吾輩は呂布である   作:リバーシブル

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「動揺」

 俺は無粋な電子音で目を開けた。

 探し人である彼女の名は、椎名ひよりといい幸運なことにクラスメイトのようだ。

 

 肩口まで伸ばしてある、手入れの行き届いた長く美しい髪。

 すこし垂れ目なところもチャーミングだ。落ち着いた雰囲気を纏っている。

 恐らく今まで、俺のような人種とは関わっていないだろう。

 

 是が非でも彼女から好感を得たい。だが、コレには大きな壁が立ちふさがっている。

 彼女が持っているものは本、つまりBOOK。

 

 俺は今まで、ほとんど本を読んだことがない。共通の趣味から関係を深めていくのは定番だ。なのに今まで本と縁のない生活だった。彼女との接点を作ることは急務である。

 ならば、今すべきことは──。

 落ち着くために大きく深呼吸を行い、周囲を確認する。

 

 俺の席は椎名の隣で、不審に思われることなく会話を終われただろう。

 席が隣だと気付いたのは会話を終えてからだったが。内心、浮き立つ気持ちを抑え自分の席についた。

 現実をしっかりと認識するため、一度、目を閉じているとさきほどのチャイムに邪魔をされたのだ。

 

 どうやら定刻を知らせる音だったらしく、扉が開きスーツ姿の男が入ってくる。

 制服を着てないことや顔つきから見ると同級生ではなく、クラスの担任とやらなのだろう。

 

「えー新入生諸君。私はCクラスを担任する坂上数馬だ。数学を担当している。それとこの学校にはクラス替えがない。おそらく、君たちとは卒業までの長い付き合いになるだろう。

 今から1時間後に入学式があるが、その前に学校独自の特殊なルールを説明する。入学案内で内容を知っていると思うが、改めて資料を配るので一通り目を通してくれ。

 あー、それと最後になったが、入学おめでとう」

 

 教卓の前に立っている男はやはり、担任教師だったらしく、ごちゃごちゃとなにか言っていた。

 クラスの半分ほどは、バカみたいにマジメな顔して話を聞いている。

 隣の椎名を見ると彼女は配布された資料に目を通していた。

 椎名はきちんと人の話を聞くタイプのようだ、見習わなければ。

 

 いつのまにか俺の所にも資料が回ってきている。自分の分を受け取りさっさと後ろに回した。

 中身に目を通す。もちろん内容に覚えはない。

 そもそも、この学校とやらにはさほど興味がなかったので、この資料とやらも初見だ。

 

 俺が事前に知っていたことは二つだけ。

 敷地内から外出することはおろか、外部と連絡すらできずに寮生活を送るということ。

 もう一つは、就職と進路が希望通りになるということだけ。

 

 新たに今回の資料から、遊技場や喫茶店など数多くの施設が敷地内に存在することを知った。

 学校の敷地は60万平米らしいが、それがどれくらいの範囲なのか全くわからない。この国では普段はメートル表記のくせに、面積は固くなに平米などというものを使う。

 どうして統一しないのか、意味不明だ。

 

 新たな情報を得ていると、担任がまた耳慣れぬ言葉を話し始める。

 

「知っていると思うが、本校にはSシステムが導入されている。今から配る学生証カード、それを使って敷地内にあるすべての施設を利用でき、また売店などで商品を購入することも出来るようになっている。簡単に言えばクレジットカードのようなものだ。ただし、購入時にはポイントを消費することになるので注意が必要だ。そして学校内においてこのポイントで買えないものはない」

 

 知らねえよ、そんなもの。なんでSなんだよ。サービスのSなのか? AでもBでもいいだろ。

 俺の内なる疑問に、担任は当然ながら応えず話を進めていく。

 

「施設では機械にこの学生証を通すか、提示することで使用が可能だ。それからポイントは毎月1日に自動的に振り込まれることになっている。君たち全員には既に10万ポイントが支給されている。このポイントは1ポイント=1円の価値がある」

 

 学生証と一体化したこのカードでお買い物とやらをするのだ。

 ここにいる俺と椎名を除く38人から奪えば380万、他の3クラスを合わせれば1580万ほど稼げる。時代と校則やらが許せば、な。

 

 担任の言葉に教室内が一気にざわついた。

 まさか、俺の強奪計画が漏洩したわけではあるまい。ということは支給額について驚いているのか。

 10万と言う額が大きいのか、小さいのか、いまいちわからない。別の国と時代だろうが15年も生活すれば、ある程度の物価はわかっている。

 だが、そのくらいの金額はここに来る前から稼いでいたので驚くことでもない。

 クラスの連中とは驚きを共有できずにいると、担任がしたり顔で説明を始めた。

 

「ポイントの支給額が多いことに驚いたか? 入学を果たした君たちには、それだけの価値と可能性がある。そのことに対する評価みたいなものだ。ただし、このポイントは卒業後には全て学校側が回収することになっている。仮にポイントを使う必要が無いと思った者は、誰かに譲渡しても構わない。だが、無理やり奪うような真似だけはするな。昨今、学校はいじめ問題には敏感だ」

 

