ロクアカ・クロニクル《リメイク版》   作:嫉妬憤怒強欲

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「…悪いが、お前らの相手は俺だ」

 帝国宮廷魔道士団特務分室───

 「帝国の力の象徴」である精鋭魔導士の集まりである帝国宮廷魔導士団の中でも主に魔術がらみの特殊任務や国家機密クラスの事案の対処を行う部署。

 《愚者》や《星》、《戦車》といった大アルカナにちなんだコードネームが付けられるメンバーには“全てが高次元に優れている”スーパーオールラウンダー”か、“何か一つが凄まじく尖っている”変化球といった“普通に優れている”程度のとは別格の人材が求められる。

 

 だが完全実力主義をとるあまり、時に過激な者や頭の壊れた者も入室する。

 その結果、何年か前にある女執行官が歪んだ選民思想や老化に対する焦りから偽りの「永遠者」であるリッチへと転生、村を一つ滅ぼし送り込まれた3名の同僚をも罠にはめて殺害するという不祥事を招くこととなる。

 国軍省はなんとか彼女を内々に処理したのだが、どこからか魔導省や行政省などの反国軍省派に情報が漏れ、特務分室の人材採用基準や規律などの問題を今まで黙認してきたツケが回っただの、特務分室の管轄を別にするべきでは?そう唱える者も散見されるようになる。

 当然部署を手放したくない国軍省参謀本部は五年も続く論争の末、反国軍省に加わらず中立の立場にいた帝国保安局情報調査室長官からの提案をのむこととなった。

 

・特務分室の執行官の一人に他の執行官たちを監視させるということ。

・もし執行官が帝国にあだなす敵勢力に手を貸すなどの反逆行為が発覚した場合、即刻処理する。

・その執行官の選抜は帝国保安局情報調査室が担当し、採用基準は過激な思想を持たず、裏切りを嫌い、なおかつ人格に問題のない者とする。能力よりも人格面を優先し、仮に能力が高くともこの二つに当てはまらないものは失格とする。

・選抜者の個人情報は保安局情報調査室の室長と担当官、特務分室の室長以外には一切公開しない。

・以上の取り決めは非公式のものとし、記録には残さないこととする。 

 

 

 頭の固い軍の幹部がこれでもかというぐらいに譲歩したこの案に、反国軍省派はなんとか納得しつつも、無理矢理希望者の中に魔導省の息のかかったスパイを潜り込ませようとしたが、担当官に即見破られるという事件があったがそれは別の話。

 

 そういった政治的背景から、厳選された魔導士のコードネームには”裏切り者には死を”の意味を込めて、ナンバー12《吊るされた男》が与えられることとなった。

 

 

 

 

 

 術者がいなくなったことで強固であった光の障壁が粒子となって解け始め、瞬く間に崩れだした。結界が解除され、罠の類がないことを確認したネイサンは、襲撃犯のリーダー格である外道魔術師を捕らえるべく、すぐさま半壊した西館の校舎の中に入ったのだが……

 

「……チッ、遅すぎたか」 

 

 破壊の傷跡が刻まれた廊下には残されていたのは、外道魔術師の無惨な死体だけだった。

 肉が崩れ、大量の血が流れ出て、足や背骨が通常ではありえない方向に折れ曲がったその様は、18歳未満の子供に見せられないほど汚らしく惨たらしい。

 

(……いったい何をどうしたらこうなるんだ?)

 

 殺ったのは…あの怪人だろう。

 何も知らぬものがこの死体を見れば、人間の範疇を大きく越えた、凶暴で残酷な怪物に殺されたと思うだろう。

 

 これでせっかくの手掛かりがなくなってしまった。死人に口なしの状態ではルミアの居場所も裏切り者の情報も聞き出せない。それに加え、結界に時間操作の魔術が仕込まれていたのか、結界を出た時には既に2時間以上が経過していた。

 

 どうにか遅れた分の時間を取り戻さなければならない。

 連中が脱出する素振りさえ見えないことから、少なくとも学院の何処かにいる筈だ。

 どうやって彼女を見つけるか策を講じる。

 

 と、その時だった。

 

 辺りに金属を打ち鳴らしたような甲高い共鳴音が響き渡る。

 

 ネイサンがポケットから半割の宝石を取り出して耳に当てた。

 

