ロクアカ・クロニクル《リメイク版》   作:嫉妬憤怒強欲

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「アナタの新しい行先は……あの世です」

 ダメ講師グレン、覚醒。

 その報せは瞬く間に学院内に広がっていった。噂が噂を呼び、他所のクラスの生徒たちも空いている時間に、グレンの授業に潜り込むようになり、そして皆、その授業の質の高さに驚嘆した。そして日を追うごとに今まで空席だった席が他のクラスからの飛び入り参加の生徒で埋まり、いつしか立ち見で受ける生徒が出始め、グレンと同じくらいの年頃の若手の講師の中の数人がグレンの授業に参加して、グレンの教え方や魔術理論を学ぼうとするぐらいだ。

 

 こうして数十日で地のどん底まで落ちていたグレンの評価が同じくらいの日時でそれこそ天に昇るような勢いで上昇していった。

 

 そして、そんなグレンの高度な授業を後押ししているのが変わり者のネイサンである。グレンが事あるごとにネイサンを名指しで質問し、ネイサンが渋々ながらも(めんどくさがって知らんふりをすると、『ネイサンは欠席か』とグレンから欠席扱いにされそうになったため)それに答える事でより一層分かりやすくなっていた。

 当然その結果としてネイサンに質問してくる学生も出てくるわけで大忙しになり、毎回授業時間の終わりくらいになるとヘトヘトになるのであった。

 

 

「なんてこと……やられたわ」

 

 システィーナが顔を手で覆って深くため息をついていた。

 

「認めたくないけど……人間としては最悪だけど……講師としては本当にすごい奴だわ。……人間としては最悪だけど!!」

「あはは、板書は私が取ってあるから後で見せてあげるね?システィ」

「ありがとうルミア……しかしまぁ、良い授業してくれるのはいいんだけど、ホントあのねじ曲がった性格だけは何とかならないかしら?」

 

 システィーナがここまで言うのにはもちろん理由がある。

 先ほどの授業、板書を取りきってない内に黒板を消されてしまったのだ。グレンの100パーセントの悪意によって。もっとも、黒板を消している最中に爪で黒板を引っかいてしまったときの当の本人の様子はとても滑稽であったが。

 

「それに、ネイサンがあんなに物知りなら真面目に授業しなさいっての……いつも変にふざけたりして…」

「まあまあシスティ、ネイサン君にもきっと事情があるかもしれないよ?」

「…あいつに事情なんてものがあるのかしら。それより、ルミアはいつもあいつに肩を持つわね?」

「え、そ、そうかなぁ? あ、そう言えばネイサンく……ん?」

 

 ルミアがネイサンの方を見るが、既にネイサンは教室を後にしていた。

 

「あれ? ネイサン君は?」

「そういえば居ないわね? 講義の時には居たんだけど…? ネイサンがどうかしたの、ルミア?」

「ううん。なんでもない…」

「?」

 

 システィーナは首を傾げるしかなかった。

 

 

♦♢♦♢

 

 

「はぁ………疲れた」

 

 授業が終わった時間帯。質問してくる生徒達からようやく解放され、緊急避難的措置として学院の屋上に逃げ込んでいた。

 

「まさか仕事を掛け持ちになるとはな………やれやれ、こりゃあ特別労働手当でももらわんと割に合わんな」

 

 鉄柵に寄りかかり、閑散とした風景を遠目に眺めながらふと呟く。

 

「それより、思ったよりも良い方向に転がってくれたな」

 

 この数日間グレン=レーダスのことを観察してみたところ、結果として特に問題はなかった。

 前の職場にいた時に起きた事件以降一時は堕ちていたが、今いるグレンは生徒達を教え導き、時に揶揄い、時にやはり生来のダメさ加減を発揮する魔術講師であった。最初は死んで腐った魚のような目も、今は死んで一日経った魚のような目をしている。

 

「やっぱあいつは裏よりも表の方がよっぽど性に合ってるよ。あとはこのまま何事もなく平穏に終わって任務終了といきたいもんだぜ」

 

