すっかり日が暮れてしまった夜は、太陽が出ている時間帯とは違って思わず身を震えさせてしまうような冷たさを感じる。
昼夜の温度差が激しく、生活環境が大きく変化するこの時期は案外体調を崩してしまう人が多いらしい事をテレビでよく耳にするようになった。
戸山さんとファミレスで、あの後は他愛の無い話をした後に解散となった。
普段することが無くて時間をもてあそばせている僕からすれば今日は充実した、そして世の中の高校生らしい日常を送った日だと感じている。
僕自身友達が少ないわけではないが、それはあくまでも学校内での関係であって、放課後などプライベートはあまり深入りされたくないという考えがあるから、こんな日は随分久しぶりに感じた。
昔は良く友人と放課後は遊びに行ったものだった。
昔と言っても2年前までだけどね。
僕が気づいてしまった高校1年生のあの日以降は、ずっと今のような過ごし方をしている。
自宅に着いて、いつもの場所に自転車を停めて置き、家の鍵を握ってドアを開ける。
「ただいま」
そう言っても返答はシーン、と言う静寂だけで温かい人間の言葉が返ってくることはない。
帰ってきて早々やることは手洗いとうがい、そして仏壇に姿を変えてしまった父親に帰ってきたことを伝えること。
この行動はほぼ習慣化されている。
いつもなら冷蔵庫の中を開いて、中にある具材を適当に使って簡単な物を作るのだけど、今日は戸山さんとファミレスに行って少し食べたから夕ご飯は食べない事にした。
何年着ても慣れない制服を脱いでから、自室の片隅に設置してあるベッドに転がる。
モフッと言う音とともにフカフカとしたベッドの中に埋もれていく身体。
まるで何かに飲み込まれていくような感覚に陥った時、僕はハッとして上半身を起こした。
「僕が何か間違ったことをしているみたいじゃん」
確かに自分の行動が正しいのか間違っているのかなんて判断は出来ないけれど、バカで世間知らずな僕なりに考えて行動しているんだからもうちょっと見返りがあっても良いじゃないか。
……何一人で熱くなってしまっているのだろう、と僕は再び身をベッドに投げた。
僕に見える景色が、たとえ緑豊かな植物も水の色もすべて、灰色に見える。
「目指すぞ!国立医学部!!……か」
僕が高校に入りたて早々の時に、意気込みとして紙に書いて一番目に着く場所に貼った志望校の張り紙。志望校と言っても名前を出してしまえば志望校以上の勉強が出来ないから、いくらでも上を目指せるように書いた張り紙。
今の僕には全く関係のないものだし、日々目障り度が増して言っている。
いっそのこと、捨ててしまおうか。
せっかく横になった身体を起こして張り紙を破って捨てようとした時、僕の部屋の中で着信音が鳴り響いた。
「……もしもし?僕だけど」
「悠仁君?戸山です!」
電話の相手は戸山さんからで、今日の別れ際に戸山さんからどうしてもとせがまれてしまったので連絡先を教えた。
僕の連絡先を知ってどうするのだろうと思ったけど、手を顔の前で合わせてお願いって言われてしまうと断るのも悪い気がした。
僕だって年頃の男子高校生だから、女の子の連絡先を知れることはワクワクすることだ。
だけどそれと同時に、少しだけ危惧してしまう事もあるのも事実なんだ。
「さっきぶりだね、戸山さん。……ところで何か用?」
「悠仁君とお話がしたくて電話しちゃった!悠仁君と話しているとキラキラドキドキするからっ!」
僕と話しているとキラキラドキドキするってどういう感情なのだろう。
戸山さんなりの感情の表現方法なのだろうと思うけど、僕にはそんな魅力があるとは思えないんだけど。
でもそのくせ言われたことが嬉しかったのだろう、僕の心臓がピョンとはねた。
「実はね……悠仁君に相談があってね?」
「僕に、相談?」
さっきまで明るかった彼女の声が、落ち着いた色に代わって真剣なものとなった。
出会ってばかりの他人に、しかも男の僕に相談なんてどうしたのだろう。
恋の相談だろうか、それとも友人には話し辛い事なのだろうか。
僕は一度、唾をゴクリの飲む。
そして僕で良ければ聞くよ、と相手を落ち着かせられるように優しく声を掛けた。
「ありがとう……やっぱりね?有咲の約束を破っちゃった事が頭から離れなくて」
「有咲さん?は戸山さんの友達?」