「なんだ、ビリー?」

『ようネイト。出て早々”なんだ”はないだろ』

「悪い。今こっちで深刻な問題が発生中でちょっとイラついてた」

『問題って?』

「簡単に説明すると、学院に天の智慧研究会が乗り込んできて護衛対象を攫ってった」

『マジかよ。あのロクでもない連中が出張って来たってことか?』

「残念ながら。連中は学院の魔導セキュリティをあっさり突破した。内通者がいないとこんなことできない」

『裏切り者か…もしかしたらお前が俺に頼んどいた資料が役に立つかもしれないな』

「結果が出たのか?」

『ああ、ばっちりな。なんつったって、この元情報系魔導士だったビリー様がコネというコネを使って徹底的に洗ったんだ。後でなんか奢れよ?』

「はいはい、無事に帰れたらな。で、結果はどうだった?やっぱりクリストファー=セラードって新人教員がそうなのか?」

『いいや。そいつはあり得ないな。クリストファー=セラードの経歴を調べたんだがな……奴は元・帝国東部カンターレ方面軍・第七師団第二駐屯隊に軍医として所属していたことがわかった』

「第七師団?これまた意外なところで……」

 

 帝国東部カンターレ方面軍・第七師団───

 隣国レザリア王国に国境を接する東部カンターレ地方の南東部を本拠とし、南部の都市フェジテ方面に繋がるルートの境目に駐屯基地を置くアルザーノ帝国軍の師団。

 かつては魔導大戦を生き残った猛者達が集った部隊で、瀕死の重傷であっても反撃を試みたり、不意な襲撃にもすぐに対応するなど個々の能力が高く、特務分室に匹敵する最強の部隊と謳われていた。

 その後の100年も第七師団の栄光は続いたが、40年前の奉神戦争の戦時中、当時の師団長が軍上層部の命令で敵国であるレザリア王国の情報を掴もうと捕虜に対して執拗な拷問を行ったことが戦後問題に……あげくの果てに、第七師団に命令した軍上層部が責任逃れのために全て彼らが勝手にやったこととして発表し、師団長は封印の地に幽閉、団員のほとんどは解雇か特務分室に引き抜かれることとなった。

 それから現在でも、軍内部では第七師団に配属される者は格下扱いされることとなる。

 

『軍の記録では、奴の魔術特性は治癒系の方に傾倒していて、魔導セキュリティに手を加える程の腕はないようだ。それに、軍を抜けてからろくに魔術を行使できない状態だ。4年前のある日、辺境地方から中央へ流れていく強力な魔獣を精鋭部隊の第三師団第八辺境警備隊が食い止めていたんだがへましてその内の何匹かが第七師団の方に流れちまった。んで襲撃を受けた際、奴は魔獣が口から吐いたブレスで体の半分に大やけどを負って、後遺症で魔力操作が上手くできなくなってしまったようだ』

「……それであんなに魔術の行使を控えてたのか」

『もっと気の毒なことは、軍上層部の仕打ちだ。連中、帝国軍精鋭部隊の面子を守るために事実を隠蔽して、落ち度は不測の事態に対応できなかった第七師団にあるってかなりこき下ろして退役・殉職した奴らには勲章も報奨金も出さなかったみたいだ。会ったらふざけんなってぶん殴ってやりたいよ』

 

 通信結晶の向こうからにビリーの声に怒気が感じられる。ネイサンの方もあまりにも酷すぎる内容に段々と腹が立ってくるが、すぐに気分を切り変えようとする。事態はまだ終わってはいないのだから。

 

「……まあ、それはそれとして、クリストファー=セラードはこの件には関わっていないってことでいいんだな?」

『ああ、だがもう一人の人物について問題がある』

 

 

 

 

 

――。

 

 

 数分後、ビリーからの報告を聞いたネイサンは、グレンのいる二組の教室を目指し、廊下を駆け抜けていく。

 タイミングが悪いことに、ネイサンが結界の中で戦っている間、グレンとシスティーナは西館から離れて教室に避難したようで、邪魔をした仮面の人物に腹が立った。

 

 そして廊下の角に差し掛かったその時、空き教室の方から喧騒が耳に入る。

 

