「割としっかりしてんのな、この焼きそば、普通に美味いわ」
「やっぱ女の子ばかりだから料理が上手な子が多いのかな」
戸山さんのクラスのカフェから出た後、一通りぐるっと周って、お昼と言う時刻も相俟って坂本と焼きそばを食べていた。
坂本の言う通りで学園祭レベルの焼きそばにしては中々大したもので、もしかしたらお店とかで出されても気づかないかもって思わせるくらいだった。
「まっさん、これからどうするよ」
坂本が焼きそばをズルズルと吸いながら僕に問いかけてきた。
「どうしよっかな」
対して僕は曖昧な回答をした。
久しぶりに美咲ちゃんとおしゃべりもしたし、目的である戸山さんにも会うことが出来た。僕としては今日の目的を果たすことが出来たと言っても良いだろう。
目的を果たしたというのに、心が一向にすっきりとしなかった。
今から家に帰って勉強をしよう、と思うどころか何か見落としているような感覚がどこかで引っかかっていて身体中がむず痒い。
こんなにも、駄々をこねてその場に居座っている子供のような夏風に後ろ髪を引っ張られている事なんか経験したことが無いから。
「んだよ、歯切りわりぃな」
「僕はお前みたいに単純な生き物じゃないんだよ」
「そんな硬い事言ってると女の子にモテねぇぞ」
「……別に、ほっとけ」
「まっさんには香澄ちゃんが、いるからな」
わざわざ戸山さんの名前を強調して言うんだから余計に腹が立つ。
そんな僕とは裏腹に坂本はニヤニヤしながら焼きそばの最後の一口を食べ終えた。
坂本の手には、焼きそばのソースがへばりついたプラスチックの容器が握られている。
いつもは気にしないけど、今だけは食べきって役目を終えた容器に目が行った。
中身が無くてすっからかんな感じ。
だけどソースとか小さいキャベツの切れ端に、プラスチックの蓋にソースと一緒にくっついている鰹節。
漠然となんだけど、どことなく僕に似ているって思った。
坂本につられるように残りの焼きそばを口に運ぶ。
濃いソースの風味を感じた後、喉が渇くから自然と紙コップに入っているお茶を飲む。
「……」
さっきとは全然飲んでいる物は違うのに、頭の中に戸山さんが出てきた。
間接キスだとか、レベルの低い事を言われた時のような感覚になって、頭の中の戸山さんと少し会話をする。
僕がふとした時に思い浮かぶ戸山さんはいつも一番星のような明るさで……。
「まっさん、今、香澄ちゃんの事考えてただろ」
「えっ?」
「図星ヘタクソかよ」
ケタケタと笑う坂本。
やっぱり僕も人間なんだって思う。なぜなら見慣れた光景よりも、普段見られない景色の方に目が行ってしまうから。
坂本のバカ笑いなんかいつでも見られる。
普段見られない景色、景色と言っては語弊があるかもしれないけど。
頭の中に浮かぶ戸山さんが、少し寂しそうなんだ。
なんで、どうして、って思えば思うほど頭の中にいる彼女の表情は無理して明るく振舞う。
「俺も一応受験生だし、今日はこれくらいで帰るわ。まっさんは?」
青く澄み渡る空に浮かぶ雲を見ながら坂本は言葉を出した。
「僕は……」
人混みの中、目的地も定めないまま道なりになっている廊下を歩き続ける。
何回か戸山さんの携帯に連絡を入れてみたんだけど、電話には出てくれなかった。
仕方ないと思う。
今もクラスの出し物を一生懸命やっているんだろうし、文化祭の時に携帯を確認する回数なんて少ないだろうし。
このまま文化祭が終わってしまうまで会えないかもしれない。
そんな漠然とした不安に包まれながら、どこにつながっているか分からない廊下をただ歩く。
2年A組の前を一回は通ったけど戸山さんの姿は見えなかったし、何回もウロウロしてしまうとどこからか背徳感が出てきてしまうからもう行けない。
美咲ちゃんに連絡、とも思ったけど直感がすぐにその選択肢を水で流した。
戸山さんに会いたいのに他の女の子にお願いするのは何か違うような気がしたから。
一度立ち止まって、廊下の窓をカラリと開けた。
顔を出した時、僕は今3階にいることが分かった。それくらい何も考えずに、ただすれ違う女の子の中に戸山さんがいないか見ていただけ。
もうちょっと大人だったら、こうやって景色を見ながらたばこを吸っているのだろうか。
「……悠仁先輩?」
そんな時にふと、後ろから聴きなれた女の子の声が聞こえた。
バッと振り返ってみると、そこにはまだクラスエプロンをつけたままの戸山さんいた。
びっくりしたと同時に、少しの安堵感が僕の気持ちを柔らかい物に変えてくれた。
そのせいで言葉を出せなかったけど、顔を綻んだ。
「探したんですよっ!メッセージ送っても何も返信無かったんですから」
むーっ、とした表情をした戸山さんに言われて初めて、携帯を開いた。
たしかに彼女の言う通りでメッセージが来ていて、今どこにいますか、と来ていた。
自分から電話しておいて、返信を無視。
友達同士で遊びに行く際なんかは良くするやり取りだけど、相手が戸山さんだという事だけでやってしまった感がひしひしと出てくるから思わず右手で頭を掻いてしまった。
「ちょっとだけ場所変えようか。戸山さんも僕といることで変な噂が立っても嫌だしね」
「えっ!?あ、はい。分かりました」
とは言ったものの、僕がこの校舎内を詳しく知らない。知っている場所と言えば屋上くらい。
戸山さんもきっとそう思ったから歯切れが悪くなったのだろう。
形だけでも先導してしまっているから少し困っていたところ、戸山さんが耳元で屋上に行きませんかと言ってくれた。
