そして、僕にとっては運命と言う名の歯車が間違いなく動き始めた日になった、ある日の土曜日。
どうしてここで過去形を使ったのかは後で説明するから今は聞き流してほしい、なんて心の中で勝手に注意喚起しておく。きっと誰も気にしないだろうけど、一応。
土曜日なのに学校があるというのは、公立の高校生ならありえない事かもしれないけど私立の高校だったら割と普通にあるらしい。現に僕たちの高校もある。
加えて今日は授業じゃなく、体育大会の日だからいつものように聞いてるふりして聞いてないとかそんなだらけた行動が出来ないのであまり好きじゃない。
運動が得意な坂本とかは今日と言う一日をお祭りの様に騒ぐのだろうけど、僕はそうなれない。
走ったら足に痛みが出てくるし、加減してると差が大いに開いてしまうから。
「そういえば、今日は戸山さんが来るとか言ってたっけ」
僕が愚痴の様に彼女に話していたら、本当に彼女が来るようになった。
ただ、詳しく時間帯とか教えていない。と言うか戸山さんサイドから聞いてくることも無かった。
大体午前中から始まるという事くらいは予想がつくだろうけど、終わりの時間帯とか知りたくないのだろうか。戸山さんだって暇じゃないだろうし、バンドの自主練とかもしなくちゃいけないだろう。
「行ってきます」
「張り切ってケガしないようにねー」
「分かってるよ」
母さんがからかい口調で答えてくれた。
土曜日は朝からの仕事は無く、夜からの仕事は通常営業なので僕が家に帰ってくる頃には仕事に行っているのだろう。
自転車にまたがって、いつものようにゆっくりとしたスピードで学校に向かう。
ただいつもと違う事と言えば、今日のKAACの事をぼんやりと考えている事。クラスから3人選抜されるのだけど、僕以外の2人は1週間前くらいから対策をしていたらしい。らしいというのは坂本や他のクラスメイトから聞いた話。
僕はいつものように何もしていないから不安になる。
正解できなくてみんなの前で恥をかいてしまうんじゃないか、とかそんな不安じゃなくて残念な結果に終わった後の他の2人が嫌味を言ってこないかと言う事。
「苦手なんだよなぁ、あの2人」
根暗で休み時間もひっそりとしてるから何を考えているのかなんて分からない。
一応うちのクラスの中では成績は優秀な部類らしいから、変なプライドとか持ってたら面倒だ。
まぁ、なるようになるか。
そう決め込んだ時には、もう学校の駐輪場に着いていた。
高校生の体育大会にもなると案外教師による監視も少なく、校舎内だったら割とどこにいても良い。
文武両道を掲げているから勉強面とこういう行事のオンオフははっきりとしている。それほど厄介ごとを起こす生徒がいないという裏返しでもある。
もちろん外で競技をしている友人に熱いエールを送るのも、友人とのどかに話しながら競技を見るのも正しい青春の送り方だと思う。
「あ、悠仁先輩っ!おはようございます」
「戸山さん、おはよう。本当に来たんだね」
僕は校舎の、あまり人通りのない廊下の壁にもたれながら携帯を触っていると、戸山さんがやってきた。
この学校の敷地内で会う事が無いはずなのに、こうして会っていることに不思議な感覚に陥った。
だからどうして彼女が僕のいる場所が分かったのか、と言う真っ先に出てくるはずの疑問が出てこなかった。
「悠仁先輩の出番はいつなんですかっ!」
「いや、まだまだだよ……そんなにワクワクしすぎちゃうと期待外れだった時の落胆が大きいから落ち着いて、ね?」
「悠仁先輩は期待を裏切らない素敵な男性ですよねっ!」
もう反論するのは辞めようって素直に思った。
だから僕はちょっと苦い笑いを含めた笑みを彼女に送った。
誰もいない廊下。
静かな廊下に、真夏の綺麗な鈴の音の様に僕たちの会話は響いている。
「ねぇ、戸山さん。少し歩かない?なんちゃってデート、みたいな感じで」
「デ、デートっ!?」
いつもなら元気はつらつに行きましょう、とか言う彼女の反応が今日は違った。
まるで大ファンな有名人が目の前に現れたかのような、突然の出来事と照れくささが交わっているような彼女。
