吾輩は呂布である   作:リバーシブル

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幕間「其の壱」
「三様」


 こうして、Cクラスの狂犬である俺は王様御一行の家臣となり、王様直々に最初の勅命を受けた。

 命令自体も俺の行動を大きく制限するような大した内容ではなかったので、「おお、いいぜ」と二つ返事で快諾している。

 

 俺と龍園の顔にはうっすらと笑みが浮かんでおり、端から見れば和やかなトップ会談のようにも見えるだろう。

 隣に立つ石崎クンの顔面が、死後数日経過した死体のように真っ青なままであることは、きっと気のせいだ。顔色の悪い部下の顔色など1ミリも気にとめず、王様が次の話題へと口を開く。

 

 

「これでウチの幹部が三人か。悪くはないが、今後のクラス運営を考えるとあと一人は頭の回るやつが欲しいな」

 

 ふと、疑問が浮かんだ。

 先日のカラオケ屋に居たメンバー(俺、龍園、伊吹、石崎、アルベルト)がそのまま幹部なのだと思っていたのだが、龍園の言い方だと計算が合わない。

 俺って幹部扱いじゃないの? 別に役職なんてどうでもいいが、一応質問をしておく。

 

「……おれ、いや! 自分とアルベルトは幹部じゃありません! 龍園さんの側近ではありますが……!」

 

 石崎が慌てて訂正を入れてきた。

 こんな気合と声のデカさしか取り柄のない暴力装置が幹部で大丈夫かと密かに心配していたが、彼は違うそうだ。たしかに、優秀な頭脳を持つ幹部には全く見えなかったから驚くことでもないか。

 というより、『側近』とか随分と物騒というか、マフィアの映画じゃあるまいし少々大袈裟な気もする。

 

「側近? なにそれ、幹部とどう違うの?」

「他のクラスからの物理的な『盾』や、王の言葉を下っ端に伝える拡声器として役に立って貰う連中だ。今日みたいに、放課後に裏で話をする時にも手足として必要になる」

 

 ようするに、体の良い雑用係と鉄砲玉か。

 しかし、不必要な存在かと思えば答えは否だ。盤石な地盤を固めるためにも、王様自らが些事にいちいち首を突っ込んでいては威厳が保てない。そんなフットワークの軽すぎる情けない王様では、いったい誰が心底従うというのか。最終的には、王が玉座で書類に判子を押す(あるいはふんぞり返る)だけで全てが回るようになるのが理想だ。

 ただ、雑用係はいいとして、もう一つの『盾』としての能力が彼らにあるかは甚だ疑問である。

 

「盾ねえ、それにしちゃあ脆くね? もう少し鍛えたほうが良いんじゃないの。まぁ、ソレは置いといて、伊吹、俺、あと一人は?」

 

 ボディガードにしては、石﨑クンは弱すぎる。アルベルトの方は、目をつぶって及第点まで少し足りないのぐらいだが、石崎は根本から鍛える必要がある。精神面も肉体もお話にならない。

 

「……チッ。基準をてめえの異常な暴力に合わせるんじゃねえよ。今はそれより幹部の件だ。……んなもん、椎名に決まってるだろ。考えるまでもねえ」

「まじで?」

 

 俺は目を丸くした。

 

「そりゃ、この間の小テストはクラスで一番だったけど、ただお勉強ができるってだけで幹部にするのか? それとも、あのプライベートポイントのカラクリに勘付いてた洞察力を買ったのか?」

「……ポイントの件にも気づいてたか。学力や頭の回転の速さを買っているのも、もちろんある。だが、俺が椎名を幹部に据える一番重要な理由は、そこじゃねえよ」

「ほう? じゃあ外見だったり? たしかにひよりちゃんは天使みたいに可愛いもんねー。でも、お前には絶対渡さねーよ。……それはそうと、彼女をずいぶん高く買ってるんだな。俺からすれば彼女が至高なのは当然のことだが、王様は一体どの点を評価したんだ?」

 

 龍園が、心底呆れ果てたと言わんばかりに深く息を吐き、鼻を鳴らす。

 なんだ? そんなにひよりはクラス運営において欠かせない能力を持っていたのか。俺にとっては命に代えても欠かせない存在だが、こいつもそんな考えなのか? 