 どうやら、金額が多いことについてのざわめきだったらしい。

 そして俺の心を読んだかのように釘を刺された。

 流石にこの時代に表立って、強奪まがいなやり方が出来るとは思っていない。オモテだっては無理だろう。けれど加害者は被害者が認識されて、初めて存在できる。

 

 それでも毎月10万くれるというのは気前がいい。それともこの中の物価は世間の2倍3倍あるのか。それなら納得がいく、もしくは普通の高校生とやらはそれくらい必要なのか。

 

「説明は以上だが、なにか質問はあるか?」

 

 クラスの皆さんは、毎月のお小遣いの使い途で頭が一杯のようだ。

 誰一人手を上げることなく話は終わり、担任が入学式の時間を告げ教室から去っていく。

 追いかけるようにして出ていく生徒が1人。質問があるのか、便所に急いでるのかはわからないし、興味もない。

 なぜなら最も優先すべき相手、ひよりが俺に話しかけてきたからだ

 

佐伯(さえき )くんはあまり驚かれないのですね」

 

 本を読んでいたところから見るに、彼女がチンピラタイプを好むとは思えない。

 俺は今までに見てきた、人間に好かれてそうなニンゲンの表情をつくりあげる。

 

「ん? あー、ポイントね。俺は使い途が思いつかないだけだよ。椎名さんはなにかある?」

 

「ふふ、珍しい方ですね。私は本でしょうか、読書が好きなので。それ以外はとくに」

 

 ひよりはやはり読書が好きなのか。俺は今までまったく本を読んでこなかった。クソ、どうして俺は今の今まで筋肉しか鍛えてこなかったのだ。真に鍛えるべきは己の肉体ではなく、脳みそであったという後悔という衝撃が全身を貫いていく。

 しかし、俺も今まで学んだ全ての技量を行使し、全身全霊をかけて冷静さを装う。

 せっかくの機会だ、彼女との話題作りのためにも読書家になろうと心に決めて。

 

「それを言うなら椎名さんも珍しい側なんじゃない? でも、本が好きなんだ。俺も高校生だし本を読もうかな。なにかおすすめあるかな?」

 

「ありますよ! いっぱい、あります。おすすめを紹介しますね! あ、好きなジャンルとかありますか?」

 

「ないよ、というかあんまり本を読んでこなかったから初心者でも読めるやつでお願い」

 

 彼女はいきいきと本について話し出す。ひよりは本当に本が好きなようで、俺の知らないタイトルを次々と上げてニコニコと笑顔で語りだす。

 

 よし、どうやら俺の考えは間違っていない。

 今までの粗暴な態度は封印することを決断する。

 

「あ、ごめんなさい。いきなり話しだしてしまって、私の周りで本に興味を持ってくれる人がいなかったのでつい」

 

「大丈夫、俺もこれから本好きになるから」

 

「はい、佐伯くんには期待してます。あ、もう時間みたいです。いきましょうか」

 

 このまま彼女と会話をしたかったが、そういうわけにもいかず大人しく席を立つ。

 そのまま入学式とやらに参加する。

 

 結果から言うと、入学式とやらは全く意味のない無駄な時間だった。ひよりとの会話が100点満点だったので比べるのもおこがましいほどに。

 

 その日は昼前で解散。敷地内の一通りの説明を受けたが、何一つとして興味を惹かれなかった。彼女と知り合う前の俺ならば、喜び勇んで豪遊していただろうに。

 唯一、彼女が好きだと言ってた書店だけを記憶した。

 クラスの有象無象はバラバラに散っていく。俺は見失う前に目的の人物に話しかける。

 

「椎名さんはこれからどうするの? さっきの書店で買い物?」

 

「そうですね。やっぱり気になるので書店には行こうかと。佐伯くんはどうされるのですか?」

 

「俺もちょっと気になってたから書店には行こうかな。あと他の雑貨も見ておくつもり。よかったら一緒に行かない?」

 

「はい、喜んで。私たちお友達ですから」

 

 俺たちはその言葉に笑い合い、2人教室を後にする。

 

 –––––––––––––––––

 

 ショッピングモール内の書店で俺たちは買い物を終える。

 俺はひよりのオススメする本をいくつか選び、彼女は新作コーナーから購入した。

 

 その流れで日用品や必需品を買うため別の店に入る。

 俺が危惧した物価のインフレは起こっておらず、外部と大きな値段の違いは確認できなかった。

 

「へぇ、意外に中と外で値段に大差はない。本だけが同じってわけじゃないみたいだな」

 

「ええ、日用品も外部と値段の差はありません。それだけじゃないみたいです、あれを見てください」

 

 彼女の視線の先には、無料と書かれた商品が陳列されている。一月に三品まで無料とデカデカと表示さていた。

 

「無料ね……。タダより高いものはないと言うが、コイツはどうなのかな? 一応、数に制限はあるみたいだけど」

 

「ポイントを使い過ぎた人への救済措置、もしくは貰えるポイントが少ない方への物でしょうか?」

 

「前者はともかく、後者は思いつかなかった。ポイントが手に入らないこともあるってこと? 担任は毎月振り込むとは言ってたけど」

 

