ロクアカ・クロニクル《リメイク版》   作:嫉妬憤怒強欲

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「興味がない奴は寝てな!」

 翌朝の授業の予鈴前。

 

「昨日はスマンかった」

「………は?」

 

 授業開始前だというのに教室に姿を現したグレンがシスティーナの下に歩み寄り、頭を下げて誰も予想していなかった言葉を発した。

 

「まあ、その、なんだ……大事なものは人それぞれっていうか……俺が魔術が大嫌いだっていうのは変わらんが……それでお前のことをどうこう言うのは、筋違いっつーか、大人気なかったとは思う。まあ、とにかく……悪かった、白猫」

「は、はぁ……白猫!?」

 

 グレンの謝罪らしい言葉に教室は騒然とする。

 昨日の今日でグレン先生に何があったのだろうか。

 グレンのバツの悪そうな声色に戸惑っていたシスティーナだが、自分が白猫などという渾名で呼ばれる事に一拍遅れて反応した。

 だが、当のグレンは腕組みをして黒板に背を預けて眼を閉じ、自身に集まるクラス中の猜疑の視線に完全無視を決め込んでいた。

やがて予鈴が鳴る。

 この時まで生徒達は遅刻はしなかったけど、立ったまま寝ているんだろうと予想していたが、グレンはそれを見事に裏切った。

 

「じゃ、授業を始める」

 

 どよめきがうねりとなって教室中を支配した。誰もが顔を見合わせる。

 

「さて、授業を始める前にお前らに一言言っておくことがある・・・・・・」

 

 教壇に立ったグレンは一呼吸置いて――

 

 

「お前らって本当に馬鹿だよな」

 

 

 

「「「はぁぁぁ???」」」

 

 期待せずとも何だかんだグレンの話を聞いていたクラスの生徒から不満の声が上がる。

 

「いやいやだってそうだろ? この十一日間お前らの授業態度見てたら分かったわ。魔術の事なんにも分かってねーんだな。やれ呪文の共通語約を教えろだの術式の書き取りだのお前ら魔術を舐めてんのか?」

「テメェに言われたくねえよ!」

「そもそも、【ショック・ボルト】程度の一節詠唱もできない三流魔術師に言われたくないね」

「まあ確かにそれを言われると耳が痛い。俺は略式詠唱だとか魔力操作のセンスが致命的に欠けてるからな」

 

 グレンは生徒達の罵詈雑言を受け止めながら、小指で耳をほじって自分の欠点をなんでもないように言いのける。

 

「だが【ショック・ボルト】程度だって? いやーほんとお前らバカだわ」

 

 グレンの煽りに一部を除くクラスのメンバーは苛立っていく。

 

「まあ、いいわ。じゃ、丁度いいから今日はその【ショック・ボルト】の呪文について話そうか。《雷精よ・紫電の衝撃以て・打ち倒せ》」

 

 グレンの左手から紫電が迸る。グレンが三節詠唱で起動した【ショック・ボルト】を見て、生徒のほとんどは軽蔑の視線をグレンへと送る。

 

「さて、これが【ショック・ボルト】の基本詠唱だ。センスのあるやつは《雷精の紫電よ》の一節詠唱が可能だ。じゃあここで問題だ」

 

《雷精よ・紫電の・衝撃以て・打ち倒せ》

 

 グレンは周りの視線を気にもせずに解説を続け、黒板に三節を四節で区切った詠唱を書く。

 

「さて、これを唱えると何が起こる?」

 

 グレンの問いかけに対して誰も答えない。わからないからではなく、なぜそんな事を聞くのかという困惑からである。

 

「これはひどい。全滅か?」

「その呪文はまともに起動しませんよ。何かしらの形で失敗しますね」

「んな事は分かってるんだよ。俺が言いたいのはその失敗がどんな形で起こるのかをきいてんだよ」

 

 眼鏡をかけた知的な少年ギイブルが負けじと応戦するも、グレンの切り返しにギイブルは打ちひしがれたかのように、何も言えなくなってしまう。

 

「そんなこと言ったって、何が起こるか分かるはずなんてありませんわ! 結果はランダムに決まってますわ!」

「ランダム!?お前らこの術、究めたんじゃないの!? ぎゃはははははははっ!」

(うわぁ…前から思ってたけど人をイラつかせる才能だけは本当にピカイチだな……)

 

