今を繋ぐ赤いお守り   作:小麦 こな

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平日の来訪者と僕が知らなかった事②

いつもは静かで、この家に二人以上人間がいること自体珍しいこの場所(僕の実家)

そんな日常を当たり前としていた僕としても驚いてしまった。

 

机を思い切り叩けば、こんなに甲高く、心臓にまで響くような音が出るんだってことに。

そして僕の目の前にいるのは、坂本と言うクラスメイト。

今日は当たり前が当たり前じゃないように思えてしまう。誰かが「当たり前に過ごすことは難しい」とか言ってたような気がするけど、今回ばかりは同意せざるを得ないかもしれない。

 

「……誰に向かってその口叩いてんだ」

 

言葉を重く、おまけに鋭くして坂本に刺しにかかった。

それに対して坂本は表情を一切変えないまま、まるで僕の行動を鼻で笑っているような眼で見つめていた。

 

坂本の言葉は男女関係において理想かもしれない。

そんな言葉をタラタラとこぼしておいて、学校をさぼって僕に説教をするのか。

 

「まっさんこそ、なんでそんなにキレてんだ?彼女でも寝取られたのか?」

 

僕の坂本を見る視線がより一層きつくなるのが自分でも分かった。

全体における視野は狭い。だけど一点だけ、坂本だけは何があってもにらみ続けるという固い意志が瞼に力を加えさせる。

 

坂本の言い方は確実に、僕を煽っているようにしか聞こえなかった。

そして僕がこんな状態になっている理由をすべて知っているような言い方だった。

僕にはそれが、許せなかった。

 

「いい加減にしろよ!」

 

怒鳴り声をあげた後、すぐに立ち上がって坂本の胸ぐらをグッと掴んだ。

人生で初めて人の胸ぐらをつかんだ気がする。そして胸ぐらをつかむ時は想像以上の力が必要で、坂本のシャツが激しくシワを寄せていた。

 

良心が傷ついてヒリヒリするけど、気にしない。

 

「『遊びじゃない』?お前が一番ふざけてんだろうが!」

 

怒りに任せて坂本を上下に何回も何回も揺すった。

荒げた声を、感情をぶつけるたびに視界が自然と潤んでくる。どうしてこんな時って涙が出そうになるのだろう。

 

坂本は何も答えずに俯いたまま、僕のやられるままだった。

表情は良く見えないけど、どんな顔を作っているのか。考えるだけで更なる怒りがこみ上げてくる。

 

「ヘラヘラして、学校サボってここに来たかと思えば僕をバカにしやがって……」

 

きっと誰かが傍に居てくれたらもうやめろよって仲介をしてくれるかもしれない。

でもこの場所には不幸にも、そんな人がいない。

怒りを一方的にぶつけて、一人感情が高まっているだけの僕。

 

総合進学クラスに初めて入った高校2年生の時、周りのみんなは怪奇と好奇が入り混じる視線しか見てこなかった。

だけどこいつは、坂本は、最初から僕を「ありのまま」見てくれた。ちょっとチャラい感じだったけど、普通に接してくれた。

そんな坂本の裏の顔。

 

「そんなので……っ!彼女を……戸山さんをっ!戸山さんの笑顔を奪うんじゃねぇよ!」

 

 

 

 

 

 

 

すー、はーと僕の乱れた息遣いだけが部屋の静寂の中に響き渡っていた。

肩を上下にさせながらも、人生で一番大きな声で怒鳴った今この一瞬。

 

戸山さんの名前を出すのは良くなかったかもしれない。だけど彼女の事を思えば、我慢なんて出来なかった。

だって、戸山さんは僕の憧れで……それで。

 

それで……何なんだろう。

分からない。この感情が。

 

僕が坂本に向けているこの怒りの根本的な発生源が、分からない。

 

 

坂本はピクン、と僕の言葉に反応したような気がした。

坂本はまだ下を向いたまま、いわば床を見つめているかのように顔をだらんと下げている。だけど彼の身体には少しずつ力が加わっているように感じる。

 

その証拠に顔と同じように無気力で下げ切っていた右腕が、少しづつ胸ぐらをつかんでいる僕の手の傍まで近づいてきていた。

 

