「えーっと、この辺りかな?」
私、戸山香澄は昨日坂本先輩からSNSを通じてもらった画像を見ながら歩いていた。
その画像はこの辺りの住宅地で、恐らく携帯で住所を打ち込みそのままスクリーンショットで収めたのかな?
実は数日前、私は自ら命を絶とうとした。
今考えれば私はなんて馬鹿な事をやったんだー、って言いたくなるけどその時は冷静に物事を考えられなかったように感じた。
こう、胸がパーッとなってキラキラとするような気持ちが全く出てこなくって。いつも出てくる気持ちはもうダメなんだという否定的な感情ばかりだった。
もし悠仁先輩があの時、来てくれなかったら。
そう思うだけで今ある当たり前の感情、感覚、気持ちのありがたさがとっても分かるようになった。
私が屋上から飛び降りてしまった時、悠仁先輩に引いてもらえなかったら間違いなくこの世にはいない。
あの後色んな人にこっぴどく叱られちゃったけど。
「でも悠仁先輩も一緒に怒られたのは納得いかないっ!」
誰もいない街中で私は一人アスファルトに愚痴をこぼす。
愚痴はこの夏の暑さで溶けてなくなったけど私のモヤモヤはしばらく消えることは無い。
あの後、私たちが落ちた音で気づいた先生たちが来た。もちろん悠仁先輩は気を失ってたし、所々傷だらけのせいで血が至る所から出てた。
だから救急車を呼んでくれたけど、校内は関係者以外立ち入り禁止なのに男性がいるのがおかしいやら言われた。命が助かった事は良かった、だけどそれはそれでこれはこれ。ダメな事はダメらしい。
今回は警察の人も事情を理解してくれたから悠仁先輩は怒られるだけで済んだけど、そもそも怒るなんておかしいよ。他人のためにここまで出来るのって簡単な事じゃないのに。先生だって困っている人を見かけたら助けてあげましょうって言ってた癖に。
「でも悠仁先輩は私のために……」
助けてくれたんだよね、って答えが導かれた時にはすでに私の顔は今の気温より熱くなっていた。
私はこんな感情を抱いてるけど悠仁先輩はそうとは限らないし……。
うー、ちょっと恥ずかしくなってきちゃった。
そんな事より私は悠仁先輩に言わなくてはいけない事もあるんだから。
ありがとう、と言うたった5文字の言葉を。
「あ、ここだよね?」
送られてきたマップの目的地の前にやってきた。たしかに家の表札には「町田」と書かれている。
あ、でもこの辺りは親戚の人が多くてこの辺りの家全部が町田さんだったらどうしよう!
「もういいや、押しちゃえっ!」
えいっ、と言いながらインターホンを鳴らした。坂本先輩を信じればきっと問題ないよね。
……と思ったけど坂本先輩ってたまにイタズラっぽいところがあるから不意に不安感が肩にどっしり乗っかってきた。
その不安はインターホンを鳴らしてもしばらく反応が無く、待っている時間一秒一秒に伸し掛かっているように感じた。
もうすぐドキドキよりも不安の方が勝ってしまいそうになっていた時、ガチャッという音が聞こえて思わず顔を上げてしまった。
「はいはい勧誘ご苦労様です……じゃなくって戸山さん!?」
顔を上げた後に見た彼。
私の肩に乗っかっていた不安はいつの間にか姿を消していて、どこからともなくキラキラとした感情が湧いて出てくる。
そして無意識に彼を見つめてしまう私の瞳。
「こんにちは、悠仁先輩っ!」
そんな私は元気に挨拶をした。私の目の前に大きい鏡が現れたら、きっと太陽と見分けがつかない位ピカッとしていると思います。
鏡で太陽とか見たら現実では大変な事になっちゃうけど。
彼に促されて私は初めて、そう、生まれて初めて男の子に家にお邪魔した。
小学生の時とかはよく友達の家にお邪魔したことがあるけれど、その時と今では気持ちがまるっきり違って、今は少し感情が硬くなっている。
悠仁先輩は多分一人暮らしじゃないだろうからそんなに緊張しなくても、と頭では分かっていても心はそう簡単には理解してくれない。
「今は家に母親はいないし、帰ってくるのが遅いんだ。父親もいないから」
「そ、そうなんですねっ!」
「だからゆっくりくつろいでくれていいよ。暑い中せっかく来てくれたんだし」
私は遠慮がちにリビングの椅子に腰を下ろす。テスト最終日だからと言って何も考えずに制服でここにきてしまった事に少しだけ後悔する。
彼は冷蔵庫を開けて何かを出そうとしている。
私のためにそんな気を遣わなくても良いのに、と思う反面冷たい飲み物を思いっ切り喉に流し込んでしまいたい気持ちもあった。
冷蔵庫からお茶を取り出したけど、私は椅子に座っているのが申し訳なくなって手伝う事にした。
と言うのは建前。本当は彼が普通では持たないような持ち方でお茶の入ったケトルを引っ張り出していたから。
「悠仁先輩、手伝います」
彼の後ろにスッと入って、声を掛ける。
