「マジかよ、お前」
「当たり前じゃない?」
夏休みに突中して何週間か経ったある日の夜、僕はなぜか電話が掛かってきた坂本と話をしていた。
僕たちのような高校三年生の夏休みと言えばみんな勉強漬けの毎日を送っていて、学校や予備校の教師から受ける過剰なプレッシャーや将来への漠然とした不安と闘いながら過ごしている。
正直、ほとんどの受験生は精神的にはギリギリの状態で、ふとした一瞬でバランスが崩れてしまいそうになっていると思う。こんな状態があと半年続くと思うとゾッとする。
そんな僕らにはちょっとした一息を入れるのは最重要かつ、お待ちかねの時間だったりする。
僕らは自動車と同じで、飛ばしすぎたらすぐに燃料切れになる。
週に一回はガソリンスタンドで休憩しないといけない。道端で燃料が切れたら詰みだ。
「当たり前ってお前……年頃の男女が一つの部屋に入って何もないなんてありえねぇ!」
「そもそも僕たちはまだ恋人じゃないし」
「まだ、だぁ?さっさと告白しやがれ」
これだから高校生と言う奴は面倒くさい。人の恋にやたら突っかかってきて無責任に告白しろとか言う。
色恋沙汰に対して多感な時期かもしれないけど、放っておいて欲しいと思う。坂本からしたら良いストレス発散かもしれないけどさ。
「今は受験期だし……」
「そんなこと言ったら来年は香澄ちゃんだって受験するかも知れねぇじゃんか」
「確かにそうだけど」
「てかお前、香澄ちゃんに好意を抱いてるの自覚したな。前まで友達だからー、とかふざけたこと言ってたじゃん」
ふざけてないし、って毒づく。
でも坂本が言っている事は事実で、僕は戸山さんの事が好きだって自覚した。
香澄ちゃんとメールするだけでも些細な緊張が付きまとうようになったし、その緊張が彼女に対する羨望の気持ちではない事にも気づいた。
戸山さんともっと一緒にいたい。一番最初にそう思った事で、ようやく僕が彼女に恋をしていたんだって。
「悠仁の言ってる事は分かるけどな。香澄ちゃんはああ見えてしっかりしてるからな。悠仁が受験期だから控えてるんだろうけど」
「ああ見えて?」
「おお、怖っ……。でも一日は無理でもたまにはご飯食べに行ったりとかしたら?」
じゃあ俺勉強再開するわ、と言って電話を切られ、僕の耳からは通話の終了音が流れる。
坂本の言葉が耳に残っている内に僕はカレンダーを確認する。
もう2週間は戸山さんと会っていないんだ。SNSでの戸山さんのチャット欄は毎日続いてはいるけどやっぱり直接会って話したいって欲が出る。
「もしもし、戸山さん?」
気付けば戸山さんに電話をしている僕がいた。
会いたい時、前まではメッセージで聞いていたのに。心境が変わるとどうやら行動も変わるらしい。
「悠仁先輩、何か今日良い事ありました?」
「うん?どうして」
「楽しい時に出す声に似てましたから」
声色も変わるようだ。
次の日の夕方、僕は駅前で戸山さんを待っていた。
こっちのわがままで明日会えないかな、と言ったら彼女はすぐに肯定してくれた。それが嬉しく仕方が無いから、集合時間の30分も前に着いている。
本当は制服を着て行こうかと思った。なぜならお洒落な私服を所有していないから。
でも世間は夏休みだから。
せっかくのデートなんだけど僕は無難に黒のスキニーパンツにワインレッドの無地五分袖Tシャツと言う無難中の無難な格好を選んだ。
ヘアワックスも久しぶり過ぎて一度失敗し、シャワーを浴びなおしたのはこの際内緒にしたい。
それにしても学校帰り以外でどこかに行くなんて久しぶりだなってふと思った。
それほど今まで何もしてこなかった証拠なのかもしれない。もうすぐお盆だし、お盆には会わなくちゃいけない人もいる。
「お待たせしましたっ!」
「戸山さん。全然……」
待ってないよ、と言おうとしたけど言えなかった。
普段制服姿を見慣れているからなのか、白色を基調としたブラウスのようなトップスに青色のキュロットスカートの私服姿がまぶしくて、かわいくて。
つい見とれてしまった。
「か、かわいい」
「えっ!?」
お互いボンッ、と顔を赤く染め上げた。
夏は夕方でも暑いけど、ここまでだと熱中症になっちゃう。
嬉しいけど恥ずかしい。そんな表情を顔に出した戸山さんはジーッと僕の目を下から覗く。
そんな彼女は更にかわいく見えてしまって心臓がキュッと苦しくなり、手先も何故だかむず痒い。
