今を繋ぐ赤いお守り   作:小麦 こな

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第11話

「まっさんさぁ、テストの結果どうよ?」

「まぁ今回も欠点は無いし無難な終わり方だね」

「お前マジで勉強してないのか!?」

「嫌いな事に時間を使うほど、僕もバカじゃないよ」

「くっそ」

 

テスト返却が終わり、僕たち学生はまたしばらくの平穏な日々を手に入れることが出来た。

と言っても一ヵ月も経たないうちにまたテストがやってくる。

 

今回のテストも僕は無難にテストを乗り越えることが出来たけど、坂本は残念な事に欠点を2教科取ってしまったらしい。

髪の毛をくしゃくしゃにしながらうがー、とうなっている坂本を僕は微笑ましく見守る。補修、頑張ってくれたまえって感じだ。

 

テストの返却が終わり、それと同時に生徒たちもうるさくなるのは僕たちの高校では当たり前の光景だった。

テストの結果を友人と一喜一憂する僕と坂本みたいなやり取りをするから騒がしくなる、と言う理由も一理あるが、もう一つ原因がある。

 

「まっさん、俺達も一応見に行っとくか」

「ちょっとは気になる、からね」

 

坂本の一声によって僕たちは職員室のある方へとゆったりと歩いて行く。

教室から出て、目標である職員室前に近づくにつれて徐々に生徒とすれ違う人数が増えていく。

 

すれ違う生徒からは様々な反応が読み取れて、僕や坂本のような部外者からすれば滑稽に見えたりする。

きっと立場が逆ならば、僕たちの反応の方が道を踏み外している哀れな人間に見えるのかもしれないね。

 

「お、着いた着いた……っと。なんだよ、いつメンじゃねーか、つまんねぇ」

「ふーん……」

 

僕たちが目的地としていた職員室の近くに張り出されている掲示物。

そこにはテストの学年上位者10名が貼りだされている。

 

坂本の言う通り、前回と同じような名前が3年生成績優秀者として名を連ねていた。

ただ、僕が最初に抱いた感想は坂本とは全く意味合いの異なったものだった。

 

「てかさぁ、こんなの職員室前に貼ってるけど、掲載されている奴らがこんなとこにわざわざ出向かないよなぁ」

「おっ、坂本が珍しく冴えてる」

「やっぱそうだよな!まっさんも見に来なかっただろ?」

「お前に誘われないと今でも行かない」

「くーっ!経験者は説得力あるねぇ」

 

仕事終わりに冷たいビールをジョッキで一気飲みしたおっさんのような声を上げる坂本は得意げな顔をしながらも、自分の考えが合っていたことにニヤリとした表情もチラつかせた。

 

僕は成績上位者の顔ぶれを見てしまった後はすっかりと興味が薄れた。

だから坂本にそろそろ帰ろうぜ、と言った。

 

だけど坂本はまだジーッと掲示板を見つめ続けていた。

 

「先に帰るよ」

 

しびれを切らした僕は坂本に行って帰ろうとした。

 

「まっさん。ここに名前を書かれたらどんな気分なんだろうな」

「それは名前が載った人間じゃないと分からない事だね」

「まっさんはどうだったよ?」

「……そうだね、どうでも良かった。自分よりも周りの人間の方が勝手に盛り上がっちゃってさ」

「今は?」

「惨めに見えるよ。こいつらはテストで良い点数を取ることを『目的』にしてるんだろうなって。そんな人間にテストを取り上げられたら(社会人になったら)、目的を失ってだらしない人間になるんだろうね」

 

もしくは難関大学に入りたいから勉強して点数が良いのかもしれないけど、大学に入ることが「目的」になってたら、入学した後はクズみたいな人間が3分クッキングより早く出来上がるんじゃない?

 

間違いなく僕が他人に言える立場の人間じゃないのは承知の上。

だけど、僕は。

 

あの時、勉強しか見えていなかった視野の狭さを、一生悔やみながら生きていくんだ。

 

 

 

 

坂本と別れた僕は、いつもは晴れた気分で下校を始めるのだけど今日はあまり気が乗らない。

理由は簡単で、今日は相棒である自転車では無くて徒歩で来ているから。

 

相棒は今日行く前にタイヤの空気が抜けていることに気づいた。

ボロボロの相棒を見捨てない僕は、そのまま自転車の修理に出した。だから今日は学校に10時くらいに行った。

 

なので今日は徒歩で帰宅する。

テスト返しと言う行事のせいで半日で終わってしまう学校を、今日だけは鬱陶しく思えた。

自転車の修理は早くても夕方までかかるらしい。

 

 

「悠仁先輩っ!」

 

 

憂鬱な時に、頭の中に戸山さんの声が響いた。

一瞬でも心がドキッとしてしまうのは女の子に慣れていない男子高校生なら誰しもが経験するし、分かりあえるような気がする。

 

下校中に戸山さんの幻聴が聞こえるほど疲れているのか、と思うと自然と目をゴシゴシと擦った。

前を向いた時、一人の見覚えのある女の子が手を振っていた。

 

