「……遅い! ここ最近真面目にやってると思ったら、これなんだから、もう!」
懐中時計を握り締めてぷりぷりと怒るシスティーナ。ここ数日は極めて真面目に授業を執り行っており、密かに見直していたというのに遅刻。僅かとはいえ落胆を覚えずにはいられなかった。
現在10時55分。本日の授業開始予定時間は10時30分。すでに25分が経過している。
なのに、まだグレンは教室に姿を見せていない。つまりは、遅刻だ。
「でも、珍しいよね。ここずっと遅刻しないように頑張ってたのに……」
「まさか今日が休校日だと勘違いしてるんじゃないでしょうね?」
「あはは、それはいくらなんでもない……よね?」
ルミアをして断言できないあたり、グレンの人望の厚さが窺えた。
「あーあ、やっぱりダメな奴はダメなんだわ……よし、今日こそ一言言ってやるわ」
「あはは。今日こそ、じゃなくて、今日も、じゃないかな?システィ」
「細かいことはいいの!」
不機嫌そうに頬杖をついてシスティーナは周囲を見渡した。
今日も今日とて教室は一杯。席に空きがないため立ち見の生徒が教室後方に集まっており、人口密度が凄まじいことになっている。全員が全員、グレンの授業目当てでここに集っていた。
「はぁ〜やだなぁ〜なんだかなぁ〜」
そしてその中にいる、ぐでぇ〜とどこまでもやる気なさそうに机に突っ伏すネイサンに目が留まった。
「あんたね……学院に来てからそればっかり言ってるじゃない」
「だってさ……休みの日までこき使われなきゃいけないなんて拷問もいいところだよ。ねぇそろそろ俺ぐれていい?しばらく登校拒否して良い?」
「だめに決まってるでしょ! それに、グレン先生の授業を受けられるのもあと何回かしかないのよ?」
「ん~?おやおやぁ?」
「な、なによ?」
「いやぁ、最初はあんなに嫌ってたのに随分とまぁ懐いてるようで…」
「なっ!? ネイサン、貴方何を言っているの!?私とグレン先生はそんな仲じゃあ……」
「あっ、それは私も思ってた!でも、グレン先生とシスティが仲良くなってくれて良かったよ!」
「ちょ、ちょっと‼︎ ルミアまで!? 何でそういう結論なっているのよ!私はあんな奴と仲良くなった覚えは全く、これっぽっちも、ないんですけど!もう……何でこうなったのかしら?」
「さぁ、何でだっけ?」
「貴方のせいよ!」
そんなこんなでいつものコント染みたやり取りが始まろうとした時、
突然教室の扉が無造作に開かれ、新たな人の気配が現れた。
バァンッ!!と乱暴に教室の前扉が開いて、チンピラ風の男と紳士然とした男、後から続くローブ姿の男が何人か入ってきた。
「ちぃーっす。ジャマするぜー」
軽薄そうな声で挨拶するチンピラ風の男を見て、クラスがざわめきだす。見たことのない人物だ。後ろで静かに控えている紳士然とした男も同様。
「あー、ここかー。いやいや皆さん、勉強熱心なことでゴクローサマー! 応援してるぞ若者よ!」
巫山戯た口調でそんなことを宣うチンピラに教室内がどよめく。誰が見ても怪しい不審人物二人組。何故このような輩が学院内に侵入しているのか、疑念を抱きながら正義感の強いシスティーナが立ち上がる。
