吾輩は呂布である   作:リバーシブル

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前話の物語構成、俗に言うイン・メディア・レス(最初に物語の核心を持ってくる手法)で更新が連続してないとか許されない暴挙だぞ。







「遊覧」

 インハイ個人戦のお遊戯会を終えて、顧問に個人戦の優勝トロフィーを押し付けギリギリの乗船を果たした。

 船の中で安いコンビニ飯以外とは格が違う飯を食い終わり、ひよりちゃんと1日ぶりの再開を果たし、彼女と平和的に1日を過ごせた。

 龍園の使いっ走りとして大会結果を聞きに来た石﨑くんに野郎の顔を見る気分ではないと部屋から蹴り飛ばしたのも昨夜の話。

 

 豪華客船での優雅で夢のような旅が始まり、早くも一日が過ぎ去った。

 そして迎えた翌日。頭上には雲一つない、突き抜けるような群青の夏空が果てしなく広がっており、強烈な太陽の光を反射してきらきらと輝く大海原が視界を埋め尽くしている。肌をじりじりと焦がすような強い日差しも、特大サイズのパラソルの下では心地よい温もりに変わり、海面を撫でて吹き抜けてくる潮風が絶妙な清涼感をもたらしていた。

 俺は展望デッキの特等席に並べられた高級そうなデッキチェアに深く腰を沈め、両足をだらんと無防備に投げ出していた。背もたれに身体を完全に預け、傍らのサイドテーブルに置かれた冷たいトロピカルジュースに顔を寄せる。ストローを咥え、ジュルジュルと南国特有の甘ったるい果汁をすする。パイナップルとマンゴーが絶妙に混ざり合った、いかにもリゾートといった味わいが乾いた喉を潤していく。時折、グラスの中で氷がカランと涼しげな音を立てた。

 

「いやー。青春ですね〜」

 

 思わず、前世の血生臭い戦場生活からは想像もつかないような、柄にもなく平和的な独り言が口から漏れ出てしまう。

 それも無理はない。俺のすぐ隣に置かれたもう一つの長椅子では、愛しのひよりが純白のサマードレスの裾を軽く海風に揺らされながら、優雅に文庫本のページをめくっているのだ。時折、物語の展開に一喜一憂しているのか、彼女の表情が微かに変化する。その愛らしい横顔を眺めているだけで、俺の心は完全に浄化され、闘争本能などという物騒なものはマリアナ海溝の底へと沈んでいくようだった。

 こんなに至れり尽くせりの豪華客船旅行ならば、年に一度の夏休みと言わず、いっそのこと月イチの定例行事として開催してほしいものだ。普段は理不尽なルールばかり押し付けてくる学校側も、たまには粋な計らいをするじゃないか。

 

 そんな、俺の今までの人生からは想像もつかないほど平和的で怠惰な思考に浸っていたのが悪かったのだろうか。

 突如として、甲板のスピーカーから「キィン」という耳障りなノイズと共に、船内アナウンスが響き渡った。

 

『生徒の皆様にお知らせします。間もなく本船は、前方に島が見えてまいります。お時間がありましたら、是非デッキにお集まりください。皆様にとって、非常に意義ある景色をご覧いただけるでしょう』

 

 事務的で一切の抑揚がない無機質な声が、この最高に弛緩したバカンスの空気に冷水を浴びせるように通り過ぎていく。

 

「……アホくさ」

 

 俺はストローから口を離し、忌々しげにため息をついた。

 だーれが好き好んで、そんなただの無人島だか有人の島だか知らないものをわざわざ観に行くというのか。海の上に浮かぶ土くれと木の塊を眺めて喜ぶ変人が、この現代社会にどれだけいるというのか。意義ある景色? 笑わせるな。俺にとって最も意義ある景色は、隣で静かに読書に耽るひよりの可憐な姿以外に存在しない。

 当然ながら、俺は一歩たりともひよりの傍から動くつもりはなく、再び長椅子のクッションに頭を預けた。

 だが、ふと視線を甲板の先端、手すり際の方へと向けると、遠くにひときわ目立つ赤茶色の長髪と、その後ろにそびえ立つ黒人の巨漢が連れ立って島を眺めている姿が目に入った。

 なんとなんと、それは我らがCクラスの大将である龍園翔と、その忠実な側近であるアルベルトではないか。風に髪をなびかせる龍園と、無言で海を見つめるサングラスの巨漢。

 

「……可哀想に」

 

 俺は心底からの哀れみを込めて呟いた。

 モテない男たちは辛いな。せっかくの豪華客船、周囲には色とりどりの水着やらリゾートドレスやらで着飾った女子生徒がそこら中に溢れているというのに、野郎二人でむさ苦しく海と島を遊覧されてらっしゃるということか。