『ですから何度も言ってるでしょう。自分はこの件には関わっていませんし、テロリストに手を貸してません』

『しらばっくれてんじゃねえよ。学院に残っている教員はアンタしかいねぇんだよ』

『そんなの単純に結界の術式の情報を横流しして後は実行犯に任せるって手もあるじゃないですか』

『うっ……確かにそうだが……』

『それに自分を棚に上げて人を犯人あつかいするのはやめてください。非常勤講師でも貴方もここの教員でしょ?なら貴方も裏切り者の容疑者だ』

『ふざけないでください!グレン先生はあいつらから私を助けてくれたんですよ!!』

 

 話の内容からして、グレンたちも新人教員のクリストファー=セラードを天の智慧研究会の侵入の手引きをした裏切り者だと考えて問い詰めているようだ。

 

 各政府機関の面子や縄張り争いの関係で、救援はあまり期待できない。戦術支援もない中、いつ来るかもわからない敵の襲撃に備えながらルミアを助けなければならないと逸る気持ちになるのはわかる。

 

 だが問いただすべき相手は別にいる。

 

 

「その新人さんは連中の仲間じゃない」

 

 間違いを正すべく、ネイサンが空き教室に入る。

 

「ネイサン?貴女教室にいなかったけど今までどこにいたのよ?」

「お前らが西館にいた間、他のテロリストと戦ってたんだよ」 

「戦ってたって…あのロクでもない連中が相手だぞ!?よく勝てたな!」

「悪いが今は時間が惜しいから、その話は後にしてくれ。それよりもその人にいくら聞いても時間の無駄だ。連中を手引きした今もルミアと一緒にいるんだぞ」

「「えっ!?」」

 

 見当違いの相手を問い詰めていたグレンとシスティーナの素っ頓狂な声がハモった。疑われていたクリストファーはというと『……だから自分じゃないって言ってたでしょ』と非難の視線を二人に向けている。

 

「それじゃあルミアは今どこにいるんだよ?」

「走りながら説明する。俺の推測が正しければ、もうあまり時間がない」

「待って…私もルミアを助けに…」

「悪いがシスティーナにはクリストファーの先公と教室に戻って全員を地下迷宮の第5層まで非難させてくれ。最悪、学院全体が吹っ飛ぶ可能性があるからな」

「で、でも……」

「でもも何もない。戦闘経験もない素人にできるのはそれくらいだ」

「……分かった」

 

 いつもの陽気さと違い、冷たさを感じるネイサンの態度に戸惑いながらも、彼の言葉にこれ以上反論することなく、不満そうに頷いた。

 

 

「おい、学校が吹っ飛ぶってどういうことだ?」

「それも後で、グレンの先公行けるか?」

「あ、ああ」

「じゃあ、システィーナ、クリストファーの先公、頼んだよ」

 

 

 そうして、二人は駆け出した。

 

 

 

♢♦♢

 

 

 現在、二人は学院の中庭を走っていた。

 

「それで、ルミアがいったいどこにいるのかわかってるのか?」

「ああ、彼女はおそらく転送搭にいる」

「転送塔?なんでだ?」

「いいか。一度しか説明しないから耳かっぽじってよく聞け。敵はまず裏切り者の手引きで学院に潜入。そして、学院の結界を弄り、『札が無ければ侵入不可能、中から外には出られない』という設定に書き換えた。さらに、学院の転送方陣の設定も変え、転送方陣を壊すことなく無力化した上で、脱出手段として利用する。俺の見立てだと、もうすぐその裏切り者が転送方陣の書き換えが終わり、敵は逃げ出す可能性大だ」

「……なるほどな。確かに行ってみる価値あるな……んで、肝心の裏切り者は誰なんだ?」

「二組の前担任だったヒューイ=ルイセン」

「――なっ!?」

 

 その名前にグレンが驚く。

 

 ヒューイ=ルイセン───

 グレンの前任講師であった男であり授業もわかりやすいと好評であった。

 一身上の都合で退職とされていたが、それは生徒達に無用な心配をさせないための表向きの理由だ。実際は、理由不明の失踪だ。

 

「あいつは天の知恵研究会から送り込まれていたスパイだ」

「マジかよ……でも何で分かったんだ?」

 

 グレンがネイサンに疑問を問いかける。それに対してネイサンはビリーから情報を貰ったことは伏せて説明をする。

 

「簡単な推理だよ。容疑者に当てはまるのは今学会に行ってる現職員だけとは限らない。つい最近行方不明になってたあいつも考慮に入れておくべきだった。しかもあいつは空間系の魔術に関してはかなりの天才だった。結界と転送方陣の書き換えもお手の物だろう。確認の為に結界を詳しく調べてみたら書き換え方の手口があいつの論文にあったのと一致した」