「ちょっと貴方達、一体何者なんですか?ここがアルザーノ帝国魔術学院だと理解してますか? 部外者は立ち入り禁止ですよ? そもそもどうやって入ってきたんですか。門は守衛の方が立っているはずですよね?」
「おいおい、質問は一つずつにしてくれよ?オレ、君達みたいに学がねーんだからさ!まず、オレ達の正体ね。テロリストってやつかな?要は女王陛下サマにケンカ売る怖ーいお兄サン達ってワケ」
「は?」
「で、ココに入った方法。あの弱っちくて可哀想な守衛サンをブッ殺して、あの厄介な結界をブッ壊して、そんでお邪魔させていただいたのさ?どう?オーケイ?」
クラス中のどよめきが強くなる。
「ふざけないで下さい! 真面目に答えて!」
「大マジなんだけどなぁ~」
チンピラ風の男はおどけて、大仰に両手を開いた。
「この学院で守衛を務めている方は戦闘訓練を受けた魔術師です!貴方達みたいな人にそう簡単にやられるわけないし、この学院の結界は超一流と呼ばれる魔術師にだって破ることはできないんですよ!?」
「あー、そうなの?天下に名高い魔術学院もたいしたことねーのな。がっかりだわー。」
「……あまりそのようなふざけた態度を取るようなら、こちらにも考えがありますよ?」
「え?何?何?どんな考え?教えて?教えて?」
「……っ!貴方達を気絶させて、警備官に引き渡します!それが嫌なら早くこの学院から出て行って…」
「きゃー、ボク達、捕まっちゃうの!?いやーん!」
一向に出て行く気配を見せない二人に、システィーナは覚悟を決めた。
「警告はしましたからね?」
指先を男に向け――黒魔【ショック・ボルト】の呪文を唱える。
「≪雷精の――≫」
「≪ズドン≫」
だが、チンピラ風の男が唱えたふざけた呪文の方が圧倒的に早く完成していた。
ヒュン! と空気が切り裂かれる音が響く。刹那の時間に一条の閃光がシスティーナの頬を掠め、背後の壁に小さな穴が穿たれた。
呆けるシスティーナに男は三度魔術を放つ。それぞれ首、腰、肩を掠めて三つの閃光が駆け抜けた。目にも留まらぬ雷光の線。背後の壁に穿たれた四つの小さな穴。それら全てが男の使用した魔術の正体を物語っている。
「そんな……い、今のは……【ライトニング・ピアス】!?」
黒魔【ライトニング・ピアス】。学生が手習う汎用魔術ではない、軍用の攻性呪文であり、殺傷性の高い危険な術だ。しかも巫山戯た言動の癖して男の詠唱は恐ろしく短く、術行使の技量の高さが窺えた。生徒達では天地が引っ繰り返っても敵わないだろう。
今まで目にする機会もなかった危険な魔術を間近で放たれたシスティーナは先の勢いは完全に萎み、恐怖のあまりその場に座り込んでしまった。
「さーて、煩いのが静かになったところで自己紹介しよっか。オレ達は俗に言うテロリストでーす。この学院はオレ達が占拠したのでー、今から君達は人質ね。大人しくしててねー? 逆らったら容赦なくブッ殺してくから」
物騒な脅迫に教室内は静まり返る。突然の展開に理解が追いついていないのだ。
だが時間が経てば嫌でも理解する。
その時、
バアン!