 

 

「そりゃあ、高く付くだろうよ。万が一、あの容姿に惹かれて手を出そうとしたマヌケがいた場合、そいつは五体無事では済まないだろうからな」

 

 改めて俺を見つめる視線が二つ。龍園どころか、石崎も完全に同じことを考えているらしい。というか、彼女自身の能力の問題と言うか、これは……。

 

「……あー、つまりクラスの幹部に据えることで、おじゃま虫が付かないようにするのが目的?」

 

「椎名自身の能力も加味してはいるがな。お前の存在が大きいのは間違いない。当然だろ? 他クラスの奴ならともかく、Cクラスの人間がお前に消されないための対策をするのは」

 

「なるほど……、早速リーダーシップを見せてくれるじゃん。自分の目が間違ってなかったことを喜んどくよ」

 

「抜かせ。言っておくが、これで伊吹は幹部と側近を兼任する形だ。伊吹には女どもを管理する役に当てようかと思っていたが、女の幹部が二人になったから椎名にも役割を分担させるぞ」

 

「彼女に負担がかからない程度になら、仕事を振ってくれても良いさ。それに、待遇には期待していいんだろ? それより側近とか幹部ってややこしいくね、クラスの奴らが勘違いしそうだし」

 

「クラスの連中には説明しない。あいつらからすれば、全員が幹部みたいなもんだ。俺たちだけが理解しておけばいい。それと幹部の件はテメェから椎名に伝えとけ」

 

 下っ端の兵隊に必要なのは命令に意義を唱えることではなく、速やかに従うことだ。

 クラスの王として君臨する以上、理にかなっている。

 

「あぁ、そういう感じ。まぁ、下っ端の有象無象にまで一から十まで説明する必要はないか。わかった、ひよりちゃんには俺から幹部昇格の件を伝えておくよ。あ、そろそろ時間だし、他に用がないなら今日はこれで帰るぞ」

「あー? おい待て、まだ今後の詳細を詰めてねえだろうが。帰るって、こんな中途半端な時間になんの用事があんだよ」

 

 突如として打ち切りを宣言した俺に対し、龍園が露骨に不満そうな顔を向けて舌打ちをする。その横で、引き止めるべきか黙っておくべきかハラハラと迷っている石崎の挙動不審な表情がひどく滑稽だ。

 

「ん? ひよりの部活が終わるから迎えに行く時間。今晩のメニューは二人でハンバーグを焼く予定なんだ」

「……」

 

 龍園が、心底理解不能な生き物を見るような目で俺を睨みつけた。

 

「……あの椎名が、てめえみたいな狂犬を一体どうやって手懐けたのか、詳しく問い詰めてみてえな。チッ、なら今日は連絡先だけ交換して解散だ。後日また幹部を招集する、絶対にバックレんじゃねえぞ」

 

「はいはい」

 

 俺はポケットから学校支給の携帯を取り出し、それぞれお互いの番号とメールアドレスを交換する。

 むさ苦しい野郎どものアドレスなど、俺の美しい電話帳に1ミリも登録したくはないのだが、クラス運営のためなら仕方ないだろう。

 ピコピコと操作しながら、先程の龍園の疑問に対し、ひよりの代わりに堂々と答えておく。

 

「ひよりちゃんがどうやって俺を手懐けたか、代わりに教えてやるよ。……愛だよ、愛。わかるか、龍園? あの子の無償の愛が俺を大人しくさせてるんだよ。まあそれとは別で、王様の合理的な命令には今後も適当に従ってやるさ」

「…………」

 

 龍園は、俺の壮大な愛の告白を完全に虫を殺すような目で黙殺した。石崎に至っては、これが高度なジョークなのか、それともガチのサイコパス発言なのか判断がつかず、半端な愛想笑いのまま顔面を石化させている。

 

 俺は荷物を背負って、立ち上がり、そのまま出口に向かって歩き出す。扉の前まで移動し、ドアノブに手を掛ける。

 

 俺はリュックを背負って立ち上がり、そのまま出口に向かって歩き出す。

 扉の前まで移動し、冷たい金属のドアノブに手を掛けた。

 ……その時だ。

 

 扉を開く直前、俺の脳裏にふと、ちょっとした純粋な好奇心が湧き上がった。

 この学校のシステムを聞いた時から、心の奥底でずっと燻っていた疑問。それを、このCクラスの王はどう解釈し、どう答えるのか。

 俺はドアに顔を向けたまま、ポツリと口を開いた。

 

「なぁ、龍園。一つ疑問があるんだがよ。この学園内では、『プライベートポイントで買えないものはない』って話だったよな?」

「……そう聞いてるな。それがなんだ?」

 

 背後から、訝しげな声が返ってくる。

 俺は、ドアノブを握る手に少しだけ力を込めた。

 