 

 彼が犯人だとすれば納得がいく。

 魔術学会の直前で姿を消したのも、授業を遅らせて当日に二組だけが学院に来るように仕向けるためだ。でなければ、学会で二組以外の生徒・教員が殆どいないタイミングをピンポイントで狙えるはずがない。

 

「……なあ、まさか白猫の前で言わなかったのは気を遣っての事か?」

「半分正解だ。自分の担任がテロリストのスパイだったなんて事実、他の連中にはショックすぎて簡単に受け止めきれるわけがない。まぁもっともヒューイが追い詰められたら最後学院ごと自爆する可能性もあるって話は本当だけどな…」

「はぁ!?自爆!?」

「わざわざ外に出られないようにしてるんだ。そんなことする理由はルミアを転送した後残った生徒もろとも消すぐらいしか思いつかん。天の智慧研究会にとってスパイや殺し屋は単なる捨て駒に過ぎない。あの組織のイカレ具合はアンタもよく知ってるだろ?《愚者》のグレンさん」

 

 ネイサンの言葉を聞いた途端、グレンは驚いた顔でネイサンの事を見る。

 

「おまっ…何でそれを…!? ……何者だ」

 

 グレンが警戒の表情をネイサンへと向ける。

 

「そう警戒しなさんな。俺はアンタが前勤めていた部署の同僚なんだよ。まぁアンタとこうして一緒に行動するのは初めてだが」

「っ!?まさかお前……」

「ストップ………どうやらビンゴみたいだ」

 

 並木道を抜けた先にて聳え立つ白い巨塔――白亜の塔がようやく見えてきたころ、ネイサンの予想は確信へと変わった。

 彼らの眼前に広がるのは、そろそろ昼を過ぎるかという位置にある太陽と青空、そして──目測五十体はいそうな巨大ゴーレムの群れである。

 普段はバラバラの石片として、学院内の風景の一部になっているが、有事の際は積み重なってゴーレムとなり、ガーディアンになる。

 そういう単純な命令しか与えられていないゴーレムが、現在はその設定を書き換えられたのか、転送搭を守るように徘徊していたのだ。

 

「勘弁してくれよ……」

 

 ルミアが監禁されているという塔は見えている。だが、そこまでの道を阻む守護者達が屈強過ぎた。

 

「……しゃぁない。俺が通り道を作るから先公は先に向かってくれ」 

 

 ここで2人ともゴーレムに足止めを食らうのは非常に良くない。そう考えたネイサンは右手にチャクラムを構えながら、グレンにそんな提案を持ちかける。

 

「はぁ?!お前1人でこいつらを?!見た限り、結構固そうなのをそんな玩具でなんて無理があるだろ!」

「《こいつは・ただの玩具とは・違うぜ》?」

 

 詠唱と共にチャクラムの刃の表面から炎が噴き出した。

 轟ッと音をたて燃え盛る灼熱の紅蓮の炎が渦を巻き、大きな輪状となって、刃の周りを反時計回りに回転する。

 

「おらぁッ!!」

 

 ネイサンは炎を纏う自身の武器を横な振りに放つ。

 炎の輪は高速で弧を描き、前方の一体の胴体へと直撃した。強烈な灼熱の炎の刃に動力部である核が砕かれ、ゴーレムは一瞬にして分解し、その身は無数の小さな石片となって地面にばら撒かれてしまった。

 

 一体を倒した後も炎の輪は止まらずゴーレム達の間を通り抜けていく。

 チャクラムがネイサンの手元に戻る。その頃には射線上にいたゴーレム達の無残な姿が地面に転がっていた。

 

「…………ウソン」

 

 目の前の出来上がった光景に、さすがのグレンも顔に冷や汗を垂らしてひきつった表情を見せている。

 

「ぼーっとすんな。さっさと行け」

 

 ネイサンは移動を促すためにグレンの尻を軽く蹴り上げる。

 

「イタッ……わかってるての。《我・秘めたる力を・解放せん》!」

 

 グレンはネイサンにそう返し、【フィジカル・ブースト】で脚力を強化し、岩が転がる地面を駆け抜けて転送搭を目指す。

 しかし、当然ながら、それを射線上から外れていたゴーレム達が群がって止めにかかる。

 

「《邪魔するな》」

 