安心感よりもゾクゾクっとして、その後恥ずかしさも出てきた。戸山さんは普通だから、普段から友達にこういう事をしているんだろうな。
階段を上り切って、重たい扉を開ける。
戸山さん曰く屋上はいつでも開放しているらしい。今日みたいな日にここへ来る人間はいないから誰もいないけれど。
「ここ、前にも来たのに印象が違うな。こんなに綺麗だったんだ」
「うーん、気持ち良いーっ!」
心地の良い風が僕たちの間をすり抜ける。
戸山さんの空に精一杯腕を伸ばしている姿を見て、僕はお疲れ様と心の中で言った。
「悠仁先輩、聞きたいことがあるんですけど、良いですか?」
「うん、何?」
「その……美咲ちゃんとは、知り合い、なんですか……それとも、付き合っている、とか?」
「美咲ちゃんと?付き合ってないよ。知り合いではあるけど数回しか会った事ないし」
「そう、なんですか?てっきりそういう仲なのかなって……。わ、私には関係ない話なんですけどねっ!?」
「どうしてそう思ったの?」
「えっと、それは……」
だって、と何かごにょごにょと声に出してはいるけど、言葉にはなっていなかった。
もしかしたら、今日美咲ちゃんと一緒に過ごしている所を戸山さんがどこかで見たのかもしれない。
戸山さんがこんな気持ちにならなくても良いのに。
戸山さんも僕も、別に付き合ってるわけじゃないから誰と仲良くしても問題は無いから。
……でも、戸山さんが別の男と楽しそうに話していたらそれはそれで何だか変な感じがする。
それも戸山さんがその男を名前で呼んでいたら尚更。
「確かに美咲ちゃんは知り合いだよ」
知り合いだけど。君は違う。
「でも戸山さんは知り合いよりも、もっと知ってるよ」
なんて言ってみたけど、もっと良い言い方があるんじゃないかって後悔がすごくのしかかってくる。
でもこんな時に大事な友達だよ、とか言ったら引かれそうだし……。僕はそんな物語の主人公をやれる人間でもない。
だから、今は、これが精一杯なんだ。
「それくらい知っているから、特別なんだ」
「悠仁先輩……」
だから坂本と一緒に帰らなかったし、僕の心は戸山さんを欲していたのだろう。
僕が次のステップに進む前に、伝えたいな。この気持ち。
「悠仁先輩、隣に行っても良いですか?」
「そりゃあ、もちろん」
柵にもたれている僕の横に立つ戸山さん。
ふわりと女の子らしいにおいが僕の鼻をくすぐってくる。僕はどうしてか彼女のこんな香りが好きだ。
「2ヵ月前なのに、もっと昔の様に思うんです」
2ヵ月前。
それは戸山さんがこの場所から身を投げようとした時の事を言っているんだと思う。
彼女の言う通りで、僕自身ももっと前の、まるで幼少期の思い出話に触れているような感覚だった。
そう、もっと前から、僕は戸山さんの事を好きだったんじゃないかって。
「今もこうしているのも悠仁先輩のお陰だって思ったら、お礼どころじゃありませんよね」
「もう過ぎた事だから良いよ。今の戸山さんはとても輝いてる。きっとこれからもね。それで良いじゃん」
「そうですねっ!」
丁度その時に、学校のチャイム音が響き渡った。
時刻を見ると16時だった。これから外部の僕たちは学校を後にして、戸山さんたちは片付けに翻弄されるのだろう。
そう考えたら、今日は一緒に帰るのは無理なのかな。
本音を言ってしまえばもうちょっとだけで、本当に帰り道の間だけでも良いから、戸山さんとお話したいのだけど。
「悠仁先輩、2つだけ、お願い聞いてくれませんかっ!」
「も、もちろん」
校内放送で文化祭が終了したこと、来客者は校外に出ることの案内をしている。
こんなにうるさいと思った校内放送は初めてだった。
「年末に私たち、ライブをするんです。悠仁先輩は忙しいと思うんですけど……」
「ライブ?行くよ。詳しい日程教えてよ」
「本当ですかっ!ありがとうございます!」
年末という事は年越しライブなのか、それともクリスマス前後にやるのか。
分からないけど戸山さんたちの音楽を生で聞いてみたいってずっと思っていた。
それに戸山さんのお願いだったら、叶えてあげたくなる。
ライブに行くと答えただけでこんなにも明るい笑顔を見せてくれる。僕の手を握ってブンブンと振り回してくれる。
「もう一つは私のわがままですっ!」
気付いた時には、僕の口は戸山さんの口と重なっていた。
一瞬過ぎて分からなかったけど、背伸びをしていたのだろう彼女がちょこんと伸びてきて、生まれて初めての感触を味わった。
彼女は顔を朱に染めて、こう言うんだ。
間接キスだけじゃ、嫌だったんです。
@komugikonana
次話は12月20日(日)の22:00に公開します。
新しくお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます。
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~次回予告~
季節が変わり、街行く人たちの服装が段々と秋っぽくなり、気づけばもうちょっとで今年が終わってしまう11月。
バイトの最中にまかないとして食べたドリアの味をちょっとだけ口の中に残こしながら、寄り道もせず家までの道のりを歩いていく。
「あれ?」
ふと前を見れば、ギターケースを背負った女の子が歩いていた。
ギターケースでしっかり見えないけど、ぴょこっと猫耳のような形が見えるから、もしかして。
では、次話までまったり待ってあげてください。