 たしかに、クラスの頭という立場の人間が、女に入れ込んだり鼻の下を伸ばしたりするのは、統率の観点から言えばマズいだろう。弱みになるし、足元をすくわれる原因にもなる。だが、だからといってこの青春真っ盛りのバカンスにおいて、女の一人も連れずに屈強な男と二人きりで潮風に吹かれている図というのは、いささか絵面が悲惨すぎないだろうか。

 うーっむ……。俺は腕を組み、真剣に考え込んだ。

 彼にも、俺が独自の研究と実践によって読み尽くした『女性の心を鷲掴みにする話し方ベスト100』と、この夏必見の『ハイテクおしゃれファッション特集最新版』を惜しみなく贈呈することもやぶさかではない。暴力と恐怖でクラスを支配するのも結構だが、王たるもの、もう少しプライベートの潤いというものを大切にするべきだ。今度、幹部会で顔を合わせた時にでも、人生の先輩として優しくアドバイスしてやろう。

 

 そんな余計なお世話を脳内で繰り広げながら、俺は先日配られていた旅行のパンフレットの記載を思い出していた。

 予定では、この船はただ海を遊覧しているわけではなく、「学校が所有している島」に向かっていると書かれていたはずだ。

 改めて考えてみると、異常な話である。一介の高等学校が、なんのために海に浮かぶ島を丸ごと一つ所有しているのか。さっぱり理解できない。授業で使うにしては大掛かりすぎるし、林間学校の規模も遥かに超えている。

 豊富な資金力に物を言わせて、無駄にスケールの大きい施設や土地を買い漁る。忘却の彼方に存在する前世でも、権力を握った皇帝や貴族どもが、くだらない離宮や庭園を造るために民草から搾取していたのを思い出す。規模は違えど、人間のやることは時代が変わっても大して変わらないということか。

 

 俺がそんなとりとめのない思考を巡らせていると、再びスピーカーからノイズが鳴り、今度は先ほどよりもずっと強圧的で、命令的なアナウンスが響き渡った。

 

『全生徒に次ぐ。これより本船は島に停泊する。生徒諸君は速やかに自室へ戻り、学校指定のジャージに着替えた上で、デッキに再集合すること。繰り返す──』

 

「はぁ?」

 

 俺は思わず眉間を寄せ、低い声を出した。隣で本を読んでいたひよりも、パタンと本を閉じて不思議そうに小首を傾げている。

 何が悲しくて、こんな最高のリゾート気分の最中に、あのダサくて動きにくい指定ジャージに着替えさせられ、デッキに整列させられなければならないのか。ジャージに着替えなくても、そのままの格好で景色を見ればいいじゃないか。俺の怒りはもっともだと思わなくもない。

 だが周囲を見渡してみると、他の生徒たちは「えー、マジかよ」「せっかくおしゃれしたにー」「写真撮りたかったのに最悪!」と口々に不満や文句を漏らしながらも、誰一人として本気で反抗するような素振りは見せず、ぞろぞろと自室へ向かって歩き出していた。

 どうやらこの学校の生徒たちは、良くも悪くも上からの指示に大人しく従うように調教されているらしい。あるいは、逆らえば退学という恐怖のペナルティが骨の髄まで染み込んでいるのか。

 仕方なく、俺もひよりをエスコートしながら長椅子から立ち上がった。まだ船の中で、このふかふかの椅子に寝そべって自堕落に過ごしていたいというのに、なんというありがた迷惑だろうか。

 

 重い足取りで自室へ戻り、無愛想なジャージに着替えて再びデッキへ戻ると、そこには先ほどまでの緩みきった空気は微塵も残っていなかった。

 各クラスの担任教師たちが鬼のような形相で立ち並び、生徒たちをクラスごとに厳しく整列させている。我がCクラスの担任である坂上も、いつものインテリヤクザのような鋭い目つきでバインダーを叩きながら、生徒たちの私物をチェックしていた。

 どうやら、学校側は俺たちにこの島で「大自然観光ツアー」を無理やり押し付けてくださるらしい。

 昨今のゆとり世代の若者に、厳格な大自然の厳しさを味わってほしいのか、現代っ子の命綱とも言える携帯電話は無情にも没収された。島に持ち込んでいいのは、学校側から支給されたバック一つに入るだけの荷物。具体的には、タオルや替えの下着、それだけを抱えて下船しろというのだ。

 

 

 列に並びながら、俺は内心でため息をついた。

 もうそういう自然と触れ合う系は、この高度育成高等学校に入学する前に散々やってきたのだ。

 テント立ててカレーを作ってキャンプファイヤーこそやってないが、己の肉体と精神の限界を試すために、コンパスも持たずに富士の樹海へ入り込み、寝ずに数十キロの重りを担いで三日三晩で踏破するという、自衛隊のレンジャー部隊のような狂った真似事。蛇を食らい、泥水をすすり、獣と殴り合いながら己の暴力と生命力だけを頼りに自然をねじ伏せる行為。

