汗をダラダラと垂らしながら起きる朝ほど気怠い朝は無いと僕は思っている。
夢から覚めた僕は真っ先に時刻を確認する。どうやら10時を回っているらしく、普通だったら学校に行って退屈な授業を聞いている頃だ。
僕は汗を流すためにシャワーをサッと浴びることにした。
夢から覚めて、モノクロに映っていた視界はすべて淡い色がついている。いや、人間が目を通して物体を見るしカラーで見えるのは当たり前だ。
だけど掠れた色でしか見えないように感じるのは、気のせいではないようだ。
戸山さんに一方的に言って別れを切り出したあの日からおよそ2週間が経過した。
僕はその日から一度も学校に顔を出していない。
母さんは流石に僕に何かあったのではないかと心配していた。だけど僕はその理由を母さんに話すことは無かった。なんか、バカらしいから。
母さんはそんな出来損ないでどうしようもない息子である僕を叱ることは無く、あまつさえ「人生は長いのだから休憩くらいしちゃいなさい。でもどうしても我慢できなくなったら母さんに相談して」と優しく言葉をくれた。
僕はいつから他人に迷惑ばかりかける人間になってしまったのだろうか。
死にたいとは思わない。だけど僕がこの世界に存在してほしい程のかけがえのない存在ではないし、消えて楽になりたいとも思う。
結局、消えてしまいたいけど死ぬのは怖くて勇気が出ないだけ。
「もうすぐ期末テストだけど、受けなかったら卒業に響くかなぁ」
シャワーを浴び終わってバスタオルで身体についた雫をふき取りながら、誰もいない家で誰かに聞いて欲しそうな声を零した。
もし卒業できなかったらまた高い学費を母さんに負担してもらわなければならない。そしたらまた迷惑を掛けてしまう。
「……ほんと、僕は何がしたいんだろ」
心がズキッとした。
そして頭が痛くなって吐き気にも襲われた。こんな時は大体僕の傍には黒い「何か」がニヤニヤとしながらくっ付いているんだ。
特にどこか外に出るとかは無く、シャワーを上がったその足で自室に再び入ってベッドの上で三角座りをしながらシミのついた天井をぼんやりと見つめる。
「僕はただ……」
一人で言葉をブツブツとこぼしていく。まるで悩み傷ついた人間が大切な人に向かって零す愚痴の様に。
僕はただ、戸山さんには笑顔でいて欲しかった。
どういう接点で出会ったのかは分からないけど、恐らく体育大会だろう。そこで坂本は戸山さんと出会って、坂本はそのまま彼女の事が好きになったのだろう。
戸山さんは僕の憧れで、どんな形であれ彼女が幸せだったら良いんだ。
僕がこんなにも心が痛いのは、それなりにだけど、戸山さんと過去の大切な1ページを何枚も作ってきたからだろう。
頭が痛い事やたまに催す吐き気も、きっとそれが原因だ。そうに違いない。
「どうせ僕が戸山さんと一緒になったって、幸せにもならないんだ。だって僕は迷惑を掛けるだけの木偶の坊だから」
ため息と一緒に出した、何気ない言葉に僕ははっとした。
今、僕は無意識に「戸山さんと一緒になったって」と言った?どうして僕はそんな事を言ったんだ?
気付けば僕は無意識に右手の人差し指で髪の毛をグルグルと巻いていた。
同じ無意識な行動だ。だったら僕が言った言葉の真意は。
「ダメだよね。僕がそんな気持ちを持ったら」
だって僕は死ぬ前の父さんと約束をしたんだから。
父さんは頭の良い人だった。だから彼の言う事は当時の僕には難しかった。だけど約束をした時は誰にでも伝わるように言ってくれた。
ずっと三角座りをしていたら、なんだか眠たくなってきた。
どうせ僕には特にやることなんて無い。考えることは戸山さんの幸せと、僕の進路についてぐらいだろう。
卒業日数の観点からしたら明日は学校に行かなくてはいけなくなるだろうから、今日はもうちょっと休ませてもらおう。
ピンポーン
そんな時に僕の家のインターホンが鳴り響いた。
平日の昼前から用事があるなんてどれだけ暇な奴なんだって思った。きっと宗教勧誘のおばさんが根拠もない教えを広げようと精力的に活動しているのだろう。
その後何回もインターホンを鳴らすから、僕は仕方がなく出ることにした。
話を一方的に終わらせてはいお疲れ様でした、と言う言葉を疲れ切った眼で言う僕の姿が想像できる。
鬱陶しそうにドアを開けた。
「お疲れ様でした……って、あれ?」
僕は戸を開けてから、予想の斜め上を超えてきた人物が目の前に立っていて、思わず固まってしまった。
何の為に僕の家にまで来たの?
