彼の部屋は一見、片付いている。
でも部屋の隅っこには埃が溜まっていたり、物が置いてあったり配線類がごちゃごちゃっとしていた。
彼の許可を得て、一度タップに刺さっていたコンセントを抜く。
一度クセのついた配線は何度伸ばしてもまた元通りになってしまう。案外パソコンなどの電子機器が多く目立つ一方、ゲーム機はひと昔前のものでした。
「掃除しながらで良いからさ、僕の独り言、聞いてもらっても良い?」
彼のその一言は、私にはこの部屋の雰囲気に似たものを感じさせた。
彼は一見普通の高校生。だけど何かが心の隅っこに確かに存在していたり、複雑に絡まっていたり。
坂本先輩から彼に起こった出来事を少し聞いたからそのような雰囲気を感じたのかもしれない。
だけど別の要因だってあるはずだと確信はあったのです。
さっき直したはずの配線がまたひねり始めた。
「机の上に古い写真があるだろ?そこに写ってる女の子は幼馴染なんだ」
彼の独り言に導かれるように、私は立ち上がって難しそうな参考書が積んである机に向かった。
確かに写真立てには病院の物だろうか、白い無機質なベッドに座りながらピースサインをしている可愛らしい女の子と、同じく無邪気に笑う可愛らしい男の子が写し出されていた。
可愛らしい男の子には、彼の面影を感じさせる。
私は今まで、こんなに笑顔になっている彼を見るのは初めてだった。
「この写真は確か僕たちが中学一年生だった頃。幼馴染は中学校に行けてないんだけどね」
「そうなんですね」
「重い病気でいつまで生きられるか分からないのに、お見舞いに行ったらいつも僕に『勉強を教えて』って言ってきたっけ」
こんなお話を、私は片付けをしながら聞くなんてことは出来なかった。
私はベッドに腰を落としている彼の隣に座った。それもピッタリ引っ付くかのように。
「大変な時期もあったけど、僕が高校生になる位に容態が奇跡的に安定して、退院が出来た」
「その子のために、悠仁先輩はお医者さんになろうと思ったんですか?」
「学校であった出来事を楽しそうに聞いて、いつかまた、学校で勉強したいって言ってたあいつをどうしても助けてあげたかったから。夢を叶える手伝いをしたかったから」
まだ少ししか聞いてないのに、もう心がはち切れそうなほど胸が痛くなった。
結末を知ってしまっているから。
そして今の悠仁先輩の何よりも悔いのありそうな顔をしているのを見てしまっているから。
「でも、それは叶わなかった。一緒に付き添っていた父親と一緒に、無慈悲に殺された。車に乗ってたのはほぼ同年代の高校生。無免許運転だった」
「……ひどい」
「僕は今でも後悔してる」
「幼馴染の女の子を助けることが出来なかったから?」
「違う」
彼は一呼吸おいて、一度を目を瞑ってから天井を見上げた。
「事故に遭った数十分前にさ、ケンカしたんだ。あいつと」
私は今の言葉ですべてを理解したような気がした。
どうして彼が今もこの出来事を引きずっているのか。そして何もかもどうでも良くなってしまった彼の気持ちが、痛いほど分かった。
「ケンカの内容なんて些細だった。医学部合格を確実にするために勉強したかった僕と、少しでも僕と歩きたかったあいつの、相反する想いがぶつかっただけだった」
彼が悪いわけでも、彼の幼馴染の女の子が悪いわけでもない。
どちらの気持ちも手に取るように分かってしまうから。
彼は本当に幼馴染の子を助けたくて。
幼馴染の子は少しでも彼と一緒に居たくて。
きっとだけど、どちらも同じ想いなんだ。
いつ容態が急変するか分からない。毎日が綱渡り状態だっただろうから。
「あのケンカが無かったら、父親もあいつも死んでない。あのケンカの言い合いに掛けた時間が、無免許運転の車と偶然会わせてしまったんだ」
だから僕は実質、二人の人生を終わらせてしまったんだ。
今にも溶けてなくなってしまいそうな声と、こんなにも悲しい顔をする彼を、いや人間を見たことが無かった。
それが彼にとってどんなに辛い事かは手に取るように分かる。分かるけど軽々しく口を挟めるような状況ではない事に心がギュッとなる。
「そしてまた僕は同じ失敗をしてしまうところだった」
「それって……?」
「この前の事」
きっと私が学校の屋上から飛び降りちゃったときの事を彼は言っているのだと思う。
同時に私は、あの時の彼の言葉の意味をちょっぴりだけど分かった気がした。
もう、大切な人を失いたくないんだぁあああ!
