殺風景な荒野が続いていた。
かつて戦争でもあったのか、山や地面のあちこちに巨大なクレーターが開いており、察するに、凄まじい規模の戦争が行われたようだ。
草木が一本も生えておらず、生き物がいた形跡もない。
空は立ち込める暗雲に覆われ、今が昼か夜かも分からない。
まるで時が止まったかのような静かで虚しい。
そんな場所の中で、おそらく最も高いであろう岩山の頂上に、今、一人の影法師が佇んでいた。
全身を赤で縁取りされた漆黒のローブで覆い隠しているが、小さく曲がった背筋、そして深く下ろしたフードの下からは白い顎髭が覗いていることから初老の男性だということがわかる。
”この世界は繋がった”
初老の男性は、なにもない荒野を一望しながら、静かに呟く。
”――――と繋がった世界、まもなく――を失う世界”
誰へともなく、呟く。
”――――全ての運命に偶然などない。これまでに起こったこと、そしてこれから起こることは全て必然によるものだ”
初老の男性は自らの手を差し出す。
瞬間、掲げていた右の掌から白い稲妻と共に矢のような二条の黒色と白色の配色をした光が螺旋を描くように走ったかと思うと、一振りの灰色の剣が握られていた。
護拳の部分には悪魔の羽を生やしたヤギのレリーフが、剣の先端には水色の眼球のようなものが施されており、切先にはギザギザ状の歯がついている。
禍々しい形状をしたその剣は、剣というよりもむしろ鍵のようだ。
”だから――、お前が用意した物語が狂いだすのもまた必然”
一人語り続ける初老の男性は口角を上げ、
”そしてこれは、その必然の最初の一歩だ!”
なにをとち狂ったのか、鍵型の剣を自分に向け、何の躊躇もなく己の胸に―――突き刺した。
それだけでは終わらなかった。
突き刺した剣は消え、初老の男性の体が光りだし、ゆっくりと…光の粒子と砕けて…崩壊していく。
だが――
”さあ、始めようではないか。最後までつかなかった遊戯の続きを――ただし、今回は盤上が大きすぎるがな”
そのまま四散して、虚空に消滅していったときもフードの下の初老の男性の顔から不敵な笑みが絶えなかったのだった。
そして時は流れる。
♦♢♦♢
「zzzzz……」
「起きなさいネイサン!」
「zzzzz………ん」
うたた寝していた少年に、銀髪の少女が怒りを露に声を上げて起こしにかかる。その銀髪の少女の隣にいる金髪少女は、苦笑いしてその光景を見守っている。
「ああ、システィーナか……おはよう」
「おはよう、じゃないわよ!貴方この学院の生徒である事を自覚しているの!?」
「してるからちゃんとここの学院の制服に袖を通してあるだろ?」
「服装のことを言ってるんじゃないわよ!だいたい貴方はいつも――(以下略」
魔導大国として知られる帝政国家、アルザーノ帝国。
この国において、400年の歴史を誇る魔術師育成の学舎であり、数多くの魔術師を目指す若者が集う名門校の一つが南部の町フェジテにある。
当時の時の女王アリシア三世が創設したとされ、『魔術』の才能のある者ならば家格や階級を問わず、常に最先端の魔術を学べ、現在でも数多くの優秀な魔術師を輩出している。
それがここ、『アルザーノ帝国魔術学院』である。
ぐちぐちと説教を始める銀髪の少女の名前はシスティーナ=フィーベル。アルザーノ魔術学院の生徒であり、ネイサンと同じ教室で魔術を学ぶ学士である。
魔術を学ぶ者にとっては憧れの聖地とも呼ばれているこの魔術学院に在籍している事実を若者達は誇りに思い、魔術を学んで、日々魔術の研鑽に励んでいる。
その一人がシスティーナである。
純銀を溶かし流したような銀髪のロングヘアと、やや吊り気味な翠玉色の瞳が特徴的な少女は、跳ねた黒髪に緑がかった水色の瞳、そして、筋骨隆々とまではいかないものの、比較的恵まれた体格が特徴的な少年ネイサン=ミラーを説教している。
「そうカリカリするなよぉ。こっちにも都合ってものがあるんだから」
「この誇り高き学院で居眠りする程の都合なんてあるもんですか!」
「……横暴だなぁ」
システィーナは模範的で優秀な生徒だ。ただ彼女の生真面目な性格と説教で容姿は美少女でも中身は残念という残念美少女ではあるが。
「まぁまぁ、システィ。ネイサン君も疲れてるみたいだし…、ねぇ?」
横からシスティーナを宥めに入るのはシスティーナの親友であるルミア=ティンジェル。
綿毛のような柔らかなミディアムな金髪と、大きな青玉色の瞳が特徴的な少女。清楚で柔和な気質がその容姿や立ち振る舞いから匂い立ち、その清楚と整った顔立ちはまるで聖画に描かれた天使のように可憐だった。
「ルミア…貴方はいつも甘いのよ! こいつが夜遅くまでダラダラしてるから眠くなるのよ!」
「失礼な。昨日バイト先の上司が勝手にシフトを深夜枠に入れられたんだよ。…おかげで昨日は一睡もできてないんだよ………ふわぁ」
「あはは………大変だね」
「そんなの断ればいいんじゃない」
「無茶言うなって…そこの上司人使いが荒い上にどっかの誰かさんみたいに口うるさいから断ったりしたら後が怖いんだよぉ~」
「……ちょっと、その口うるさいどっかの誰かさんって誰の事かしら?」
