家にたどり着いて、着替えもせずそのままベッドの上にあおむけになって倒れこむ。
そのまま手で顔を覆って、視界を敢えて暗くさせた。
そうすることで何だか先ほどの光景が、言葉が聞こえてくるように感じるんです。
「……香澄ちゃん」
私は記憶の中から音声を再現させたことで聞こえた彼の言葉に、右へ左へ何回か悶えた。
名前で呼んで欲しいってお願いしたのは自分からなのにいざ現実になると嬉しいだの、でもちょっと照れくさいだの、恋人みたいだの、と気持ちが無限の様に湧いて出てくる。
少し落ち着いて手を離すと、さっきまで遮断していた光が一気に目の中に飛び込んできてチカチカとする。
「悠仁先輩に、名前で呼んでもらっちゃった!」
落ち着いてもやはり嬉しい事は嬉しいままで、自然と口角も上がっちゃってるように感じる。
今は手元に鏡が無いから自分の表情は覗き見ないけれど、一度はどんな素敵な顔をしているか見てみたいって好奇心も少しはある。
そんな典型的な恋する乙女になってしまった私がどうして今のタイミングで彼に名前で呼んで欲しいとお願いしたのか。
「有咲に美咲ちゃんにも……」
彼と私、共通の知り合いなんてほとんどいないと思うけど、有咲と美咲ちゃんだけは共通の知り合いらしい。有咲と彼の知り合った経緯は何となく分かるけど、美咲ちゃんは分からない。
そんな事は今は置いとくとして、問題は彼の呼び方にある。
「私だって、もう一回名前で呼ばれたいっ!」
つまりはそういう事なんです。
一人しかいない部屋で叫ぶような事ではないのだけど。
私の勝手な想像なんだけど、苗字より名前で、しかもちゃん呼びで男の子が女の子に話しかける方が仲が深いというか、そういう関係っぽく思ってしまう。
そんな自分勝手が概念がもちろん私にも当てはまる訳です。
有咲さん、美咲ちゃん、そして私。
私だって香澄ちゃんって呼んで欲しい。
そして他の女の子に負けたくない。
だって私は悠仁先輩の事が……。
「……お姉ちゃん。一人で何を話しているの?」
「わっ!?あっちゃん!」
ガチャ、とドアが開く音と共にまん丸綺麗でかわいい目をしている妹のあっちゃんが今までに見たことのないようなジト目で覗いていた。
時計をみると23時を過ぎた時間だった。もしかしたら勉強か、明日に備えて寝ようとしていたのかもしれない。
「『名前で呼ばれたいっ!』って、彼氏さんに?」
「か、かか彼氏!?違うって!」
手をバタバタとさせてしまったのと、一瞬にして顔が熱くなってしまった。
あっちゃんが小さな声で誤魔化すの下手だなあ、と言ってまたジト目で私の方を見てくる。
誤魔化してないじゃん、だって本当に悠仁先輩は私の彼氏じゃないんだから。
でも心の中には正直な、もう一人の私みたいな感情がいて、その子はまんざらじゃないくせになんて言う。
「お姉ちゃんの彼氏さんって、町田さんの事?」
「そうだよ?」
「あっさり認めちゃった」
「で、でも付き合ってないからっ!」
そんなやりとりをしているから私は必死に、あっちゃんはそんな私が墓穴を掘るのを待っているかのような顔。手振りがいつもより多い気がする。
そんなあっちゃんが、少しだけ顔をしかめさせた。
怒っている時とかではなく、何かひっかかる時に無意識にしてしまう時の顔だと思う。
こんなのだけど私はお姉ちゃんだからどうしたの、と聞いてみる。
「ちょっと変な事、言っても良い?」
「うんっ!」
「えっとね」
覚えてないけど、昔、町田さんに会った事があるような気がする。
確かにその言葉があっちゃんから発せられて私の耳にまで入ってきた。
その言葉をゆっくりと折りたたんで心の中にしまい込んだ。
大切な人から貰った手紙を、綺麗にとって置く、恋する女の子のように。
「あっちゃん」
「……何?」
「それ、気のせいじゃないよ」
私が子供に童話を読み聞かせる時のように優しく伝えるとあっちゃんはやっぱりと言う確信と、でもやっぱりはっきりとは思い出せないモヤモヤ感で表情がぐちゃっとなっていた。
あれはたしか私が4歳とか5歳とか、そのくらいだったと思う。
だからこそあっちゃんの記憶の中にその時の記憶が消えかかっていたとしても不思議ではないと思う。
「私とあっちゃん、小さい時に公園で遊んでいたの覚えてる?」
「うーん……なんとなく?」
「おばあちゃんに買ってもらったボールで遊んでいたことは?」
「あー、覚えてる!確かお姉ちゃんが勢いよく上に投げて木に引っかかったんだっけ?」
「そうそう!」
「でも、その後どうなったんだっけ?」
あっちゃんは首を斜めに傾げながら、目を上に向けてうーんと頭の中にある真っ黒い底なしの箱の中をガサゴソと探しているみたい。
見つけることが出来るか出来ないかはあっちゃん次第だけど、もし見つけることが出来たら悠仁先輩にどんな印象を持つかな。
やっぱり年月が経てばどんな人でも変わっちゃう?
