坂本が淡々と、そして僕が知るはずのない出来事を話し終えた。
話の途中から、僕は唇を噛みながら俯くことしかできなかった。僕にはそんな資格なんて無いのにって思いながらもそうするしかない自分を責める悪いトゲがグサグサと刺さる。
「香澄ちゃんと何があったのかは俺には分からない。まっさんは香澄ちゃんと連絡、取ってないんだろ?」
坂本からの言葉にうん、とかああ、も言えずにただ黙って首を縦にして頷いた。
冷房を入れて心地が良いはずなのに、良く分からない汗が少しずつ背中を湿らせていく。
心拍数も少し上がったのが僕には手に取るように分かった。だけど今の香澄ちゃんがどんな事を思っているのかは一切掴めなかった。
いや、もう僕にはそんな資格もないのかもしれない。
どんよりとした重たい空気がいつまでも僕の周りを蔓延っている。
それを手で払ったりとか、少しでも出来るような些細な対策でさえ僕は出来なかった。
今の僕はただただ、自分を責め続けることしかしていなかった。
「まっさん、下向いてばっかじゃなくてそろそろ前を見ようぜ」
ううっ、と僕は少しだけ唸り声をあげた。
痛いところを突かれて、ついつい声に出してしまったぐらいで特に意図はない。
「今回の件は俺もダメだった部分がある。香澄ちゃんにお前の過去をベラベラと喋ったし、ちょっと含ませた会話をした」
だからすまん。
坂本が謝った瞬間、僕は顔を上げることが出来た。
見えない力が作用して、僕の罪悪感を少しでも取り除いてくれたような感覚だった。
いや、違う。
僕の背中を後押ししてくれたように感じたからだ。
「けどさ、過ぎた過去は戻らない。どうあがいても結果ってのは残酷だから変わってくれたりなんかしない」
「うん」
「お前だけじゃない。香澄ちゃんだって傷ついた。このまま行ったら彼女に何が起こるか分かんねぇけど、少なくとも悪い方向に行きそうだよな」
「……うん」
「でも、
確かにそうなのだ。
テスト一週間前で、この範囲は全く分かってない。このまま行ったら間違いなく赤点になる。
そんな未来が簡単に見えたら、僕たちの
勉強したらそんな未来は回避できるし、勉強しなかったら予想通りって訳。
「なぁ、坂本」
こんなことを僕が言うのはとても恥ずかしい事だと思う。
両手を力いっぱい握りしめて、どんな表情をされるのか怖いから目も閉じて瞼をしっかりと閉じながら、弱々しく言った。
「僕が、今更戸山さんに出来ることってあるのかな。そんなことをするほどの立場とかあるのかな」
「あるに決まってるだろ」
家の中で、吹かないはずなのに、一筋の冷たい風が僕の頬をさすった気がした。
えっ、と言う声をやっと出すのに何秒か掛かってしまった。
まさかの返答だったし、それも即答で帰ってくるなんて思わなかったから頭の中の思考と現実の時の流れの乖離に翻弄されたのだ。
「坂本……今、なんて」
「立場とか資格とか、そんなの関係ないだろ?自分がそう判断したから動いた。それだけで良いじゃん」
何も考えずに取り合えず進む、なんとも坂本らしい発想だった。
現実ってそんな簡単じゃないし、何かと計画を練ってこういう時はこうしたら良いよねなどのリスクヘッジを多く含ませる計画性な僕とは正反対な考え。
そんな考えなんて僕は耳にもしなかった。
今までの僕なら、だけど。
「……そうだね。ウジウジしてる暇なんて無いかもしれない」
「早く探せよ。香澄ちゃん、多分お前の事待ってるから」
「きっと戸山さんに嫌われてると思う。けど僕がやりたいこと、やってくるよ」
本当は今すぐにでも家を飛び出して戸山さんに会いに行きたい。
だけど今はお昼を少し過ぎた時間で、戸山さんも学校にいるだろう。
それと、もう一人だけ、迷惑を掛けた奴がいる。
そいつから先に、僕が取りたい行動をとろう。そうでないと戸山さんにもっと嫌われてしまいそうだから。
「坂本、ごめんな」
「このツケ、後でたっぷり払ってもらうからな」
坂本が僕の家を離れて2時間後くらいに僕は、玄関でたくさんの息を胸いっぱいに吸って深呼吸をする。