 ネイサンは【ファイア・ウォール】───放射状に炎の壁を展開する魔術の速攻改変版で炎の壁を作り出し、ゴーレム達を阻んだ。無理に超えようとしたゴーレムはその熱さに耐えきれず焦土の塊と化す。

 

「鈍重共……悪いが、お前らの相手は俺だ」

 

 炎の壁によってグレンはすんなりと転送搭の扉へと無事たどり着き中へと侵入した。

 残されたゴーレムはグレンを追いかけるのをやめ、ネイサンに近づいてくる。

 

 ネイサンはそのままこちらに迫ってくるゴーレムの掃除を続行していった。

 

 

 

 

 

 

―――時間は少し遡り。

 長く続く螺旋階段を登った先、白亜の塔の最上階にある薄暗い大広間の中心で、膝をついて座っているルミアがいた。

 

「どうして……どうして貴方のような人がこんなことを……ッ!?」

 

 転送法陣の上にいる彼女は悲しい顔を浮かべ、涙を目頭に貯める。 

 

 少し離れた片隅にいる柔らかい金髪の涼やかな表情をした二十代半ばぐらいの優男。その人物のことをルミアはよく知っていた。

 

「どうしてなんですか、ヒューイ先生!」

 

 何を隠そうこの男、一ヶ月前まで二組の担当講師として教鞭を執っていたヒューイ=ルイセンその人である。

 表向きには一身上の都合で退職、真実は突然の失踪からの行方不明となっていたが、その理由は態々語るまでもない。今この場にいてルミアを出迎えたことが、ヒューイが敵側の人間である証左だ。 

 

 静かにルミアの悲痛な叫びを聞いていたヒューイはやがて口を開く。

 

「僕はもとより、王族、もしくは政府要人の身内。そのような方が将来この学院に入学された時にこの学院とともに自爆テロで死亡させる。僕はそのための人間爆弾なんですよ」

「そんな………それじゃあ、ヒューイ先生は十年以上も前からそんな僅かなないかもしれない事の為だけにこの学院に在籍していたってことですかッ!?」

「ええ、僕自身すっかり忘れかけていましたけどね」

「――!?」

 

 明かされる衝撃の事実にルミアは言葉を失う。つい最近まで生徒達から慕われていた人気講師が、その実十年以上前から仕組まれていた人間爆弾だったなんて到底受け入れられないし、こんなことを考えつく人間の正気が疑われる。

 

「ですがルミアさんが入学したことで少々事情が変わりましてね………貴方は少々特殊な立場なので生け捕りになりました。ですので転送法陣の転送先を改変し、ルミアさんを組織の元へと送り届けます。同時に僕の魂を起爆剤にこの学院を生徒諸共爆破することになる」 

 

「ば、爆破!?」

『成程……外に出られないよう結界の設定を書き換えたのはそのためか』

「「っ!?」」

 

 ルミアとヒューイしかいないはずの部屋に第三者の声が響く。

 入口付近に広がる暗闇、その中にいつの間にかいる影法師を見た二人は驚きを隠せない。

 

「貴方は……誰なんですか?」

 

 ルミアは気丈に振る舞いながらも、恐る恐る目の前の人物に素性を問い質すも―――

 

「………そうですか、ということは他の皆さんは『シャドウ』である貴方にやられたということですか」 

 

 その答えはヒューイからもたらされた。

 

「え!?」

「ですが妙ですね。それならグレン=レーダスが来てもいい頃合いですが……」

 

 驚くルミアを他所に、ヒューイは冷や汗を流しながら暗闇で赤い目を光らせる影法師――シャドウに問う。

 

『さあな? 今頃見当違いの相手を学院にテロリストを招き入れた裏切り者じゃないかと疑って無駄な時間を取っているところだろう。少し前に危うく殺されそうになったというのに酷い仕打ちだ』

「……ああ、彼ですか………彼にはとんだとばっちりを受けさせてしまいましたか」

『これから学院にいる連中を巻き添えに自爆しようとしている奴がよくそんなセリフを吐けるな』

 

 石を畳のように一面に敷き詰めてできた床を見るとヒューイの足元にも法陣が展開されている。しかし、ルミアのような転送法陣ではなく、なぜかルミアの法陣と連結していた。ヒューイの法陣の術式を読み取ったシャドウは呆れたような目を細める。

 