 

 そうぼやきながら屋上を後にしようと鉄柵から離れた。

 

 

 

♦♢♦♢

 

 

 次の日。

 

 本日から学院の教授陣や講師達は、揃って帝国北部地方にある帝都オルランドで開催される帝国総合魔術学会に出席するため学院からいなくなり、それに合わせて学院は五日間休校になる。

 本来なら守衛を残して学院は蛻の殻になるはずであったのだが、例外が存在している。

 

 一ヶ月前に退職したヒューイ=ルイセンによって授業が遅延していた二組はこの五日間も授業が入っている。

 

 だが、二組の担任である当の本人はというと………

 

「うぉおおおおおおお!? 遅刻、遅刻ぅうううううううッ!?」

 

 学院へと続く道中を叫び声をあげながら全力疾走していた。ポケット内にある時計の針は授業開始時間を過ぎていることを示している。正真正銘の寝坊による遅刻だった。 

 

「くそう! 人型全自動目覚まし時計が昨夜から帝都に出かけていたのを忘れてた!」

 

 パンを口にくわえ、必死に足を動かし、ひたすら駆ける。

 

「つーか、なんで休校日にわざわざ授業なぞやんなきゃならんのだ!?だから働きたくなかったんだよっ! ええい、無職万歳!」

 

 とにかく遅刻はまずい!遅刻したら小うるさいのが一人いるのだ。今は一刻も早く学院に辿り着くのが先決である。上手く行けば、なんとかぎりぎり間に合うかもしれない。グレンは居候しているセリカの屋敷から学院までの道のりをひたすら駆け抜けた。表通りを突っ切り、いくつかの路地裏を通り抜け、再び表通りへ復帰する。そして学院への目印となるいつもの十字路に辿り着いた時。グレンは異変に気づき、ふと、脚を止めていた。

 

「……っ!?」

 

 人っ子一人いない。朝とはいえこの時間帯なら、この十字路には行き交っているはずの一般市民の姿が見当たらなかった。辺りも夜の森みたいにひどく静まり返っており、違和感がありすぎる。

 

「こいつはまさか……」

 

 周囲の要所に微かな魔力痕跡を感じた。

 

 これは人払いの結界だ。この構成ではわずかな時間しか効力を発揮しないだろうが、結界の有効時間中は精神防御力の低い一般市民は、この十字路を中心とした一帯から無意識の内に排除されるだろう。 

 

 『なぜ、こんなものが、ここに?』という疑念と共に湧き上がる、危機感がちりちりとこめかみを 焦がすような感覚。グレンは感覚を研ぎ澄ませ、周囲に油断なく意識を払う。そして、グレンは十字路のある一角へ、突き刺すように鋭い視線を向けた。

 

「出てきな。そこでこそこそしてんのはバレバレだぜ?」

 

 すると――

 

「ほう……わかりましたか? たかが第三階梯(トレデ)の三流魔術師と聞いていましたが……いやはや、なかなか鋭いじゃありませんか」 

 

空間が蜃気楼のように揺らぎ、その揺らぎの中から染み出るように男が現れた。ブラウンの癖っ毛が特徴的な、年齢不詳の小男だった。

 

「まずは見事、と褒めておきましょうか。ですが……アナタ、どうしてそっちを向いているのです?私はこっちですよ?」

「……………………別に」

 

 グレンは気まずそうに自分の背後に出現した男へと改めて振り返る。

 

「ええーと。一体、どこのどちら様でございましょうかね?」

「いえいえ、名乗るほどの者ではございません」

「用がないなら、どいてくださいませんかね?俺、急いでいるんですけど?」

「ははは、大丈夫大丈夫。急ぐ必要はありませんよ?アナタは焦らず、ゆっくりとお向かい下さい」

 

 噛み合わない男の言葉に、グレンは露骨に眉をひそめた。

 

「あのな……時間がないっつってんだろ、聞こえてんのか?」

「だから、大丈夫ですよ。 アナタの行先はもう変更されたのですから」

「はぁ?」

 

 

 

 

 

 

「そう、アナタの新しい行先は……あの世です」

 

「――っ!?」

 

 一瞬、グレンが虚を突かれた瞬間、小男の呪文詠唱が始まった。

 

「《穢れよ・爛れよ・――」

 

(や、やべ――ッ!?)

