高校生活、いや、学生生活で恐らく最後であろう体育大会が幕を下ろした。
最終種目であるKAACは近年まれにみる白熱した展開だったらしく、下級生は大いに盛り上がったと言う。
ちなみに僕の同級である3年生からしたら、こうなるのも薄々予想は付いたらしい。
僕たちのクラスは解散時間までお祭り状態に近かった。
教室に戻るとクラスメイトが僕をもみくちゃにしてしまって、髪の毛がボサボサのままホームルームを終えた。
このままの髪型で戸山さんに会ったら、きっと彼女は口元を抑えながら笑ってくるだろう。
それも面白いかもしれないけど、ちょっとダサい格好で会うのも気が引けるという左右どっちにも触れる壊れた磁針のような気持ちがあっちこっちする。
冷静に考えれば後者の方が圧倒的に印象が良いよな、と言う判断から僕はトイレに向かう事にした。
多少水で濡らしたら髪の毛も言う事を少しは聴いてくれるだろう。
そう思って教室から出ると、戸山さんとは違う女の子が、僕を待っていた。
「ちょっとだけ私に時間、ちょうだい?」
僕はその女の子と一緒に隣同士で、適度な距離感を保ちつつ、静まり返ったS特進クラスの教室に入った。
黒板も机も、椅子も僕たち総合進学クラスとは違う上質な物。人間は慣れる生き物だから不自然に柔らかく腰に負担の無い椅子は少しこそばゆく感じた。
「ちなみに、僕を呼んだのは勝利宣言でもするため?」
「へへへ、近いかも」
僕を呼び出した女の子である桃子は、ふんわりとした笑顔で僕の顔をまっすぐ見てくる。
近いってことは僕の冗談は案外的を得ていたらしい。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるけど、こんな時に当たってしまってもなぁとも思う。
「えっと、町田君、て呼んだ方が良い?」
「そりゃ俺の名前は町田悠仁だからな」
「違和感あるなー。こんなことなら最初から悠仁、って呼んどけばよかった」
両手を頭の後ろに組んで斜め上に視線を向ける桃子。
年相応の、だけど少し控えめに膨らんでいる女の子の象徴が強調される。
「それ、心理学でコブラポーズって言われてるからあんまりしない方が良いよ」
「町田君は私に負けちゃったからこの場合は何も問題は無いのだ」
「なんか腹立つ」
「それに心理学がすべて当てはまったら、社会はもっと上手く効率的に回るって」
この子ってそんなに物事を達観的に見る子だったっけと違和感を覚えた。
その違和感は桃子の口から出た言葉で何となく咀嚼することが出来た。
「そう、もっと上手く回るはずなんだよ。悠仁君みたいな境遇なんて軽くぶっ飛ばせるくらいには」
結局苗字ではなくて名前で呼ぶのかよ、って突っ込んでやろうかと思った。
ちょっと真面目そうな雰囲気だから喉の奥に流し込んだけど。
「どういう事?」
「ごめんね。私、聞いた。先生と坂本君から」
「『物事の流れを当たり前と捉えないで疑問に思え、それが学習の第一歩』って教えたのは僕だっけ」
「そんな事もあったね。私は今でも思い出せるよ、あの時の悠仁君」
「そっか、疑問に思ったか」
「ちょっと違うかも。疑問じゃなくて心配」
「心配?」
「悠仁君、急に人が変わったみたいになったから」
桃子の言葉が、心臓をチクチクとさせる。
桃子との出会いは入学式の次の日に行われた学力テストだった。そのテストでクラスの最下位だった桃子は放課後に教師からこれから頑張るようにネチネチと言われたらしい。
そんな女の子が今やこの高校の首席なんだから感慨深い。
「だけど今日、やっぱり悠仁君は悠仁君だって思ったよ。あれから一切勉強してないくせにドンドン問題を解いていくんだもん」
「たまたまだよ、たまたま」
「でも私は一つだけ納得がいかない。どうして最後の問題、わざと間違えたの?」
もう疲れて休みたかったから、とか言ったら1時間くらい小言を言われそうな気がしたからその言い訳は無しにしておく。
桃子も真剣な顔をして聞いてきているから彼女の気持ちに応えたい、とも思った。
「そうだな……ひと昔前に戻ってしまいそうになった、から」
「ひと昔前って、悠仁もまだこのクラスにいた頃?」
「過ぎ去った過去に戻ったらいけない。過去は変わらないんだから。後悔、してしまうから」
後悔しないようにしているのに、心のどこかでは何かが引っかかるんだ。
だから僕は過去は過去で区切りをつけている。
たまに過去と今がつながっていてそれらが新しい未来を創るとか言う人もいるけど、僕にはそんな思想を聞いても首を縦に触れない。
もし目の前に魔法使いがいて、過去にタイムスリップ出来ると言われても間違いなく断る。