「あ?」
今度は校舎のどこからか銃声の音が鳴り、教室にいる者たちの耳朶を震わせた。
「今の銃声だよな?」
「ってことはヴラムのおっさんが誰か殺ったのか?」
男たちが会話しているのを尻目に、度重なる恐怖に生徒達は一斉にパニックに陥り騒ぎ出す。
「うるせぇ、黙れガキ共。殺すぞ」
指先を頭上に向けて詠唱、放たれた一発の雷光が天井に穴を開ける。殺気を合わせた威嚇に生徒達は強制的に沈黙して恐怖に震え始めた。
「よーしよし、良い子だ。良い子ついでに訊きたいことがあるんだけどさ、こんなかでルミアちゃんって女の子いるかな? いたら返事してー? もしくは知ってる人は教えてー?」
男の問いに生徒達は恐怖と困惑の表情で互いに顔を見合わせる。どうしてこの場面でルミアが名指しされるのか分からない。だが不幸なことに名前が出たことで数人の生徒が条件反射的に動きかけてしまった。
チンピラ男はそんな生徒達の挙動を目敏く拾い、動いた生徒達に対して脅しをかけ始める。みんな、男の纏う恐ろしい圧力に震え、酷い者は涙を流していた。誰もがこの地獄の時間が早く過ぎ去ってほしいと願っていた。
そんな中、ルミアは拳を握り締め、覚悟を決めたような表情をしていた。先ほどからシスティーナが目配せをしてくれているが、自分のせいで誰かを傷つけるわけにはいかない。ルミアにこのまま黙り込む選択肢はなかった。
そして怯えながらも立ち上がったシスティーナへ指先が向けられた瞬間、ルミアは自ら名乗り出た。
それからの展開は、ダークコートの男――レイクがルミアを連れ去った後、ジンは教室に残された生徒達全員を【マジック・ローブ】で縛り上げ、呪文の起動を封じる【スペル・シール】の魔術をかけ、完全に無力化した。
一作業が終わった後、何を思ったかバンダナの男――ジンはシスティーナを連れて教室を出ると、見張りを何人か残してロックの魔術で教室に鍵をかけ、生徒達を完全に閉じ込めた。
2組の教室内は、早朝の騒がしい時とは違い、完全にお通夜のような雰囲気になっていた。だが、拘束されている生徒の中で、ネイサンだけは一人冷静でいた。
(まさかここにあのクソテロリストが押しかけてくるとはな…ホント最悪)
男たちのローブに刺繡されている、短剣に絡みつく蛇の紋からあの忌むべき組織『天の知恵研究会』であることを確認した。
天の智慧研究会。
アルザーノ帝国に蔓延る魔術結社の一つ。魔術を極める為なら何をやっても良い。どんな犠牲を払っても許される、外道魔術師達の組織である。
歴史の中で常に帝国政府と血を血で洗う抗争を続けてきた最悪のテロリスト集団、魔術界の最暗部。
そんなロクでもない連中が生徒達をこのまま放置しておくわけがない。
教室にいる約五十人くらいの生徒達は皆魔術師の卵だ。
用がすめば最悪全員実験素体にされること間違いない。
(やるしかないか………)
今残っているのは先程の二人に比べて弱そうな男が教室内に一人、外に三人だけだ。
「すみません、トイレに行きたいんですけど」
「あ?オイ、誰の許可を得て立ってる。殺されたくなければ大人しく座っておけ」
ネイサンがむくりと立ち上がり、男に話しかけるが突っぱねられる。
「いいじゃないトイレくらい。こっちはどうせ魔術使えないんだから」
「座れって言ってるだろ」
天の智慧研究会の男の忠告を無視して、ネイサンはゆっくりと近づいて行く。一方男の方は面倒だと考えながらも一人くらい見せしめの意味を込めて殺しておいた方がいいかもしれないと考え直した。
そして、彼は自身の右手をネイサンへと向ける。適当にいたぶってから殺せば、自分達の仲間が行っている準備が終わるまでのいい暇つぶしになるだろうと、そう信じて。
「《雷帝――」
軍用魔術の【ライトニング・ピアス】を詠唱しようとした瞬間、ネイサンは再び抗議の声を上げた。
「だからぁ、俺は今魔術使えないんだって!」
言い終わった時には、ネイサンが一瞬で男との距離を詰め、男の喉元、丁度喉仏の下あたりに、”拘束が解けた腕”で、人差し指と中指を揃えてズブリとめり込ませた。