僕はその様子を動揺しながら、ただ見つめていた。

次の瞬間から僕の動揺は間違いなく限界まで近づいて行った。限界って言っても分からないけど、今までに経験したことのない揺さぶりが間違いなく僕の心を襲ったんです。

 

 

何故なら、さっきまでゆっくりと上がって来ていた坂本の右腕がガッ、と胸ぐらをつかんでいる僕の手を鷲掴みにしたのだから。

 

 

「分かってねぇだろ……」

「は?」

「香澄ちゃんがどんなに辛い想いをしてるか分かってねぇだろ、って言ってんだ!」

「な、なんだよ!逆ギレかよ!そもそもお前が……」

「このクソ野郎がっ!」

 

さっきから僕の身に起きている現象のほとんどが分からなくなってしまった。

勉強なんてでこんな感情が湧いた事が無い僕にとって、今の状況は目をうろたえさせるには十分だった。

 

坂本が言葉を荒げて言った後に、僕はこいつを殴ってやろうかって思った。

でもその行動にはどうしても移すことが出来なかった。

 

今度は坂本が力いっぱい僕を押して、瞬く間に僕の背中は壁とぶつかった。

ゴツン、と言う響き渡るような鈍い音と痛みが僕を襲う。

 

「お前のその良い頭は勉強にしか使えねぇのか!」

「う、うるさい!それに論点をずらすな!お前の彼女である、戸山さんの事をっ!」

「俺と香澄ちゃんは付き合ってねぇ!恋人でもなんでもないんだよ!」

 

 

えっ、と言う間抜けみたいな僕の言葉を最後にまたこの部屋に静寂が訪れた。

身体中に蔓延っていた集中力や怒りが一気に発散されて、僕は力なくそのまま座り込んでしまった。

 

これは坂本が僕を惑わせるために咄嗟に着いたウソなのか。

いや、それはあり得ない。だって坂本は真面目な表情のまま息を切らしていたのだから。こんな迫真的なウソを付ける人間はこの世にはドラマなどのフィクションの中にしか、いないだろう。

 

「で、でも……お前、言ってただろ?『悠仁とは終わりにしような』って」

「まっさん、それ、どこまで聞いてた?」

「その一部始終だけ、だけど」

 

坂本は少しため息をついた。そして小さな声で香澄ちゃんの言ってたことがこんな時に一致してしまったか、って言った。

恐らく僕に聞こえないように言ったんだと思う。そしてそれは坂本なりの、僕に対する気遣いだってことはすぐに分かった。

 

「でもさ、良かった」

「何が?」

「お前が香澄ちゃんの事、まだ想っていたって事に」

 

 

僕の心臓がいきなりキュッとなった。

それは心地の良い心の痛みではなく、何かとんでもない事を相手にしてしまった時の痛み。

ましてやそれをした相手が戸山さん。信じられないほど胸が苦しくなった。

 

「俺が、どうして香澄ちゃんと知り合いなのか。そしてあの時香澄ちゃんに何を話したか。今日はお前に言いにきたんだ、まっさん」

 

坂本はそう言いながら、僕の横に座った。

さっきまで睨んだりしていたのに、今はどうやっても坂本の目を、顔を見ることが出来なかった。

僕が怒りをぶつけていた時の坂本と同じように、下を見つめた。

 

もしかしたら坂本もその時、こんな気持ちだったのかな。

 

 

隣から、坂本の淡々とした口調で僕の知らない物語を、紡ぎ始めた。

 

 




@komugikonana

次話は8月23日(日)の22:00に公開します。
新しくお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます。
Twitterもやってます。良かったら覗いてあげてください。作者ページからサクッと飛べますよ!

~次回予告~

俺こと、坂本光輝(こうき)はいつものように帰る準備をしていた。

カバンを気だるげに肩からぶら下げながら校門を出ると、俺らの学校とは違う制服の女子生徒が誰かを待っているかの様に佇んでいた。
あの制服は確か、花女だったはずだ。

「こんにちは、誰か待ってる感じ?」

深く考えずに、俺は花女の生徒に声を掛けた。


では、次話までまったり待ってあげてください。
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