『…白魔儀【サクリファイス】……己の魂を引き換えに莫大な魔力へと還元する換魂の儀式でこの学院を爆破か。こんな胸糞悪いことをやるのがお前らクズ共の取り柄だったな』

「それは否定しません」

『…にしては転送先の再設定がまだ終わっていないな』

 

「僕の腕前ではルミアさんの転送するための転送法陣の改変は間に合いませんでした。ですがその法陣は転送用でもあると同時に強力な結界でもあるんです。無理矢理壊そうものならアルフォネア教授の神殺しの術でもない限り…」

 

『………ふん、調整が終わるまでの時間稼ぎか』

「ええ、あと十分もすれば再設定は完了し、起動します。それと僕を殺しても【サクリファイス】が自動的に発動するので解呪することをお勧めします。最も今取り掛かったとしても間に合うとはとても思えませんが……」

『用意周到なことだ………』

 

 書き込まれた五層構造からなる白魔儀【サクリファイス】は通常なら一層ずつ解呪していくしかない。グレンが来ていれば魔力が足りなくても迷いなく自身の血を簡単な魔力触媒に黒魔【ブラッド・キャタライズ】で解呪術式を書き込み、黒魔儀【イレイズ】で儀式魔法陣を解呪するだろう。

 

『だが――俺には俺のやり方がある』

 

 ルミアがなにか叫んでいるがシャドウは完全無視し、ルミアを囲む転送法陣の最外層―――ではなく、その手前の石畳の上を右手で触れる。

 

「いったい、何を………?」

『まあ、見ていろ』

 

――どんなに優れた代物であろうと人間が作ったものである限り必ず弱点はある。それは魔術も例外ではない。

 

「「――っ!?」」

 

 ヒューイとルミアの眼前で、突如シャドウの右手から黒い瘴気が溢れ出した。

 

 シャドウの能力――――レイクを殺すときに使った闇の力を再び発動したのだ。

 

 複数の黒い手足へと形を成し、床を這って法陣の周囲を囲んでいく。

 

 だが、黒い手足は法陣自体には直接は触れず、石と石の間の隙間へと入り込んでいく。

 

――転送法陣というのは確かに便利な代物だ。蒸気機関車の実用化がまだ当分先のこの時代、これさえあれば都市間移動を駅馬車や徒歩よりも早くこなすことができる。だが便利そうに聞こえても欠点がある。設定変更に時間がかかっているのはその一つだ。

 

 転送法陣はヒューイが如何に転送法陣のような空間系魔術に関しての天才だとしても、転送先の設定改変を実行するのに半日はかかる。

 

 そして一番の問題は、敷設に適した土地の霊脈の関係上、世界中のどこにでも自由に敷設できる代物ではない。言い換えれば、土地に張り巡っている霊脈の、特に潤沢なマナが流れる霊絡を通さなければ転送もできないし、転送できる場所も限られるのだ。

 

 黒い手足はルミアの座る石畳の裏側――学院の転送法陣と土地に張り巡っている霊脈とを繋げる霊絡を徐々に侵食していく。それはまるで一本の太い糸を内側から腐食し、複数の手で引きちぎっているかのようだ。 

 

 そして――――

 

ブチンッ

 

 繋がりが完全に断たれた瞬間、転送法陣の機能にいくつものエラーが発生。法陣を構築する各ラインの魔力路を走っていた輝きが途切れ途切れに弱まっていき、更に浸食は法陣が描かれている石まで進んでいって、結界を維持できなくなる。 

 

『さて、これで終いだ』 

 

 やがてルミアの足元のの石畳にビシリとヒビが入った途端魔力路の断線が広がっていき、五層もあった法陣は硝子が砕け散るような音と共に、その力を失うのであった。

 

 

 

「まさか転送法陣をこんな方法で無効化するとは………」

 

 訪れた沈黙を先に破ったのは、ヒューイの声だった。

 黒い手足について未だ理解できていなかったが、ヒューイは今目の前にいる殺人鬼によって計画が完全に阻まれたことを悟っていた。

 

「僕の負けですか………」

 

 計画は阻まれ、己が存在意義さえも奪われたというのに、何故かその声に怒りや憎しみの類は感じられない。

 

 あるのは悲愴。痛々しいほどに感じられる、深い悲しみと……仄かな喜びのみ。

 

「不思議ですね。計画は頓挫したというのに…………どこか、ほっとしている自分がいる」

 