「そうだよっ!でも有咲に『全国模試が近いし、香澄が心配だからテスト勉強するから』って言われたんだけど、今もうちょっとで良い歌詞が浮かびそうだから約束を破っちゃったんだ」
「そうなんだね」
「でも結局有咲の事を考えちゃうから歌詞を考えられない!どうしよーっ!」
今日のファミレスでの会話で戸山さんがバンドをしている事を知ったけど、まさか作詞までしているとは思わなかった。
よくバンドのボーカルは自分の歌いやすさを配慮して作詞作曲も担当するって聞いたことがあるけど戸山さんもそのようなタイプなのだろうかと頭で思い浮かべる。
ただ、戸山さん本人には失礼だけど、彼女が作曲できるとは思えないなぁと苦笑いを浮かべてしまった。
「一人で勉強しましたって言ってみたらどう?」
「有咲は私が一人で勉強できない事を知ってるから無理!」
「そんなキリッとした声で言えることではないよね……」
「それもそうだね。あ、はは……」
乾いた声で笑う戸山さんの声が耳の中に鳴り響いた。
全国模試なんか本気でやったって何も変わらないし誰も褒めてくれない。それに付け焼刃でどうにかなる学校の定期テストならまだしも、範囲が莫大な模試で今更頑張ったって大して意味もなく無駄な時間になるじゃないか。
と本音で言えばそうなるのだが、僕たち人間は本音と建前を上手く使っていかなきゃ生きていけない生き物だって知っている。
「勉強に音楽と、戸山さんは大変なんだね」
知っているからこそ、このような無難な会話になってしまう。
戸山さんはまだ同じ学校のクラスの女子じゃないからまだマシだけど、女子と言うのはどこで誰とつながってるか分からない。
女子を敵に回したら、もう終戦だ。
「勉強なんてしたくないよー!ちょっとだけギター触ろっ!話聞いてくれてありがと、悠仁君!おやすみっ!」
突然掛かってきた電話は突然終わりを告げた。
だけど僕はしばらく固まったままで、右耳には通話が終了したツー、と言う音が小刻みになっている。
今ので、どうして僕が戸山さんを羨ましく思うのかが分かった気がした。
それと同時に僕には一生かけても戸山さんのようになれる日なんて来ないんだ、って悟った。
どうせ母さんの帰りは深夜と言うか早朝と言うか微妙な時間帯に帰ってくるんだし、やることも無いから寝よう。
身体を横にしたら、スッと眠りにつけた。
僕が目を覚ました次の日の朝は生憎の空模様で、一気にやる気をなくした。
寝ぼけた頭が更に僕に追い打ちをかけるかのように、今日は課題の提出日だったことを思い出させた。
別に課題を忘れるのは良い。
教師にああだこうだ言われるのも気にしない。
ただ、反省文や課題を終わるまで学校から返さないなどの埋め合わせが面倒だ。
「面倒だし、今日は学校サボろうかな」
ただ、母さんにそのことを知られたら面倒だから黙々と学校に行くための準備をする。
母さんは多分まだ気づいていない。僕が倦怠で怠惰な学生生活を送っているという事を。
朝ごはんにいつものパンを頬張って歯を磨き、最低限の身だしなみを整えたらレインコートを身に着けて颯爽と自転車を漕ぎ始める。
強い雨脚と冷たい冷気にうんざりをしながら進んでいると、ある個所に差し掛かろうとする前に自然と自転車の進むスピードを遅くした。
「戸山さん、今日はいるかな」
僕が初めて戸山さんと出会った場所。
まだ戸山さんと2回しか会ってない。だけど単数じゃなくて複数回会ってると無駄な時にポジティブシンキングを発揮した。
だけど結局この日は、戸山さんに会うことは無かった。
@komugikonana
次話は4月19日(日)の22:00に公開します。
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~次回予告~
「あのね……?」
「う、うん」
その後僕は掠れた声だけど電話の相手に違和感を抱かれないように良いよ、と答えて電話を終えた。
その後は窓の外側を見て少しだけ小さなため息をついた。
窓の外は見慣れた景色でたくさんの住宅や施設を見下ろすこの情景。
この景色と同じように、僕は戸山さんの行動を憎めなかったから大きく背伸びをした。
「お、何?デートでもすんのか!?」
坂本が僕の後ろから大きな声で話しかけてきたから、僕は人生で一番強い力で叩いた。
では、次話までまったり待ってあげてください。