 

「いや、なに。仮の話だが────」

 

 ゆっくりと、首だけを後ろへ巡らせる。

 

「いくら払えば、()()()()帳消しにしてもらえるのかなぁ?」

 

 振り返って龍園を見つめた瞬間、自分でも制御できないほど、顔の筋肉が醜く歪むのがわかった。

 先日、クラスの不良どもに暴力を振るった際に現れかけていた、底なしの暴力的な笑み。それが抑えきれずに顔面に張り付き、喉の奥から這い出るような上ずった声が漏れてしまう。

 

 買えないものはない。そのルールは、どんな凶悪な事件も、どのような血肉の犠牲も、全て札束(ポイント)で塗りつぶせるという同義なのか。

 俺の脳内で、前世の血生臭い戦場の記憶と、この平和な狂った学校のルールが混ざり合い、黒々としたヘドロのような熱い思考が溢れそうになる。

 

 

「–––ッ。テメエ、なにを──」

 

「ふっ、ははははっ! ジョーダンだ、ジョーダン。高度なアメリカンジョークだよ。つまらなかったか? なら、今のは忘れてくれ。……おっと、愛しのお姫様を迎えに行く時間だ。じゃあな」

 

 俺は龍園の返事を聞く前に、能天気に手のひらをヒラヒラと振り、逃げるようにカラオケボックスを後にした。

 行くときはひどく億劫だったが、なかなかに愉快な連中で、思ったよりも楽しい時間を過ごすことができた。 

 

 ──それにしても。

 廊下を歩きながら、俺は早鐘のように打つ心臓を落ち着かせる。

 

 予想よりも随分と話が長引いてしまった。それに、愛しの彼女の了承を得ずに、勝手に幹部の役職を引き受けさせてしまった。

 幹部になったこと自体で機嫌を損なうような子ではないだろうが、「リョウくん、私もその交渉ごっこに参加したかったのに」と、唇を尖らせてスネるかもしれない。

 んー、困った。ひよりになんと言い訳しようか。今朝の事もあるし、また自分だけ除け者にされたと不貞腐れてしまう。……まあ、彼女の少し怒って頬を膨らませた顔も、俺は狂おしいほど大好きなのだが。そして、俺が謝った後に見せてくれる許しの笑顔が、またとてつもなく可憐なのだ。

 

 とはいえ、どうにかして彼女にはずっと笑っていてもらいたい。

 やはり、女子の機嫌取りには甘いものが鉄板だろう。帰りにコンビニかカフェで、高めのスイーツでも買ってご機嫌を伺おう。

 

 俺は携帯で時間を確認する。いつもの待ち合わせ時間まではまだ少し余裕があるが、愛する女を待たせるなど男の恥。俺が先に着いて、余裕の笑みで出迎えておくことが大事なのだ。

 

 俺は鼻歌交じりに、待ち合わせ場所である図書室へと小走りで駆け出した──。

 

 

 

 

 –––––––––––––––––––––––

 

 

 

「……石崎、奴は行ったか?」

 

「はい、龍園さん。店から出ていく所まで確認しました」

 

「そうか、出ていったか……」

 

 龍園はそう言うと、ソファーに背中を預け目を閉じゆっくりと深呼吸を繰り返している。まるで、自分が生きていることを確認するようだ。

 

 石崎は初めて余裕のない、疲弊している龍園を見た。

 知り合って1ヶ月と短い付き合いだが、この男がここまで疲労を表に出すことはなかった。

 Cクラスを纏める際に、跳ねっ返りの連中とやりあって、負傷した時も龍園は笑っていた。それは敗北した時も同じだ。現に龍園はアルベルトに何度か負けていた。その時ですら不敵に笑っていた。

 

 しかし、今回は疲弊を隠す余裕もないほどに疲れているようだ。

 ふと、自分の状態を確認すると、汗を全身にビッシリとかいている。右手は拳を握りしめてまま、力が入りっぱなしだったことに今更ながら気づく。

 

 いつのまにか、龍園は目を開けていた。態度もいつもの気丈なモノに戻っていた。

 いつもどおりの不敵な笑みを浮かべ話を始める。

 

「なんて顔をしてやがる、石崎。喜べCクラスは幸先がいいぞ。クラスの不確定要素は消え、有能な幹部は二人も決まり、協力する約束まで取り付けることが出来た。他のクラスと真っ向勝負できるコマまで見つかるとはな」

 