 ひたすら人を小馬鹿にするように大笑いするグレンを見て、ギイブルやウェンディを初めとする生徒達は青筋を立てる。

 

「さてと、次は誰に……よしネイサン、お前答えてみろ。答えられなかったら一カ月間の昼飯はお前の奢りだからな?」

「はぁ?なんで俺だけ理不尽なことに……」

「うるせぇ、一昨日の決闘から陰でボロ雑巾先生なんて不名誉な渾名で呼んでるの知ってるからな。これはその仕返しだ!」

「……子供か」

「グレン先生あなたと言う人は!」

「別に良いだろう? 俺は講師でこれは授業なんだからさぁ? 何処か間違っているか?白猫?」

「う!そ、それは……」

(俺知ってるよ。こういうの職権乱用だって)

 

 システィーナ達は悪人みたいな笑みを浮かべるグレンの横暴な態度に呆れて大人気ないと思いながらもネイサンに同情をしていた。しかし次の瞬間、ネイサンのある行動でグレンやシスティーナ達の予想とは全く違う結果となった。

 

「はぁ、まぁいいや……右に曲がる、でしょ?」 

「へ?」

「「え?」」

 

 グレンやクラスの全員はすっとぼけた声を出していた。どうやらこの展開は誰も予想は出来なかったみたいだった。

 

「ん?…どったの急に黙っちゃって、俺なんか間違えた? ほら、実際にやってみせるよ」

 

 言ってネイサンは四節詠唱で【ショック・ボルト】を発動させる。すると、放たれた電撃はネイサンの言った通り、大きく弧を描くように右折し、壁へと着弾した。

 

「な?」

「あ、あぁ……正解だ……」

 

 グレンはネイサンがまさか答えを言い当てるなんて思っていなかったのか、口を開けてポカーンとしていた。

 

「じゃ、じゃあ次だ。《雷・精よ・紫電の・衝撃以て・撃ち倒せ》。これは?」

「射程が3分の1になる」

「……せ、正解。じゃあ《雷精よ・紫電以て・撃ち倒せ》は?」

「出力が落ちてめっちゃ弱い電流が出る。腰や肩のマッサージに向いている」

「え、マジで? 今度試してみよ…じゃなくて正解だ……まぁとにかく、極めたっつーなら、これくらいはできねぇとな?一人はできてるようだが……チィ!、面白くねぇな! 後、俺の昼飯分‼︎」

「……全問正解したのに解せぬ」

 

 クラス全員を置き去りにしたグレンとネイサンのやり取り。あのシスティーナでさえ、唯々呆然としている。

 

「てかネイサン、お前もしかして即興改変も出来たりすんのか?」

「ん? まあ多少は。えっと例えば…《ちょっと寒いから・暖を・取ろうか》」

 

 ネイサンはグレンの問いかけに答えるように、呪文とも言えない一言をゆっくりと唱える。すると、ポンと、手のひらに小さな火種が灯りだしたのだ。それを見たグレンは感心を、生徒達は驚愕を顕にする。

 

「ほう?んなふざけた改変にもかかわらず威力は本来の【ファイア・トーチ】以上かよ。お前見た目に反して実は天才か?」

「見た目は余計だっつうの………別に俺は天才なんて大層なもんじゃないっすよ。世話になった人がたまたまそういうのに詳しかったってだけ、もし教わってなかったら俺も周りと一緒でだんまりだった……それに、問題の魔術文法と魔術公式なんて完璧には理解・記憶はできてないよ」

「ま、真の意味で魔術の文法と公式を完璧に理解するってのは不可能だ。単純に寿命が足りないからな」

 

 ネイサンとグレンのやりとりに周りの生徒達をおいてけぼりにされそうになったが、グレンは今度は生徒達に話を振る。

 

「そもそも、お前らおかしいとは思わねえのかよ。こんな意味不明な本の内容覚えて変な言葉を口にするだけで不思議現象が起こるかわかってんの? 常識で考えておかしいだろこんなの」

「そ、それは術式が世界の法則に干渉をして――」

「とか言うんだろ?わかってる。じゃあ、魔術式って? 式って言うからには人が理解できる、人が作った文字や数式に記号の羅列だ。人間が作ったものがなんでんな不思議現象を起こせる? なんでそんなものを覚えて、更に一見何の関係もない呪文を唱えて魔術が起動する? 考えたことねえのかよ? って、ねえんだろうな。それがこの世界の当たり前だ」

 