「そっか。ごめんね」
「何もお前が謝る必要なんてないよ」
「それでも、ごめんね」
小さな体を更に縮こまるように頭を下げる桃子は、あの頃の桃子と似ているけれど明確に違う部分も垣間見えた気がした。
僕はふーん、と浅く広いため息をついてから、桃子の頭の上に右手をふんわりと乗せた。
彼女はえっ、と言う声をあげた。
「おめでとう、桃子」
「それ、私が補修終わりに初めて掛けてくれた言葉と一緒じゃん。……でもー、悠仁君に勝った気がしないなぁ」
「勉強に勝ち負けの優劣なんか無いって」
「それも言われたー」
桃子の頭に乗せていた手をゆっくりと離してから、僕は彼女にそろそろ帰ると言った。
もう戸山さんは校舎内にいないかもしれないけれど、少しの希望と今日の出来事の余韻に浸りながら一人で歩き回りたいと思ったから。
桃子は小さく頷きながらばいばいと手を振ってくれた。
僕は彼女に手を振り返した。
教室でそんな出来事があって僕は静かな校舎内を歩き回った。
もし僕の傍に君のような人間がいたらきっと一人に見えるかもしれないけれど、僕にはすぐ隣に僕にぴったりと寄り添っている真っ黒い影がいる。
その影は今日もニヤリとした口をしているように感じた。
「流石にもう誰も校舎内にはいないかな」
腕時計を見るともうすぐ6時になろうとしていた。
別に戸山さんと出会って今日の僕の活躍を褒めてもらって良い気になろうとか思ってないのに、無意識に頭の中で彼女を求める自分がいた。
横にぴったりとくっついている黒い影は今にも気味の悪い声をあげそうな表情をしているけれど。
「……ですか!?」
静かな校舎内だから、案外遠くにいるであろう話し声も聞こえた。
それにその女の子の声は、僕の頭の中で思い浮かべているあの子と完全に一致した。
僕は自然と声の聞こえた方向へと足を動かした。
その時の僕の感情は、単純だった。だから戸山さんが誰と「話」をしているのかなんて考えもしていなかった。
段々と話し声が聞き取りやすくなってくる。そうか、もう近いんだ。
この壁を越えれば、きっと戸山さんがいる。僕はなんて声を掛けようかなと考えながら。
「まっさんには言うなよ?約束だからな」
「分かりました」
一瞬にして、僕は我に返った。フワついていて浮足立っていた僕の気持ちを急降下させて無理矢理地面に着地させた。
高いところから飛び降りる時のような、心臓がキュッと縮こまるような気持ちの悪い感覚が襲ってくる。
どう、なっているんだよ。
咄嗟で彼女らからみて死角になる壁に張り付いた。
息が乱れすぎている。僕は全速力で走ってここまで来たわけでは無いのに1500mは走ったかのような息苦しさがある。
そんな僕の状態なんか知らない戸山さんと坂本は笑顔で指切りをしていた。
まっさんにこんな事したって言ったらガチでキレられるからさ、と言う明るい声を出す坂本。
僕がキレるような事をしている自覚はあるんだ、ふーん。
すぐ隣にいた黒い影は笑みを浮かべながら良く分からない動きをしている。
「いいかい、香澄ちゃん?」
力の入った右手はギリギリと柔らかい掌の中に食い込んでいく。
僕はこの後の一言を耳の中に聞き入れた後、すぐにその場から立ち去った。
きっともう一人の影のような、ニヤリとした表情と正反対な感情を僕は顔に出していたと思う。
「まっさん、いや、悠仁とは終わりにしような」
@komugikonana
次話は8月2日(日)の22:00に公開します。
新しくこの小説をお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます。
Twitterもやっています。良かったら覗いてあげてください。作者ページからサクッと飛べますよ!
~高評価をつけて頂いた方をご紹介~
評価10と言う最高評価をつけて頂きました たかたか0205さん!
この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!
これからも応援、よろしくお願いします!
ついにこの小説「今を繋ぐ赤いお守り」の投票者が50人になりました!!
これで6作品連続で評価バーが赤色ですべて埋まりました!
これも応援して頂いているみなさんのおかげです。これからもよろしくお願いします!
~次回予告~
「僕さ、見ちゃったんだ。そして聞いちゃった。君と坂本の会話」
「僕と終わりにするんでしょ?どうせ遊ばれるんだったら僕の前で遊んで欲しかったよ」
「……悠仁先輩、さようなら」
では、次話までまったり待ってあげてください。