カフェで香澄ちゃんにまっさんの事を話した日の夜。
まっさんの事を話したと言ってもほんの一部で、まっさんがどんな人間だったか、そしてまっさんがどうして今の様になったのかを話しただけ。
もちろん香澄ちゃんにも注意喚起として言ったが、起こった出来事は事実だが、まっさんが取った行動の動機や真相は単なるクラスメイトの考察に過ぎない。
だから俺の考察すべてが正しいとは限らない。それにこの件に関しては改めてまっさん本人から聞いてほしいとお願いした。
ぼんやりと携帯を眺めていたら、香澄ちゃんからメッセージが届いた。
流れるように香澄ちゃんのメッセージに既読を付ける。そしてサササッと返信を返す。
「今日はありがとうございました、か」
香澄ちゃんから送られてきた返信をそのまま口ずさんだ。
ありがとうはどちらかと言えばこっちのセリフのような気がするけど、素直に気持ちを受け取っておくのも良いだろう。
香澄ちゃんは強い子だ。
それに加えて周りを明るくさせたり、元気づけたりできる子だと感じる。
そんな香澄ちゃんがまっさんと出会った。
あまり奇跡だとか運命だとか信じてないけど、それに近い事は起きるのかもしれないって感慨深くなった。
それにもうすぐ体育祭だ。
この日に残りすべてを話してあげるのが、俺に出来ることだろう。
確かにメッセージや電話で続きを今からでも話すことは出来る。
だけど俺はそんな簡単に言ってはいけないと思ってる。そして同時に俺が直接、香澄ちゃんに話してあげることが礼儀だとも思ってる。
礼儀とか言って、赤の他人がベラベラと話す時点でどうなのよって感じはするけれど。
「仮に、だけどまっさんの身に起こった出来事がそのまま俺に降りかかってたら……どうなってたんだろう」
夢を追いかけている途中に助けたい人間が死んでしまって……。
ダメだ。こんな事を考えるのはサイテーだろ、俺。
頭を思い切りガシガシと擦りながら、ため息をついた。
俺が香澄ちゃんと出会って、ある意味で秘密を共有しあった数週間後の土曜日。
俺達の高校の体育祭が始まる。
俺にとって今日と言う日は、待ち遠しい日とは思えなかった。
体育祭は俺にとって高校生活最後の体育祭だから。
何でもかんでも行事を行えば「高校最後」と言う4文字がしゃしゃり出てきて、また一歩大人になってしまうと認識してしまう。大学生をテキトーに過ごしたら社会人、なんて考えたら口から苦い汁が出てきてしまいそうになる。
そしてもう一つは、香澄ちゃんにあの事を伝えるからだ。
身体を動かすことは好きだから競技は楽しいに決まってる。
足は軽いけど、心はずっしりと重たい。
「坂本先輩っ!おはようございます!」
「おっす、香澄ちゃん」
声を掛けてきたのは香澄ちゃんで、私服姿の彼女は年相応の可愛らしさが更に磨きがかかっていた。これ、まっさん緊張しそうだなって心の中で微笑んでしまう。
香澄ちゃんが元気に挨拶をしたせいで、クラスメイト達がゾロゾロと集まってくる。
男子どもは彼女を連れてくるなんてけしからんなどの声が多く、女性陣はかわいいやら坂本の彼女にしてはもったいないやらを好き勝手に言う。
「残念、この子はまっさんの彼女なんだよな」
「坂本先輩っ!」
「いいじゃん、事実だし」
「まだ付き合ってませんからっ!……悠仁先輩はどこにいるんですか?」
「あいつの事だから多分校舎内にいるんじゃないかな。例えば3階の廊下とか」
俺が言い終えるとすぐにありがとうございます、と言って小走りで校舎内に入っていく香澄ちゃんを見てもう付き合っちゃえよって毒づいてしまった。
まっさんもまっさんで、こんなに脈ありなの見え見えなのになんで進歩しないんだよって思ったりもする。
「それで、坂本はあの子を町田君から奪おうとしてるわけね」
クラスメイトの
やはり一握の不安を抱えていると時間の流れが速く感じるようで、今年の体育祭はあっという間に終わった。
クラスメイトのみんなはまっさんをもみくちゃにしている。俺は香澄ちゃんと話をしなくてはいけないので早々に離脱した。
まっさんの頭の良さは変わらない。
変わらないという事は成長していないという風にも捉えられる。
まっさん、お前さ、いつまで立ち止まってんだよ。
しばらく校舎内で待ってもらっていた香澄ちゃんを連れて、俺は人通りの少ない校舎の物陰で立ち止まった。
告白とかする場所には少しムードが足りないが、実際ではこの場所では良く男女が想いを伝えている。実際に俺も何回かそれらしい場面に遭遇してしまっている。
それにこの場所は俺たちの教室から遠くに位置している。
まっさんがこの場所を通りかかる可能性も低い上に、尚且つ時間までも稼げる。
香澄ちゃんは俺がそこまで考えているなんて1ミリも考えていないだろうけれど、それでいい。
「ごめんね、香澄ちゃん。こんな場所で
「気にしないでくださいっ!私も望んでいるし、聞きたいんです」
キラッと笑ったかと思えば少し真面目な顔になる彼女にダメながらも少し心がドキッとした。
邪な気持ちを咳払いと言う形でどこかに放り投げて、俺も少し真面目な口調に変えるように意図した。
