最初は久しぶりの二人乗りにバランスを取るだけで大変だったけど、少ししてからだんだんと感覚を取り戻してきた。
自転車はペダルを漕ぐたびにギシギシと音を鳴らしているけど、そんな音とは正反対にたくましく僕らを運んでくれる。
心地の良い春風の中、僕は後ろに乗せている女の子が言っていた方向目掛けて突っ走る。
「その……ありがとうございますっ!」
「ん?あぁ、良いよ。僕としては君にケガが無かっただけで充分良かったし」
もし自転車で徒歩の人をケガでもさせたら大ごとになってしまう。
自転車もある意味では自動車のようなくぐりではあるから、お金のない僕の家で慰謝料なんて払えたもんじゃない。
そんなつもりで言ったんだが、後ろの女の子はえへへ、と照れくさそうに笑っていた。
僕の言葉をどのようにしてとらえたのかは分からないけど、まぁ良い。
「でも、良いんですか?」
「何が?」
「君も高校生、だよね?」
「うん、一応ね」
「一応?まぁいいや!もしそうだったら君も遅刻だよ!」
この女の子の言う通り、間違いなく僕は遅刻をするだろう。
しかもこのまま事が進めば朝の会が終わった後くらいにこっそり入れるような状態ではなく、授業の途中で教室に行かなくてはいけないパターンだね。
そこまで盛大に遅刻するんだったらせめて昼くらいまで遅刻したいなぁと学生なら誰もが持っているであろう、心の中にある堕落の芽がぴょこっと吹いた。
「そんなに遅刻ってしたくないものなの?」
「だって遅刻したら先生に怒られるし~……あっ、多分有咲にも怒られちゃう!と、とにかく遅刻したらシュン、ってなっちゃうから嫌っ!」
そうか、そういう考え方もあるんだって僕は少し聞き入ってしまった。
僕は別に怒られてしまったからと言って、過去は戻せないから今更言っても仕方がないじゃんって達観しきった気持ちになるから。
同じ人間でも。こうも考え方が異なる。
どうしてこんなにも考え方に変化が付くのだろう。
周りにいてくれる友達の影響?
好きな漫画の主人公の影響?
それとも……。
ああ、きっとそうだろう。
僕は自分で勝手に解決したのは、間違いなくあの経験からだ。
「じゃあ少しスピード上げよっか。早く学校に行きたいんだろ?」
「うんっ!でも勉強は嫌、かな……」
「同じだね。僕も勉強は嫌いだから」
「そうだよねっ!えへへ」
僕は徒競走で最後の力を振り絞るかのように足に力を入れて自転車を動かす。
この女の子も勉強は嫌らしい事にちょっとした共感を得たことに心が揺れ動いた。
学生の身分でありながら勉強が好きな人なんてほんの一握りだと思う。
勉強の大事さは大人になってから痛いほど分かるって母さんが言っていたけど、まだ子供の僕には一切分からないし、大人になっても嫌いなままな自信がある。
僕が勉強が嫌いな理由は、みんなとは一線を画しているような、全く違う理由だから。
それはきっと、この女の子にも当てはまるはず。
彼女は「
「ところで、君の名前は?教えて!」
自転車を動かしていくにつれて、景色が変わっていき、恐らくこの女の子の高校であろう姿がぼんやりと見えてきた時に僕の背後からそんなやさしい声が聞こえた。
春風の柔らかな風が僕の顔をゆっくりとなでているかのようなむず痒さを覚えて、思わず右手の人差し指で鼻の下あたりをポリポリと掻き始めた。
「別に僕の名前なんか覚えてもテストの点数は上がらないよ?」
「良いじゃん、ケチっ!ね、ね?良いでしょ?私も教えるからっ!」
「また会える確証なんかないよ?」
「ぜーったい、また会えるよ!」
どこからそんな自信が湧いてくるんだろう。
絶対と言う言葉ほど、信用のできないものはないって僕は思っているから返答を沈黙で返してしまう事になった。
でも意外な事にこの沈黙は長くは続かなかった。
「悠仁、って呼んでくれたら良いよ」
「悠仁君っ!よろしくね!私は
僕が沈黙を破るきっかけを作ったから。
信用できない言葉だけど、もしかしたら彼女の言う通りになるかもしれないってほんのちょっとだけ思えて、その信用できない言葉の行く先を見守ろうと思った。
僕が自転車で高校まで送っている彼女、戸山さんは今までよりギュッと僕の制服を掴んだ気がした。
「戸山さんの高校はここで間違いない?」
「うん!本当にありがとっ!」
校門の横に自転車を止めると、戸山さんがお礼を言いながら僕の前まで歩いてきた。
