ロドス・アイランド製薬会社と言う表向きの顔がある以上、働いて稼がねばならないのは宿命である。 それは何時の時代でも見積もりに嵩張るコスト、その中でいかに経費を削って利益を出していくかという勝負になってくる。
勿論削ってはいけない経費と言う物はあるが、それでも経費とはなるべくかけたくない物である。 それが会社の電気代というものであれば尚更……
「さ、寒い……」
もうそろそろ日が落ちる夕方、冬であれば尚更日が落ちるのも気温が落ちるのも早くなるものだ。 そうなると暖房や暖炉を使用したくなるのだが……ガタガタと震える体を両手で抱きながら空調リモコンの方へ眼をやる。
『電気を大切にね 空調は20℃まで!!』
可愛らしい文字がポストイットに並び、目立つようリモコンに張り付けられている……つまりそう言う事なのだ。 昔何処かの国で人が適切に働ける温度指数が20℃で十分だという事らしいが……
あえて言おう、それはあくまで雪があまり降らない地方の話で今目の前で真横に殴りつける様な吹雪の状態を想定しているとはとても思えなかった。 もし想定してでもこの温度です! と言えるのならばせめて積もる雪について一言入れておいて欲しかった。 昼頃から荒れ始めた天気は大地を覆いつくし、空調の室外機を埋めようとする勢いだ。 そのせいで暖房の効率はガンガン落ちてゆき室温設定は20℃だが青色吐息の空調機からは弱弱しく生ぬるい風が吐き出されるだけだ。
このままでは風邪をひいてしまうかも知れない……兎に角暖を取れるだけの毛布か何かを探し出し早急に執務を再開しなくては……残業をしていてはアーミヤから怒られる可能性が高い。
『また体を大事にしないで!』
そう頭のうさ耳……だろうか? まあうさ耳としよう、それをピンと直情に立て威嚇する様に説教をしてくる事は明らかである。 ただ体を大事にしないで と言うのであれば暖房くらいは自由に使わせて欲しい物だ……
「あら、貴方……執務は終わりまして?」
「スカイフレア……いや、もう少しなんだけどな」
「あらあら、早く終わらせませんとそろそろ終業時間でしてよ?」
食堂でスープか珈琲でも貰いに行くか、それとも毛布を借りに行くか……そう考えながら廊下を歩いていると、前方から書類を持ったスカイフレアが声をかけてきた。 黒を基調とした制服に紅い上着をキッチリと着こなした術師オペレーターだ。 柔らかいアッシュブラウンの髪を肩口にまで伸ばし、朱い瞳をこちらに向けてくる。
クスクスと笑いながら早くしないと残業になりますわよ と言外に伝えてくる彼女……私がアーミヤに救出されてからほぼ直ぐに配属されたオペレーターの一人である事からそれなりの信頼関係を築けている。 戦闘においても炎のアーツで広範囲の敵を一瞬で焼き払う事が出来る能力をドクターは信頼していた。
「分かっては居るんだけどね……執務室の空調が弱まっているのか寒くてね、手がまともに動かないんだ」
「あら……執務室の室外機は、確か昼間に除雪したはずなのですけれども」
「この吹雪だ、風向きによってはすぐ室外機の排気口を埋めてしまうんだろうね」
「困りましたわね……そろそろ日も落ちる頃でしょうし、今から室外機をチェックするにはこの吹雪では危険ですし……」
「そうなんだよな……」
空調の調子を取り戻す為には室外機を調べるしかない、だがそれにはこの吹雪の中外に出る必要がある。 しかし夜陰は直ぐ傍に近づいており、足元が良く見え辛くなる中この極寒で凍り付いてるかもしれない大地に踏み出すのは自殺行為である。 執務室には暖炉はある、が設備があっても燃料が無ければただの装飾でしかない。
「そう言えばスカイフレアは何処に行くんだい?」
「貴方に用がありましてよ、作戦の報告書が書き終わりましたから確認してサインを頂きたいのですわ」
「そうか……しかし今の執務室では手が上手く動かなくて……んっ?」
スカイフレアは炎のアーツが使える、それは制御された火災であり上手くすれば室温を温めるのに最適なのでは無いだろうか……? そうだ、何も空調や暖炉にこだわる必要は無い。 彼女に温めて貰えばいいじゃないか!!
「スカイフレア!」
「いきなりなんですの!?」
書類仕事に追われ理性を削られていたドクターは即座に行動を起こした。 スカイフレアは書類にサインが欲しい、自分は書類仕事を終わらせたい、つまり利害は一致している。QED証明完了、行動開始!!