「えっ、戸山さん!?どうしてここにいるの?」

「えへへ。悠仁先輩に会いに来ましたっ!」

 

戸山さんの何気ない笑顔が渇いた僕の心を鷲掴みにする。

幻聴では無かったことに対する驚きと、彼女のドキドキとさせるセリフに僕の心が忙しなく暴れ出していて、そのせいなのか分からないけど顔から汗が一滴あふれ出した。

 

わざわざ僕の高校の前まで来てくれるんなんて思ってもいなかったし、そもそも連絡とかあったっけと色々な情報を次から次へと脳内に入れていくから僕の脳は処理しきれていない。

そろそろぷしゅう、と頭から湯気が出そうになった時に、戸山さんは口を開いた。

 

「テストも終わりましたし、気分展開にお買い物に行きませんかっ!」

「ひゃい!」

 

口もろくに動かすことも出来ずに噛んでしまった。

 

「あははは!悠仁先輩って面白いですねっ!意外な一面をみつけちゃった!」

「か、噛んだことは忘れてくれ!」

「忘れられるように努力します!それより速く行きましょう!」

 

戸山さんは僕の右手首付近を掴んで小走りに走り出す。

制服の上からでも、女の子の手が触れている感触が伝わる。嬉しいやら恥ずかしいやら整理のつかない幾つかの感情。

 

急に引っ張られて小走りをするけど、足がもつれていつ転んでもおかしくないような感じがして新しい感情がまた一つ加わった。

 

心地よい風が戸山さんの制服をくすぐる。

ふわっとした彼女の、女の子らしい香りが鼻をこちょこちょとする。

でもどうしてだろう。初めて嗅いだはずなのに、まるで小さい頃よく遊びに行った友達の家に入るような気持ちになった。

 

ああ、これで一体幾つの感情が湧いてくるんだ。

もう疲れたから軽く目を瞑って、戸山さんが引っ張ってくれる方向へ進むことにした。

 

 

 

 

「とうちゃーく!……あれ、悠仁先輩?顔赤いですよ?」

「はぁはぁ……走ってたら暑くてさ」

「確かに、今日ちょっと暑いですよね」

 

手でパタパタと顔に風を送る戸山さん。

確かにもうすぐ6月とはいえ夏本番なんじゃないかってくらいの気温があるのも要因ではあるけれど、僕の顔が赤いのは別の要因があるという事を今回は言わないでおこうと思った。

 

長袖シャツの袖を3回折って腕まくりをして、額に着いた輝る雫を右手でグイッとふき取る。

どうやら戸山さんに連れられてショッピングモールに来たらしい。ここのショッピングモールは規模が大きくて地元の高校生はもちろん、大学生や主婦など幅広い年代の人間がたくさんやってくる。

 

久しぶりに来るからもうどんな構造をしているのか忘れた。

 

「悠仁先輩……その、ここまで来ておいてなんですけど……受験勉強とか大丈夫、ですか?」

 

もし忙しいとかだったら今からでも断ってくれても大丈夫ですから、と戸山さんはゴニョゴニョと尻下がりにトーンが低くなる。

世の受験生でせっかちな人とか真面目な人とかは顔色を露骨に変えたりしそうな気がする。

 

僕はどんな人間に当てはまるかはまだ戸山さんは分かってないと思う。

それに戸山さんも言ったよね。

 

「戸山さん」

「は、はい!」

「さっき戸山さん、言ってくれたよね。『気分転換に』ってさ。だから気にしなくて良いよ」

 

僕の声が珍しく他人の心の中にスッと入っていって何かを動かす動力になったような気がした。

彼女の瞳が潤いをまして、太陽の光と相まってより一層キラキラしているように見えた。

 

彼女は、このように輝いている方が似合ってる。

僕は本気でそう思うんだ。

 

「ありがとうございますっ!それじゃあ行きましょう!」

 

 




@komugikonana

次話は6月7日(日)の22:00に公開します。
新しくお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます。
Twitterもやっています。良かったら覗いてあげてください。作者ページからサクッと飛べますよ!

~高評価をつけてくださった方々をご紹介~
評価10と言う最高評価をつけて頂きました スーパーラッキーボーイさん!

この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!
これからも応援、よろしくお願いします。

~次回予告~

友達と、それも女の子と学校帰りの制服でショッピングモールにやってくるなんて僕はこれっぽっちも考えていなかった。
だけど現実は不思議なもので、実際に経験してしまっていて、実感が湧かないようなフワフワとした視界がぼんやりと動き始める。

複数あるアパレルショップを出たり入ったりと忙しなく動き続ける戸山さん。
僕はあまりお洒落に関心が無い人間だからどれが良いとか今年の流行とは分からない。
だけど関心が無かったからこそ面白いと思える部分も多少はあって、脳が未知の知識を吸収しようとしていた。


「戸山さん、音楽の事で何か悩んでるでしょ?」


では、次話までまったり待ってあげてください。

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