それともまったく変わらない?
「やっぱり思い出せないかも……」
「あっちゃんはあの時、まだ小さかったもんね」
「お姉ちゃんと1年しか変わらないよ?」
「一年
確かに1年ってあっという間に過ぎていく。
ちょっと前まで夏休みを満喫していたかと思えば、ハロウィンも過ぎて、気づけばもうクリスマスと言う文字がカレンダーに刻まれる月がもうすぐやってくる。
そんな1年だけど、私たちが過ごしたたくさんの日々を集約している。経験している。
その経験がとても大きくて、かけがえのない大事な資産。中学とか高校で一年上の先輩に敬語を使う日本人の習慣が裏付けているように思う。
たしかに私よりあっちゃんの方が落ち着いているし賢いかもしれない。
でも困った時の対応や人生経験は私のほうが多い。だからこそお姉ちゃんなんだけどね。
「あっちゃん、ちょっとだけ時間ある?」
「町田さんと私たちの話?」
「そうっ!あっちゃん暇だよねっ?ねっ?」
「暇じゃないけど、聞きたいかも」
「じゃあ、けってーいっ!」
手を両手で重ねてパチン、と音を立てて声をあげる。
うるさすぎてお母さんに怒られちゃうかもしれないけど、お母さんももしかしたらお話に興味が湧くかもしれない。
ただ話すだけでも良いけど、今日だけは軽めのお菓子とジュースを持ってこよう。
寝る前のお菓子は女の子の敵だけど、たまには良いと私の人生経験が言っている。
敵を倒す為にはまず敵を知る事、ってね。
電気をつけて静かにだけど、軽い足取りで階段を下りていく。
お菓子はたしかこの辺りに……あった。うーん、ポテチは流石に重たいからこれにしよう。
ジュースも炭酸はしんどいからあっさりとした乳酸菌由来の飲み物にする。
電気も消されて真っ暗なリビングは冬の寒さが代わりにくつろいでいて身がブルブルッとするから駆け足で二階にある自分の部屋に戻る。
たしかあの時は、こんな寒さを乗り越えたばかりの季節だったような気がする。
まだ寒さが残っているけど、確実に陽の光の温かさが肌に染みわたっていくような日だった。
持ってきたお菓子を開けて、コップ二つとジュースを載せた小さなお盆を私とあっちゃんの間に置く。
何だか有咲の家でやったお泊り会みたいでちょっとワクワクする。
「私達がいつも遊んでいた公園。あそこでね……」
気付けば10年以上もの月日が経っているなんて、今思えばすごい事だ。
その気持ちを心の中に入れたまま、私は覚えて
いる思い出をそのまま言葉にする。
@komugikonana
次話は1月10(日)の22:00に公開します。
1月3日の投稿はお休みさせていただきます。
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~次回予告~
この時は、どんな景色もきれいに映っていた。
散っていく桜の花びらも、地面からちょこんと出るつくしも、すぐに転んで泥だらけになる私たちも。
目に映したことのある回数がほんの一握りで、何を見てもキラキラと輝いていたあの時。
私とあっちゃんは成長途中である小さな身体を精一杯使って公園で遊んでいた。お母さんも良く私たちと同じような目線で遊んでくれたけど、その時からお母さんの大きな背中が頼もしかった。
そんなある日、公園で一人の男の子を見つけた。下をジーッと向きながらベンチに座って、足をブラブラとさせている、私と同じくらいの男の子に私はゆっくりと近づいて行った。
「こんにちはっ!」
では、次話までまったり待ってあげてください。