吾輩は呂布である   作:リバーシブル

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「片目」

 あと5分。3分。1分。

 30秒。

 5、4、3、2、1、0!

 

 キンコーンカンコーン、鳴り響いたチャイムはいつもより随分マシな音に聞こえた。

 社会科を教えている女教師が授業を終える。教壇に立っている女は、実に性的魅力に満ちたカラダをしている。オレ的愛人にしたい女教師ランキングNO.1。実に犯しがいがあり、性欲処理に具合が良さそうだ。

 と昔なら考えて手を出していただろうが、今は違う。

 

 彼女に知られる事を考えば、その様な馬鹿げた行動を取る気にはならない。あまりにもデメリットが多すぎるので、涙を飲んで撤退する。大人しく教室から去っていくのを見守るとしよう。

 

 ようやく午前中の授業が終わり、待ちに待った昼休みの時間が始まる。常日頃、たかが昼飯で浮足立つクラスメイト共に共感できなかったが、ようやく少し理解できる。 

 

 こいつらは授業が終わって喜んでいる訳ではなく、各人それぞれの待ち人との予定があるのだろう。それならばこの騒ぎっぷりも分かる。一時の逢瀬を楽しみたいのだ。ならばそのことについてアレコレいうのは無粋なことこの上ない。

 

 まぁ、このアホ共の顔を見るに飯を食いたかっただけなのかもしれんが。

 だかそんな雑兵連中の食事事情などどうでもいい。俺は俺の待ち人との約束を果たすとしよう。

 

「椎名さん、授業終わったしお昼に行こーよ。早く行かないとけっこう混むらしいしさ」

 

 ひよりは返事を返すことなく、いつもより柔らかい表情を浮かべて笑っていた。

 俺が戸惑っていると、彼女は笑いながら微笑を浮かべていた理由を話し始める。

 

「ふふっ、ごめんさい。佐伯くんの声がいつもより明るかったので、そんなに学食を楽しみにしてたんだと笑ってしまいました。やっぱり、毎日おむすびだと飽きちゃいますよね」

 

 どうやら彼女は、俺が毎回昼食は握り飯を食べていて、今日は学食で別の物が食べられるからテンションが高いと解釈したようだ。

 正直な所、ひよりと飯を食えるなら、なんでもいいのだが彼女の顔を見るとそんな言葉はどこかへ消えてしまう。

 

「バレバレだった? 実は授業中から楽しみでさ、昼飯のことばっかり考えて集中できなかったんだ。俺が飢え死にしちゃう前に学食行こう」

 

「そうですね。これ以上、お腹を空かせた人を待たせるのは忍びないですから。でも授業は真面目に受けないとダメですよ?」

 

「ごもっともです。午後は集中して受けるよ」

 

 彼女に飢え死にを心配されながら、学食へと歩いていく。

 

––––––––––––––––––––––––

 

 学食は俺が想像したよりも人が多かったが、混雑することなく列は流れている。それなりの人数の職員を配置しているのだろう、すぐに俺たちの番まで回ってきた。

 俺は自分の学生証を取り出す。彼女に昼食のメニューを訪ねようと振り返るとひよりもカードを取り出そうとしていた。

 

「昨日いったじゃん、俺が勝てば昼食をご馳走するって。ポイント振り込まれてたから好きなの選んで大丈夫だし、ソレ、しまってしまって」

 

「ですが、それは佐伯くんのポイントですし……。やっぱり自分の分くらいは、自分で……」

 

「いつもお弁当の椎名さんを学食まで引っ張ってるから気にしないで。ほら、後ろの人も待ってるし議論してる暇はないよ」

 

 ひよりは迷っていたが後ろを見て、俺を説得する時間も、状況でもないと判断してメニューボタンに手を伸ばす。

 俺も適当に昼食のメニューを決める。彼女と同じくらいの値段の料理を選び、合計金額が表示されカードで支払いを終える。食券の一枚を彼女に渡して、それぞれの料理を受け取りに行く。

 俺たち2人は、特にトラブルなく料理を受け取り手近に空いていた席に座る。

 

「ここも混んできたな。ていうか学食利用率高いね。俺たちみたいに自炊派は少数派みたいだ」

 