「悠仁が医者を志していたって事、知ってる?」
「今、初めて聞きました。でも『志していた』という事は……」
「そ。諦めた。俺も昔から悠仁を知ってる訳じゃないから深くまでは分からない。だけど事実は知ってる」
まっさんの父親は元々身体が強くなかったらしい。だけど人間性は抜群だし、周りからの信頼も強く、若くして管理職を任されていたと聞いている。
だけど、まっさんが医者を志していたのには別の、もう一つの大きな理由がある。
「悠仁には幼馴染の女の子がいたらしい」
香澄ちゃんが少し息を呑むのが分かった。
世の恋愛系の物語では幼馴染と言うのはテンプレートの一つだし、人気も高い。
別にフィクションと現実は別なんだから一緒にするのはいけないって気持ちも分かる。でも意識するなと言うのも難しい。実際にまっさんがその
「その女の子は重たい病気を患ってたらしい。日本での治療も難しいらしかったそうだ」
ここから先の詳しい話を俺は知らない。
ただ知っているのは結論だけ。
「だけど、まっさんの父親と幼馴染の女の子は帰らぬ人となった。死因は病気じゃなくて、ひき逃げ事故の被害者、と言う形で」
まっさんの父親がその女の子を病院に送る途中での出来事、と聞いた。
香澄ちゃんはそんな、と言う物悲しい声だけがしんみりと響き渡った。
「詳しくは赤の他人である俺が聞くにはちょいと重たすぎる。でも香澄ちゃんなら、悠仁の傷を癒せるんじゃないかな」
「悠仁先輩がお医者さんを目指していたのって」
「推測だが、恐らく幼馴染の女の子の病気を治す為だろうな」
「どうして悠仁先輩ってそんなに優しくなれるんでしょうね」
瞳にうっすらと浮かんだ涙を手で拭いながら笑う香澄ちゃん。
他人の為、大事に想っている人の為に涙を浮かべることが出来る香澄ちゃんもとっても優しい。
「それが楠瀬悠仁としてのお話で、これからは……」
「悠仁先輩って楠瀬さんなんですかっ!?」
突然、ずっと探していたパズルの1ピースを苦労した挙句見つけた時のような大きな声に思わず耳を塞いでしまいそうになる。
「香澄ちゃん!声が大きいよ」
「あっ……ご、ごめんなさい」
口元で人差し指を立ててシーッという合図を香澄ちゃんに送る。
まっさんの旧姓でこんなにも驚かれるなんて思ってもいなかった。きっと俺には知らない物語が香澄ちゃんには存在するのだろう。
「香澄ちゃん。話は変わるんだけど、悠仁の旧姓にはあまり触れないであげてくれないか」
「えっと、どうしてですか?」
「俺も詳しくは知らない。でも俺は触れない方が良い気がするってだけだし、これ以上あいつが追い込まれるのを見たくねぇんだ。……この事、まっさんには言うなよ?約束だからな」
「分かりました」
香澄ちゃんは少しクスッとしながら了承してくれた。
俺がまっさんの事を心配しているだなんて知られたら、俺っぽくないしなんか照れくさくなるのが目に見えてるし。
俺のそんな内面を読みとれたから、彼女は笑っているのだろう。
「いいかい、香澄ちゃん?まっさん、いや、悠仁とは終わりにしような」
「坂本先輩の言いたいことは分かりますけど、その言い方はちょっと嫌ですっ!」
香澄ちゃんは少し拗ねたような表情を浮かべた後、プイッと顔を背けた。
その時に香澄ちゃんは小さな声であれっ?と声を出した気がしたけど、この時は何も気にしていなかった。
気になっていたのは、もっと別の方向だった。
「香澄ちゃんは本当に悠仁の事、好きなんだな」
「そ、そうかな?えへへ」
「恥ずかしがる事ないって。高校生なんだから恋愛をするのは真っ当な事。俺だって他校に彼女いるし」
露骨に驚いた彼女の頭を軽ーく叩く。お前に彼女なんかいるのか見たいな反応だったし、上手く俺をいじった事に対しての俺なりの返答。
二人で笑った後、俺たちは解散した。もう時間的には遅いし、香澄ちゃんもまっさんに会いたいだろうし。
そんな日の2日後の夜に、彼女から、香澄ちゃんから電話があった。
それも涙で濡れたしわくしゃの声で。
@komugikonana
次話は9月6日(日)の22:00に公開します。
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~高評価をつけて頂いた方をご紹介~
評価10と言う最高評価を付けて頂きました ハマの珍人さん!
この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!
これからも応援よろしくお願いします!
~次回予告~
坂本が淡々と、そして僕が知るはずのない出来事を話し終えた。
話の途中から、僕は唇を噛みながら俯くことしかできなかった。僕にはそんな資格なんて無いのにって思いながらもそうするしかない自分を責める悪いトゲがグサグサと刺さる。
いや、もう僕にはそんな資格もないのかもしれない。
どんよりとした重たい空気がいつまでも僕の周りを蔓延っている。
それを手で払ったりとか、少しでも出来るような些細な対策でさえ僕は出来なかった。
では、次話までまったり待ってあげてください。