わざわざ何かの嫌味を言うために来たの?
ただの思い付きか?
色々な言葉が頭に浮かんだけれど声に出すまでには至らなかった。
「久しぶり、まっさん」
彼が、坂本が満面の笑みで右手をよっと挙げていたのだ。
「いやー、わざわざ悪いな。家の中に入れてもらえて、更には冷たーいお茶まで出してくれてさ」
「もしかしてじゃないけど、嫌味かな」
「そんな訳ねぇだろ」
初めて僕の家に来たくせに、まるで何回もお邪魔したことがあるかのようにソファにくつろいでいる坂本の顔面にグーパンチでもお見舞いしてやろうかって不覚にも思ってしまった。
一応今日は平日なんだけど、と言うツッコミは僕にも当てはまるからやめておこう。
「まっさん、元気にしてたか?」
「まぁね、おかげさまで」
「クラスのみんなが心配してるぜ?主に女子たちだから俺からしたらムカつくけど」
「それは、お互い様だよね」
「お互い様な訳あるか、バーカ」
談笑も交えながら話すのも学校の外では久しぶりで、なんだかむず痒い。
ちなみに僕は笑顔を坂本に向けているけれど、ムカついているのは本音だ。お前が僕の家に来るのは構わない。だけどどうして「今」なんだ。
「これ、まっさんが休んでた時に配られたプリント。くしゃくしゃなのは文句言うなよ?」
「うっわ、一回ゴミ箱にでも捨ててた?」
「うるせえぞ。俺が整理整頓出来ると思ってんのか」
実際坂本は整理整頓が苦手なタイプだってことは知ってる。
だけどくしゃくしゃでも文字が読めたら良いか。それに明後日からテストだしプリントに書いてある部分だけサラッと読めば欠点くらいは回避できるだろう。
「ちなみにだけどさ、まっさん」
「うん、何?」
坂本は急に真顔になった。さっきまでのヘラヘラした顔はどこにいったんだ。
僕は生憎女子ではないからときめかないぞ。
「大事な女の子が出来たらさ、お前ならどうする?」
僕は目を大きく開けてしまった。もしかしたら僕が今の一言で動揺している事を坂本に握られてしまったらまずい。
平静を装いつつ、僕は少し身体を起こして姿勢を正す。
その質問をお前が僕に向かってするのか。
ここで僕が取り乱しても良い事なんか何もない。落ち着け。
「僕だったら、その女の子が喜んでくれるような行動をするよ」
「なるほどな。面白味はないけど及第点だな」
心の中では本気のトーンでこう言った。
は?お前は誰に向かって説教してんだ、ってね。
「俺だったら、直接自分の気持ちを言う。そしてその子の傍に居るし、彼女が困っている時にはすぐに駆け付ける。遊びじゃないんだ、彼氏彼女の関係ってのはな」
僕は黙って坂本の主張を聞いていた。
だけど僕は流石に黙ってはいられなかった。堪忍袋の緒が切れたとか、そんな例えが良くされるけど、そんな生半可な物じゃない。
恐らく僕が生まれてからある古くて趣のある大好きな机。
その机を今まで無い力で叩いた。
感情が、爆発したんだ。
@komugikonana
次話は8月16日(日)の22:00に公開します。
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~次回予告~
いつもは静かで、この家に二人以上人間がいること自体珍しい
そんな日常を当たり前としていた僕としても驚いてしまった。
机を思い切り叩けば、こんなに甲高く、心臓にまで響くような音が出るんだってことに。
そして僕の目の前にいるのは、坂本と言うクラスメイト。
今日は当たり前が当たり前じゃないように思えてしまう。誰かが「当たり前に過ごすことは難しい」とか言ってたような気がするけど、今回ばかりは同意せざるを得ないかもしれない。
「まっさんこそ、なんでそんなにキレてんだ?彼女でも寝取られたのか?」
では、次話までまったり待ってあげてください。