夏休みが終わりを迎えて、初めての週末がやってきた。
従来より楽しい思い出が少なく、勉強面で休みとは言えないなんて言葉が教室中であちこちに聞こえた。だけど僕は彼らとはうって変わった印象を抱かせた。
きっと僕は今年の夏休みを一生忘れることは無いだろうし、高校生活最後にふさわしい夏休みを過ごしたと思う。
こう思わせてくれたのは彼女のおかげだ。
時計の針は8時を指しているけど、僕が布団から飛び出して行動を初めてからもう4時間も経つのかとシャーペンをノートの上に置いてから背伸びをする。
今日は勉強はしない。だけど周りのライバルは身を削って勉強するだろうから、それに負けないために。
下の階では母さんが何かをやっているのだろう、パタパタと音がする。
最近は母さんが戸山さんの事ばかり聞いてくるものだから、正直言って少し面倒くさい。だけど母さんと言う存在のありがたみを僕は自分なりに分かっているつもりだから面倒くささをすぐに違う感情に置き換える。
「区切りも良いし、そろそろ支度をしようかな」
僕はノートを閉じて、使っていた参考書に付箋を貼る。そして今日学んだ知識を頭の中にある引き出しに丁寧に整理した。
頭の中の収納棚には残念ながらファイルなどの便利アイテムが無いから最初はいつも探すのに苦労する。何回か探しているうちにどこに入れたかは分かるようになるけど。
その反面、収納棚に入れたまま紛失してしまう事も多いのだけど。
でも遊びやゲーム、しょうもない出来事なんかをしまう収納棚は高性能な分類物が付属されていて、何年も綺麗な状態で保存されているのはとっても不思議だ。
「今日はどうしよ……悩むほどの選択肢はないんだけどな」
気分的には黒のチノパンに淡い青色のシャツを着たい気分だから目的の物を取り出す。
いつも服装に困るからアパレルショップに行って新しい服を買いに行けば良いのだけど、今までお洒落に無頓着だった僕にはアパレルショップを見るだけですくんでしまう敷居の高い場所なんだ。
最近はネットでも購入できるんだけど、現物を目に出来ない不安からあまり気が進まない。
「このジーパン、小学生の時良く穿いてたなぁ」
タンスから懐かしいものがたたまれて出てきた。
あまり衣類を所有していないから捨てる機会も無かったのだろう。それに何だか懐かしいおもちゃを見つけた時のような感情が心の奥底からブワッと湧き上がってきて何故かワクワクする。
手に取ってみて、身に着けているチノパンの上からジーパンを合わせる。
もしウエストさえクリア出来たら七分丈ぐらいの長さ。自然と笑みがこぼれる。
その時、ポケットの中に何かあるような、膨らみに気が付いた。
これもまた懐かしい気分が波の様にやってくるのだろうと思ってポケットの中に手を突っ込んで取り出す。
僕は、生まれて初めて、息が止まるという経験をした。
「そっか……」
朝の時間帯で、もう9月が幕を開けていて暦上では秋がやって来ているのに暑い日差しがジリジリとアスファルトと僕を焦がす。
七分袖のシャツの袖を更に一回折っているので、あまり七分の意味がない様に思うけど、あまり肌の露出を好まない僕にはごく当たり前の行動だったりする。
夏から秋、冬にかけての衣替えはすぐにするクセに、春から夏の衣替えはギリギリまで我慢する。
坂本からはクラスに一人はいるシリーズ、とか言われてたっけな。
そのシリーズはそれなりにあって、一年中マスクしてて、食事の時に初めて素顔を見せる奴もその分類に入るらしい。ちょっとだけ納得してしまう僕もいたのがちょっと悔しい。
「……それで、なんでいるの?呼んでないんだけど」
「たまたまだろ?たまたま」
そんな訳あるか、と心の中で呟いた言葉を坂本に投げつける。
本当に坂本は呼んでいないのに、僕が家に出てすぐ位にばったり出会った。いや、あれは待ち伏せされていたと言っても過言では無いかもしれない。
僕は本当にびっくりしたけど、坂本もびっくりするぐらいの白々しさを出していた。
どこから情報を得たんだ、って頭を抱えたくなった。
それと同時に頼むから厄介な事はしないでくれよって思った。
「それにまっさんだけであの場所に行かせられないだろ?」
「なんか勇者のお供みたいなこと言ってるけど、お前が行きたいだけだろ」
まっさんも行きたいくせに、ってニンマリ顔で言われた僕は一回だけでも殴って良いよねって感情に駆られた。僕は大人だから殴らないけど?