 カチャリ――と首元に鋭い刃が当てられる。

 法陣を破壊した後のシャドウの行動は早かった。

 黒い手足が霧散し、シャドウの中へと戻っていってすぐに懐から曲剣を取り出し、死神の鎌のようにヒューイの首元に添えていた。

 

『あとはお前だけだ』

「な!?や、やめて…やめてください!もう終わったじゃないですか!」

 

 ヒューイを殺す気だと気づいたルミアは止めようと臆せずに叫ぶ。

 

 だが――

 

『はぁ?何寝ぼけたこと言ってんだ。お前たちの前ではいい先生だったろうが奴らに手を貸した時点でこいつは敵なんだよ』

「で、でもいくらなんでも殺すなんて………!」

『死んだ守衛たちの遺族や殺されそうになった自分のクラスメイト達にも同じセリフが吐けるのか?』

「――ッ!?」

『それに余計な情けで怪我をするのは自分だけじゃない。その責任をお前は背負えるのか?』

「そ、それは――」

 

 シャドウの言葉に、ルミアはどう答えれば良いのか分からず言葉に詰まった。

 

『………ふん、口先ばかりで何もできない温室育ちの小娘が、いい加減その口を閉じてろ』

「――きゃっ!?」

 

 そう言ってシャドウが自らの右手をルミアに向けた瞬間、再び右手から複数の黒い手足が伸び出し、ルミアを拘束しだす。

 

「ん――っ!んん~~っ!」

 

 黒い手足がルミアの頭、胴、足に絡みつき、ルミアが拘束から逃れようとするも逃れられない。また口元と目元まで覆われ、今の状況を確認することも声を出すこともできずにいた。

 

『せめてもの配慮だ。こいつの死に様は見せないでやる』 

 

 邪魔者の動きを封じたシャドウはヒューイの方へと再び向き直る。

 

「…………最後に一つだけ」

『なんだ?』

「僕は一体、どうすればよかったんでしょうか? 組織の言いなりになって死ぬべきだったのか…………それとも組織に逆らって死ぬべきだったのか? こうなった今でも僕にはわからないんです」 

 

 僅かに顔を上げ、天井を見つめるヒューイの顔にはどこか悲愴の色が滲んでいる。

 

『知らん。自分の道も碌に選ばず結局流されるがままに行動したお前の自業自得だ。今更そんなことを悔いても仕方ないだろ?お前がしようとしたことを全部組織のせいにするんじゃない』

 

 手にしている曲剣を後ろに引き、体を捻り、構えを取る。

 掲げられた鎌刃が闇の中で妖しく赤く輝く。

 命を刈り取る瞬間であるからこそ、その刃は一層の輝きを放つものなのだろうか。

 

『じゃあな』

「ん――っ!」 

 

 このままじゃヒューイ先生が殺される!

 

 ルミアは口をふさがれながらも我武者羅に叫んだその時――――

 

「チェストォオオ!!」 

 

 ガシャアアンッ!

 

『――っ!?』

 

 雄叫びと共に階段へと続く扉が破壊され、破片を飛び散らした。突然のことにシャドウの手が寸でのところで止まった。

 

「ルミア無事か――ってうええ!?これ一体どういう状況だ!?」

「ん!? んんんん、んれんせんいぇい(え!?その声はグレン先生!?)」 

 

 扉を蹴破って乱入してきた人物――――自身の現担任であるグレン=レーダスの声を聞いて、ルミアは声を上げる。

 

『………』

 

 今のグレンの顔色は良くなっている。魔力が大分回復したようだ。

 

 だが来るにしても少し遅すぎた。

 

『………はぁ』

 

 なんだかどうでもよくなったように、シャドウは曲剣を下ろし、同時にルミアの拘束も解除する。

 

「え?」

「おい、今の黒いのなんなんだ!? それにそこにいる奴は!?」 

『………興が醒めた。もう帰る』 

「はっ!? 今帰るっツったか!? 悪いがテメェにいろいろ聞きてぇことが山ほど――」

『じゃあな。裏切り者をどうするかはお前の好きにしろ』

「あっオイ待て!」

 

 グレンが一歩前へ進もうとする前にシャドウは懐から黒い球体みたいな物を取り出し、床に投げた。

 

 途端、球体が爆ぜ、黒い煙幕が部屋に立ち込める。

 

「ゲホッ!ゲホッ! おい、ルミア無事か!?」

「ゲホッ、は、はい! 大丈夫です!」

 