突如として天啓を得た様に顔を上げ、自分の手を両手で包み込むドクターにスカイフレアは驚いた。 いや、偶にこういう事もあるが突然手を握りしめるのは初めてだ。 瞬時に頬が熱くなるのを感じアーツの制御が不安定になりそうになるが何とか抑えられた。 こういう事をするのが自分の身に危険が及ぶという事をドクターは理解していない。
「頼みがあるんだ! どうしても君にしか頼めない事なんだ!!」
「わ、わたくしだけに……ですの?」
「そうだ、さあ行こう!」
「ちょ、ちょっとお待ちになりまして! わたくしはまだ了承は……」
片手で彼女を引きながら走り出す、目覚めた心は走り出すんだ未来を描く為に(描くのは書類だし未来は明日アーミヤに怒られないという小さな希望だが)
それに引きずらない様に走る速度は加減しているし、本当に嫌だったら振り払える程度には力を緩めている。 それをしないで倒れたり重しにならない様スカイフレアは歩調を合わせてくれる。 口では何やらまだ了承してないとか言いつつも本気で嫌がってはいない様だ。
ならば良し!! 私はスカイフレアに部屋を暖めて貰いながら執務を再開するのだ!!
「はああっ……暖かい……」
私の予想通り、スカイフレアはその能力を発揮し室温を温めてくれた。 空調機のぬるい風等とは比較にならない暖気が部屋を包み込み寒さで凍えていた体を癒し書類作業にも精が出る。 やる気が段違いなのだから当たり前だ。
「……それはようございました。 ですがわたくしは暖房器具ではありませんことよ」
「それは勿論、だが能力というものは有効活用すべきだとは思わないか?」
「貴方……燃やされたいのかしら?」
「ごめんなさい……そこに紅茶の茶葉とお菓子が入ってるからそれで手を打って欲しいかな」
全く……そんなもので絆されたりしませんわよ と小言を言いつつも戸棚を確認し、手早く自分用のティーセットともう一つマグカップを取り出して執務室にある給湯室へと足を運ぶスカイフレア。 しばらくすると湯気を立てた紅茶とつまめるクッキーをお盆に乗せ、マグカップは私の執務机の上に置き、自分は応接用の椅子へと座り香りを楽しむようにカップを口元へとよせていた。
せっかく淹れてくれたんだ、温かいうちに飲むのが礼儀であろう……口元に寄せるとふわりと紅茶の香りが漂ってきた。 口に含む時も丁度良い温かさでぬるいという訳でも無く、かと言ってやけどする程の熱さでもない。 丁度良い飲み心地だ……淹れ慣れているのだろう。
「……あなたにしては、良い物を選んでおりますのね」
「はっはっはっ、残念だが貰い物だよ。 私では味の違いとか何が良いかなんて良く分からない」
「はあっ……正直なのは美学ですが、少しは見直させて下さいまし」
「嘘でメッキをした所で直ぐにはがれる、別に虚勢を張らなくて良いなら素の自分を見せた方が良い……そうだろう?」
「……そう言う事にしておいてあげますわ」
時に冗談を、時に真面目な作戦の話をしながら執務を進めていく内に日は落ちてしまい、今日の業務も終了である……と、ここで気が付いてしまった事がある。 書類の決裁も終わりスカイフレアが持ってきた作戦報告書にもサインをしてしまった。 つまり彼女がここに居る理由はもう無いと言う事になるが……
そう、熱源である彼女が居なくなってしまうとこの部屋はまたどんどん寒くなってしまうという事だ。 これはいけない……そう、これでは夕食を食べた後、夜眠るまでの間またあの弱弱しい空調で耐えなければならないという事だ。 これは何としても避けなければならない!
「スカイフレア」
「改まって何ですの?」
「夕食が終わった後、時間はあるかな?」
「ええ、特にこの後の予定はありませんわ。 少し本を読もうとは思ってましたが……」
宜しい、ならば勧誘だ! 予定が無いという事は確認出来たのだからまず第一関門は突破した!