さっきまで戸山さんを乗せていた重みがスッと消えて、心に隙間風が通るようになったような気がした。
この時、僕は初めて戸山さんの顔をじっくり見た。
声の感じからも想像できたけど、明るい表情を出していて、それでいてかなり顔が整っていた。
確かここの高校は女子高だから、もし戸山さんが共学の高校に通っていたら大人気なんじゃないかなって一番最初に思った。
「悠仁君、ばいばい」
戸山さんは手を大きく振りながら走って校門の中に入っていった。
戸山さんと同じ制服を着た登校中の女生徒たちが不思議と好奇に満ちた視線を僕に浴びせていたから小さくしか手を触れず、そのまま流れるように自転車に乗った。
自転車はキュキュキュ、と良く分からないさび付いた音を立てていた。
そのまま学校に行っても面倒なので適度に遠回りしながら学校に向かう事にした。
背中にはさっきまで感じなかった風が今はたくさん吹き付ける。
戸山さんと共にいた時間はとても早く、でも濃く感じた。
他人と話すのが嫌いという訳ではないけど得意でもない僕にとっては新鮮な経験だった。
「本当にまた会えたら、面白いかもな」
誰にも聞かれていないからこそ呟ける本音を漏らす。
本音は春風と共にどこかに飛んで行ってしまうけど、心にはあり続けるだろう。
限りなく低い可能性だから、期待したくなるんだね。
無意識に軽く好きな曲を口ずさんでいると、僕が通っている高校が見えてきた。
中高一貫で大きく、立派な私立学校であるこの高校に遅刻をする人間は案外僕ぐらいしかない。
駐輪場のいつも止めている場所に自転車を置いて、施錠をしてからゆっくりと歩いて下駄箱に向かっていく。
その時に偶々生徒指導の先生が歩いていて目が合った時、僕はものすごく分かりやすい顔をしたんじゃないかなって思った。
「悠仁、また遅刻しやがったな」
「今回は仕方なかったんですよ、先生」
「その言い訳は何百回と聞いて聞き飽きたぞ?まぁ話の続きは生徒指導室な」
また生徒指導室か、と思いながらも口に出してもため息をついても逆効果だから自分の気持ちをグッと我慢して先生について行く。
生徒指導の先生は悪い人じゃないし、僕の事を苗字でなく名前で呼んでくれるから悪く思っていないのは分かるんだけど面倒なものは面倒くさい。
生徒指導室について、いつものように平謝りをして束縛を解放される。
丁度一時間目の授業の終わりを告げるチャイムがなったから、僕は先生から半ば強引に手渡された原稿用紙を持って自教室に向かう事にした。
楽しい事があれば辛い事もある。今回ばっかりは目を瞑っても良い。
「あ、悠仁、おっす」
「久しぶり……みんな下の方に行ってるけど何かあったの?」
「そんなもん決まってるだろ!新入生の美少女をサーチしに行くんだよ。お前も来いよ」
「遠慮しとく」
「しけてんなぁ」
1年の時に同じクラスだった奴と出くわして、適当に会話を成立させておく。
そいつは今もS特進クラスのエリートで頭は良いはずなんだけど、良くも悪くも本能で生きてるんだって思う。
入学時から限られた奴しか入れないエリートの実態があんなのだって新入生にばれたらどうするんだろう。
僕には関係が無い事だけど。
その後、僕は休み時間の数分をすべて反省文に費やし、授業中も反省文を書き続けた。
授業の板書は一切書いてないけど、いつもの事だから気にはならなかった。
だけど、時折戸山さんの事は気になってしまった。
@komugikonana
次話は4月5日(日)の22:00に公開します。
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まだまだ始まってばかりですが、これからもよろしくお願いします。
~次回予告~
僕は頬杖をつきながら、親友である坂本の話を聞き流していた。
それに坂本と今年一年は恋をしないとかそんなバカみたいな約束はした覚えがないし、今の僕には恋なんて興味が無い。
だけどあの日から、時折、僕の脳裏にあの女の子が浮かび上がってくる。
髪型が一風変わった、猫耳を付けているようで、笑顔がとっても眩しかった戸山さんの事を。
登校も下校も、何気なく心に緊張感が走るようになった。
もしかしたらまた会えるのかなってね。
それともやっぱり、絶対と言う言葉は嘘つきなのか。
次話までまったりまってあげてください。