「たしかに、あの人ならAクラス、いえ、上の学年にも太刀打ちできると思います。……あれほどの暴力、いったいどうやって……。だけど、俺たちのゴールは遠ざかりました」

 

「佐伯も大きくでやがったな。学年どころか、まさか学校の王を目指すとはな。あいつはマジで全てを食い荒らすつもりだ。どうする? 石崎、今ならまだ、お前は引き返せる。引き返すなら今のうちだ」

 

 その言葉は最後通告だろう。そして龍園は既に選んでいる。

 改めて、先程の怪物を思い出す。人のカタチはしていたけれど、尋常ではない強さ。

 自分の人生を振り返り、石崎自身も答えを出す。

 

「……龍園さん。Aクラス行きどころじゃないほど、楽しくなりそうな学校生活を除け者なんて冗談じゃないですよ」

 

「ククっクッはっはっは。だよなぁ、あれほどの力がこの学校でどれだけ暴れるか。見てるだけの観客なんて御免だよなぁ、舞台に上がらなきゃつまらねえよ。ああ、最高にいかれてる王様ゲームだ」

 

 俺たちは顔を見合わせると、二人して大笑いをしていた。先程の未知の暴力を体験してなお、このゲームから降りない。その馬鹿げた選択に笑いがとまらない。

 

 それはクラス間での闘争への楽しみから来るものなのか。それとも–––

 買い物を終えた伊吹とアルベルトが戻ってきたが、それでも笑いが止まることはなかった。

 

 

 ––––––––––––––––––––––––––––

 

 

 

「それで晩ごはん前に寄り道までして、なにかお話があるんじゃないですか?」

 

 んー、鋭い。この一ヶ月で俺の思考パターンは完全に読まれている。

 ひよりが特別鋭いのか、それとも俺の考えが読みやすいのか。

 さてどちらだろう。

 

「いやー、実は、さっきまで龍園くんから、俺たち二人に幹部になってくれないかって相談されてさ。

 ひよりはテスト1位の学力を買われて、俺は──運動能力を買われちゃって。前の水泳の結果を覚えてたみたいだね」

 

 正直に、王様御一行をぶちのめしたなど言えるはずもない。

 ひよりの学力と比べるまでもなく、暴力的すぎる。道場破りの様な真似をしているわけだし、彼女からの評価が地の底まで落ちそうだ。

 

「私たちが、ですか? 龍園くんは思い切ったことをしてきましたね……。性格などまだ把握しきれていないでしょうに。他になにか頼まれた事はありますか?」

 

「そうだねー、俺は運動部に入ってくれないかって頼まれたよ。何でも、運動部の成績によっては、ポイントが貰える可能性があるからとかで。

 ひよりは、クラスの女子をまとめるのに力を貸して欲しいって言ってたかな。……それで幹部の件は受ける?」

 

「私が頼まれたのはそれだけですか? たかだか、小テストの結果を基に幹部を任せる? それにリョウくんへの要請も、ハッキリとしないものです。普通は既に部活に参加してなおかつ、評判の良い生徒を勧誘すると思うのですが」

 

 やはり俺如きの浅知恵では、彼女を納得させることなど不可能だったか。

 学力だけでなく観察眼でも圧倒的な差があるし、ここは下手に誤魔化すよりある程度は真実を話そう。

 

「すいません。実は最初に勧誘を受けたのは俺だけだったんです。えっと、弓道やってたから、ポイントの為にも入ってくれって。だけど、そのまま命令を受けるのも癪だったし、なら幹部として優遇してくれってね。1人じゃ寂しいから、ひよりも幹部でってお願いしちゃった……。ダメだった?」

 

 ひよりの様子をチラッと窺うと、やはりむくれていた。

 

「私が選ばれた理由は納得しましたが、リョウくんの行動を褒めることはできません。今朝も言いましたがそんなに楽しそうな事を独り占めはずるいです。私も交渉して、龍園くんから譲歩を勝ち取ってみたかったです」

 

 彼女が俺の思考を読めるように、俺も彼女がどう思うかぐらいは想定できている。ちょうど、目的のクレープ屋が目に入る。

 

「そう言うと思った。でも、今日はここのクレープで手を打って。なんか今度幹部だけで集まるらしいからその時、龍園を言い負かそうよ」

 

「それで遠回りしてこちらの道を……。じゃあ、いちごたっぷりですよ? それで許してあげます」

 

 ひよりに手を引っ張られ、クレープ屋までゆっくりと歩きだす俺たち。

 夕焼けに照らされた彼女は、今日一日を締めくくるには十分すぎるほどの笑顔だった。

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