靴とか埃とかであまりきれいな空気では無いかもしれないけれど、今の僕には何も思わずにいられた。
まだ学校は授業を行っているであろう、そして日中で一番気温が高いであろう午後二時。
玄関の戸を開けて外に出るのは何日ぶりだろう。容赦ない日差しと、すぐに浮かんでくる額の汗。
今日だけはこんな鬱陶しいくらい明るい日差しも、僕を後押ししてくれているように感じた。
きっと日差しにはそんな意図はないと思うけど、結局は捉え方が大事なんだって事。
戸山さんが通っている高校の前に到着する。
僕は携帯を触ることもしないまま、ずっと校門の近くで待っていた。時間はものすごくゆっくり流れて行って、だけど暑さに対応するために僕の身体は汗をせっせと流し続けている。
「汗臭いと、ちょっと引かれちゃうかもだね」
鼻をシャツの袖にくっ付けながらポロっと僕が言葉を零した時には、高校も終わりのチャイムらしいものをかき鳴らした。
緊張から、無意識に背筋を伸ばした僕は最後の深呼吸をした後はずっと校門から出てくる、僕が今会いたい女の子を探し続ける。
僕は自分でも視力は良い方だって思ってる。数値でもそれは物語っている。
これで戸山さんを見つけられなかったら僕はそれまでの人間だし、やってはいけない事だ。
厚い雲がどこからか出てきて僕たちから暑い日差しを遮り始めた頃、僕は見覚えのある生徒が校門から出てくるのを見つけた。
僕の記憶では、この女の子は戸山さんといつも一緒にいたはず。
時が来たのか、と言う胸の高鳴りと緊張。
でも戸山さんは近くにいない、と言う漠然とした不安感。
そんな二つの感情をミックスジュースを作る時の様にぐちゃぐちゃかき混ぜながら、意を決してその女の子、有咲さんに声を掛けた。
「あの、有咲さん。えっと……僕の事、分かる?」
「悠仁さん、ですよね。香澄は良くなりました?」
思わずえっ、と聞き直したくなったのを寸前でグッとこらえた。僕が動揺したりしたら有咲さんにも心配を掛けてしまうって無意識に考えたからなんだけど。
良くなった?もしかして戸山さんは風邪か何かで学校を休んでいるのかもしれない?
それとも途中で具合が悪くなって早退をした?
有咲さんの一言から、今の戸山さんの状態を出来るだけたくさん推測した。
そうでもしておかないと、不安と自責の念に飲み込まれそうになったから。
「戸山さんって今、体調不良で学校に来てないの?」
「はい。最近ずっと元気がない様子に見えてたんですけど、休んでいるのは昨日からですね」
「そっか」
「悠仁さんは知ってると思ってましたけど……最近香澄と会ってないんですか?」
「うん。事情でちょっと、ね」
有咲さんの、最近ずっと元気がない様子に見えたという言葉が一番僕には刺さってしまった。
戸山さんはああいう性格だから、落ち込んでいる所を友達には見せたくなかったのだろう。そしてそんな我慢をさせてしまったのは誰が何と言おうと僕なんだ。
今この瞬間、僕の心の中で芽生えた気持ちだった。
どうしてこのタイミングなんだろうって考えなかったけど、疑心的な目では見てしまった。
@komugikonana
次話は9月13日(日)の22:00に公開します。
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~次回予告~
僕は戸山さんの事、全然知らないんだ。
戸山さんの家の場所。
戸山さんの学年、クラス。年下という事は分かっているけど、何年生なのか知らない。
好きな食べ物、趣味。
パッと思い浮かぶだけでもこれらの事は少なくとも知らないんだ。
知り合いだったら少なくとも知っているような情報でさえ、僕は知らない。
ただ知っているのは戸山さんの通っている学校と、音楽活動をしてる事と、連絡先。
漠然とした、一つ一つを構成しているであろう要素のほんの一部しか知らなかったんだ。
「戸山さんってどういう場所が好きなんだろう」
ふとした疑問を口に出してみた。
いつもそうだ。大事な物とかかけがえのない物って失ってから気づくんだよね。
では、次話までまったり待ってあげてください。