 救済措置ということか。しかし、毎月十万も振り込まれて使い込むマヌケがたくさんいるとは考えにくい気もするが。

 

「佐伯くん、坂上先生は毎月振り込むとは言われましたが、金額についての説明はありませんでしたよ」

 

 まずい、担任の話がまったく頭に入ってない。そういえば10万を初めに支給された事は印象に残ってるが、毎月10万やるとは言ってない気がする。

 

「椎名さんは記憶力がいいんだね。俺は全く気付いてなかった。そういえば、毎月10万支給するとは言ってないね」

 

「ふふ、もっと集中してお話を聞きましょう。ですが──そう考えるならばこの無料の品にも説明がつくと思いませんか?」

 

「耳が痛いよ。でも、たしかに最低限の救済措置としては成り立つね。じゃあ遠慮なく貰っておこうか」

 

「はい、それが良いと思います」

 

 俺たちは無料の商品と必要なものだけを選び、会計を済ませる。物々交換どころか、こんなカード一枚で必要なものが手に入るとは便利な世の中だ。俺にとっては不都合かもしれんが。

 

「一年だからって舐めてんじゃねえ、あぁ!?」

 

 店から出た俺たちの背後から、怒鳴り声が響く。

 うんざりしながら振り向く、雑魚ほどよく吠えるという。このような場所で声を荒げるなど、脳味噌が入っているのかすら疑わしい。無視をしたいが、ひよりの安全のためにも確認しなければならない。

 だが、目当ては俺たちではなく他の生徒、赤髪で剃り込みのある男子が3人の男子と対峙している。

 

「おー怖い。お前クラスはなんだ? 当ててやろうか──Dクラスだろ?」

 

「だったらなんだってんだ!」

 

 なにか騒いでいるが、俺たちには関係がなかったのでさっさと歩き出す。

 なぜこんなに目立つ所で、あんなにも大声で威嚇しているのか理解できない。

 あまりにも子供だまし過ぎて笑ってしまう。彼女は不思議そうに疑問を口にした。

 

「どうして笑っているんですか?」

 

「いや、つい、えっと、なんだかおかしい物を見た気がして。深い意味はないよ」

 

「でも気になりませんか? あの人たちはどうしてDクラスだと分かったのか、なぜそう推察できたのか」

 

 言われてみるとたしかにそうだ。あの頭が悪そうな赤髪は、自分が1年だということを叫んでいたがクラスについては一言も言及していない。

 

「Dクラスは不良しかいないとか? それともヤンキーは必ずDクラスに1人はいる?」

 

「そう、かもしれまんせんね。今の状況からでは、ちょっとわかりません。あ、佐伯くん連絡先を交換しましょう」

 

「もちろん、喜んで。えーっとどうやるんだっけ?」

 

「そっちではなく、こっちです。これで登録完了です」

 

 ひよりは迷うことなく携帯の画面を操作する、彼女の白くほっそりした指につい見とれてしまう。

 俺の携帯画面には、椎名ひよりの名前が表示され、彼女の携帯には佐伯 了(さえき りょう)の名前が浮かんでいる。

 

 俺たちは寮に入り1Fフロントで荷物を受け取り、エレベーターに乗る。

 別れの挨拶を口に出そうとした時にひよりが先に口を開いた。

 

「佐伯くん最後に聞くことではないかもしれませんが……どうして私に声をかけてくれたんですか?」

 

 挨拶とは違う、思いがけない質問が飛んできた。

 あなたのことが大切だから。とは、まだ言えない。

 でも、彼女には誠実でいたいし、嘘をつくことなく真実を答えよう。

 

「そーれはー、ね。クラス一の美人と仲良くなりたくて。つい我慢できなかっただけ。ぜひこれからも仲良くしてね」

 

「え、は、はい。ありがとう……ございます。こちらこそ、お願いします」

 

 彼女は動揺を隠しきれずに、顔を赤くして俯く。  

 俺たちは別れの言葉を交わして別々のフロアで降りる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああああああああああ、あれでよかったのか? 

 まさかあんなに綺麗な子だとは思ってなかった。

 彼女と再会を終えると、好かれたくて、口調も態度もできるだけ気をつけたがアレでよかったのか? 

 よくテレビで見る女性に人気があるらしい、いけ好かない男を真似たが問題はないだろうか。

 

 外ではそれなりの数の女を相手にしてきたし、その時は緊張など微塵もしなかった。

 だが彼女を前にすると、つい見栄を張ろうとしてしまう。

 出来るだけの好青年を演じてみたが大丈夫だっただろうか。

 

 なんだか、よくわからないままに行動したし、彼女の趣味に合わせるために本を読まないといけない。

 人生で数えるほどしか本を読んだことがないのに可能なのか? 

 

 だが、待て、少なくとも嫌いなやつと行動したり、連絡先を交換したりはしないはず。

 自分が童貞のような考えを取っていることに、気づかないほど混乱していた。

 

 大丈夫だ、落ち着け。まだ、学生生活は始まったばかりだ。

 取り敢えずは部屋に入ろう。

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