 グレンの言う通り、生徒達は魔術式を覚え習得した呪文の数を競い、誇ってきた。根本的な事を突き詰め考える余裕は今まで無かった。

 

「ーで、さっきネイサンがやったみたいに、呪文の改変自体は文法と公式を覚えれば、難しくは無い。 お前らは、魔術は真理を追い求める学問だ何だ言っているが、それは違う。 魔術ってのは、人の心を突き詰めたもんだ」

 

 いつに無く真剣な眼差しをクラス全体に向けて、まるで本物の講師のように振る舞うグレン。

 このクラスで、グレンを『無能』と罵る者は既にいない。

 目の前の非常勤講師は、大変優秀な魔術講師だと、認識したのだ。

 

「今のお前らは、単に魔術が使えるだけの魔術使いに他ならない。 魔術師は、自分に足りない物を認識し補う努力をするものだ。 それをこの教科書は、覚えろだの詰め込めだの……アホか」

 

 グレンは肩をすくめて、呆れ返ったように鼻を鳴らしながら手に持っていた教科書を窓の外へと放り投げた。

 

「じゃあ、今からお前達に、その魔術のど基礎を教えてやるよ。興味がない奴は寝てな!」

 

 そうグレンが言ったのを皮切りに教室内全員の雰囲気がガラリと変わり集中して目の前の講師の授業を聞こうと変わっていた。

 

「おいネイサン、今日の授業、俺と一緒に教えろ」

「………は?」

「ちなみに断ったら欠席扱いにすんぞ」

「えぇー」

 

 結局、ネイサンは渋々と捕捉程度でグレンと一緒に教える事となった。

 

 

♦♢♦♢

 

 

 同時刻。

 一筋の光も差さない暗闇の中を一つのランプの灯が照らしていた。

 ランプはオーク材の巨大な円卓の中央に置かれており、その円卓の周りを囲むように質素な椅子が七人分均等に据え付けられている。

 ただ空席が目立つ。

 全員が揃っていない中、今席に座る影は二つだけだ。

 

「計画の方に抜かりはないな?」

「ああ……一応は、な」

 

 まるで影法師のように、頭の先から足の先まで赤で縁取りされた漆黒のローブに身を包んだ二人の人物。

 一見するとまるで違いなどないような二人だが、最初に口を開いた男が身動ぎ一つしないのに対し、もう一人の男は対照的に大袈裟な身振りのおかげで、その違いは一目瞭然だった。

 

「一応だと?」

「ああ。”アイツ”からの報告だと例の講師が急に辞めた上、後から来た例の新人が初日から怠けてたおかげで授業がかなり遅れてしまったらしい」

「例の新人………あの魔女の差し金か。このタイミングで目の上のたんこぶが二つも増えるとはな……まるでこちらを邪魔しているようで腹が立つ」

「ハハッ、そうカッカするな。偶にはそういうこともあるってハナシさ」

 

 軽薄そうな男は肩をすくめて、おどけてみせる。

 

「………まあいい。幸い片割れはしばらく学院には戻ってこない。こちらの存在には気づいていない合間にやるのが得策だ」

「となると動くべきはやはり……」

「ああ、計画実行予定日はやはり、件の魔術学会開催の日だ。その日、学院の主要な教授、講師格の魔術師達は全員魔術学院を出払う。一部のクラスの生徒達だけが、魔術学院に来ることになるが奴の動きに気付くことはないだろう」

「……確かに。そのために”アイツ”をあそこに送り込んだからな。だが、その来ることになっているクラスの中に”例の小娘”がいる。となると、”蛇ども”も動きだすかもしれないぞ?」

「計画を延長すればいいだけの話だ。もとより今回の作戦で奴を選んだのは不測の事態があったときの保険のためでもある」

「………流石だな。俺が余計な心配をする必要はなかったってハナシか。じゃ、俺も進めるか」

 

 そう言って軽薄そうな男は席を立ち、闇の中へと歩を進める。

 

 その時、今まで席で隠れていた男の背中があらわになった。

 

 ローブの背中に刺繍された、狐頭を戯画化した奇妙な紋章。

 

 

 それがこれから学院で起きることを楽しみにしているかのように、口角を大きく上げていた。

 

 

 





おまけ



「お前らは、魔術は真理を追い求める学問だ何だ言っているが、それは違う。 魔術ってのは、人の心を突き詰めたもんだ」
(ふー言うことカッケー、見た目滑稽)
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