かに、こいつらが金欠に陥っている理由が、不思議といえば不思議だった。毎月支給されるはずのポイントがあるのに、なぜカツカツなのか。

 改めて、俺とこいつらの違いはなにかと真剣に考えてみた結果────一つの事実に思い至る。

 

 俺、部活に必要な物をこれまでに何一つ買っていない。

 

 弓道着も、個人の弓も、矢も、全てご丁寧に弓道場に用意されていた。部活とはそういうものだとてっきり思っていたが、この二人の会話から察するに、部活で使う私物や道具は自腹で揃えるのが常識らしい。

 ……そりゃそうか。冷静に考えれば、なんのためのポイント制の学校なのだ。生徒個人の高価な道具まで学校側が無料で面倒を見てくれるはずがない。

 

 だとするならば、弓道場に置かれていた俺のあの新品の道具一式は、いったい誰が用意したんだ? 

 アレ? もしかして、気付かないうちに毎月のポイントから自動的に天引きされているのか? いや、端末で確認した限り、身に覚えのない出費は一切なかったはずだ。

 

 いったいどういうことだ? 

 誰かが俺の分まで支払いをしてくれたとでも言うのか? 

 まさか、あの龍園クンが、俺を幹部候補として迎えるため先行投資として黙って自腹を切ってくれた、とか────。

 

 ……ない。それだけは絶対にない。天地がひっくり返ってもあり得ない。

 あの見栄っ張りの王様がそんな殊勝な真似をするはずがない。もし投資して買っていたならば厭味ったらしく恩着せがましく、告げてくるのは間違いない。

 俺が無意識の内にどこかの店に押し入り、窃盗を働いて盗品を愛用しているという説のほうが、まだよっぽど信憑性がある。

 

「なんだか、一気に仲良くなったみたいっすね」

 

 引き攣った笑いを顔に貼り付けながら、買い物を選び終えた石崎が恐る恐る近づいてきた。その両腕には、なにやら円柱状の巨大な缶と、パンパンに膨らんだビニール袋が抱えられている。

 なんだあれは。こいつ、こんな所で非常食でも買ったのか? スポーツショップの一角に防災グッズでも売っているのだろうか。

 

「おう、石崎っ! 聞いてくれよ、佐伯が俺たちにモテる練習着をコーディネートしてくれてよ! わりいが、お前より先に独り身は一抜けさせてもらうからなっ!」

 

 自慢げにウェアを掲げる小宮。その無邪気な笑顔を見た瞬間、石崎の顔からスッと血の気が引いた。

 

「えっ? さ、佐伯さんが、れ、練習着を……!? な、なんで……ッ!?」

 

 石﨑は声が完全に裏返っている。

 だが、当の小宮は石崎のテンパリ具合など知る由もない。

 

「ん? いや、ほら佐伯は可愛い彼女いるじゃん。だからその実績を信用したわけ。アイツ、普段は覇気がねえけど意外と選ぶセンスもよくてさあ。流石は彼女持ちなだけあるぜ。誰しも取り柄の一つくらいはあるもんだよな!」

 

「……あ、ああっ! そ、そう、か! で、でも佐伯さんは、そ、それだけじゃーないんじゃねーかー!?」

 

 石崎が裏ずった声で必死のフォローを入れる。その両目は尋常ではない速度で左右に泳ぎまくっていた。50mプールならとっくにターンして折り返している頃合いだろう。

 

「……どうでもいいよ。で、石崎はその非常食みたいなデカい缶、何買ったんだ?」

 

 これ以上こいつらの口を動かすと本当に手が出そうだったので、俺は溜め息とともに話題を強制的に切り替えた。

 

「あ、これっすか!? 俺はもっと肉体を鍛えたくて、プロテインとアンダーウェア類を買ったっす!」

 

 聞かれただけなのに、なぜか直立不動でハキハキと答える石崎。なるほど、あの粉ミルクみたいなやつか。筋肉をつけるためにあんな不味そうな粉を自ら進んで飲む気がしれない。

 

「なんだよ石崎、筋肉ダルマにでもなりてーのか? マッチョなんて今は流行んねえよ。そんな粉戻して、お前も佐伯に服を選んで貰えって。彼女ほしいだろ?」

 

 呆れたように笑う小宮。その無自覚な暴言の数々に、ついに石崎は泣きそうな顔で小宮の肩をガシッと掴んだ。

 

「……彼女も死ぬほどほしいが、今の俺は、それよりもお前らのその命知らずな度胸が欲しいよ。心の底からな」

 

「ははっ、なんだそれ。そんなモノは売ってねーよ! ほら、さっさとレジ行くぞー」

 

 石崎の魂からの叫びも虚しく、アホ二人は呑気にレジへと向かって歩き出した。

 ……早く帰りたい。ひより成分が不足している俺のライフゲージは、すでにゼロに近い。

 

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