今まで戸山さんから何回もデートみたいなことを僕に誘ってきたのに、僕が誘ったら照れるのって変な感じだ。
でも女の子ってそういう生き物なのかも、とハリボテで出来た僕の薄っぺらい知識がそう結論づけた。
あれ、今いるこの場所ってこんなに暑かったっけ。
「悠仁先輩も照れてる?照れてますよねっ!」
「ほ、ほら!早く行こう」
僕はササッと足早に廊下を後にする。
どうしてそんなに急いだかと言うのは暑いから、速く歩けば涼しい風が僕を包み込んでくれるからだ。
後ろから戸山さんが小走りで着いてくる。
実は頭の中では教室に連れて行こうかなって思った。だけど身体は僕の意志とは無関係に違う場所に向かっていた。
階段を上り切り、重たいドアをガシャッと開けた。
「ちょっと殺風景だけど、ある意味ロマンチックじゃないかな」
「えへへ、そうですね」
真っ白な塗装が一面に広がり、少し上を見上げれば青空の澄んだ青が交差する屋上。
特に立ち入り規制とかないけど、人がほとんど来ないこの場所に僕は戸山さんを呼んできた。
「ねぇ戸山さん」
「何ですか?」
屋上のフェンスにもたれながら戸山さんに話しかける。
戸山さんも僕と同じように背中を預ける。下からは生徒たちが競技に打ち込んでいてそれなりの熱気が伝わってくる。
僕がいない事に気付いているクラスメイトがほんの一握りだろうし、いないからと言っていつも僕が平気でやってる遅刻とかと違って別に悪い事ではない。
だからかな、いつもより清々しいという気持ちなのだろうか、少し柔らかい表情が顔からにじみ出ていた。
「今日ここに、来たいって思わせたきっかけって何か教えてくれる?気になっちゃって」
「そうですね……」
少し下を向きながら戸山さんはうーん、と小さくうなりながらどう言葉で表現するか思案しているみたいだった。
すっと顔を上げて、戸山さんは僕の顔をジッと見つめてきた。
今の彼女はまるでおとぎ話に出てくるヒロインのような、キラキラとしているけれどしっかりと存在感のある目をしていた。
「自分の気持ちを誤魔化すとか、そんな器用な事は出来ないからちゃんと答えますね?」
悠仁先輩と過ごしたかったんです。
そう口が動いたし、僕の耳にもそう聞こえた。
僕の目の前に来て、手を後ろで組んで少し前のめりになりながら、少しのイタズラ心が垣間見えるような無邪気な笑顔だった。
「悠仁先輩といると楽しい。それにどうしてかな、心からドキドキするんです」
「そっか」
今の時点で戸山さんの事をどう想っているのかなんて関係なく、彼女の出した答えがしっくりと来た僕はポケットに手を突っ込みながら青い空を見つめた。
僕と過ごしたい。
捉え方によっては一種の告白みたいに聞こえる言葉だったけど、今はそういう風にとらえない事にした。
その代わりと言えばなんだけど気持ちをキュッと、濡れた雑巾から水分を搾り取るように気持ちを引き締めた。
戸山さんは本音で答えてくれた。
だから僕もそれに向き合って答えなければ失礼だよね。
「体育大会が終わったら、どこかでごはん食べよっか。僕も戸山さんと一緒にいたいし」
「は、はいっ!もちろんです!」
「どうせなら、戸山さんにかっこよく見られたいし……」
久しぶりに頑張るからさ、見ててね。
二人っきりの、とてもとても静かな屋上。
だけど確かに、僕たちはかけがえのない「何か」を刻んだ気がした。
@komugikonana
次話は7月19日(日)の22:00に公開します。
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これからも応援、よろしくお願いします。
~次回予告~
学校の屋上で戸山さんと、後から思えば顔をほんのりと赤く染めるくらいには十分な恥ずかしさが襲ってきた宣言をした。
あの後も戸山さんと他愛もない話を屋上でした。
幸いにも僕たちが屋上にいた時間に他の生徒がやってくることは無かった。
二人で何を話していたのかと言う内容を聞かれると答えるのが難しい程、本当に他愛もない話をしていた。
そんな時間に終わりを告げたのは僕の方だった。
「私、応援してますからっ!」
では、次話までまったり待ってあげてください。