 

 場に高まっていく魔力を肌に感じ、グレンの全身から冷や汗が一気に噴き出した。先手を許してしまった。警戒を怠ったつもりはないが、これほどまでに問答無用の相手とは予想外だった。こうなればグレンの三節詠唱ではどんな対抗呪文(カウンター・スペル)も間に合わない。

 

(しかも、あの呪文は――)

 

 とある致命的な威力を持つ、二つの魔術の複合呪文。しかも極限まで呪文が切り詰められている。呪文の複合や切り詰めができるのは超一流の魔術師の証だ。 

 

「――朽ち果てよ》」

 

 小男の呪文が三節で完成する。その術式に秘められた恐るべき力が今、ここに解放される――

 

 

♢♦♢

 

 

 午前10時30分。

 学院の医務室では1人の新人教員、クリストファー=セラードは、1人医療器具の手入れをしていた。

 

 クリストファーは赴任して二か月しか経っておらず、準備が間に合わなかったということで学会には出席しないことになっており、その代わり、万が一のことがあっては困るということもあり、その間のみ医務室の管理を任されていた。

 

 

 手荷物の黒カバンの中にあった大小さまざまな手術用のメスと鉗子は砥石で研ぎ、注射針は内部などを水で洗って、アルコールで消毒する。そして、それらを机に並べ、陽の光に当てて乾燥させていた。 

 

 他にもブラッシング洗浄、浸漬洗浄、チューブ洗浄などを入念に行い、長い時間を経てようやくすべての器具の手入れが終ろうと――――

 

「ん?」 

 

―――していたところで、妙な違和感を覚えて動きを止める。

 

 張り詰めた空気を肌で感じ、手にしたメスから視線を離して窓の方へ向けると、そこで彼の視界に何かが映った。

 

 学院敷地のアーチ型の正門前を覆っていた見えない壁のようなものが硝子の如く割れる光景を。

 そして割れた箇所を通り道に、複数人の黒装束の男たちが学院の敷地内に踏み込む様を。

 

「…なんだ?」 

 

 正門に張られていた壁は学院側から登録されていない者や、立ち入り許可を受けていない者の進入を阻む結界だった。学院を取り囲むように張られたそれがどれほど高度な魔導セキュリティなのかは、クリストファーも理解している。

 

 だが、数人がそのセキュリティを難なく攻略して侵入してきた。

 これはただ事ではない。

 嫌な予感がしたクリストファーは、生徒たちがいる二年次生二組に向かおうと医務室を出る。

 

 

 

 だが―――

 

「なんだよ。まだ職員が残っていたのか」

 

 右に曲がると、そこには守衛の恰好をした男がいた。

 

 後ろ髪が白髪に混じっている黒髪、左頬の大きな傷跡、少し顎鬚が生えている40代後半といったような風貌の男だった。まるで小馬鹿にしたような嘲りと憐れみが入り混じっているような、そんな目をしている。

 

「……誰ですか貴方は?」

「ん?誰って、俺はここの守衛だが―――」

「嘘ですね。この学院の守衛はこの時間帯、正門前のすぐ隣に据えられている守衛所で待機しているはずですし、自分は貴方の顔を見たことがありません」

「ありゃ? もうバレちまったか。あの弱っちい連中相手だと上手く騙せてたのになァ……」

「もう一度聞きます。いったい貴方はどこの誰で何が目的ですか?」

「おいおい、質問は一つずつにしてくれよ? まったくせっかちな坊やだな。心配せずとも質問の答えは順を追って説明してやるよ」

 