「……いやぁ、それにしてもヒューイ先生なんで辞めたんだろうなぁ?」
「話を逸らすな!」
「あ、あはは………でも本当になんでやめちゃったんだろう…ヒューイ先生。それに新しい先生もまだ来ないし」
怒鳴るシスティーナをスルーして、ネイサンは別の話題へとかえる。
ヒューイ先生とは、元々このクラス、二年次生二組の担任をしていた人である。しかし突然退職したため、今日から非常勤の講師がやってくることになった。
だが現在、授業自体は始まっているのにまだその講師の姿が現れない。
その非常勤講師の事をホームルームにやって来た大陸屈指の女魔術師セリカ=アルフォネア教授曰く『まぁ、なかなか優秀な奴だよ』という前評判は早くも瓦解しそうな勢いだった。
声には出さないものの、他の生徒も少なからず同じ思いを抱いていた。
「……確かにそうね。全く、この学院の講師として就任初日からこんな大遅刻だなんていい度胸だわ。これは生徒を代表して一言…」
システィーナが怒りを露にそう息巻いていると――
「あー、悪ぃ悪ぃ、遅れたわー」
がちゃ、と教室前方の扉がやる気のなさそうな声と共に開かれた。
どうやらその噂の非常勤講師とやらが今、やっと到着したらしい。
クラスの生徒皆が注目する。しかし入ってきた人物の様子は想像していたものとは全く違っていた。
全身ずぶ濡れで皺だらけのシャツ。黒髪黒瞳で長身痩躯であり、目鼻立ちは整っているがそれを台無しにして余りある怠惰な目付き。一目見ただけで真面目とは縁遠いと思わせる空気を纏っている。正直、左手の手袋と抱える教本がなければこの男が講師であるとは誰も分からないだろう。
「あ! やっと来たわね! 初日の授業から遅れるなんて、いったいどういう……神経して……」
勢い勇んで腰を浮かしたシスティーナは、しかし見覚えのある男の顔に言葉を失う。親友であるルミアも目を真ん丸に開き、口元を手で押さえていた。
「ってあ、あ、あああ――貴方は―ッ!?」
「違います、知りません人違いです」
「そんなわけあるかぁ!?あなたみたいな男、早々いてたまるもんですか!」
「こらこら、お嬢さん。人に指差してはいけませんって習わなかったかい?」
「ていうかあなた、なんでこんな派手に遅刻してるの!? あの状況からどうやって遅刻できるっていうの!?」
「そんなもん、遅刻だと思って切羽詰まってた矢先、実は時間にまだ余裕があるってわかってほっとして、ちょっと公園で休んでいたら本格的な居眠りになったからに決まってるだろう?」
「なんか想像以上にダメな理由だった!?」
「………ねぇなんなの、この状況? ていうか、登校時に何があった?」
「あはは……ま、まぁ朝にちょっと…ね」
どうやら登校時に何かがあったらしいが、一体何をしたらあんなにシスティーナを怒らせられるんだか。
(あれ?ていうかアイツは確か………)
ネイサンはシスティーナとコント染みたやり取りを取る青年を見据える。
ネイサンはその青年のことを知っていた。正確にはバイト先にあった資料上で。
(あそこは去年に辞めたはずなのに………)
何故この学院にいるのかネイサンが疑問に思っているのを尻目に、当の非常勤講師らしき男が教壇に立つ。チョークを手に持ち黒板に名前を書き始める。
「えー、グレン=レーダスです。本日から約一ヶ月間、生徒諸君の勉学の手助けをさせていただくつもりです。短い間ですが、これから一生懸命頑張っていきま……」
「挨拶はいいから、早く授業を始めてくれませんか?」
苛立ちを隠そうともせず、システィーナは冷ややかに言い放った。
「あー、まぁ、そりゃそうだな……かったるいけど始めるか……仕事だしな……」
クラス全体が静まり返り視線がグレンに注目する。静かな教室に黒板に字を書くチョークの音のみが響く。そして書かれた文字は…
―自習―
黒板に大きく書かれたその文字に、クラス中が沈黙した。
「えー、本日の一限目の授業は自習にしまーす」
さも当然、とばかりにグレンは宣言した。
「………………………………眠いから」
さりげなく最悪な理由をぼそりとつぶやいてグレンは教卓に突っ伏して数十秒もしないうちに眠りについた。
「って、ちょおっと待てぇえええええええ―――!?」
圧倒的な沈黙から我にかえったシスティーナがグレンに向かって吠える。対してネイサンは―――
(……なんだかよくわからんがラッキー)
グレンのやる気なさと、興味無さげな死んだ魚の目のような瞳を見て、先程までの疑問がどこかへと吹き飛んでいた。
そして―――
(……寝るか)
システィーナの叫び声を子守唄に、再び寝ようと机に突っ伏した。
「って、あんたも寝ようとするなぁあああああああ―――ッ!!!!!」
それを見たシスティーナは、そうは問屋が下ろさないとばかりに分厚い教科書を両手に持って立ち上がり、大声で吠える。
「うるせぇなぁ……静かにしろよな」
システィーナの大声で睡眠を邪魔され、目を覚ましたグレンは気だるげなまま、システィーナに一見マトモな注意をするも―――
「貴方がそれをいいますか!?」
「アハハ……」
当然、自身を棚に上げた注意にシスティーナはツッコミを入れ、彼女の隣に座っているルミアは曖昧に笑うのであった。