 それらをたしかにやった。やったが、それはあくまで俺が俺自身の意志で、現代の平和な肉体に、有り余るエネルギーと闘争本能を適応させるために行った、いわば若気の至りとも言える。しかし、それは二、三年前の若者時代の話だ。

 今の俺は違う。愛するひよりと共に、甘く平和で、怠惰な日常を過ごすことこそが至上の目的なのだ。

 わざわざ他人に強制されて、不便で汚らしい大自然に放り出されるなど、慎み深い一般生徒である俺としては全力でご遠慮申し上げたいところだ。大自然などとはとっくに戯れ終えている。

 

 だが、悲しいかな。俺に選択肢は用意されていないらしい。前のほうでは、化粧品を持ち込もうとした女子が没収されて半泣きになっていたり、隠し持っていたゲームを取り上げられた男子が肩を落としたりしている。

 俺の順番が回ってくると、担任:坂上は俺の顔を見るなり、少しだけ警戒したような、だが何も言わずに形式的なチェックだけを素早く済ませて通した。まるで俺が扱いにくい生徒のような態度だ。グレちゃうぞ。

 

「さて……と」

 

 俺は持ち込みを許可されたスッカスカのバッグを肩に担ぎ直し、前方にそびえる巨大な緑の塊──これから俺たちが放り込まれる無人島?有人島?を見据えた。むせ返るような森の匂いが、潮風に混じって鼻を突く。

 隣を見ると、ひよりもジャージ姿で少し不安そうに俺の袖を掴んでいる。

 俺は彼女の手を取り、力強く、しかし優しく握り返した。

 そうだ。どんなくだらない大自然観光ツアーだろうが関係ない。彼女のためにもベストを尽くさねばならんのだ。

 タラップが重々しい音を立てて降ろされ、下船の指示が飛ぶ。

 俺はため息を一つ吐き出すと、忌々しい無人島への第一歩を踏み出した。

 

 タラップを下り、指定の真新しい運動靴が白い砂浜に深く沈み込む。

 海面からの強烈な照り返しと、頭上から容赦なく降り注ぐ真夏の太陽が、一瞬にして全身から汗を噴き出させた。まとわりつくような湿気を帯びた潮風は、豪華客船のデッキで感じていたような爽やかなものではなく、むせ返るような磯の匂いとジャングルの濃密な緑の匂いを運んでくる。

 

「あー、もう最悪! 砂が入る!」

「あっちー……日陰ねえのかよ」

「てか、なんでジャージなわけ? 意味分かんないんだけど」

 

 担任教師たちの怒号にも似た指示によって、一年生全員が砂浜にクラスごとに整列させられた。

 俺はひよりを日差しから庇うように立ちながら、鋭い視線を周囲へと巡らせる。

 ただの観光ツアーだというなら、不自然な点が目についた。

 まず目についたのは、生徒たちの列から少し離れた砂浜の端だ。そこでは、作業着に身を包んだ屈強な大人たちが十数名、せわしなく動き回りながら特設テントの設営を始めている。

 遠目からでもわかる。あれはただの日除けテントではない。骨組みの太さ、広げられている防水シートの規模。そして、次々と運び出される大型の医療用ケースや、ポータブルの発電機、それに本格的な通信機材の数々。

 

 視線を後方のジャングルに向ければ、鬱蒼と生い茂る木々は深く暗く、容易に人を寄せ付けないような大自然が広がっている。

 一段高いお立ち台のような場所に、恰幅の良い教師が一人進み出た。確か、Aクラスの担任である真嶋とかいうおっさんだったか。

 真嶋はマイクを握りしめ、厳格な面持ちで全生徒を見下ろした。

 

「えー、諸君。まずはこの島への上陸、ご苦労だった」

 スピーカーを通した野太い声が、波の音を割って砂浜に響き渡る。

 うだうだううだううだうだうだとどうでもいい、内容が話されていく。

 

 真嶋の目が、獲物を狙う鷹のように鋭く細められた。

 マイクを握る手に力がこもり、それまでの抑揚のない声色が一変する。

 

「──では、これより」

 

 一拍の、重苦しい間。

 波の音だけが、やけに大きく聞こえた。

 

「本年度最初の、特別試験を行いたいと思う」





1年生編の山場であるこの無人島編というなのEポイント…
皆様の温かい感想なくして踏破できませぬ…
しかし内容のチンタラしたペースはなんとかならんものでしょうか…と思う作者であった。
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