彼は少しだけ震えた声で「あ、ありがとう」と言っていた。どうして声が緊張していたのかな。
「悠仁先輩、手は痛みますか?」
「あ、まぁ、ちょっとね。切り傷って結構染みちゃうんだよね……ちょっと手を動かすだけで痛くなっちゃうんだよね」
「足とかは大丈夫ですか?」
「足と背中とか脇腹とか……でも気にしないでね。多少染みるくらいだから」
あはは、とおどけた表情を見せている彼だけど、近くで手を見た時に傷の生々しさが目に入ってきた。何本かの指には絆創膏が貼って合って、目で確認できる傷よりひどい物かもって簡単に想像することが出来る。
彼に対して、私はほとんど傷が無い。
きっと落ちる直前に私を抱えてくれたから。あの一瞬だからほとんど覚えてないけど、紛れもなく人生で初めて男の人に抱きしめられた。
そしてその男の人が私の目の前にいる。
そう捉えたことでほんのりと顔を赤く染めさられた私はバレないように少しだけ顔を背けた。
「……あーっ!」
「え、何?どうしたの戸山さん?」
彼の家に入って心も身体も浮足立っていたことも合い重なり、私はここに来た目的を忘れかけていた。
「悠仁先輩っ!今すぐベッドに行ってくださいっ!」
「今すぐ!?」
「熱があるんですよね?」
「え、あー、うん。微熱だけどね」
彼が体調不良なのは雨の日に私を探し回ってくれていたからだと思う。
私は逆に特に問題は無くて、アニメとかだったら女の子の方が風邪をひいちゃうことが多いけどやっぱり現実はそうはいかないらしい。
それにしても熱が上がったのかな?
さっきから彼は顔を赤くして、目がキョロキョロと泳ぎ回っている。
私は自分の言った葉を一枚一枚数えて原因を調べてみたところ、一つの仮説が出来た。
「……もしかして悠仁先輩?ちょっとえっちな事考えてました?」
「そんな事ないって、ね?」
「ぜーったい、考えてました!」
正直なところ、私は悪い気分にはならなかった。
なぜなら彼は私をそういう目で見てくれていたから。男の人ってどうでも良いと思っている女の子とそんな気分にならないって何かの漫画で見た気がする。
もちろんそんな事をするのは恋人同士になった後の事だし……。
「とにかく悠仁先輩の部屋に行きましょうっ!」
私は彼の手を握って、引っ張りながら階段を上がっていく。
どうして二階を目指したかと言うと、私の概念では寝室は二階にあるって決まっていたから。
実際彼は抵抗しなかったし、二階に上り切ると幾つかの部屋があって恐らくこの部屋が彼の部屋だと直感的に分かった。
男の子の部屋に入るのも今日が初めて。不思議な事に部屋はほんのりと彼のにおいがしていて、その匂いがいつでも私の鼻にちょっかいをかけてくる。
そしてもう一つ、感じることがあった。それは。
日当たりが良い部屋のはずなのに、陰になっているように感じた。
綺麗に片付いているように見えるけど所々乱雑さが見えるこの部屋は男の人の部屋と言えばそうなのだけど、それでも何か引っかかるところがあった。
ゴミ箱の中には紙が丸められて捨てられていた。
きっと何か書かれていたに違いない。それに捨てられた紙の端には画鋲の穴のようなものが見て取れた。
「ごめんね、汚い部屋で。戸山さんが来るって知ってたらあらかじめ掃除をしておいたのだけど」
「男の人の部屋にしては綺麗だと思いますよ?」
「もしかしてもっと散らかってると思ってた?」
「はいっ!」
「世間の男子高校生イメージが酷すぎる……」
「私、少しだけ部屋を片付けちゃいます!」
「それ、暗に部屋が汚いって言ってない?」
苦笑いをする彼の反面、私は笑顔を作った。
そうと決まれば少しだけ掃除をしよう。この部屋には小さい掃除機もあるし、本当に汚いわけではないから30分もすればとってもきれいになるはず。
それに掃除をしようとしたのは私の心の問題でもある。
まだ、そわそわしちゃうんです。
「戸山さん」
「はい?」
「掃除しながらで良いからさ、僕の独り言、聞いてもらっても良い?」
@komugikonana
次話は10月11日(日)の22:00に公開します。
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~次回予告~
彼の部屋は一見、片付いている。
でも部屋の隅っこには埃が溜まっていたり、物が置いてあったり配線類がごちゃごちゃっとしていた。
彼の許可を得て、一度タップに刺さっていたコンセントを抜く。
一度クセのついた配線は何度伸ばしてもまた元通りになってしまう。案外パソコンなどの電子機器が多く目立つ一方、ゲーム機はひと昔前のものでした。
「掃除しながらで良いからさ、俺の独り言、聞いてもらっても良い?」
彼のその一言は、私にはこの部屋の雰囲気に似たものを感じさせた。
では、次話までまったり待ってあげてください。