大切な人って私を指している。自惚れじゃないけどそれは分かってた。
そして今回、その言葉を言った彼の背景を知ることになった。
今まで点と点だったのに、今は線で繋がった。これからも君の知っている事を線で繋いでいきたい。
「悠仁先輩、一つだけお願い。聴いてもらえますか?」
「お願い?」
「はい。一瞬だけ、身体ごとこっち向いてもらっても良いですか」
急なお願いだと思うけど、彼は優しいから私のお願いを不思議な顔色を前面に押し出しながらも聴いてくれた。
これから私が取る行動は、自己満足かもしれないけど。
「ちょっ、戸山さん!?」
私はこっちを向いてくれた彼の胸に身体を預け、背中に両手を回した。
密着しすぎててお互い顔を見合わせることは出来ないけど、それが良いかもしれない。
お互いの鼓動が速いリズムで動いており、私にも彼の鼓動を自分の身体の一部の様に近くで感じられた。
「戸山さんっ!外国じゃあるまいし、こういうのは好きな人同士で……」
「私は悠仁先輩の事、好きだから良いじゃないですか」
「それは……その」
私だって、好きじゃない人やどうでもいい人に抱き着いたりしません。
自分の心が求めている人にしか抱き着きません。
それに、君はもしかしたら覚えていないかもしれないけど。
昔に一回だけ君は私を抱きしめてくれた時の事、私は覚えているよ。
「私は前にね、こんな詩を書いたんです。『走り始めたばかりのキミに』と言う歌詞なんですけど」
「その曲、聴いたよ。すごく好きなメロディだった」
「悠仁先輩もこれからです。先輩も走り始めたばかりです。だって私を助けてくれたじゃないですか」
今までずっと立ち止まっていたかもしれないけど、坂本先輩に何か発破をかけられたらしいし私の事も風邪をひいてしまうまで頑張って探してくれた。
それってまた走り始めたって事ですよね。
「私はそんな悠仁先輩を応援したい」
「戸山さん……」
彼はゆっくり私の背中に手を回してくれた。
私はもっとギューッと彼の身体を私の元に押し寄せた時、今までにないドキドキが自分の中にいることに初めて気が付いた。
「こんな僕でも、もう一度頑張ってみても良いのかな」
「もちろんですっ!」
「母さんにこれ以上負担を掛けたくないから進学しない予定だったけど、進学したいな……まだ
段々と言葉が涙で濡れていくのを感じながら、私は特に何も言わずにギュッと抱き着いた。
@komugikonana
次話は10月18日(日)の22:00に公開します。
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~次回予告~
私はしばらくの間、静かになった彼の自室で時間を過ごしていた。
緩やかで心地の良いサラサラと光る小川の流れのようなまったりとした時間の中、横目をチラッと見ると彼が静かに寝息を立てている。
本当の事を言うとずっとこの場所で彼を見ていたいけどいつまでも人の家にお邪魔し続けるのは申し訳ない。
施錠が解かれたドアは外からでも当たり前のように開き、見た目が若そうだけど大人の貫録をもった女性が入ってきた。
もちろんその女生と目が合う。私は情けない事に固まってしまっている。
「悠仁の彼女さん?」
では、次話までまったり待ってあげてください。