 フライ定食の揚げられたニンジンを箸で摘みながら話す。ようやく楽しい昼食が始まる。

 

「初めて学食を利用しましたが、値段もリーズナブルで料理も待たされることなく受け取れました。ポイントよりも時間や手間を惜しむなら、ここも悪くないと思います」

 

「なるほどね。でも椎名さんは自炊を続けるつもりなんでしょ?」

 

「はい、たまになら学食もいいと思いますが、私は自分でお弁当を作るのも楽しいですから。佐伯くんはどうされるのですか?」

 

 彼女が不安げな表情に見えるのは、毎日昼食を共にしてきた相手がいなくなることか、それともただの錯覚か。前者であってほしいし、俺も学食派に鞍替えするつもりもない。

 

「椎名さんに負けない弁当を作れるようになるまでは、俺も自炊するかな。技術的にまだまだ先は長そうだけど」

 

「よかった、私も1人で食べるよりお友達と食べるほうが美味しいです。それに佐伯くんのおむすびも日に日に形が整っていますし、成長は間違いなくしていますよ」

 

 俺の拙い握り飯はしっかりと観察され、技量の推移も見抜かれている。最近、自分でも手際が良くなった様な気がしていたが気の所為ではなかったようだ。

 技量が拙いことは、自覚しているがこうハッキリと褒められる機会というのはあまりない。というか厳密に言えば料理が苦手というわけではないのだが、野鳥や釣魚を華麗に捌く場面がなかなか訪れてくれないのだ。

 

「なんだか恥ずかしいんだけど……。あ、それよりもここにも無料のメニューってあるんだね。選んでるやつはあんまりいなかったけど」

 

「ありましたね、山菜定食でしたか。見た所、普通の定食でしたが、評判はよくないみたいです。精進料理に近いので若い人の好みに合わないんでしょうね」

 

「毎月10万貰えるなら好きなもの食べるよね。そうはならないから、このメニューがあるんだろうけどさ」

 

 俺は別にその山菜定食とやらでも構わなかったが、彼女に金欠と誤解されそうで選ぶわけにはいかなかった。

 

「それだけの額を毎月受け取れるとしたら、このメニューにはほとんど意味がないでしょう。ですが、来月からはごく一般的な額になるのかもしれません。仮に一月で1万ポイントを支給とするなら、数々の無料の品も意味を持つとは思いませんか?」

 

 支給された10万という数字が大きく、1万では小さく感じるが高校生の小遣いならその程度で十分なのかもしれない。そこから食費を引くと多くは残らないが、そのために最初に10万を配ったとしたら一応の説明はつく。

 

「最初だけ景気よく振る舞って、後は節約生活ね。可能性はありそうだけど、それなら周りの2年生と3年生がもっと山菜定食を食べていても良さそうじゃない?」

 

 周囲を見渡しても山菜定食を食べている生徒の数は少ない。大半の生徒は普通の定食を選んでおり、そこまでポイントに苦労している様子ではない。

 

「あ、ほんとですね……。ということはポイントにバラツキがある?管理が大変そうですけれど」

 

「まぁ、来月には嫌でも分かることだし楽しみは先に取っておくとしよう。俺的には来月のポイントよりこのデザートが心配、溶けちゃうし」

 

「楽しみですか、どうなるかわからないもので悩むよりその考え方のほうが素敵ですね。このデザートも美味しそうです」

 

 俺たちは周りに邪魔されることなく、食事を終えた。

 

––––––––––––––––––––––––

 

 放課後、いつものように二人で寮までを歩く。

 ひよりの話では最近、男子が荒れているらしく心配されてしまった。傷やアザがある生徒が増えていると相談を受ける。

 全く周りに興味がなかったので、初耳だと告げると驚かれてしまう。野郎の顔なんざ、見ないしボス猿に誰が当選しようと問題ない。勝手にお山の大将を気取ってればいい。

 そんなクラスの近況を会話していると、彼女が突然立ち止まる。

 

「佐伯くん、あのお昼のお礼なんですが……」

 

「うん?あー、いや大したことじゃないし、別にいいよ」

 

「いえ、そういうわけにはいきません。提案なんですが、明日のお昼は私が佐伯くんのお弁当を作ってくるというのはどうでしょうか?」

 