 黒い煙が彼らの視界を奪い、程なくして全て階段へと流れていった頃には……その場にいた黒いローブの人物の姿はどこにも見当たらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅー、さっぱりした」

 

 一仕事やり遂げたような顔で額の汗をぬぐうネイサン。【ブレイズ・バースト】などの軍用魔術を派手に放ち、彼の周りは草木の一つも生えない焼け野原となっていた。塔を守る役割を担っていたゴーレム達は塵の山となっている。

 

「ノリに乗って学院の所有物壊しちまったが、まぁ緊急事態だったから問題ないか。あとは……」

 

 ネイサンは塔の入り口の方に目を向けると、同時に扉がバタンと開いた。だが塔の中から出てきたのはグレンたちではなく、件の殺人鬼シャドウだった。

 

「ッ!?」

 

 条件反射でネイサンはシャドウへと炎を纏うチャクラムを投げ込む。

 

『――……!?』

 

 突然のことにシャドウは反応が遅れるが、間一髪で上体を反らしてなんとか避けた。

 

『…やれやれ…最後の最後に思わぬ伏兵がいたか。それに今の武器……ナンバー12か』

「ナンバー12?はて?いったい何のことやら……」

『以前貴様の戦いを見たことがある。変身系の魔術で姿を変えているようだが、癖までは誤魔化せんぞ』

 

 攻撃を仕掛けてきたネイサンを赤い眼が見据える。

 

「……どうやらハッタリじゃなさそうだな。中に入った男はどうした?」

『心配せずとも手は出していない。今頃裏切り者と生徒を連れて下に降りているところだろう。代わりに転送方陣を破壊してやったんだから感謝してほしいな?』

「とりあえず礼を言うべきところだろうが、そもそもなんで由緒ある学び舎に死んだはずの殺人鬼がいるんだよ?」

『俺の目的はこの世から外道魔術師を駆逐することだ。特に天の智慧研究会は放置すればろくなことにならない……だからここに来てやった。ただそれだけだ』

「…死んでも死にきれなかったって奴か。そりゃご苦労なこって……」

 

 思えば三年前から外道魔術師を狩り続けていたシャドウは、常に帝国軍より先回りしている節があった。一度は情報が漏洩しているのではないかという疑惑が浮上したものの、各政府機関は面子や縄張り争いを優先し、情報の出し惜しみするばかりでまったく捜査が進まず、一年前にシャドウが死亡認定されてからそんな話もすぐに有耶無耶にされることとなった。

 だが死んだと思われていた本人がこうして目の前にいるとなるとそうもいかなくなる。

 

「それじゃあ、代わりに事件解決してくれたところ悪いが神妙にお縄についてもらおうか」

『いや、ここでの仕事はもう済んだから俺はもう帰らせてもらう』

「《待て・こら》!」

 

 ネイサンは拘束・無力化する拷問用の呪文である黒魔【フレイム・バインド】を改変・詠唱し、左手から放たれた炎が渦巻き、帯状になって鞭の様にうねってシャドウへと猛速度で走っていく。

 

 それよりも一瞬早く、シャドウがバッタの如き跳躍力で跳び上がり、振るわれた炎の鞭は虚しく虚空を切る。

 

『悪いが”今”貴様らの相手をするつもりはない』

 

 そして空中に舞うシャドウが黒い煙幕をまき散らす。ネイサンが《ゲイル・ブロウ》を発動し、突風で煙幕を払うが、すでにシャドウの姿が見当たらない。

 ただ黒い殺人鬼の無機質な声だけが響く。

 

『一つ忠告しておく。“天の智慧研究会”は自らの目的を果たすまであの娘を狙い続ける。こうして計画が失敗した今も次の策を練ってる頃だろう。あの娘を守りたいのなら、俺に構うべきではないと思うぞ?』

「なに?」

 

 こいつルミアが狙われる理由を知ってるのか?

 

『まぁもっとも、貴様らがどう足掻いたところで結末は決まっているがな……』

「おい、そりゃどういう意味だ……!?」 

『また会おう』

 

 すでにシャドウの気配が完全に消えたことを確信し、ネイサンは通信結晶でビリーと連絡を取る。

 

 

『おぅネイト……そっちは大丈夫か?』

「あぁサリー…一応終わったみたいだが………どうやらこれで一件落着ってわけにはいかないようだ」

 

 

 

 

 


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