「えっと、とりあえず歩こうか」
「は、はいっ!」
ぎこちないロボットの様な言い方になってしまうけど、なんとか歩き始めることが出来た。
人と話す時って気づけば話し手の顔を見ながら話すことってあまりない。
だけど戸山さんは別で、ちゃんと顔を見ながら話したいって思えた。
横顔でも整っていてかわいい彼女に、またしても僕は照れてしまう。
人に好意を抱くだけでもこんなにも違うのか、と心の中の自分は頭を抱えながら叫ぶ。
もっと男らしくしろよ、ってね。
「坂本先輩に聞きましたよ?今回のテスト、クラス一位だったらしいですね」
「
「えーっと……包帯巻きまくったミイラみたいな男が突然テストの日に来て、前日の勉強だけで全教科一位だったから殺意抱いた、って言ってましたっ!」
「それを戸山さんに言うなよー」
微熱の中、神経を集中させて勉強しての結果なんだからせめて褒めて欲しいよなって思った。
だけど一瞬でやっぱり坂本に褒められても一ミリも嬉しくねぇわって悟った。
確かにあの時はクラスのみんなもギョッとしてたっけ。
夏と言う季節で半袖だったから包帯が隠せなくて。だけど包帯なしだと色々とまずいって朝の貴重な時間をくよくよと悩んでからの結果なんだから。
「勉強できる人はすごいって思いますっ!」
「戸山さんは勉強、出来ないもんね」
「うっ……それを言われちゃうと何も言い返せないよ~っ!」
少ししょんぼりした戸山さんの顔がまたかわいい。僕は今日何回、戸山さんの事をかわいいと感じるのだろうね。
僕は冗談交じりで戸山さんに勉強が出来ない、なんて言った。
冗談と言ったらそこでお終いだけど、言葉にはトゲがあって、そのトゲは些細なことで刃物に化ける。
「だけど戸山さんにもちゃんと勉強の素質があるし、全くできない訳じゃない。それに」
「それに?」
「戸山さんは音楽でみんなに想いを届けることが出来る。それは勉強と同じくらい、すごい事だと僕は思ってる」
正直、勉強が出来るよりよっぽどすごい事だと思う。
勉強よりもすごい事だって答えることも出来たけど、それでは遠慮して持ち上げている風にとらえることも出来てしまうから。
「悠仁先輩っ!」
「ちょっ、戸山さん!?」
戸山さんは僕の腕にギュッと抱き着いてきた。
男子高校生である僕からしたらとっても嬉しい事なんだけど、実際に経験してみると嬉しいよりも人目が気になってしまう。
僕の肌が服の上だと言っても直接、戸山さんの胸の感触に触れている。更に細かく行ってしまえば下着の感触のようなものは間違いなく感じている。
戸山さんはハッとしたのか、すぐに僕から離れた。
顔を今日会った時よりも朱を帯びていて、目も少し逸らしていた。
「す、すみませんっ!つい癖で……」
「そうなんだ。気にしないで。僕もその……びっくりしたけど嬉しかったし」
ついうっかり率直な感想を言ってしまった。
さっき僕は言葉はなんちゃら、とか言ってたのに。
あはは、と誤魔化すような浅い笑い声をして戸山さんの顔色をうかがう。
戸山さんはまた更に顔が赤くなっていて、これ以上はおかしくなっちゃうんじゃないかって感じた。
戸山さんは恥ずかしい気持ちを必死に隠しながら、ちょっとウルウルとした瞳で僕の方をちょこんと見た。
「……えっち」
@komugikonana
次話は11月1日(日)の22:00に公開します。
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~次回予告~
夏休みになると、日が傾きだして街灯に明るさが灯る時間になっても僕たちと同じような年齢の人たちが平日になっても街を練り歩く。
友達複数人同士楽しそうに笑いながら歩く人たちも、一人で何か買いに出掛けて目当ての物を手に入れることが出来た人も、二人の思い出を作りたい欲求に従順なカップル。
別にどの人たちが勝ち組で、あの人たちは負け組だとかはちっとも思わない。
自分にとって有意義な行動はどれも正解で、そんな行動をとる人たちが多く集まるのだからこそ街は活気にあふれて、人々に魅力を焚きつけるのだろう。
「悠仁先輩?」
「え、えっと、なんでそんな冷たい目をしてるのかな?」
「またヘンな事考えてましたよねっ!」
……かっこいい事言おうとしてるのに。
では、次話までまったり待ってあげてください。