「残念でした」
「――――っっっ!」
声にならない悲鳴が上がった。完全に不意を突いて放たれた一撃で男は詠唱を中断し、両手で喉元を押さえながら身を蹲らせる。
「…やっぱ魔術師は喉が命だよな? どんなに魔術を究めても、詠唱するための喉が使えなければ発動できないし…」
「テ――メェ…!」
「まっ、言っても意味ないだろうからお休み」
「がっ!?」
ネイサンから放たれた蹴り上げがピンポイントで男の顎を揺らす。
「先ずは一人目、と」
蹴りの衝撃で男は完全に意識を奪われ、床に崩れ落ちた薄く開いた瞼の下に白目を覗かせていた。
「え? 何だ今の」
「一瞬でわからなかった」
「ね、ネイサンが倒したのか?」
教室内にいた見張りが一瞬でやられたことに、怯え切っていた生徒たちは呆然としていた。
「さて、と………皆拘束を解くけど静かにしてろよ?」
「ね、ネイサン…………お前」
「ごめん。ちょっと怖がらせちゃって」
別のことに軽く謝って生徒達を拘束している【スペルシール】を【ディスペル・フォース】で解いていく。
「よし、これで魔術を起動できるはずだ」
「た、助かった。それよりネイサン、何だったんだよさっきの?それに、いつの間に拘束を解いたんだ?」
「ん? ああ、実はさっき拘束される前にポケットに剃刀を隠しといたんだ」
「か、剃刀?」
「あいつらめんどくさがってボディチェックをしていなかったからな。あとは隙を見て【スペルシール】を切っていたんだよ」
「え、えー」
「まぁ…そんなことはいいんだよ。これで動けるけど、ここにいろ。下手に動かれたら流石に手が回らないし、俺は二人を助けに行かないといけないから」
「お前、一人で行くつもりかよ!?」
「そうですわ! 相手はテロリスト! 殺されてしまいますわ!」
同じクラスのカッシュとウェンディがネイサンを止めようと小声ながらも声を飛ばすもネイサンは心配させないように優しく告げる。
「大丈夫だ。あいつらは俺達のこと完全に下に見てる。そこを狙っていけばこっちの勝ちさ」
「は?」
「え?」
生徒達はその言葉に目を丸くする。
「だから安心しろ。二人は必ず連れ戻すから」
そう言ってネイサンは窓から静かに外に出た。
(さてと、皆にはああいったが厄介だな。ルミアだけならまだしも、システィーナまで連れ出すとか予想外だわ。テロリストっていっても所詮はクズの集まりか)
ネイサンの予定ではルミアの後を追いつつ敵の人数を把握、一人で十分制圧可能であれば実行するつもりだった。しかしここで厄介なのが人質だ。それもシスティーナが連れ出されたことで三つに分かれてしまったのである。
(教室の外にいる見張りをなんとかしなきゃいけないし………それにさっきの銃声も気になる……)
ネイサンがどうしようかと悩んでいるとふと遠見の魔術が一人の男を捉えた。
(……! まったく、何処で寄り道していたんだあの馬鹿は)
グレンであった。
確認するとグレンはシスティーナが連れ去られた部屋へと向かっている形となっている。
「システィーナはアイツに任せよう。あの足なら事に及ぶ前には到着できるはずだ。頼んだぜ……《愚者》」
システィーナはグレンに任せ、ネイサンは行動を開始する。
「ほんと、面倒な役目はいつも俺だ」
制服の懐に手を突っ込み、真ん中に穴のあいた金属製の小さな円盤を取り出す。それは圧縮の魔術によって縮小されたチャクラムであり、魔術を解除すればあっという間に元の大きさに戻る。外側にはいくつものルーン文字が刻まれた刃、内側には十字型の持ち手がついた大きなチャクラムが、ネイサンの右手に握られる。
「じゃあ……行くか」
意識を完全に切り替えてネイサンは、教室の見張りをしている三人組を狙って全力で駆けだした。
少し短くなりました。
見張りの三人組視点の話を『ロクでなし魔術講師ととある新人職員』の第5話で見れます。
ですが、ネタバレも含まれますので先にこちらの作品の第一章がすんでからそちらを読むことをお勧めします。