今を繋ぐ赤いお守り   作:小麦 こな

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手放すもの。手放したくないもの。②

「せっかくですし、香澄のお見舞いに行きますか?」

 

ある一つの事を決意した、少しの日差しとずっしりとした雲に覆われている日の放課後、戸山さんの友人である有咲さんの発した言葉に、僕は一瞬だけクラスメイトから苦手なカラオケの誘いを受けた時のような気持ちに襲われた。

 

行くべきなんだけど、本当に行っても良いのかな。

 

「あ、うん。あまり邪魔にならないようにちょこっとだけ顔を出そうか」

 

もちろんそんな気持ちを出すわけにはいかない僕は無難な返答をチョイスすることにした。

有咲さんは恐らく僕と戸山さんの間に現在進行形で生じている問題については知る由が無いはずだから彼女に悪気があるだとか、そんな事を考えることは無かった。

 

責めるとすれば、自分だ。

 

「悠仁さん。香澄の家の場所は知ってますか?」

「いや、知らないけど」

「知らないんですね。てっきり何回か香澄の家にお邪魔しているものだと思ってました」

 

有咲さんはサラッと言っては、後々何か思う事があったのだろう、顔を少し赤くして背けた。

でも確かに、有咲さんの言う通りかもしれないって彼女の言葉を聞いて自分でも思った。

 

僕は戸山さんの事、全然知らないんだ。

 

戸山さんの家の場所。

戸山さんの学年、クラス。年下という事は分かっているけど、何年生なのか知らない。

好きな食べ物、趣味。

 

パッと思い浮かぶだけでもこれらの事は少なくとも知らないんだ。

知り合いだったら少なくとも知っているような情報でさえ、僕は知らない。

ただ知っているのは戸山さんの通っている学校と、音楽活動をしてる事と、連絡先。

 

漠然とした、一つ一つを構成しているであろう要素のほんの一部しか知らなかったんだ。

 

「戸山さんってどういう場所が好きなんだろう」

 

ふとした疑問を口に出してみた。

戸山さんは明るい性格だから人が多く集まるような場所が好きかもしれないし、逆にいつもはみんなと明るく接するから一人でいる時は静かな場所の方が好きかもしれない。

 

そういう一面も知っておきたかったな、って今更になって思う。

いつもそうだ。大事な物とかかけがえのない物って失ってから気づくんだよね。

 

「テーマパークとか楽しい場所とか好きですけど、星を見るのも好きだったりするので難しいですね。それほど香澄って分かんないんですよね」

 

少し考えながらもおどけた顔で笑う有咲さんは、言葉で言っている以上に戸山さんを理解しているんだってすぐに分かった。

 

 

一筋のぬるい風が僕たちの頬を掠っていく。

どうせ暑い夏なのだから、とびっきり冷たい風が台風の時の様に吹き付けてくれてもいいのに。

 

 

その後の道のりでの会話は少々ぎこちないものになった。

有咲さんはあまり他人と話すのが得意、という訳ではなさそうだった。もちろんそれは有咲さんだけでなく僕にも当てはまった。

面白い返答とか気が利く会話に導けなくて、一言二言話せば完結してしまうような会話ばかりだった。

 

気付けば僕は右手で髪の毛をクルクルと巻きながら歩いていた。

程よいクセ毛が指に絡まって痛みが生じた時にやっと気づいたぐらい、本当に無意識だった。

 

「あの角に見える家が、香澄の家ですよ」

 

そんな状況を打破してくれたのは有咲さんだった。

目的地に着くことが出来たことに対する安堵感とピリッとした緊張感がふんわりとだけど、確実に僕の心の奥底に居座り始めた。

 

インターホンを押す直前で人差し指を押す手を一瞬だけ止まった。

その時に有咲さんと顔を見合わせた。

有咲さんは小さな子供が初めて保育園に行くのを見守る親のような目をしていた。

 

「そんな目で見ないでよ。色んな意味で緊張するんだって」

 

仮に戸山さんの母親が出てきたら少しは緊張するし、母親側からしたら年頃の娘の家に男が来たら好奇な目で見てくるに決まってる。

今まで彼女なんていたことが無いからどう反応したら良いか分からなくてしどろもどろしそう。

 

いつまでも躊躇してたらだらしない。

どうして日々こんなに意を決さなければならないのだろうと思いながらインターホンをちょこんと押した。

少しの力しか入れてないのにインターホンの音は力強く響き渡った。

 