「え?俺としては嬉しいし、椎名さんにぜひお願いしたいところだけどいいの?」

 

「ええ、もちろんです。佐伯くんは苦手なものとかありますか?」

 

 二人揃って寮とは逆方向の店の方に歩き出す。

 お互いの好物や本の進み具合を話して、会話が弾んだ。

 

––––––––––––––––––––––––––

 

 入学してから3週間が経った。

 その間に特筆すべきことは、椎名は料理が俺の想像以上に上手であるということ。

 約束通りに弁当を作って貰い、食してみたが文句の付けようがなかった。その際にクラスメイトの女と縁がなさそうな男連中から嫉妬の視線を多分に受けたが、気に留める必要はまったくない。

 

 もう一つは、ひよりと夕食を共にするようになったこと。一人分を作るのは効率が悪いので、お互いの部屋で料理を作りあっている。といっても俺が師事する立場で、彼女は今では俺の料理の師となっていた。

 

 俺は元々、刃物の扱いだけは問題がなかったので、彼女からの教えを受け格段に料理技術があがっている。

 昼食の握り飯だけを卒業し、週に1回はお互いの弁当を作る。内容は褒められる機会が増えたが、ひよりの弁当に比べると俺の弁当は数段レベルが落ちる。料理というのも奥が深い。

 

 他にはひよりからの報告を受けてから、周囲の気配を探ってみたがどうやらクラスのボス猿決定戦は終りを迎えたらしい。たかだか40人しかいないクラスなのにいつまで、小競り合いをしているのかと呆れてしまったが。

 

 以上が俺が記憶した出来事だ。

 追記するとしたら、ひよりは宣言どおりに茶道部に入部したことぐらいだろう。

 毎日活動するような部活ではないらしく、部活がない日は図書館で過ごすか、施設で買い物とちょっとしたお茶をするくらいだ。

 

 今日は彼女が部活の日なので、俺は図書館で時間を潰してひよりから部活終了の連絡を受け部室まで迎えに行くのがルーティンになっていた。

 本日、残るはあと一コマ、担任の授業である数学を残すだけ。

 そんないつもと変らない日常だった。

 

 プリントを抱えて担任教師が入ってくる。いつもと変らないメガネ姿。

 教壇に立つと早速プリントを配り始める。

 

「突然だが小テストを受けてもらう。受け取ったらプリントは裏にしたままで合図があるまで表にはしないように」

 

「聞いてないっすよ、そんなの。先に言っといてください」

 

 即座にクラスの一部から文句が飛ぶ。

 

「安心しろ、今後の参考資料にするだけだ。成績表には関係ない、今の実力を計るようなものだと考えてくれ」

 

 そりゃあ、テストなんだから学習度合いを計るのは当然なんじゃないか?

 他に何がわかるってんだ?

 しかし、俺も成績表に関係ないという言葉に少し、安堵する。

 図書館でひよりに勉強を見てもらうこともあるが勉強は得意ではない。それでも情けない点数を取るわけにはいかない。

 

「全員、プリントを受け取ったな?では、始めてくれ」

 

 俺も他の生徒動揺にプリントに名前を書き、中身に目を通す。1科目4問、計20問。各5点配点の100点満点のテスト。

 真剣に解いても、50点かそれより少し下になる手応え。数学の最後の3問は問題文すら理解できない。

 隣の椎名も最後の問題には頭を悩ませているようだ。

 

 俺は手を動かしテスト問題を睨みながら、片目で他の生徒の回答を盗み見る。正確な値は知らないが、俺の視力は 2.0 を大きく超えており、この距離なら片目でも問題にならない。見回っている担任に気づかれることなく不正行為(カンニング)を行う。

 

 とりあえず周囲の生徒の答案を確認したが、どうやら100点を取るのは大変に難しいようだ。大半の生徒は終盤にある高難易度の問題を投げ出している。

 まぁ成績に関係ないということなので、点数を上げる必要もないだろう。

 

 基本的に周囲の生徒も俺と大した出来の違いはなく、念の為問題文を確認してみたが中身も同じだった。拍子抜けしながら回答を埋める。恐らく、50点そこらの点数に落ち着くだろう。

 今晩のメニューを考えながら時間をつぶした。

 

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