「なら今日、一緒に寝てくれないか?」
「……はいっ?」
「よっし! はいと言ってくれた!!」
「はっ、い、いえ違いましてよ!?」
「これで寒くて寝不足から解放される……安心して眠れる……っ!」
「……そんなにも辛いんですの?」
実際には確かに寒くて縮こまり、睡眠の浅さからか翌日に疲れが残っていたり肩こりが酷い事もあるのが実情だ。 彼女が傍に居てくれれば今の執務で確認出来た事だが、室温はとても暖かく過ごしやすい……できれば良質な睡眠の為には一緒に寝て貰いたい。
「辛い、翌日に残る疲れ、目覚めた時の肩が張っている痛み、気怠く起き上がる事を拒む体……それらは全て寒さによる睡眠の質が低下した為が原因だと考えられる」
「う、う~ん……それは確かに辛いかも知れませんわね……」
「それにこんな事はスカイフレア、君にしか頼めない事なんだ」
真面目な表情で語り掛けていると、スカイフレアも生真面目なのでちゃんと考えてくれる。 理性が足りないドクターでも語り掛けるべき言葉が出てくるのは彼の本能が生命を維持しようとする為なのか、それとも詐欺師の才能があるからなのか……
「わたくしにしか……はあっ……仕方ありませんわね……ですが、近くで眠るだけですからね?」
「……とは言いましたものの、こう……目の前にまで来ますと緊張致しますわね……」
夕食もシャワーも浴び終えて後は寝るだけの時間、ドクターの執務室前へと赴いてから改めて思うとなんと大胆な事を約束してしまったのだろうか と後悔するが、だからと言って一度約束した事を反故にするのはどうだろうか と思ってしまう。 だがここで頭を悩ませた所で結果は変わらないだろう、意を決して扉をノックするとドアはすんなりと開いた。
「お疲れ様~……まあ、こっちこっち」
既に寝間着へと着替えたドクターが呑気に手招きをしている。 付いて行くと執務室直通の私室があり、医療関係の本が詰まった本棚にクローゼット、私物であろうぬいぐるみが乗っかった机など生活感はあるがどこか病室の様に整理してある印象があった。 全体的に使用している色が白である事も原因の一つなのかもしれない。
ベットの広さは二人が寝る分には十分な広さで、彼は何一つ気負う事無くベットへと歩いていき片方の端へとその身を横たえる。 入口にスカイフレアが立ったままな事に気付くとまるで飼い猫か犬を招く様に布団の端を持ち上げおいで~? 何て無邪気に言う物だから、変に緊張していた自分自身がばかばかしく思えてきた。
はいはい、お待ち下さいな。 と意識する事を止めドクターが持ち上げた布団の中に入る……少しだけ彼の匂いが強く感じられるが、意識して頭の中から叩き出した。 意識している事が彼にバレでもしたら末代までの恥だ。
それじゃ、おやすみなさい。 と言うと彼は即座に眠ってしまったのか安らかな寝息が聞こえてくる……それはそれで信頼してくれているんだな と感じるものの、自分で言うのは何だが美少女と言って過言ではない自分を横においてそのまま意識もせずに寝てしまうのは何ともプライドが許さなかった。
「あなた……本当に寝てしまいましたの?」
起きていて欲しいと思う心と、起きていて欲しくないという理性が小声で彼に問うが……やはり彼から聞こえてくるのは寝息だけだ。 むっ と彼の傍に近寄るがやはり意識が無い様で肩に手をおいても何の反応も無かった。
「むうっ……」
こうまでしても何もしてこないのならば寝て居ると確信するべきなのだがもうここまで来たら意地だ、せめて寝顔を見ておかなければ気が済まない。 肩に置いた手をこちら側に……そう、ただこちら側に向けようとしただけのつもりだったのだ。 体をこちらに向けさせれば腕がどうなるのか という事さえちゃんと予測で来ていれば避けられた事だったのだが……
寝返りを打ち、身体を反転させた時腕がスカイフレアに覆いかぶさるように動いてきたのだ。 時悪くして眠りの浅かったドクターは抱き枕の一種として覆いかぶさったスカイフレアを温かく柔らかい安心できるもの としてそれを腕の中に抱きかかえたのだ。
何時もなら仮面やフードから良く見えないドクターの顔が間近に見える……近くで見てみると案外幼い顔つきをしてるのですね とか、指揮をしている時の凛々しい顔付きでも、書類仕事で見せる悩んでいる顔つきでもない無防備な姿と裏腹に、少し硬い男性を意識させる腕の逞しさと胸板の厚さ、布団で感じられたドクターの匂いを一気に濃縮し叩きつけられたのである。
「…………きゅう」
視覚で、触覚で、嗅覚でドクターを意識させられたスカイフレアの脳はオーバーロード、そのまま気を失ってしまったのだ……
この日のドクターの夢見・寝心地はとても良かったと日誌に書かれている。 が、それと同時に朝ひと悶着があったとも記されている。 内容は多く語られていないが、当時を知る人物はみな一応にその事を話したがらず、絞り出すように一言……
「社長の後ろに修羅が見えた」
とだけ呟く様に言い放ち足早に立ち去ってしまうというのだ。 ただこの事以降、各作業場等の労働環境、及び生活環境に見直しが入ったというのは……また別の話。
飼い犬が良く布団に入って来ては横で丸くなって眠るので書いたとも言います。
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