 

また沈黙が僕たちの間に集まり始める。

こんなにコロコロと雰囲気が変わってしまうのは、もしかしたら僕の心境が影響しているのかもしれない。なぜなら有咲さんは表情を変えずに戸山さんの家の戸が開くのを待っているのだから。

 

僕もさっきまでは真っ暗闇だった心の部屋も、今は少しだけ陽の光が差してる。

 

「……戸山さん、留守なのかな」

「香澄が爆睡してるだけでインターホンに気付いてないんじゃないですか」

「なんかちょっとありえそうだね」

 

ははは、と笑いあっていた時、僕の視界には有咲さんとは別の女の子が視界に入った。

有咲さんとは違う制服に身を包んでいる彼女とは初対面なのは間違いなかった。

 

「えっと、ごめんね。君は戸山さん、香澄さんの妹さん?」

 

だけどどうしてか僕は無意識に彼女に聞いた。

もし僕が何を言っているのか分からない他人の可能性の方が高いし、もしかしたら女性側の見解によっては不振に思われるかもしれない。

だけど本当にどうしてか、核心に近いものがあった。

 

「はい。香澄の妹の明日香ですけれど、お姉ちゃんとお知り合いですか?」

「悠仁先輩って香澄の家は知らないのに明日香ちゃんは知ってるんですね」

 

謎の直感は冴えわたっていたものの、複数の女の子から一度に質問されると僕が悪いわけでは無いのにドギマギとしてしまう。

 

「直感なだけで、初めて会ったから初めましてなんだけど。何となく戸山さんに似てるから」

 

かなり無理があるかもしれないけれど、二人の質問に答えられるような言葉を瞬時にチョイスした。

ただ間違ってもいなくて、本当に直感。

例えで言うならばイーゼルボードに本日のランチ、と書かれているお洒落なお店に入店するような感覚なんだ。

 

「お姉ちゃん、呼んできましょうか?」

「体調が悪そうだったらそっとしといてあげて欲しい。わがままだけどね」

 

戸山さんの妹さん、明日香さんはコクンと頷いて家に入っていった。

僕は明日香さんが家に入っていく前に見せた微かな表情に、やっぱり僕の記憶の底で見たことがあるって思った。

昔はこうだったんだよ、と祖母から聞く思い出話のような感覚に近いって思った。聞き手からしたら確かにあったと言われても実感は湧かない。

 

「悠仁先輩、明日香ちゃんと良い雰囲気作らないでくださいよ」

「作ってないから!」

 

鋭いというか、ジト目に近い視線は、きっと男ってどうしようもない奴ばっかだなって言葉を言わなくても伝わった。

目は口程に物を言う、なんて誰が考えて作ったのかは分からないけど今だけはその言葉を生み出した人間は女たらしだったんじゃないかって偏見が先行した。

くだらない事ばっかり人間はすぐ覚えてしまうから、僕が腰が曲がって禿げ上がる年齢になってもそう認識してるかもしれないって思う。

 

学校で習う事だけが勉強じゃないって事なのかもしれない。

 

 

 

 

戸山さんの家の戸が勢いよく開かれた。

流石の音の大きさに僕だけでなく、有咲さんも肩を上にあげた。

 

明日香さんが僕たちの視線の先に立っていた。

だけど明日香さんは目に涙と不安を浮かべていた。

 

 

 

彼女の右手には、何か紙のようなものが握られていた

 




@komugikonana

次話は9月20日(日)の22:00に公開します。
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~高評価を付けて頂いた方をご紹介~
評価9と言う高評価を付けて頂きました TAMAGOYAKI.jpさん!

この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!
これからも応援、よろしくお願いします!

~次回予告~

今にも泣きだしそうで、自分ではどうしていいか分からず藁にすがってでもどうにかしてほしい。
そんな感情が今の明日香ちゃんを取り囲んでいるのは火を見るよりも明らかなのに。
その儚くて小さな火が消えてしまった時に僕たちは気付くんじゃないだろうか。

いつもそうだ。大事な物とかかけがえのない物って失ってから気づくんだよね。

「落ち着いて。何かあったか、ゆっくりで良いから、話してくれるかな」

心で、感情で理解するよりも早く、身体が勝手に動き出したんです。
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