二人でああだこうだと言い合いながら歩いていると、あっという間に目的地に着いた。
坂本は目を輝かせながら早く中に入ろうぜ、とか言って勝手に入っていく。
そんな能天気なバカとは対照的に、僕は少しだけ足がすくんだ。
そう、僕たちがやってきたのは花咲川女子学園。
今回は一般公開もしていて不法侵入じゃないって事の違いはあるのだけど、やっぱり脳裏にはあの時の映像がフラッシュバックする。
そして心臓がギュッとなって締め付けられるような、そんな感覚。
目の前の校舎は太陽の光を受けてキラキラと輝いていて、あの時のようなどんよりとした雰囲気は一切感じないのに。
ちょっとした思い出のかけらが身体中を駆け回るような感じになるのは、僕だけなのかな。
「……って、マジで坂本がいないんだけど」
僕の隣にいた坂本は既に校舎の中か、その周りを早くも散策し始めたのだろう。
校門の近くにはパンフレットを来場者に配っている学生がいて、もちろん僕にもパンフレットを差し出してくれる。
受け取ったパンフレットを見ながらゆっくりと歩く。
花咲川女子学園の文化祭は中等部の子たちも一緒のタイミングでやるからこんな大規模なんだ。自分の通っている高校との規模と活気の差にと感嘆する。
そういえば戸山さんは2年A組だって言ってたよね……。
その2年A組の出し物はカフェらしい。あんまり長居は出来ないだろうけど、戸山さんにも今日僕が行くことは伝えてあるんだからあまり急がなくても良いのかな。
パンフレットを見る限りちょっと顔を出してみたいって思える物ばかりで目移りがする。
好きな物を後にとって置きたい派の僕からしたら、他も見たいのだけど戸山さんに会いに来たんだから先に2年A組に行くべきなのか。
「迷う必要なんてないよな」
戸山さんに会いに来たんだ、きっと戸山さんも待ってくれているはずだ。
それに他のクラスは戸山さんが休憩時間の時に見て回れば良い。
そうと決まれば足早に向かおう。
歩くスピードを変えてすぐの時、僕は思いっきり誰かに当たってしまった。パンフレットを見ながらだったからしっかりと周りを見れていなかったのだろう。
衝撃も結構あったから僕は急いで顔を上げて、ぶつかって衝撃を受けてしまった方向を向く。
わっ、と言う声と少しよろめいてしまった花咲川女子学園の制服をきた女の子。きっとあの子とぶつかってしまったのだろう。
「ご、ごめん!大丈夫?」
とりあえず声を掛けたけど、咄嗟の事だし気の利いた言葉は一つも言えなかった。
ただ何も言わずに立ち去るなんてことは出来ない僕は目をしどろもどろとさせながら女の子を心配する。
「こちらこそすみませんでした」
ぶつかってしまった女の子は優しく、僕にも気を遣ってくれた。
でも僕は違う事を考えていた。
他の男子ほど女の子と仲良くする人数が少ない僕だけど、この女の子の声には聞き覚えがあるような気がした。
女の子って大体みんな同じような声だっけ、と思いながらボーッとしていた。
女の子が僕の方を向いて軽く会釈した時、僕の目が大きく開いた。
それは運命的な出会いをしたからとかじゃなくて、本当にびっくりした時の目の開き方だった。
それは女の子も同じ様子で、加えて知っている男の人とこんな場所でぶつかってしまうなんてどんな確率なんだろって少し呆れた表情も出していた。
「町田さんじゃないですか」
@komugikonana
次話は11月29日(日)の22:00に公開します。
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~次回予告~
「町田さんじゃないですか」
ぶつかってしまった女の子に、半ば呆れられたような言い方に聞こえたけどこの子らしいなって少しだけ納得した僕がいた。
高校2年生だって事ぐらいは知っていたけど、まさか花咲川女子学園の生徒らしい事に案外世間は狭くて窮屈で面白いって思った。
知り合いだからと言って、ぶつかってしまった事の罪悪感は消えないから、頭をカリカリと右手で掻きながらぺこりと会釈をする。
態度の次は何か言葉を掛けてあげよう。なに、特別な言葉なんていらない。ありふれた、その辺りに転がっている石ころのような言葉で良い。
「久しぶり。えっと、ケガとかはない?」
では、次話までまったり待ってあげてください。