 クリストファーは男に尋ねると、偽の守衛はニヤリと口を歪める。その強面な外見と裏腹に飄々としており、僅かに殺気を出していた。

 

「まず、俺がどこの何者か? 俺の名は《魔弾》のヴラム。世間で言うテロリスト、帝国の女王にケンカ売る『天の智慧研究会』に所属しているおっかない魔術師の1人だ」

「なっ…『天の智慧研究会』!?」

「まだ半信半疑の様だな?ならその証拠にホラ、この洒落たマークを彫ってるだろ?」

 

 そう言って偽の守衛―――《魔弾》のヴラムは袖を捲る。

 その腕には『天の智慧研究会』のトレードマークである、蛇が絡みついた短剣の刺青が彫られていた。

 

 『天の智慧研究会』

 アルザーノ帝国に蔓延る最古の魔術結社の一つ。魔術を極める為なら何をやっても良い、どんな犠牲を払っても許されるといった思考を持ち、蹂躙を愉しみ、虐殺を好む外道魔術師達の組織である。《大導師》という謎の人物を指導者に、歴史の中で常に帝国政府と血を血で洗う抗争を続けてきた最悪のテロリスト集団、魔術界の最暗部。

 

「そして、次に何が目的でここに来たのか? 答えは簡単。組織の命令でこの天下に名高い魔術学院は俺たちが占拠しに来た。既に俺の仲間があの弱っちくて可哀想な守衛サンを全員始末したあと、厄介な結界をブッ壊して入ってきている頃合いだ。ちなみにこの服はあいつらより先に潜入するために守衛の1人から頂いたものだ。変装のために簡単な変身魔術を使ったんだが………あの連中、たいしたことないな。まったく気がついてなかったよ」

(なんてことだ………)

 

 ヴラムの仲間というのは、先程門をくぐってきた例の男たちの事だろう。

 

 クリストファーは嫌な予感が的中してしまった事を悟り、ヴラムからゆっくりと後ずさった。

 

「………ここにいる生徒たちはどうするつもりですか?」

 

 やけに冷静な事を聞きながら、クリストファーは更に一歩後ずさる。だが廊下の壁に背がぶつかってしまい、逃げ場がなくなる。

 

「心配せずともガキどもの皆殺しは計画に入っていない。逆らわなければ危害を加えることはないよ」

「なら――――」

「だが、ガキどもを解放するつもりはない」

「なっ…!?」

「せっかく卵とはいえ活きの良い若い魔術師達が大量に手に入るんだ。ここでの用事が済んだからハイさよならなんてつまらな過ぎじゃないか?…それに組織にはガキどもを実験材料にしたいって言ってる連中がいるしな。心配せずとも髪の毛一本も無駄にせずに惨たらしく有効活用させてもらうよ」

(外道が……)

 

 こらえ難い悪寒と共に、クリストファーは目の前の男に生理的嫌悪感を覚える。

 

「だがまあ、お前はある意味幸せ者だよ。なんせこれから自分が死ぬ理由を知りながら苦痛なく死ねるんだからな」

 

 そう言ってヴラムは懐からエングレーブのような刻印が刻まれた回転式拳銃―――魔銃ペネトレイターを取り出し、話のシメを行った。

 

「さて、少し話が長くなっちまったが大体の筋書きはこうだ。『由緒正しきアルザーノ帝国魔術学院は、世界最強の魔術師セリカ=アルフォネアが不在の間に無様にも極悪非道のテロリストに襲撃を受けました。そして気づいた時にはすでに遅く、学院にいた未来ある子供たちは皆連れ去れて実験材料にされてしまいました。彼らには助かる方法なんてものはなに1つありませんでした』とさ!」

 

 クリストファーの鼻先に向かって、話が終わると同時に引き金を引いた。

 

 

 バアン!

 

 

 銃声が廊下を鋭く響き渡る。どこまでも。どこまでも遠くへ。

 

 

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